ニューヨークの空の下

小さな窓の上の方に、ニューヨークの寒空が望める。私の入った安部屋は日本の木賃アパートに似ていて、6畳一間程度の大きさ。バス・トイレ・キッチン共同で隣の物音が若干聞こえ、皆ひっそりと暮らしている。唐突に、「ジャン・クリストフ」がパリで暮らし始めた頃のアパートの情景を思い出した。狭い屋根裏部屋で、窓にはパリの寒空が広がる。腸詰ソーセージを窓外の寒気に出しておき、毎日それをパンにはさんで食べる。おそらく作者ロマン・ロランの若き上京(パリお上り)時の心象風景を表したのだろう。

しかし、このニューヨークのアパートでは、両隣から赤ん坊の泣き声が聞こえる。バス・トイレ・キッチンを共有する奥の部屋の男と廊下で会った。ネイティブの英語を話す若いアジア系の青年だった。その後、その妻らしい女性にも会った。どこかアジアの国からの移民らしく、その疲れ切った表情のためか、青年よりかなり年上の女性に見えた。

アメリカのアパートとしてあり得ないこんな狭いアパートに、子持ちの家族が暮らしていたのだ。

「シェア」「ルーム」という分類

「南米貧乏旅行記」の次は「北米ホームレス体験記」を書くことになるのか、と恐怖していた。が、何とか安アパートに入れた。不動産屋に行くと、普通に月2000ドル(20万円)、最安でも1000ドルの物件しかないニューヨークで、安宿探しは困難を極めたが、ブルックリンのサンセットパークという興味深い地域で500ドルの部屋を見つけることができた。440ドルで窓なし(暗闇)の部屋もあってどちらにするか大いに逡巡したが、少し贅沢をして窓がある方にした。
ニューヨークで家賃500ドルというのはほとんど奇跡に近いだろう。しかも、光熱費、水道、ネット代込み、ベッド・冷蔵庫・机など家具付きだから、日本的には実質3万円程度だ。

一応「シェア」という分類。あるいはアパートでなく「ルーム」という分類。アメリカには小さいアパートはまずなく、安部屋を探す人は、例えば2ベッドルーム(2LDK)のアパートをだれかとシェアする形で入る。だが、私の入ったシェア住居は日本的なアパートに近く、多数の人が入り、共同でキチン、バストイレがあるという形態だ。私の部屋のある2階だと、10室でキチン2カ所、バストイレが3カ所。アメリカでは珍しい形式だが、大家さんが改造したらしい。

これでやっとNY生活の第一段階が突破できた。どんなに狭い部屋でも、とにかくニューヨークのどこか一角には張り付けた、という感覚は素直にうれしい。