変な話だが、今私が必死になっているのは、私が確かにここに存在するという証明。基本中の基本の書類手続きで、住所証明ができないと何も始められない。パスポートや社会保障番号証はあるが、それに住所は書かれてない。
大家さんはいい人なのだが、書類作業が苦手。賃貸契約書もなかったし、家賃領収通知もメール(携帯へのテキスト)で送ってくれるだけなので住所証明には使えない。普通は郵送されてきた電気代、ガス代、電話代などの請求書を証拠にして住所証明をするのだが、私のアパートの場合、これらはすべて家賃に「込み」なので個人宛に請求書は来ない。携帯電話の料金請求書でもいいが、月ぎめの携帯より、プリペイドの携帯の方がずっと安いので、こっちに入り、したがって月ごとの携帯料金請求書も来ない。運転しないので運転免許証もない。まだ仕事をしてないので従業員登録証もない。そもそも就職するためには住所を証明できる身分証明書が必要だ。どこかの行政機関からの簡単な連絡手紙でも現住所宛に届いていれば(それを見せれば)いい、と言われるが、そもそもどこの行政機関にも現住所を(証明して)登録することができていない。国民健康保険証、旅行保険証、その他今持っている証明書はすべて日本の住所のものだ。
銀行から現住所に月々送られてくるの明細書でもいいとあるので、まず銀行口座を開くことにした。しかし、銀行窓口に行ったら、住所を証明する身分証明書がないと口座は開けない、と簡単に追い返された。住所証明のため銀行口座を開こうというのに、その前に住所証明が必要だという。どうどう巡り。どこから始めたらいいのか、八方ふさがり。「キャッチ22」というやつだ。
メディケア(高齢者向け公的健康保険)に加入するにも住所が必要だし、その前提でソーシャルセキュリティー(社会保障)関連の住所を米国に変える必要があるし、納税関係、選挙権登録、図書館カード、地域のフリークリニックでの診療、とにかくあらゆる手続きに住所証明が必要だ。ニューヨーク市は、ホームレスや未登録外国人にも発給する「ニューヨーク市身分証明書」(IDNYC)という興味深い制度を実施しているが(後で詳しく解説)、これを取得するにも住所だけは証明できなければない。ホームレスの人はシェルターの住所でいい。違法滞在容疑で仮釈放中の人はその仮釈放証明書(住所が書いてある)でもいいとある。
何という基本の基本で手こずっているのか。自分でもあきれる。ホームレスや未登録外国人でも取れる身分証明書を私は取れないのか、とがっくりした。
州身分証明書が解決策
四方八方かけずりまわって1~2カ月が過ぎ、結論から言うと、実は非常に簡単な解決法があった。アメリカ人がパスポートよりも基本的な身分証明書に使っている州発行の身分証明書。普通は運転免許証だが、運転しない人にも非運転者身分証明書(Non-Driver ID Cards)というのが発行される。権威がある分、最も取得が難しい身分証明書だと思い後回しにしていたが(実際、滞在資格の審査が厳しいので未登録外国人には取得不能)、まずこれを申請すれば少なくとも住所証明はいっぺんに解決することが、後になってわかった。住所を証明できる書類が要求されない。例えばパスポートなどを見せるだけで発行される。後日、できあがった身分証明書が本人が主張する住所に郵送されればそれで住所も証明されたと解釈してくれるようだ。この点では、前述ニューヨーク市身分証明書(IDNYC)より厳格ではない。
こんな簡単な解決策があるのに、それを知らない私が、試行錯誤の末に取った方策は、郵便局の住所変更届だった。住所の変更を郵便局に届けると、1年間だけ、旧住所に来た郵便が新住所に自動的に転送される。だれかに勝手に住所変更届を出される危険もあるので、移転の前と後に新旧住所に住所変更確認書が届く。これが(新住所の)住所確認証明として使えるのだ。私の場合、これまで日本の住所だったから、厳密にはこの手は使えないが、1週間ほど息子の家に居候させてもらっていたし、郵便物も一時的にここに送ってもらうようにしていた。だから息子宅から新アパートへの住所変更届が出せた。日本から来た人も、一時的に友人宅に居候するなどのことがあるだろうから、この方策はかなり広く使えると思う。
一応これで「基本の基本」はクリアしたのだが、ここで苦労している頃、思った。アメリカって何て不便。住んでるところの証明さえなかなかできない。日本なら転入届出せば住民票がつくられていっぺんに完了じゃないか…。
が、待てよ、日本じゃ、本当にそこに住んでいる確認をちゃんとやっているのか、ということが気になってきた。他人が勝手に住所変更届を出してしまうようなこともあったので、申請者の本人確認(写真のついた運転免許証提出など)はするようになったらしい。しかし、本人でもでたらめな住所登録をする可能性もある。賃貸契約書や、その住所に届いた電気代請求書を見せろなどとは言われない。本人が本当にそこに住んでいるかどうか怪しいものだ。実際、転居してしまったのに、住民票だけそこに残しているなどということはよくある。戸籍、住民票など、厳格なようで意外と甘い制度かも知れない。郵便で送られてきた電気代請求書で住所確認をするなどというアメリカのやり方は、かなりお気楽だなと最初思ったが、実はこっちの方が厳格・正確なのかも知れない。