なぜ生命が生まれたか:生命を物理で解明する新理論(長文注意)

ジェレミー・イングランド

この7月、科学ウェブサイトQuanta Magazineに「生命の起源:生命の物理学理論に最初の立証」という記事が載った[1]。生命を物理で解明し、化合物の溶液にエネルギーが加われば、物理現象としても生命に似た自己組織化の過程がはじまるとの理論を提唱していたジェレミー・イングランド(現マサチューセッツ工科大学準教授)が、2つのシミュレーション実験で、その過程を証明したという。イングランドが、2論文でその結果を発表した[2]

イングランドは今年35歳の若き生物物理学者。4年前の2013年の論文で新理論を発表し、学界に衝撃を与えていた[3]。これまで生命は、38億年前、多くの偶然が重なって地球に誕生したと考えられていた。しかし、イングランド理論によると、一定条件下で原子は、エネルギーを効率的に吸収・散逸し、エントロピー増大に向かった自己組織化を自然に行うようになり、この物理現象から生命誕生もある意味「岩が山から転がるように」必然的に起こったとした。

今回の実験はこれをコンピュータを使った数学モデルで実証したもので、その実験結果の一つを示したProceedings of the National Academy of Sciencesの論文は、冒頭で、実験の背景を次のように説明している。

生命誕生は数学モデルで証明

「物質の構成は、要素がランダムに再構成されるのとは高度に異なる形で環境と相互作用するよう配置されていれば、精密な調整が行われたと言える。そのようなシステムと環境の適合事例のいくつかは生命体の仕組みに見いだされるが、この現象はさらに広範囲に及ぶものであり、普遍的な物理学用語で、この精密な調整を説明することが期待できる。最近の非平衡統計力学の発展により、システムが特定の微視的形成を採用する傾向と、そのダイナミックな過程で吸収・散逸されるエネルギー量との普遍的関係を明らかにすることが可能になってきた。」

その後の実験の経緯とその検証は、9割が数式とその説明で、門外漢には理解不能となる。もう一つのPhysical Review Lettersの論文、そして、学説を提唱した2013年の論文も同様だ。かつて生物学の論文は、理解できるか否かは別にして、何を言っているかくらいはわかったものだが、困ったことになった。生命現象を物理の一部としてとらえる試みであるからにはこうなるは当然かも知れないが、生命に関する根幹的議論である以上、社会・人文科学分野の人間にとっても(あるいは普通の人として人生を考える上でも)ぜひとも理解したい理論であることには違いない。イングランド自身のかみ砕いた説明、科学ジャーナリストの解説などを手掛かりに迫ってみる。

彼は「次のダーウィン」

ロイター通信は、イングランドンの業績について「マサチューセッツの物理学者、生命が物質からいかに発生したかの謎を解いたと主張」と報じた[4]。ニュースサイトozy.comは「ダーウィンを越えたかも知れない男」と紹介し[5]、blogサイトPrometheus Unboundは「散逸に駆動される適応の組織化:ジェレミー・イングランドは次のチャールズ・ダーウィンか」の見出しを出した[6]。イングランドの研究をずっと追ってきたコーネル大学物理学教授のカール・フランクは「我々は30年ぐらいごとに画期的な前進というものを経験する。・・・そしてこれがそうなのかも知れない」と述べた[7]

散逸適応理論

イングランドの「散逸適応」論の核心は次のようなものだ。

「物理学の確立された原理に基づく彼の理論によると、原子の集団は、(太陽や化学的燃料など)外部からのエネルギーに駆動され、(海洋や大気のような)熱媒体に囲まれていると、より多くのエネルギーを散逸させるため徐々に自己の再組織化をはじめることがある。これは、一定条件下で物質は生命の主要な物理的属性を獲得する、ということを意味しているとも言える。」[8]

「イングランドの理論の核心には熱力学第2法則がある。これはエントロピー増大、または『時間の矢』の法則とも呼ばれる。熱いものは冷える。ガスは大気に拡散する。卵はスクランブルされると自然には元に戻らない。つまりエネルギーは、時間がたつにつれて拡散し、拡がる。」

「『この現象から簡単に言えることは、環境の外からのエネルギーをより多く吸収し散逸させるような進化が最も起こりやすいということだ』と彼は言う。」「イングランドの理論は、遺伝子・個体群レベルで生命について強力な説明を提供するダーウィンの自然選択進化論に取って代わるのでなく、それを補強する意味合いがある。彼は『私はもちろんダーウィンの考えが間違っているなどとは言わない。ダーウィンの進化論は、物理学の立場から見ると、より一般的現象の特殊なケース、ということなのだ』と語る。」

「ジェレミー・イングランドは2013年、生命の起源は熱力学の必然的結果だとする新理論で、世の注目を浴びた。その理論によると、一定条件下で原子の集団は、より多くのエネルギーを燃焼させるため自然に自己再組織化を行い、エネルギーの拡散、そして宇宙の乱雑さである「エントロピー」を上昇させる。イングランドが散逸駆動適応と呼ぶこの再組織化は、生命を含む複雑な構造を成長させる。生命の存在は謎でもラッキーな出来事なのでもなく、彼が2014年に本誌に述べたように、一般的な物理的原理に沿うものであり、『岩が坂を転げ落ちるのと同様、当然のことととらえるべき』なのだ。」[9]

油の効いた回転ドアのように

理論をさらにかみ砕き、絵画的な例示までしてわかり易くしてくれるのは、ブログサイトPrometheus Unboundだ。

「我々は150年以上にわたり、進化が真実で自然選択がその駆動力だと認識してきた。・・・しかし、イングランドは進化にとって自然選択よりさらに根本的な何かを発見したのかも知れない。生物でだけでなく無生物においても発展を促す何か、そのシステムにより死んだ物質を生命に導き、さらに生命をより効率的なエネルギー利用に向かわせる何かだ。」[10]

「もしあなたがエネルギー移動経路上の原子の集合体、つまり物質のかたまりだとして、エネルギーを効率的に摂取し一定期間内に最大限のエントロピーを確保できるなら、あなたはそれができない場合より長く存続することができる。雪の結晶からタンパク質に至るまで物質のかたまりというのは、よく油をさされた回転ドアのようなものだ。やってくるエネルギーを効率的に取り入れ、吐き出す。」

「物質はエネルギーに対応する。エネルギーは物質に進化へのプレッシャーを与える。単純な始まり(散逸するエネルギーが充満する中での原子の乱雑なかたまり)から、(充分な時間が与えられれば)例えば葉のようなものが生まれる。葉は光の受け皿、光の処理係だ。興味を持つ人の目を引く広告のように、光エネルギーをうまく捕える。あなたも広告に惹かれるだろう。欲しいものが迅速かつ効率的に提供されるかも知れないという誘惑にいざなわれる。同時にまた葉は、太陽光線をその望む方向(エントロピーの増大する方向)に導く経路でもある。葉は、(帆船が風を受けながらそれに抗して進むように)太陽光線を導く。自然のエントロピーの流れに沿い、自身の維持、再生産も行う。」

生物物理学の成果

ジェレミー・イングランドの理論に触れる者は、その独創性に驚嘆するが、しかし、これは長く積み重ねられてきた生物物理学の蓄積の上に存在していることを忘れてはならない。私たちが感動しているものの多くは、彼の理論というより、この全体の蓄積の方であるかも知れない。その意味で、Sanae Akiyamaが、イングランドに直接取材して書いた紹介記事[11]で、ベルギーの物理学者、イリヤ・ブリゴジン(1917~2003年)に先行研究者として言及しているのは評価できる。Akiyamaは次のように言う。

「彼(ブリゴジン)は1960年代、開放系のシステムにおいて維持される、驚くべき秩序や構造があることを提唱した。あるシステムが非平衡状態にあるとき、外部から連続的なエネルギーを受けた無機物は、自己組織化して高い秩序をつくる。これはのちに『ベロウソフ・ジャボチンスキー反応』をはじめとするさまざまな実験で証明された。無機物の自己組織化は、生命でしか見られないと思われていた秩序めいた構造が、非生物でも起こりうるという驚異的な発見だった。それは『散逸構造論』としてまとめ上げられ、彼は1977年にノーベル化学賞を受賞している。」

イングランドの業績とされる内容とも近似する。しかもイングランドの「散逸適応論」に対して「散逸構造論」だ。生物物理学は50年も前に、この地点まで到達していたというわけだ。では、どこからがイングランドの新しい業績なのか。それは彼の論文をきちんと理解しないと難しい点だが、Akiyamaは次のように言う。

「もっとも、このような発見をしたプリゴジンでも、『散逸構造論』だけでは生命誕生の説明にはならないとしている。少なくとも非平衡状態の開放系において、混沌からどのような秩序や構造が生まれるかは、全て純粋な確率によるものだからだ。僅かな温度差でも、ミクロの異物の混入でも、ほんの些細な系の初期値の違いによって自己組織化の構造は大きく変化するだろう。」「ジェレミー・イングランドは、『散逸構造論』から一歩を踏み出し、次のように考えた。外界からあるシステムにエネルギー(太陽光のような電磁波)が注がれると、大気や海のような熱浴に「熱」が加わる。このような連続的な熱の不可逆性が増すにつれ、開放系はある方向に「進化」せざるを得ないだろう。その進化のかたちとは、おそらく物質がより効率的に自由エネルギーを吸収し、散逸させる構造だ。言いかえると、原子の塊はより多くのエネルギーを吸収すべく、局所的・偶発的に流れに適した構造に自己組織化するのだ。」

イングランドは、自然界に「散逸構造」が存在するという認識だけでなく、それがある方向(物質がより効率的に自由エネルギーを吸収し、散逸させる構造への方向)に変化(進化)することを示した。いや、そういう推測は広くあったかも知れないが、それを数式を用いて物理学的に証明した。

なぜ生命が生まれたか

これまでの生物学は、生命がどのようにして生まれたのかの探求に注力した。原始の海での有機物反応、彗星落下での有機物飛来、深海熱水孔での出現など様々な「生命の起源」が探られてきた。しかし、生物物理学はこの「いかに生まれたか」の問いを簡単に飛び越えてしまう。具体的にどのような過程を経たのかより、物理学的に生命のようなものが生まれ進化する必然性があったことを論証しようとする。つまり、どのように(how)でなくなぜ(why)の問題を問う。

過去において、生命の誕生について「なぜ」を問題にするのは避けられる傾向があった。「全能の神」や「創造主」、何らかの主観的意味付けが出てくる危険性が察知されたからだ。しかし、そのような方向に向かわない「なぜ」の究明があってよい。宇宙がなぜ存在するか、存在とは何なのかの問いには哲学的考察が入る余地がある。しかし、その宇宙が存在する中で、物理学的に生命がなぜ生まれるのかは科学の対象にできるし、科学理論で解明できる可能性がある。地球に生命が「なぜ生まれたか」、あるいは、他の天体も含めて、宇宙に生命が「なぜ生まれるのか」の問いに生物物理学者たちは立ち向かっている。

このような観点からは、フィンランド・ヘルシンキ大学のアルト・アニラらがさらに明確な視点を打ち出している。彼らは2008年にまさに「なぜ生命は出現したのか」と題する論文を発表し、正面からこの問題を取り上げた。「なぜ」をわざわざイタリック体で強調して次のように言う。

「この研究では、『なぜ』物質が無生物から生命に進化したのかの根本的問いを、最近定式化された熱力学から見た自然選択進化の理論(同年発表の彼らの論文を指す)を用いて究明する。自然界では多くの現象が熱力学第2法則、つまりエントロピー増大の原理に従っている。カルノーが示した通り、この原理は単純で、エネルギーの差異が力の源泉であるというものだ。」[12]

「熱力学によれば、進化もまたその全体において、エネルギー密度の差を消滅させようとする普遍的傾向に駆られた自然のプロセスである。エントロピー増大の追求が進化の原動力であり、秩序あるメカニズムと階層構造をもつ組織が出現する要因でもあると長らく理解されてきてはいたが、熱力学第2法則が生命プロセスを支配する深淵な原理だとまではコンセンサスが得られていなかった。」

「化学反応は特定の方向を持たずランダムであると考えられがちだが、誤りである。化学反応は自由エネルギーを減らす方向、つまりエントロピー増大の方向を取るのであって、これが化学的熱力学の基本である。これは化学的進化についても同様に言える。原始の化学構成が、高エネルギー流入下で定常状態を確保するため様々に化学反応を繰り返す際、エネルギー勾配が段階的にどう低下してくかを示すことができる。」

このように言明した上で、アニラらは、化学結合の変遷とエントロピーの関係について数学モデルを使ってシミュレーションし、理論を裏付けている。

彼の生物学的アプローチへの批判は痛烈だ。生物が発生する物理的合理性を明らかにすることが大切なのであって、具体的にどこでどう生命が生まれたかは本質的なことではないとする。物理学雑誌phys.orgの取材に対して次のようにも答えている。

「生命の起源を追求することは無駄な努力と思われる。生命はその全体において物理的(natural)なプロセスであり、熱力学第2法則に基づくのだから、明確な起源などはない。・・・生命がどう始まったかを問うことは、暖かい池を吹き冷ます最初の風がいつどこで吹いたかを問題にすることと同じだ。」[13]

私たちにとっての意味

なかなか衝撃的な言い方だが、では、このような生物物理学の成果を踏まえて、私たち人文系、一般の人は、人間存在についてどう考えればよいのか。「MIT物理学者が新しい『生の意味』を提起した」との題でイングランドの理論を紹介した記事[14]は、「熱力学第2法則が生命に意味を付与した」との解釈らしい。また、アニラを取材した前述phys.orgは次のように書いている。

「この意味では、生命は物理的な存在であり、単に基本的な物理法則にのっとって出現してきたに過ぎない。言ってみれば、我々生物の『目的』は、灼熱の太陽と冷えた宇宙という巨大なエネルギー差異の中に存在する地球上で、エネルギーを再配置するということだ。生物は自然選択で進化するが、最も基本的なレベルでは、それもエントロピー増大とエネルギー差異の減少という熱力学の原理に動かされている。」

私たちの生きる「目的」が宇宙のエントロピー増大という訳の分からぬ原理のためだとは悲しい。第一、効率的なエントロピー増大装置だと言っても、生物の果たしている役割など微小だ。地球に降り注ぐ太陽エネルギーのほとんどは地表や海洋に熱として吸収、あるいは宇宙に反射されるか輻射熱として出ていく。世界中に広がった緑をもってしても、光合成が利用する太陽エネルギーは地球に降り注ぐ全体の0.1%だという[15]。人間が化石燃料消費などでエントロピー増大に励んでもたかが知れているし、そのような方向の「目的」しか問題にできないのはさらに悲しい。宇宙よ、熱力学第2法則よ、あなたは私たち生物、人間に何をせよと命じられているのか、と問いたい気分だ。

科学と哲学

人文系はすぐに、こうした「意味」を求めるからいけない。だが、あくまで客観的事実にこだわる科学者たちも、世界を全一的に理解したいという宗教的な熱情を背後にもつ。アインシュタインにも宗教の背景があったらしい[16]。今回紹介したジェレミー・イングランドも母親がユダヤ教徒で、彼自身、トーラ(ユダヤ教の聖書)に心酔した時期もあったという。「これまで経験したことがなかったような鋭敏さと視野の壮大さを感じ」知的刺激を受けた、と語っている[17]。宗教は世界を根底から全一的にとらえようとする衝動だ。それを極めようとするような精神にこそ、最も本質的な科学的真理にたどり着こうとする希求が生まれるのだろう。(なお、ユダヤ教はキリスト教の場合ほど進化論との対立がなく、両立できるという解釈が主流だという。)

性急な「意味付け」をしてはいけないが、科学が明らかにする世界認識を常に哲学や人生観との間ですり合わせる努力も必要だ。その意味から、蛇足になるが、以下に、今回の異分野探索で考えさせられたことを記しておく。

生命は台風だ

要するに私たちは台風、つまり熱帯低気圧のようなものだろう(この類比はどこでも見なかったのでこれで行く)。太陽からの輻射エネルギーで、地球表面の海洋や地面が熱さられる。その熱気は、放っておいても徐々に上昇して大気圏外近くまで行って宇宙と熱交換する。しかし、あらゆる場所から一様・均等にじわじわ熱が立ち上っていくのではなく、絶妙にも台風のような渦巻システムができて、地表近い熱エネルギーが猛烈に上空に巻き上げられていく。このような現象が起こる必然性は物理学の数式が証明したのだと信じて飛ばそう。最初の微細な「ゆらぎ」から渦巻がはじまり巨大な台風に成長して熱を巻き上げる。じわじわと一様に地表の熱が宇宙空間に沁みだしていっても宇宙との熱交換は結局は行われるが、元気よい熱帯低気圧システムにあばれてもらった方が、より迅速、効率的に宇宙への熱散逸、エントロピー増大は実現できる。

そしてこの台風というシステムは、すべてがエントロピー(乱雑さ)増大に向かうこの世界の中で一定期間、自分を維持する。最初は成長もする。最終的にはそのエネルギーを上空に吐き出し、あるいはより寒冷な温帯地方に移動して吐き出し消滅するが、このサイクルは止むことがない。次から次へと新しい台風が生まれ、熱交換に向けた運動を繰り返す。結局はエントロピー最大化=乱雑・無秩序化を実現するが、そのプロセスで、台風という秩序ある動的システムを一定期間作動させる。逆説的だが、その秩序があった方が乱雑・無秩序化は加速される。この辺の絶妙な仕組みもイングランドの物理数式が証明してくれたと信じて飛ばそう。

生命とはこの台風だ。エントロピー最大化の課題を最終的には担いながら、その過程でエントロピー減少(つまり秩序)のシステムを形成する。物理法則によって生まれながら、それ自身あたかも物理法則(エントロピー増大の法則)に反逆したような存在として活動する。個々の台風が滅びても次の若い台風が生まれるように、生命は自分を複製する仕組みまで作り出し、この作業を永続的に担う。

そしてその「台風」が意識や知能を持つまでに至った。物理法則に(表面的には)逆らう秩序の系が、その内部に自我をもつ。宇宙が作りだし、結局は宇宙に奉仕する存在だが、なお、宇宙に逆らうようにふるまう系が自我をもち、自分をよりよく統御して仕事を効率的に行う。それを「よし」と宇宙は見なした。宇宙のためになる。そもそも宇宙がそれをつくりだした。

こうして生物、人間は、宇宙に育まれながらなお宇宙の諸力に抗して自己を維持し、そのための自我と意識と知能をもつ系に成長した。それ自身宇宙でありながら、宇宙諸力を対象的に見る目をもつ。当初の宇宙にはなかった新しい宇宙。宇宙自らが自らを認識する新しい段階の宇宙をつくりだした。(どこかヘーゲル的だ。)

宇宙はエントロピーの最大化、つまり熱的死に向かって進んでいる。悲しいことだが、宇宙は悲しいとも思わない。ただひたすら星々をつくりだし、核融合反応を継続し、輻射エネルギーを周囲にまき散らし、外周惑星、星間物質を破壊し、超新星爆発を起こして自らの内部を宇宙空間にばらまき、ただひたすら物理的運動を繰り返し熱的死に向かう。

そのエントロピー増大・最大化の一手段として、一時的に秩序を維持する自律的な物理系(台風など)があり、その延長上に生命が生まれた。この自律系は他の自然諸力に抗する中でその知恵を高め、効率を高めた。自然は自身を内部から省察する機能を含有することになった。

さあ、自然、宇宙は私たちに何を期待しているのか。何も期待していないだろう。「期待」は生命と人間のもつ概念であり、宇宙はただただ物理法則に導かれて動いているに過ぎない。しかし、この宇宙が生んだ知能は、宇宙自身の秘密を解き明かすかも知れない。物理に支配され爆発し破壊され熱的死に至るだけの宇宙を「悲しみ」ととらえ、そこに隠された存在の秘密を解き明かすかも知れない。もしかしたら我々は宇宙が放った起死回生の秘密兵器だったかも知れない。

—————–注・出典——————————-

[1] Shayla Fish, “First Support for a Physics Theory of Life,” Quanta Magazine, July 26, 2017; テクノロジー雑誌『ワイアード』もこの記事を異なるタイトルでリプリントしている。”Controversial new theory suggests life wasn’t a fluke of biology—it was physics,” Wired.com, July 30, 2017。ワイヤードの日本語サイトwired.jpは、同じ主題の別の記事を掲載したようだ。「いかに生命は『無秩序』な状態から生まれ、進化するのか?Wired.jp, 2017.07.25,  translated from Philip Ball, ”How Life (and Death) Spring From Disorder,” Quanta Magazine, January 26, 2017.

[2] Horowitz, J. M. and England, J. L. “Spontaneous Fine-tuning to Environment in Many-species Chemical Reaction Networks,” Proceedings of the National. Academy of Sciences, 114, 7565 (2017); Kachman, T., Owen, J. A., and England, J. L., “Self-organized Resonance during Search of a Diverse Chemical Space,” Physical Review Letters, 119, 038001 (2017).

[3]Jeremy L. England, “Statistical Physics of Self-Replication,” The Journal of Chemical Physics, 139, 121923 (2013).

[4] Toby Melville, “Massachusetts physicist claims he solved mystery of how life emerged from matter,” Reuters News, January 23, 2014.

[5] Meghan Walsh, “Jeremy England, The Man Who May One-Up,” ozy.com, April 20, 2015 Darwin

[6] Santi Tafaerlla, “Dissipation-Driven Adaptive Organization: Is Jeremy England The Next Charles Darwin?Prometheus Unbound, January 27, 2014.

[7] Meghan Walsh, op. cit.

[8] 以下、Natalie Wolchover, “A New Physics Theory of Life,” Quanta Magazine, January 22, 2014. Also reprinted in Scientific American.

[9] 以下、Shayla Fish, op. cit.

[10] 以下、Santi Tafaerlla, op. cit.

[11] Sanae Akiyama「進化論を「再定義」する物理学者、ジェレミー・イングランドとの対話」、wired.jp, 2016年8月21日、

[12] Arto Annila and Erkki Annila, “Why did life emerge?” International Journal of Astrology, Volume 7, Issue 3-4 October 2008 , pp. 293-300

[13] Lisa Zyga, “Why Life Originated (And Why it Continues),” phys.org, December 9, 2008.

[14] Orion Jones, “MIT Physicist Proposes New ‘Meaning of Life,’” Big Think

[15]太陽光の大先輩、「植物」の実力は?

[16] Paul Ratner, “Albert Einstein’s Surprising Thoughts on the Meaning of Life,” Big Think, March 12, 2017.

[17]Meghan Walsh, op. cit.