ニューヨークはなぜ安全になったか ―警察の役割

公園にパトカーが来る

夜、公園をジョッギングしていると、後ろからパトカーがすーと追い越していく。屋根の赤いライトを点けている。
「こんなところ巡るより、もっと凶悪事件を追えよ」
などとはまったく思わない。ありがたい。彼らが静かに巡ってくれるだけで犯罪がどれほど抑止されているか。公園の日常も、目立たずとも、おのずと秩序維持の方向が確保される。

リベラル派(私もそうなのだが)は、警察力の過剰な露出を嫌う。安全な日本に暮らす人は益々そうだろう。日本で公園をパトカーが巡るというのはあまり見ない。しかし、日本の十倍以上の犯罪があったアメリカ、特にニューヨークに暮らしていれば別の感覚が出てくる。

ブルックリンのサンセット公園・子どもの遊び場
公園で遊ぶ子供たち。夏は夜もこんな感じ。(夜は写真が撮れないので。)

サッカーのケンカにも

公園のサッカー場で、どういう経緯か、一人の若者が相手チームの一人を殴りだした。全員の殴り合いにはならず、かといって止めるのでもなく、皆、取り巻いて見ている。まあ、見てるだけでも抑止効果にはなるが。私も部外者ながら、遠くから見つめていた。

するとそこにパトカーがやってきて、警官二人が下りてきた。それまでにはクラブ・マネジャーらしい女性が間に入ってけんかを制止していたが、だれかが警察を呼んだらしい。警官は、ケンカ当事者たちをなだめるように話しかけ、パトカーのところで一応記録を取って帰っていった。

近所迷惑の苦情処理

アメリカでは、こうした日常のささいなところにも警官が呼ばれ、問題解決に利用されている。夜、アパートでダンス・パーティを開いていると、突然警官がドアを空け、「近所から苦情が出ているので止めてくれないか」と諭す。若者たちは「ピッグらが…」(警官の蔑称で豚の意味)と陰口をたたきながらも一応ダンスを止める。

友人に聞いた話だが、警官が帰った後でまたダンスを始めたところ、突然、大きな窓から石が投げ込まれ、ガラスが粉々に砕け散ったという。近所住民の実力行使だったらしい。これには参ったよ、と言っていたが、こうした私人同士の紛争になるより、警官に注意してもらった方がいいのだろう。

目を合わせないようにするする

ニューヨークの地下鉄に乗ると、ドア近くに立って大声でわめきたてる男が居た。「なぜ皆、従順にしている。立ち上がれ!」などと革命家か宗教家気取りの演説をしているのだが、明らかに雰囲気がおかしい。ドラッグが入っているのか。だれも止めない。そりゃそうだ、どう反応されるかわかったものではない。近くの座席からそれとなく逃げて遠くに移動する乗客が居る。私は逃げずに傍に座ったまま、しかし、男と目が合わないよう必死にあらぬ方向を向いている。そう、こういう時に目が合うと絡まれる。日本でもその筋の人と目が合ったら因縁をつけられるでしょう。できるだけ知らんぷりでやり過ごすのがこの街で生きる心得だ。

私の駅に着いて、下りた。あの後、男はどうなったのだろうか。皆もそうだが、私も避けるだけだった。「すみません、静かにして頂けますか」の一言が言えない。卑怯かもしれない。

ニューヨークの地下鉄。
ニューヨークの地下鉄。

深夜地下鉄の警察

夜中の2時に、とある地下鉄駅に降りていった。改札口を見張っていた警官がジロリとこっちを見た。真夜中の駅で警察は一人で見張り役をしているのだ。彼らだってどんな奴が駅に降りてくるのか不安だろう。

深夜の地下鉄で、騒いでいる2人組の男が居た。気にはならない程度だったが、そのうち、止まった駅で2人の警官が入ってきた。2人組を外に連れ出し、尋問を始めた。電車は出発した。だれかがスマホのメッセージで通報したのだろう。2人の警官はぴったりと我々の車両のドアで待ち構え、男たちを連れ出した。2人の警官のうち一人は女性で、彼女が前面に立ち、2人組を外に出した。かっこよかった。

ニューヨークは意外と安全

去年の5月にニューヨークに来て、この街が意外に安全なのに驚いた。夏場など、夜10時を過ぎても、公園に人がたくさんおり、子ども連れも歩いている。

夜、ブルックリンの私のアパート周りを歩いても、普通に女性の一人歩きを見る。夏場のことだが、ジョッギングの帰り、毎晩、自宅アパート前で携帯長電話をしている女性が居た。家の中でかけると周囲の邪魔になるので外でかけているのだろうが、こんなこと、30年前は考えられなかった。男でも夜は一人歩きはするな、と言われていた。しかも、比較的安全と言われるサンフランシスコでの話だ。

夜を楽しく過ごす文化

街が安全になりさえすれば、この地域に住む人たちは、ありとあらゆる夕べの楽しみ方を繰り広げる。中国南部、東南アジア、メキシコ、カリブ海諸国から来た人たちだ。母国では夜遅くまで生活を街中に繰り出して楽しむすべを身に着けている。ポーチに家族でくつろぎ、商店や飲食店を練り歩き、公園を子連れ散歩をし、「ブロック・パーティ」と称して街路を歩行者天国にして地域の人たちとお祭り騒ぎをする。安全になりさえすれば、街の生活を楽しむ南国の人々の生活がもどってくる。

公園のダンス。
中国系の公園のダンス。夜まで続く。
ブロックパーティー(ブルックリン)
ヒスパニック系の「ブロックパーティ」。歩行者天国にして、近隣交流のイベントを楽しむ。

犯罪率が9分の1に

確かにニューヨークが安全になったことは生活の中で実感できる。が、本当にそうか。数字で見てみよう。下記は、1960年代からのニューヨークの殺人数、殺人率の変化だ。他の犯罪でも同様の傾向なので「殺人」で代表させる。

表:ニューヨークの殺人統計

  • 年    殺人数  10万人当り  全米
  • 1960    482       6.2      5.1
  • 1965    634       8.1      5.1
  • 1970   1117      14.1      7.9
  • 1975   1645      20.8      9.6
  • 1980   1814      25.7     10.2
  • 1985   1384      19.3      8.0
  • 1990   2245      30.7      9.4
  • 1995   1177      16.1      8.2
  • 2000    673       8.4      5.5
  • 2005    539       6.6      5.6
  • 2010    534       6.5      4.8
  • 2015    352       4.1      4.9
  • 2016    335       3.9
  • 2017    290       3.4

資料:Chris Mitchell, “The Killing of Murder,” New York Magazine, January 7, 2008; New York City Police Department, “Historical New York City Crime Data: Citywide Seven Major Felony Offenses 2000-2016”;US Bureau of Census, US Census of Population and Housing; FBI, “Crime – Large Local Agencies,” Uniform Crime Reporting Statistics; Anthony M. Destefano, “New York City Records Lowest Homicide Rate Since WWII,” Officer.com, January 2, 2018

これを見て明らかなように、ニューヨーク市の犯罪は、1970~1990年代をピークにして徐々に、というより劇的に減少している。直近の2017年はついに300人を切り290人(10万人当り3.4人)になった。最も多かった1990年の実に9分の1だ。もちろん、日本の殺人率10万人当たり0.6人に比べるとまだ6倍多いが、例えばシカゴの殺人率が同23人であることを考えるとかなり低い。

好不況にかかわらず犯罪減少

表の右端は米国全体の犯罪率だ。ニューヨーク市ほど極端でないにしても、やはり一貫して減少している。あらかじめ指摘しておきたいが、犯罪は好況期に減って不況期に増えると一般的に言われるが、米国の最近の動向はこれが当てはまらない。確かに1990年代の犯罪激減期は好況だったが、それ以後、好不況の波があったのにかかわらず、犯罪率は一貫して減り続けている。2008年にはリーマンショックで金融恐慌が起こり、失業率が6%程度から最高10%に上昇したが、この時も犯罪率低下は変わらなかった(いろいろ報告がある。例えばBradford Plumer, “Crime Conundrum,” New RepublicDecember 22, 2010参照)。窃盗などを含めてあらゆる犯罪が下がり続け、全米の殺人率などはここで減少速度を速めたくらいだ。喜ばしい限りだが不思議な現象だ。

ニューヨークが「最も安全な米国大都市」レベルに

上の表で注目すべきは、2015年のニューヨークの殺人率(10万人当たり4.1人)が全米平均(同4.9人)を下回っていることだ(正確には2013年から下回っている)。また、2014年の数字で、全米83の25万人以上の都市の中で、人口最大のニューヨーク市は14番目に犯罪率の低い都市(同3.4人)となった。人口130万以上の10大都市ではサンディエゴの2.9人に次いで2番目に低い。普通、大都市ほど犯罪率は高くなるものだ。2番目の大都市ロサンゼルスは同7.1人、3番目のシカゴは同23.8人になっている(”List of United States Cities by Crime Rate,Wikipedia)。犯罪率で、「ニューヨークに居た方が安全」などという事態をこれまで考えられたろうか。

ニューヨーク市警の増強

このような劇的な犯罪減少がなぜ起こったのか。これはかなり興味深い問いで、多くの学者が様々な要因を分析している。最も広く普及している見方は、ニューヨーク市の警察力の強化、特にその警備方針の革新だ。

世間一般には、ニューヨーク市が警官を増やしたから犯罪が減ったと思われているだろう。確かに増えたのは事実だ。殺人数が年間2245件とピークを迎えた1990年に3万1236人だったニューヨーク市警制服警官の数は、2016年に3万6028人になっている(U.S. Department of Justice, Police Departments in Large Cities, 1990-2000, May 2002; New York Police Department, Crime and Enforcement Activity in New York City (Jan 1 – Dec 31, 2016), c-1.ニューヨーク市では1995年に、それまで別組織だった交通局警察、住宅局警察が市警察局に合併した。1990年の統計はその3組織を含めた数)。

ニューヨーク市警だけで、泣く子もだまるかの連邦捜査局(FBI)の人員(3万5000人)も越え、州全体の警察官数と比べてもカリフォルニア、テキサス、フロリダ、イリノイ州に次いで5番目だ(U.S. Department of Justice, National Sources of Law Enforcement Employment Data, April 2016)。テロ対策のため軍隊並みの軍事技術も導入していると言われ、ブルームバーグ前市長が「世界7位の軍隊を持っている」と失言したこともある(Tana Ganeva, Laura Gottesdiener, “9 Frightening Things About America’s Biggest Police Force,” AlterNet, September 26, 2012)。しかし、1990年に2245人だった殺人被害者が、2016年に335人。警官15%増で犯罪を7分の1にしたのだから上出来だ。2000年に警官総数4万435人まで増えた後は、2001年同時多発テロにもかかわらず、5000人近く削減している。

日常警備に重点

いや15%増どころじゃないだろう。警官はもっと増えているはずだ、とニューヨーク長期滞在者は言うかも知れない。確かに日常生活から見ると、警官は激増したように感じる。だが、それは、警察が市民の日常生活に下りてきて、地域生活の治安維持に力を入れるようになったからだ。かつては凶悪事件を追い犯人を逮捕する「事後対応」に力点を置いた。組織内派閥抗争に明け暮れ、外に出てこなかったという批判もある。しかし、1990年代からニューヨーク市警は「割れ窓」理論に基づき、日常的で軽微な治安の乱れを正す方向に方針を転換した。(この辺の事情に関して、日本語では今野 健一・高橋早苗「ニューヨーク市における犯罪の減少と秩序維持ポリーシング」『山形大学紀要』第38巻第2号、2008年が非常に詳細・包括的である。ただし、多くのリベラルな米国研究者同様、ニューヨーク市警の役割評価には慎重だ。)

「割れ窓」理論

ガラスが1枚割られるのは大した犯罪ではないが、それを放置するような地域社会は、いずれ凶悪犯罪の跳梁する世界となる。大きな事件が起こる前にささいな治安の乱れに対処する。それが結果的に凶悪犯罪の防止につながる。このような考え方の下、ニューヨーク市警は徹底して市民生活の中に入る方針を打ち出した(George L. Kelling And James Q. Wilson, ”Broken Windows: The police and neighborhood safety,” The Atlantic, March 1982; George L. Kelling William J. Bratton, ”Why We Need Broken Windows Policing,” City Journal, Winter 2015)。パトカーの巡視だけでなく、徒歩、自転車、騎馬による巡回も強化。「ゼロ・トラランス(寛容ゼロ)」方針で、些細な法違反も取り締まった。実際、軽微な犯罪で逮捕される者の中に凶悪事件の犯人が居たりすることも多かったという。市民と日常的な交流を深めることを重視し、地域生活の些細な変化・懸念にも関心が向くようにした(コミュニティー・ポリーシング)。

日常の秩序維持ポリーシング

1990年代初め、市内で年間2000人以上が殺される犯罪ピークを迎えていたニューヨーク市で、1994年に新しくジュリアーニ市長が就任した(共和党、在任1994~2001年)。連邦検事時代にニューヨークのマフィア掃討作戦で成果を上げていた人物。彼は、すでに市交通局の警察部長として無賃乗車など軽罪取り締まりで手腕を発揮していたウィリアム・ブラットンを市警察本部長に任命した。このブラットンが、「割れ窓」理論に基づく秩序維持ポリーシング(OMP)を押し進め、積極的な「停止・尋問」活動などを通じて軽微な犯罪にも積極的に対応する施策をとった。公道での飲酒、うろつき、放尿、落書き、その他軽罪(misdemeanor)による逮捕は、1993年の129,404件から1996年の181,736件、1998年の215,158件と増えた(Jeffrey Fagan and Garth Davies, “Street Stops and Broken Windows: Terry, Race, and Disorder in New York City,” Fordham Urban Law Journal, Volume 28, Issue 2, 2000, p.476)。

これは一方で警察の自由裁量による尋問を拡大することにもなるが、目立つ場所で行われる取り締まりは犯罪の抑止効果があったとされる。違法な銃所持の発見も重視され、1998年頃までには、尋問の3分の1以上が銃所持嫌疑によるものとなった。1990年代初めに年間2000人を超えていた殺人数は、1996年に1000人を割り、1998年に600人台、2013年以降は400人以下となった。

連邦コミュニティー・ポリーシング局

全国的には、1993年からのクリントン政権が地域主導の犯罪抑止を重視し、1994年の凶悪犯罪統制・法執行法(Violent Crime Control and Law Enforcement Act)により、連邦コミュニティー・ポリーシング局(COPS)を設置。全米の警察機関にコミュニティー・ポリーシングのための警察官採用などで資金援助を行う体制をとった。

ニューヨーク市のコミュニティーポリーシング

「いいかい、我々は単に、住民と握手したり赤ちゃんにキスしたりしてるだけじゃないんだ」と地域巡回をするニューヨーク市警79分署の「近隣連携警察官」ジョン・ブキャナンが語る(Dean Meminger, ”An Inside Look At The NYPD’s Community Policing Program Shows Focus On Crime Fighting And Community Building,” Spectrum News, August 16, 2016)。「我々は依然、警官なんだ。我々の主要任務は犯罪と戦うこと。そのために地域との連携を深め、これを活用する。」

地域商店主の声も紹介されている。「彼ら(警官たち)はよく来ては、すべてOKか、何も問題ないかね、と聞いてくる。」「私たちも彼らのことを知るようになるし、彼らも私たちのことを知るようになる。いい関係だね。彼らが居ることで安全になったと感じるね。」

ばりばりのリベラル派が市長に

2013年、ニューヨーク市では、リベラル派のビル・デブラシオ(民主党)が73%の圧倒的得票で市長に当選した。ニカラグア革命(1979~1990年)時に、米国と敵対したサンディニスタ政権を支持し支援活動を行ったばりばりの左派。リベラルな政策を進め、警察関連でも、ジュリアーニ市長、ブルームバーグ市長(共和党、在任2002~2013年)の時代を通じて積極的に行われた「停止・尋問」活動を抑える方向を示す一方、警官向け対立抑制訓練の実施、マイノリティ地域社会との連携強化などコミュニティーポリーシングの方針を明確にした。同時多発テロ以降のイスラム教徒社会監視プログラムも終了させた。

2000人の近隣連携警察官を配置

このデブラシオ市長が2015年春から始めたのが近隣連携警察官(neighborhood coordinating officer, NCO)プログラムだ。ニューヨーク市には123の警察分署区(precinct、平均人口7万人)があるが、それぞれをさらに4~5の地区(sector)に分け、2017年までに各地区2名、全市計2000人の近隣連携警察官を配置した。その活動が前記紹介記事のブキャナンらの活動だ。

各分署区内でさらに細分化された地区は、一体的なまとまりのある近隣地域で、各地区約10名の警察官がそこに張り付いて警備に当たる。勤務時間の3分の1は緊急出動の任務から解かれ地域を巡回する。自分たちが守るべき地域への責任感、帰属心をつけ、地域の治安上の問題を深く理解するためだという(”Neighborhood Policing,” NYPD site)。そこに新たに加えられた2名の近隣連携警察官が他の警察官の地域連携を支援するとともに、自ら地域を巡回するのはもちろん、地域の集会、イベントにも参加して地域連携に主要な役割を果たす。携帯番号、メルアドも公開して市民からのアクセス向上を図る。デブラシオ市長は「これが将来の流れだ。ポリーシングが今後どう変わっていくかを示している」と激を飛ばしている(Alison Fox, “Neighborhood coordination officers program to expand, as de Blasio touts success,” amNewYork, April 10, 2017)。

警察の役割も大切

ニューヨーク市の犯罪減少は、やはり警察の対応抜きには考えられない。特に日常の治安を重視するコミュニティーポリーシングが効果を発揮した。同じ「割れ窓理論」に基づくコミュニティーポリーシングでも、2013年以前の共和党市政は「停止・尋問」策を前面に立てた強硬派、それ以降は地域連携を重視したソフトなやり方だ。どちらも成果を出しているが、統計上犯罪が激的に減少したのは1990年代だったから、強硬派の役割も大きかったと評価しなければならない。

もちろん、アメリカの警察には問題も多く、特に黒人を集中的に狙って「停止・尋問」を行いがちな「レイシャル・プロファイリング」は批判されている。これは何としてでも克服する必要がある。しかし、警察の役割を軽んじてはならない。警察はけしからんと批判の言葉を投げつけて終わりにしては無責任だ。現地に住む者としては治安ほど大切なものはない。犯罪に会いたくない。犯罪が充満したらどんな市民生活も成り立たない。減ったと言ってもまだ日本の5倍の殺人があるニューヨークで、安全の問題をないがしろにすることはできない。警察力を市民生活の中でどう位置付けるかきちんとした対処がなければならない。

市長選びはイデオロギーではない

市民の多くも同じ気持ちだろう。市長選では、保守かリベラルかより、だれが市民の安全を守れるかが重要な判断基準になる。ニューヨーク市の選挙登録は68パーセントが民主党で、前回大統領選でも市内だけで見ればヒラリーが79%の圧倒的得票でトランプ(18%)を破った。下院議員選挙でも市内13選挙区中12区で民主党が勝利している。しかし、例えば1993年の市長選では共和党のジュリアーニが勝った。民主党のディンキン前市長が、黒人暴動の収拾その他で治安を維持できない市長だというイメージが付いてしまい(実際は任期終盤の1992年から、以後長く続く犯罪下降期が始まっている)、市民は、ジュリアーニを選んだ。連邦検事時代に鉄腕を発揮して、薬物ギャングなどを徹底して訴追した強硬派の人物だ。ジュリアーニからブルームバーグまで計5期20年も共和党出身者が続き、このかんにニューヨーク市の治安は劇的に改善した。

デブラシオ現市長も治安を重視

2013年に久々に民主党リベラル派のデブラシオが選出されたが、彼も市民の意向はよく知っている。反対を押し切って、ジュリアーニ市長時代に警察本部長として鉄腕を発揮したブラットンを再び本部長に起用した(2014~2016年)。コミュニティーポリーシングのためだが、削減傾向にあった警察を2000人増強した。そうした中、他都市で犯罪再上昇の気配がある中で、ニューヨーク市は2017年も殺人数歴代最少(290人)を更新。一番ほっとしているのはデブラシオ市長かも知れない。

「夜警国家」だ。政府は夜の安全を守ってくれればいい。あとは市民がなんとかする。日本でも暴力団抗争は警察がなんとかしてくれなければ困る。警察が腐敗などなく、どう効率的に機能し犯罪に対処するか。それを市民がどうコントロールするか、そういう問題だ。アメリカでは警察官も年間50人以上が職務中に殺されている(事故を含めると100人以上)。命がけの仕事だ。市民のためなっている ―たとえ幻想でもいいからそういう誇りを持って頂き勤務にまい進してもらってよい。

夜のブルックリン住宅街を歩いて、プエルトリコ系や中国系など移民家族が、ポーチで夕涼みをしているのを見た。前述のように、地域交流の「ブロックパーティ」なるものを開いて大いに盛り上がっているのを見た。公園で夜まで家族のピクニック(野外パーティー)を楽しんでいる人たちも大勢いる。カリブ海や中国南部の暖かい地域から移民してきた人たちは、夜の街をどう楽しむか文化としてよく身に付けている。安全さえ確保されれば彼らにはそれができる。そういう時だ、ニューヨークが安全な街になって本当によかった、と思うのは。