「自費出版」でなくて「インディー出版」 -電子出版時代にISBN無用論も

「自費」なし

インディー出版とは、要するに、ライターが個人で出版する自費出版である。しかし、日本では「自費出版」のイメージが悪い。出版社の負担で出版するのでなく自分で費用を出して本を出してもらう。売れるような本、書き手でないことを示すようなもので、自己満足のための出版と見なされる。費用も以前は数十万円かかった。(アメリカでも虚栄出版vanity publishingという言葉があり、これまでは自己出版のイメージはよくなかった。)

しかし、e-bookの時代には、本を出版するのに自分の労力以外、費用がかからない(この「自分の労力」が大変高くつくという意見もあるが)。例えばアマゾンKDPならワードで書いた文章をアップロードすればいい。表紙も最近は洗練された無料のデザイン・サンプルを提供してくれるサイトがある。流通費用も要らない。何しろ、出版すれば即、世界最大の本屋アマゾン様のサイトに現れる。限定的だが、各種販促プログラムも提供される。「自費」のかからない出版を「自費出版」とは言えない。

「自己出版」(self-publishing)でもよいが、独立自主の気構えがある積極的な言葉として「インディー出版」(indie publishing)も使われる。音楽界でもそうだったように、大手レコード会社に頼らず、独立の立場から曲を出し、新たな潮流をつくるのがインディーズだ。本の出版はこれまでは、大規模な印刷技術と各種専門的技能、確実な流通網が必要で、大資本を要する事業だった。だが、デジタル技術とインターネットの拡大で、個人が簡単に行える事業に変わってきた。大手出版社と取次会社に握られていた書籍出版事業がどのように個人の手にもたらされるか、この時代の興味ある課題となっている。

ベストセラー上位100タイトルのうち56点がインディー

e-book時代のインディー出版はマイナーで売れない本というわけでもない。すでにメジャーな潮流にもなりつつある。オンライン書籍販売市場調査機関オーサーアーニングズの2016年2月調査によると、米アマゾン・ベストセラーリスト(売れ筋ランキング)のトップ10のうち4点、トップ100のうち56点がインディー著書だった。インディー著者のe-bookは低価格なのでベストセラーに入りやすいが、それでもトップ100内56点のうち20点は2ドル99セント~5ドル99セントだった(つまり99セントの最安売りではなかった)。逆に、インディー著者の場合は収益の取り分が大きい。伝統的出版社から本を出せば著者印税は10~15%だが、インディー著者の場合は最高70%程度を取れる。低価格でも実入りがいいということだ。

上位20万点の27%はインディー

そして、もちろんインディー出版は多数の無名ライターたちに担われる。同じくオーサーアーニングズの2016年1月10日単日調査によると、アマゾンのベストセラーリスト上位19万5000点(e-book売上の58%相当)の中で、約27%はインディー出版の著書だった。ビッグ・ファイブの2倍以上。2015年9月の調査でもほぼ同レベルの結果だった。

アマゾンの「ベストセラーリスト」は実のところ何百万冊も続く売上順位表。オーサーアーニングズは、この上位約20万点程度をほぼ4半期ごとの単日に、クローラー・ソフトを巡回させ、データを集計・解析してきた。(そして、前回紹介の通り、2017年4月から24時間連日の継続的体制に移行。)

上位100万点の31%はインディー

次の2016年5月5日の単日調査では、アマゾン内にe-book323万タイトル、著者88万人を確認。今度は上位20万点にとどまらず、「暗黒物質」のさらに奥、上位100万点まで調べた(アマゾン内e-book点数の32%、販売額の82%をカバー)。ベストセラーリストだけでなく、「この本も読んでいます」の推薦リスト、著者ページにもクローラーを巡回させた。その結果、100万点のe-book著書のうちインディー出版は全体の31%であることが判明。これに対し大手ビッグ・ファイブの書籍は13%だった。また、インディー著者は販売数で42%、販売額で24%、著者収入で47%を占めた。ビッグ・ファイブは販売数23%、販売額40%、著者収入22%だった。

年収2万5000ドル以上の著者は4600人、4割がインディー

気になるインディー著者の収入を同調査で見てみよう。貧困ラインぎりぎりで生活可能と思われる年収2万5000ドル以上の著者は4600人。決して多くはない。うち40%がインディー著者だった。ビッグ・ファイブ著者は35%、中小出版社著者は22%だった。この中には長年のキャリアをもつベテランも居るので、そうした人を除き、過去3年の間にデビューした著者に限るとビッグ・ファイブ250人、中小出版社200人、そして何とインディー著者は1000人を超えた。ここでもインディーは大手出版社著者に勝る勢いを持っている。

年収1万ドル以上の著者は9900人

年収1万ドルにまで基準を下げて見てみよう。年収100万円では食べていけないが、これは書籍収入、しかもアマゾンだけの収入だ。他のサイトや(印刷本があれば)街の書店でも売り、雑誌記事で原稿料を稼ぎ、講演やコンサルなど副業をしていけば何とかなるかも知れない。結果は9900人と出た。2015年9月段階では5600人だった。若干対象を広げたこともあるが、増えている。そして、ここでもインディー著者が元気で、特に過去3年間にデビューした人の中では1600人がインディー著者だった。ビッグ・ファイブと中小出版の著者はそれぞれ500人程度。

下位260万点の著者が75万人、うちインディー16万人

オーサーアーニングズは、分野別ベストセラーリストに出てこない下位260万点(上位からで言えば63万~325万位の)書籍の著者についても調べている。一人で複数の書籍を出している場合もある。260万点e-bookの著者は75万人だった。そのうちインディー著者は21%にあたる16万人(著書数にして90万タイトル)。上位100万位以下だとほとんどの著書が月1冊も売れていないというから、彼らの窮状は察するに余りある。まったく売れず、親戚・友人に配るだけの著書もあるのだろう。インディー著者を目指す人はぜひこの厳しい現実を直視されたい。

ゴミ本ばかりが増えるという批判

ネット上への自己出版が増え、ゴミのような本ばかり氾濫して困るとの批判がある。他人の本をコピーし少し書き変えて自著として出版する剽窃本も多いという。ソフトウェアで適当な本を大量作成し、自動的にページ移動をさせるソフトでKindle Unlimitedでの不当な稼ぎを行う者までいるという。主に見聞的な叙述で、正確な調査に基づいた指摘ではない。しかし、正確な調査をするにも値しないと思われ、深い深い無視の中に暗黒物質として捨て置かれているだけなのかも知れない。

悪書を読むに人生は短すぎる

ショウペンハウエルの言葉を想起すべきか。「良書を読むための条件は、悪書を読まぬことである。人生は短く、時間と力には限りがあるからである」(アルトゥール・ショウペンハウエル『読書について』斎藤忍随訳、岩波文庫、p.134)

前衛的小説家チャック・ウェンディックは、自己出版があまりにも多く、大海の中で良品を見つけ出すのが難しくなっていると批判し、さらに次のように言う。「自己出版の売りの一つはだれに対してもドアが開かれているということだ。そう、だれに対しても。常に。ナイトクラブに門番が居ない。いいだろう。だが、シャツも靴も履いてない輩が入ってくる。さめ皮スーツをめかし込んで来る者も。目をぎらつかせ長靴でシチューを食べたり、片隅で性的悪さをするやつらも居る。」(Chuck Wendig, “Slushy Glut Slog: Why The Self-Publishing Shit Volcano Is A Problem,” Terribleminds, February 3, 2014)

マイケル・コゾロウスキーのブログは、オンライン書籍販売サイトが自己出版専門セクションをつくるべきだと主張する。最初はそこにだけ彼らのe-bookを置き、一定の売上を達成したら通常売り場に移せばいい、という。最初から伝統出版社のしっかりした本といっしょにして「玉石混交」にしてはいけないという主張だ。

ビッグ・ファイブ著者でも売れない人は売れない

しかし、何事もハードなデータを基にして議論する必要があるだろう。実態は、伝統出版社から出された本の多くも売れず、「暗黒物質」なっている。上記オーサーアーニングズの調査によると、売上リスト下位260万点の著者75万人の中には、インディー著者16万人(著書数にして90万タイトル)だけでなく、大手のビッグ・ファイブから出した著者8万6000人(30万タイトル。多くの場合印刷本のe-book版)、中小出版社から出した著者24万人(75万タイトル。同)も含まれる。底辺にはインディー著者ばかりではなく、意外にも伝統出版社から本を出した著者も多い。ライターの窮状は何もe-bookインディー時代に始まったわけでなく、伝統出版時代から続く悲話だったということだ。

米国で最も歴史があり規模も大きいライター組織「オーサーギルド」(会員約9000人)が2015年に会員の収入をアンケート調査した。ノーベル賞、 ピューリッツァー賞受賞著者らが理事に名を連ねる権威ある団体で、主に伝統的出版社から本を出している著者たちが会員になっている。1674人(89%が50才以上)から回答があり、著作だけで同年連邦貧困ライン1万1670ドルを稼いでいる人は46%だった。しかも、2009年調査から平均24%減となっていた。インディー出版ブームとなったため33%が少なくとも1冊は自己出版としても出しており、「混合アプローチ」傾向が強まったとも報告している。

オーサーアーニングズのデータ・ガイ氏は、ビッグ・ファイブから本を出すまでに至ってなお下層に沈む何万、何十万人もの著者たちに深く同情している。「これらの著者たちは、伝統的出版界で、持ち込み原稿のたたかいを苦労してくぐり抜け、成功裏に出版社、時にはビッグ・ファイブとの出版契約にまでこぎつけた。しかし、その成果が、売上でも知名度でも、彼らのキャリアをまるで前進させなかったようだ。今日、この何十万という伝統的著者たちは、最底辺であえぐインディー著者たちよりも稼げていない現実に向き合わされている。」

そして、底辺に沈む16万人のインディー著者たちについては、いろんな見方があるとした上で、次のように言っている。「かつて、伝統的出版社がライターの唯一の選択肢だったとき、著者たちの持ち込み原稿はゴミ山として朽ち果て、出版されることもなく、読者の目に触れることもなかった。しかし、彼らは今、全体で日々15万冊の電子書籍を売り、平均で年250ドル(1タイトル約100ドル)の収入を得ている。そして、多くはないが読者に読まれ、新しいファンを獲得できるようにもなった。」

データ・ガイ、なかなかの洞察である。単なるデータ・マンではないな。

2017年オンライン・ベストセラー上位1000人のうち284人がインディー

オーサーアーニングズは、体制を強化した2017年4月以降の最新調査(Author Earnings, “January 2018 Report: US online book sales, Q2-Q4 2017“)でも、インディー著者について分析を行っている。2017年4~12月、オンライン書籍販売サイト全体のベストセラー著者上位100人のうち7人、上位500人の121人、上位1000人の284人がインディーだった。インディー著者のトップは、名前や売上が伏せられているが、11位に入っている。インディー著者は同時に出版者でもあるので、この人は出版社のe-book売上高ランクでも21位だ。並み居る大手出版社に伍して個人著者が売上高で名を連ねている。

ISBN番号も付かない

オーサーアーニングズの2015年10月調査によると、アマゾンで販売されるe-bookの37%は国際標準図書番号(ISBN)を付けていなかった。Koboでは、14%。Apple iBookとBarnes & Noble Nookでは確定が難しいが20~25%だとする。e-book業界全体では、全体の33%がISBNなしの書籍になっているという。

「底辺のインディー著書」だけがISBNなしという訳ではなく、2015年1月調査によると、アマゾンe-bookベストセラー上位10点のうち20%、上位100点の16%、上位1000点の34%、上位10000点の37%がISBNなしだった。インディー著書だけだと、2014年にアマゾンで売られたインディーe-bookの87%がISBNなしだった。インディー著者にはISBNを付ける人と付けない人がいるが、上位4000点のインディー著書を比べたところ、ISBNなしの著書の方が、ISBNがある著書より販売数で2倍、著者収入で35%上まわる売上を出していた。ISBNを付けていないe-bookの方が売れていたということだ。

「影の産業」段階を越えた

オーサーアーニングズのデータ・ガイ氏はこの状況について次のように言う。

「現在、出版者が購入するISBNなしのインディー出版e-bookは、全米のe-bookストアでのe-book購入と著者収益の少なくとも33%を占める。これまでのレポートで、こうしたISBNのないe-bookを”影の産業”として言及してきた。これは(人気e-book作家の)ジョー・コンラスが使いだしたわかりやすい造語で、正式集計にひっかからないISBNなし出版部門を表す略語として人気を得てきた。しかし、”影の産業”はもはや事態を正確に表す言葉ではなくなっている。ISBNなしe-bookが米消費者のe-book購入、読む時間、それに著者収入において、ビッグ・ファイブを含むAAP加盟1200大手出版社より大きなシェアをもつようになった。すでにISBNなしe-bookは、読者から見ても、著者から見てもデジタル出版最大のセクターだ。今日では、ISBNなしインディーe-bookがデジタル出版産業だと言える。」(2015年10月レポート

ISBNは無料で取得できる国もあるが、米国ではバウカー社から有料で買う。番号1つで125ドル、10個で295ドルなどだ。(日本も有料で、日本図書コード管理センターから番号10個2万円など)。実店舗書店に流通させるならISBNが必要だが、オンライン販売するe-bookなら特に必要ない。オンライン販売サイトもISBN付与を求めていない。アマゾンで出版されるe-bookは同社の商品識別番号ASIN(Amazon Standard Identification Number)が自動的に付与され、それで管理される。ISBNを付ければ箔が付くわけでもない。米国の消費者はそんなことにあまりかまわないし、そもそもISBNなど知らない人がほとんどだ。メリットがまったくないのだから付けなくていい、という理解がインディー出版業界には広がっているようようだ。

ISBN導入に抗した出版人たちを思い出す

ISBNの導入に抵抗した尊敬する先輩出版人たちに聞かせてあげたい話だ。あれほど強力な流れで日本でも導入されたISBNが、現在のe-book時代に、いとも簡単に放り出されている。別に強い思想的な理念があってのことでない。「ISBN? 必要ないんじゃない」ということだ。

「ISBNは死んだ」

2015年1月当時は、オーサーアーニングズが新データを発表してまた1年たっておらず、既存業界専門家から激しい反発を招いていた時期だった。オーサーアーニングズもこれに果敢に反論していた(現在はある程度仲直りして別事業bookstat.comとして業界向けにもサービスを展開)。業界が依拠していたアメリカ出版社協会(AAP)、ニールセン、バウカー社などの統計を遠慮なく批判した(”January 2015 Author Earnings Report“)。当時のBookStats、StatShot、PubTrackなどのe-book統計は、いずれも大手出版社の限られたサンプルを基に、タイトルごとの平均売上を、バウカー社から購入した電子書籍ISBN数と掛け合わせるといった手法でe-book業界の規模を算出していた。つまり、ISBNのある書籍しか対象にしていなかった。ISBNのないインディー出版のe-bookなどを把握できていないことは認めていたが、それらは無視できる規模としていた。そこにオーサーアーニングズがクローラー巡回の新手法と大量のハード・データを引っさげて切り込んだわけだ。アマゾンだけでも、e-book販売数の30%、販売額の16%、著者収入の28%が見落とされていることを指摘した。

それだけでなく、例えばBookStatsとBookScanの全米印刷書籍売上統計に250%を超える差異があるなど、集計上の様々な問題を指摘し、文字通り切って切って切りまくった。あまり表に出ないが、業界内部でもいろいろ疑義が出ていることを具体例を挙げて示した。2014年に書籍産業研究グループ(BISG)がAAPとの共同プロジェクトから降りてBookStatsが終了したのもこうした統計手法上の問題が関連しているとしている。出版統計が売上冊数や売上額だけで、著者収入の統計がないことまでまな板に載せ、業界専門家がそれに関心を払わないことに警句を発している。出版統計についての疑義指摘は他にもあり、例えばPubTrack Digitalについて丹念に問題を掘り起こした論稿Kristine Kathryn Rusch, “Business Musings: Traditional Numbers,” January 21, 2015が紹介されている。(なお、日本の出版統計ついても、下間浩平「出版統計に関する基礎的な問題点について」『情報知識学会誌』25 巻 (2015) 2 号が鋭く迫っている。)

オーサーアーニングズは多様な問題を指摘したが、少なくともISBNに基づく統計収集についてはこう結論づけた。「デジタル書籍のデータを集めるに関し、ISBNはすでに死んだ。まだ埋葬されていないだけだ。」(上記201kou5年1月レポート