プールサイドの簡易ベッドに横たわると、青空とリゾートマンションの高層階がせまってくる。リッチな生活だな、という気持ちになる。水の中で半浮きで横たわるベッドもあり、それに寝ころぶと益々らくちんだ。フィリピン・セブでのバケーション。私ら夫婦、これまでこんな贅沢をしたことがあっただろうか。一泊2000ペソ(4000円)だった。
青い海を見下ろす部屋は広くて真新しい。家具・調度品がそろい、キッチンで料理もでき、ベランダのテーブルで酒を酌み交わすこともできる。居間のガラス机に私の安パソコンを置くと、そこからの音楽が、これまで聞いたこともなかったような音色を出して室内に響いた。
セブのリゾートマンションは内外の富裕層が投資目的で買っているようで、自分は住まず、とりあえず賃貸や短期宿泊施設として出す、ということらしい。その業務を代行するマネジメント会社も活躍している。敷地内に、プールの他、テニスコート、ゴルフ練習芝生、ジム、カラオケ室もあり、使い放題だ。散歩をすれば美しいセブの海岸まで出られる。専用ビーチまではないことが、一泊4000円の限界だった。
しかし、2人4000円でこんな生活をしていいのか。一歩マンション敷地外に出ると、地元住民の貧しい集落があった。古びた家屋に狭い道路、ホコリをかぶった小商店や、屋台風の野外食堂。それら街区もかなりが開発で削り取られていた。
ここ、セブ・マクタン島の東部半島(エンガニョ地区)は、今、猛烈な勢いで観光開発が進んでいる。高級ホテルやリゾートマンションが次々に立ち、行楽客が内外から訪れ、ダイビング、スノーケリング、水上スキー、パラセーリング他ウォーター・スポーツのメッカともなる。伝統的な村落社会は次々に取り壊され、「プライベート・プロパティ」(私有地)表示の金網に覆われていく。そうした集落のひとつに入り中を歩かせて頂いた。海岸部に出たら、ショットガンを抱えた私服ガードに呼び止められた。ここは私有地だから入ってはいけないと言う。「マジですか、それはガンですか」。私は警察官だ、とその男は真顔で答えた。
プールサイドの簡易ベッド(ラウンジ・サンベッドというらしい)に寝ころぶ間にも、周囲では、雇われた地元民たちが建設工事をしたり、プールの清掃をしたり、かいがいしく働いている。たまたま先進国に生まれた貧乏人が、こんな贅沢な生活を毎日送れていいのか。まわりのこの貧しい人たちがある日反乱を起こしたらどうなるのか。リッチな人たちが持つかも知れない恐れ、いや慣れている人はそんな恐れも持たないのかもしれないが、これまで体験したことのない感覚を、セブの1週間で感じることができた。