ヘルシンキから船にのる
青い海原を見ながら、「原点に返ってきた」と思った。若い頃、西洋史研究会で仲間らと歴史を語り合った。人人類史で一早く「近代」をつくり出し、今日の文明の祖を築いたヨーロッパ地域(「世界システム論」的理解もあるが)。それに対するあこがれといったものもあったろう。
ヘルシンキから対岸エストニア・タリンへの船は3万6000トンの大型船、フィンランディア号。全9階(乗客部分4階)建てで、「屋上」(9階部分)の甲板に出ることができた。前方に防風ため構造物があるが、側面は手すりだけで、海がよく見渡せる。外の空気が吸えるのはうれしい。前に乗ったアマゾン下り大型船も、長江横断フェリーも甲板に出られなかった。
そしてバルト海(フィンランド湾)だ。バルト海は世界地図で見ると小さいが、大海原だ。そこを大型船が、ゆっくり横断する。中間地点あたりで、ヘルシンキとタリン両方の建築物が水平線のむこうにかすかに見えた。
バルト海は、地中海とともに西欧文明をはぐくんだ海。複雑に入り組んだ海岸線をハンザ商人が行き来してこの地の文明を育てた。私の恩師はポーランド史専攻だったが、ポーランドもバルト海沿岸だ。このヨーロッパ史にのめり込みながら、いつしか私の関心はアメリカに移り、そこに長く住み、市民権まで取ってしまった。申し訳ない。やっと今、我々の故郷、バルト海に帰ってきた。
巨大な都市空間
船の乗客部分4階が、船室・店舗となり、まるで都市空間だ。免税店、バー、カフェ、ギャンブル場。見回るだけで楽しい。船首2階建てバーでは、2人組グループがギターでライブ音楽をしている。それを聞いては「屋上」の甲板で冷たい風に当たり、を繰り返しながら約3時間を過ごした。片道12ユーロ(1500円)。最安日なら5ユーロになる。席なしのチケットだが、座る必要もない。歩き回るのが楽しいし、バーなどに席はたくさん空いて、自由に座ることもできる。
地理上の発見でヨーロッパは新大陸(とアフリカ喜望峰周りでのアジア)との交易が中心となり、勢力図が変わってしまった。地中海・バルト海交易は副次的になり、大西洋側のポルトガル、スペイン、そしオランダ、英仏が台頭した。そしてその心臓部イギリスで産業革命が起こり、そこから世界が変革されていく。だが、ヨーロッパの原点は地中海、バルト海だった。今回、私の旅はそちらを中心にまわることになる。
西ヨーロッパ地域は物価が高くてまわれない。が、この「後背地」にこそヨーロッパの原点がある。
おとぎの国に着く
タリン(エストニア首都)の旧市街はまるでおとぎの国だった。その後行ったリーガ(ラトビアの首都)と比べるとわかるのだが、古い街がそっくり残されている。
(リーガは旧市街でも経済活動が活発に行われていて、建物内に会社事務所などが入っているのがわかる。道路も広く、車の交通も多く、観光客以外の人々も盛んに行きかう。恐らく平地だからだろう。リーガは、真平らに広がる東ヨーロッパ平原の中に横たわる。それに対してタリンの旧市街は中ほどに丘が盛り上がっている。急坂が街構造の根幹を成している。)
タリンのホテルは23ユーロ(3000円)の安宿なのだが、いかにもヨーロッパを感じさせる落ち着いた建物。内装は新しくなり、清潔で快適だった。トイレ・シャワー付き個室でこれだけの値段は、シーズンオフであることを考慮しても安い。
そして、旧市街目の前のロケーション。城壁近くに「太っちょマルガリータ」という円形建物があり、ホテル名もその名前を取る。そこの門を入ると旧市街で、もはや中世ヨーロッパ。写真を撮りまくることになった。