アルバニア・ドゥラスへ、イタリア半島へ

12月4日にバスでモンテネグロのポドゴリツァを発ちアルバニアのドゥラスに行き、そのまま夜8時発のイタリア・バーリ行きのフェリーに乗る。アルバニアは共産圏時代、鎖国状態で中がよくわからなかった国だ。大いに異国情緒をそそられたが、特に変わった感じはしなかった。イスラム教徒が多数派だ。しかし信仰の様態は世俗的とのことで、モスクもさほど多くは見なかった。

暗くなってから、内陸の首都ティラーナに近いアドリア海側港町ドゥラスに着いた。なかなか活気ある街で、カフェやレストランの雰囲気も洗練されている。遠い国に居るとあまり気づかないが、バルカン半島とイタリア半島との距離が最も狭まるのは、このアルバニア付近だ。だから、ドゥラスからバーリ、アンコナ、トリエステへ、ブロラからブリンディジへなどイタリア側行きのフェリー便が多数出ている。だから「西側」イタリアの文化的影響を受けてこのアルバニア海岸地域は洗練されているのだ、と思った。(実際にイタリア側のバーリに着くと、逆に、ドゥラスほど洗練されていない地方都市だったが。)

午後8時に大型フェリーが出発した。船室ベッド予約なしの最安クラスだ。席の取り合いになるかと緊張して乗ったが、がらがらだった。一般座席の9割は空いている。悠々とイス上に横になって快眠できた。これもシーズンオフ時の旅のメリットだ。

これまでもバスや宿はがらがらだった。バスは客が半分乗ればいい方。大体3分の1以下の乗車率で、隣に別の客が座ったことはなかった。宿も共同トイレ・シャワーがほぼ自分専用になった。退職ひま老人がぜいたくな旅を享受して申し訳ない。いや、閑散期に旅行して観光ビジネスを助けている、と考えよう。

右手にシュコダル湖を見ながら南下。シュコダル湖はバルカン半島最大の湖。
シュコダル湖はアルバニア側に続いている。三分の二がモンテネグロ側、三分の一がアルバニア側。
アルバニアに入った。街にトルコ風の時計塔が見える。モスクも時々見るが、さほど多くはない。

アルバニアは山がちな国だが、土地の20%が農地で、農業生産もGDPの20%を占める。

アルバニア北部の主要都市シュコドラ(人口10万)。シュコダル湖に面する。

同市中心のロータリー交差点。       
シュコダルの中心にある主要モスク「アブー・バクル・モスク」。オットーマン帝国時代からのモスクが共産主義政権下で取り壊され、20世紀末に近代的なスタイルで新しく建設された。ムハンマドの跡を継いだ初代カリフ、アブー・バクル(572-634)の名で呼ばれる。宗教が抑圧された共産主義時代の影響で、今でもアルバニアの宗教は世俗的だとされる。
キリスト教の教会もある。アルバニアの宗教構成は公式にはイスラム教70%、アルバニア正教会20%、カトリック10%となっているが、実際には7割が信仰する宗教がないという調査も出ている。
紅葉が美しい。やはり南に来た。

ドゥラスに着いた。人口20万でアルバニア第二の都市。写真はバス発着場前のメイン通りのアドリア通り。ドゥラスは、長距離バス発着場、鉄道駅、フェリー乗り場がすべて隣接しているので便利だ。
大きなショッピングモール「フラッグシップ・センター」。
バーリ行きのフェリー「アドリア号」に乗り込んだ。写真は波止場で隣に並んでいた船だが、これと同じような船だった。
船室ベッドを予約していなかったが、船内はがらがらで、横になって寝られた。
朝が来た。フェリーは、旅客とともに貨物も車両ごと載せられるRO-RO船。大型トレーラーも多数載せている。
バーリ港に入った。
アドリア号から降りる。トレーラーも次々に出てくる。