旅に出るとき、宿をチェックアウトする時、必要なものは全部持ったか、忘れ物はないか、次から次に考えがめぐって、いつまでも出られないときがある。
そういう時には、「パスポートさえあれば何とかなる」と考える。着るものをはじめ、あれこれのモノは、足りなければ出先で買える。しかし、パスポートを忘れるとどうにもならない。出国できないし、飛行機にも乗れないし、その国から出られなくなる。
おしりのポケットに入れたパスポート……むむ、あるな。それで出発する。
ところが、これが「ない!」という事態がチュニジアのチュニスで発生した。しりポケットにない。大抵はその辺にほっぽり出したままにしているのだが、机まわり、ベッドまわりを探してもない。バックパックの中にない。ジャンパーや着替えのズボン、すべてのポケットを確認するがない。さらにベッドの下をのぞきこみ、ブランケットのひっぺがして探すが、ない。
最後に、青ざめた顔で、「私のパスポートが届けられていないか」と宿受付に聞きに行った。そしたら宿のおじさんが持っていた。必死にあのお姿を探した小手帳が、彼の手元から出てきた。
チュニジアでは、宿に入るとき、身分証明書を受付に渡すのが習わしだった。ところ変われば習慣も変わる。それでとんでもなく慌てることもある。
心臓が高鳴り、大いにアドレナリンが分泌された。その直後、宿をチェックアウトして別の宿に向かったとき、スリに会った。対決する気力が充分みなぎっていた。2人組の男たちに、まわりが驚くような大声を上げ、財布を取り返した。何が吉と出るかわからない。