ドューズはサハラ砂漠の玄関口で、ヨーロッパからの旅行者も多く来ている。宿は昨夜泊まった特急列車の終点ガベスよりも多い(ガベスでは宿がなかなか見つからなかった)。ドューズでは、奮発して37ディナール(1400円)の暖房付き宿に入った。砂漠は夜の寒さが厳しい。
見慣れない客人の私に宿の主人が「どこからですか?Where are you from?」と聞いた。「From Japan.」と答える。ここまでは何度も繰り返す旅先のやり取りだ。すると宿の主人は「私はチュニジア出身だI am from Tunisia.」と言った。これは初めての応答だった。こちらが、(あまりにもどこから来たのか聞かれるので)「あなたはどこから?」と冗談で聞き返すことはある。当然チュニジアからに決まっているのをわかっていて。しかし、こちらから聞くことなく、先方から「チュニジアからだ」と言われたのは初めてだ。相手も冗談で言ったのか?
いや、違う。実は私も彼がどこかから来たのか、ちょっと興味を覚えていた。彼はアラブ系のチュニジア人と違って、明らかに黒人の顔立ちをしていた。
冗談のつもりかな、と思って少し笑ってみたものの、彼は真剣にそう言ったようにも思えた。いろんな旅行者に聞かれるのではないか。「そういうあなたはどこから来たの?」と。
しかし、勉強して初めて知ったが、チュニジアにも黒人が約15%ほど居るのだ。南部に来るにしたがって、純粋の黒人(サブ・サハラ系黒人)の顔立ちの人が多くなる。前に(南部独立前の)スーダンを旅行した時の経験と同じだった。南に行くにしたがって黒人が多くなっていく。
そしてチュニジアにも黒人差別があるのだという。黒人と白人(アラブ系?)の子どものスクールバスを分けるようなかつてのアメリカ南部のような慣行さえ、チュニジア南部(まさにディープ・サウスだ)にあるというから驚きだ。黒人の人たちは差別感を強く感じているが、チュニジアでは一般に人種差別はないものとして人々の意識に登らない、登らなくされている段階だともいう。
それを知って、私が食堂で食べる時「チョンチン」と言われたことを思い出した。最初はいつもオーダーするチキン料理の名前がチョンチンなのだと理解したが、前に座った親切な若者が、「あれはあなたが中国人だと思ってからかいの名前で呼んだんだよ」と教えてくれた。
粗野な男だった。チュニジア人の多くは非常に親切で、私が外国人だとわかると事の他丁重に遇してくれた。物事のよく分かってない人間が粗野な言葉やからかいをやるのだろう。私にはまるで気にならないし、むしろ相手をかわいそうに思うぐらいだが、黒人に対する態度もそれと同じようであって、しかし、そう考えてはいけないような気にもなってきた。
I am from Tunisiaと言った宿の主人の真顔が忘れられない。