英領ジブラルタルの岩山

船で地中海方面から来たときに見える英領ジブラルタルの岩山。狭いジブラルタル海峡の北側(ヨーロッパ側)に位置する。海峡のやや地中海側に位置する小突起状の小さな半島なのだが、このそそり立つ岩山(最高地点426メートル)のため、遠くからでも目立つ。この後ろ側にジブラルタル湾とアルヘシラスの街がある。地中海(と黒海)の狭い出入り口という戦略的地点に、天然の要害と天然の港湾が存在するのだ。各種勢力が争奪を繰り返す場とならざるを得ない。1713年からはイギリス領となり、現在でもイギリス軍が駐留する。
ジブラルタル湾に入ってからの英領ジブラルタル岩山の全貌。湾の西側アルヘシラス付近から見ている。
長い歴史の変転を経たジブラルタルを岩山から見つめ、物思いにふけった。

観光しようとは思わなかったが

英領ジブラルタルで観光しようとは思わなかった。依然としてスペインの中の英国植民地だ。近代史の中で列強が覇を争ってきた歴史に思いを馳せ、ただ街を静かに歩こうと思った。しかし、思いのほか、ジブラルタルは面白いところで、結構楽しんでしまった。

天然の要害。狭い海峡もそうだが、あの切り立った崖はなんだ。そそり立つ山がほぼ垂直に落ちて、そこにジブラルタル空港がある。垂直の崖のすぐ横がまっ平ら。どうやったらあんな地形ができるのか。ギリシャ神話では、船が通れるようにヘラクレスが巨大な山塊をぶち破った残骸とされるようだが(「ヘラクレスの柱」)。

そのまっ平らな地面の滑走路を歩いて渡り、街に入る。世界でここだけというジブラルタル名物の空港だ。狭いが趣のあるメイン通り(まさに名前も「メイン・ストリート」)が繁盛していた。そこを抜けるとケーブルカーの乗り場があり、登りだけでも13ポンド。両替が面倒くさいのので歩いて登ることにした(ホントか。カネが惜しいのでは)。頂上までは大変なので、中腹まで行き景色を眺めれられればいい、と思った。が、ほぼ頂上まで登ってしまった。

ここまで登った。オハラ砲台跡。ジブラルタルの街から見て岩山の裏側、つまり地中海側の海岸線が見える。

岩山を登る

一番つまらない岩山の端を登ってしまった。帰りは街に近いあたりを降りたが、するとそこにアトラクションがたくさんあった。

何よりも猿。人に慣れ、まったく逃げない。人を人とも思わず、通りかかっても見向きもせずに、仲間と毛づくろいなどをしている。エサを期待して近寄ってくる猿も居る。

使われなくなった大砲陣地が公開されている。ジブラルタル海峡に入ってくる敵の軍艦を容赦なく砲撃できる高性能大砲の実物が展示されている。大砲の仕組みを分かりやすく説明し、ビデオも上映されている。岩山の奥深くに掘られた砲撃コントロール室は見事だ。ここから大砲を動かし、岩山の影から海峡を行く敵艦に砲弾が飛ぶ。

急斜面アトラクション

そして急斜面にせり出す多くの展望台。ガラス張り展望台の「スカイウォーク」もある。残念ながら天気は悪いが、眺めは恐ろしく良い。ジブラルタル湾に多くの船舶が錨を降ろすのが見える。湾の対岸にアルヘシラス(人口12万)の港。晴れていればアフリカ側も見えるはずだ。急斜面には、高所恐怖症になりそうな吊り橋が架けられ、歩くと揺れる。同じく急斜面に1200年代の城壁が復元され、それに沿って階段が続いている。これも、下りると高所恐怖症になる。そして崖に咲く花々。乗らなかったが、ケーブルカーもアトラクションの中心だろう。

と、このように、思いのほか英領ジブラルタル観光を楽しんでしまった。

英領ジブラルタルは宿泊施設が非常に高い。ジブラルタル湾をはさんだスペイン側のアルヘシラス市に宿を取り、英領ジブラルタルに通うのが得策。低料金の路線バスで1時間ほどで行ける。アルヘシラスは港湾都市で、アルヘシラス港(写真)は貨物扱い量でスペイン2位、地中海沿岸で3位の規模。港近くに安宿街があり、低料金で泊まれた。
アルヘシラス市から英領ジブラルタルまで約1時間。路線バスが高速道路も走る。
英領ジブラルタルへの出入国管理事務所。スペイン側から見ている。事務所の後ろにジブラルタルの岩山(The Rock)が迫る。
入国管理事務所を出ると、すぐ「滑走路踏切」がある。平地の少ないジブラルタルでは空港をここにつくる他なかったようだ。信号は青だ。さあ、渡ってみよう。
広い滑走路を渡るのは気持ちがいい。車も青信号で渡る。世にも珍しい「滑走路踏切」。
あまり飛行機は離着陸しないようだが、振り返ると、翼を休めている旅客機もある(右手)。
イギリス領だ。ロンドンと同じく2階建てバスが走っている。
英領ジブラルタルのメイン通りはその名も「メイン・ストリート」。歩行者天国でなかなか趣がある。
街の北側の中心、ケースメイト広場。まわりに店、パブ、茶店などがたくさんある。
市北部の高台に建つムーア城。ジブラルタルがムーア人(北西アフリカからのイスラム教徒)統治下にあった頃(711年~1309年、1350年~1462年)の要塞。モロッコを基盤にしたマリーン朝が建てた。ジブラルタルは一時、グラナダのナスル朝支配下に入っていたこともある。キリスト教徒による奪還後は、 スペイン領となり、さらにオーストリア、イギリス、オランダ、フランスが覇を競い、1713年のユトレヒト条約でイギリス領となった。
市の南側の守り「カール5世城壁」の門。城壁は、1540年に神聖ローマ帝国カール5世によって築かれ、その後、何度も増強されてきた。岩山から港まで続く長い城壁だが、写真は街の南端付近。イギリス領になってからサウスポート門(左の2門)がつくられ、1967年にレファランダム門(右)も。
サウスポール門を出てすぐ、ケーブルカーの駅がある。岩山の上まで登れる。
「ヘラクレスの柱」の記念碑。ギリシャ神話では、怪力ヘラクレスが巨大な山をまっぷたつにしてジブラルタル海峡を開けた。その一方がジブラルタルの岩山だったとする。
ジブラルタルの港。
街の中心方向。
ガラスづくりの展望台「スカイウォーク」から見た岩山の反対側。急な断崖で、降りる道はない。海岸部に道路は通っている。
1890年に建設されたオハラ砲台。ジブラルタルの砲台としては最も高いところ(426メートル)にある。2010年から一般開放されている。1901年にすえられた9.2インチ(23センチ)砲が今でも残る。射程距離は26キロで、海峡対岸のアフリカ大陸に届く。
地中深くコンクリート空間の中に操作室がある。現在は博物館になっている。兵士は人形。
ジブラルタルをめぐる人間たちの攻防を見守ってきた岩山の野生猿。
毛づくろいしあうのが趣味のようだ。
人を警戒する様子はない。
市の南側の守り「カール5世城壁」(前出)は、岩山の相当高い所まで築かれている。通れるようになっているが、下りていくと高所恐怖になる感覚。
断崖にかかる吊り橋、ウィンザー橋。歩くと揺れる。
2月下旬だが、花々が咲き乱れていた。
同上。