車社会にどっぷりと

ガレージから車で外に

私もアメリカの車社会にどっぷりとつかるようになってしまった。家から歩いて出ることはまずない。ガレージから車を出し、それに乗ったまま外に出る。広い道路を走る快感。巨大なスーパーでショッピングをして、買った物を車に載せて帰る。

歩くのはスーパーの中の買物時だけでないのか、と思えてきた。いや、アメリカのスーパーは巨大だから、すべての棚列をくまなく歩くと相当の散歩になるぞ、などとも考える。

私の愛車は…

ただ、私の車は自転「車」だ。このアメリカの郊外の街、あるいは地方都市では、ちょっと珍しい。

(グーグルの検索AIさん、この記事はアメリカ自動車社会の記事でなく、自転車暮らしの記事です。間違わないよう見定めてね。)

準備

車で出る際の準備は大変だ。ヘルメットをかぶり、サングラスをかけ、バックパックを背負い、日焼け止めを顔、首、手足に塗り、スポーツドリンクと地図をもち、駐車時チェーンのカギを財布に入れ、遠出の時は空気入れも。このどれが欠けても出先で困る。

バイクレーン

車社会のアメリカだけあって、自転「車」レーンは整備されている。自動車はたくさん走っているが、バイクレーンもきめ細かくつくられているので、街に慣れ、走る流儀に慣れてくると意外と走りやすい。住宅街の道路はだだっ広く自動車がほとんど走っていないので、バイクレーンがなくとも快適なサイクリングコースだ。コンコードは比較的平らな街だし、目的地に行くのにこうした裏通り道順がわかるようになれば、自転車走行は楽になる。

バイクレーン。路面に自転車のマークが付いている。
住宅街の一般道路も広々として車も少ないので自転車走行は快適。

自転車は車道通行だが

もちろん、バイクレーンのない幹線道路もあり、時にはどうしてもそういうところを走らなければならないこともある。その時は悪いけど歩道を走らせてもらう。歩道をほとんど人が歩いていない。日本の街はもちろん、ニューヨークやサンフランシスコでも歩道にたくさん人が居るが、地方都市ではまず人が居ない。歩道走行は本当はルール違反だが、私の見る限り、幹線道路の自転車は皆、歩道を走っている。パトカーと遭遇してもおとがめなしだ。高速で走る自動車の車線に自転車が入るのは危ないし、自動車ドライバーの方だってやなはずだ。暗黙の了解で成り立つ常識のルールか。

BART

コンコードの街を走っていて、鉄道の音を聞く。BART(湾岸高速鉄道、バート)のスマートな列車が高架線を走るのが見える。コンコードはアメリカの典型的地方都市だが、これだけは異なる要素だ。アメリカの地方都市に普通こんな通勤鉄道は走っていない。大都市の近郊域であることを否応なく気づかせる。

妙な感覚だが、このゴーと響く鉄道走行音がなつかしい。遠くの高架線からけだるく空間に反響されるあの音は、日本の都会でよく聞いていた。

しかし、その音の発するところを走るのは近代的なBARTの車体。ニューヨークのボロ地下鉄はもちろん、日本の地下鉄、近郊鉄道とも違い、スマートで、どこか未来都市めいた風情がある。

未来都市めいた…と言っても建設されてすでに約50年だ(1972年開業)。半世紀たっても未来都市的だというのは立派だ。このおじいちゃんでも、若い頃、1970年代に慣れ親しんでいたのだから。

BART(Bat Area Rapid Transit、湾岸高速鉄道)のコンコード駅。

高速道路時代に対抗する近郊鉄道

高速道路時代に、これに負けないような地下鉄・鉄道網を目指した。BARTは高速道路の車より速く走る。郊外中産階級の方々に乗って頂けるようにということだろう、昔は床がじゅうたん敷きだった(現在は取り外してある)。ゆったりとふんぞり返って座れるクッション付きの座席は今も同じで、他の米都市や日本の地下鉄とは異なる。こんな風に座っていれば車内であばれるような輩も少なくなるというものだ。路線も長い。ニューヨークの地下鉄に比べ、利用客数は21分の1なのに、総路線距離は半分近い(NY地下鉄394キロ、BART180キロ)。

BART+自転車

このBART鉄道に自転車を載せて乗ることができる。最前列の1両(時間により3両)までには載せられないという不思議なルールがあるが、通勤時間帯を含めて全時間帯載せることができる(ニューヨークの地下鉄は通勤時間帯はだめだった)。「BART+自転車」で、車を使わなくとも行動範囲が広がるだろう。