サンフランシスコ・安宿探しの苦労

サンフランシスコはシリコンバレーに通う高所得者が住居を求め、家賃が高騰している。中心部オフィスビル街の高層化も著しい。(市南部の丘バーナル・ハイツから見た住宅街。遠方に中心部のビル街。遠方右手にベイブリッジ。)

山奥かニューヨークに行くほか…

こりゃ、山奥かニューヨークに行く他ないぞ。あまりに高いサンフランシスコの家賃に仰天し、うめいた。一人用のストゥーディオ(日本式に言えば1K。だが、こっちのアパートは皆広い)で1500ドル(約17万円)はする。3~4ベッドルーム(日本で言えば3~4LDK)の一部屋に入って共同生活するいわゆる「ルーム」「シェア」でも、1000ドル程度はする。

ニューヨークに行けば、少なくとも前入っていたブルックリンの450~500ドルの10人以上入る長屋「ルーム」がある。いつも空きがあって、大家が私に日本人仲間でだれかいないか聞いていた。ニューヨークも家賃は同様に高いが、私らのような貧乏人が住める場所もかろうじてあるのだ。しかし、シリコンバレーに近いサンフランシスコは「金ピカ」になってしまい、貧乏人の入り込む余地がない。

特にマーケット通り(市のメイン通り)の南側(つまりSouth of Market、SOMA地区)での高層ビルラッシュが激しく、20年ご無沙汰している身には、これがサンフランシスコのスカイラインかと目を疑うほど。写真中央のセールスフォースビルは2018年に完成したサンフランシスコで最も高いビル(326メートル)。SOMA地区南のミッションベイ地区(写真を撮った周辺)もかつて工場地帯だったが、現在急速な高級マンション化が進んでいる。シリコンバレーに通いやすいことから、高所得の若者が多く住みはじめている。

クレイグズリストのあやしい広告

最初は希望を持った。ニューヨークでと同じく、まず市民のネット掲示板クレイグズリスト(Craigslist)で宿を探した。通常の高いアパートの他に400~500ドルの「ルーム」「シェア」が豊富にあった。しかし、これが役立ったのは、夢を与えてくれたことだけだ。実際は入れなくても、夢さえあれば何とか前には進める。

応募する物件、物件、ことごとく返事がない。返事が来ても、「まずはこの物件探しサイトに登録して下さい」と来る。サイト呼び込みのためのおとり広告だ。家を「シェア」するのに応募するのだから自分の名前、メルアド、電話番号、ある程度の経歴なども知らせる。こういう個人情報を集めるためのおとり広告も多いという。こんなのをどこかに売ってカネになるのか。電話番号を書かないと、「電話番号をくれれば下見の連絡をします」と連絡が来て、やっぱり電話番号を取られる(けどその後連絡が途絶える)、というケースもあった。

クレイグズリストのアパート紹介は詐欺が多く、下見なしで保証金含め2か月分程度の家賃を振り込んだら、先方はまったく大家などではなく、そのまま雲隠れ、というケースがあるという。物件を案内されても契約金を払ったら、やはり案内した「大家」は大家などでなく、どこからかカギを仕入れて客を案内しただけだった、などという手口もあるという。もちろん、こういうのには引っかからないが、とにかく安物件はウソばかりのようで、最後は手あたり次第合計数十件申し込んだが、一つもまともな返事はなかった。

この地区で、バストイレ付きの広い1LDKで、それで400ドル?ばかにすんな、と最後の頃にはなった。

日本町とウェスタン・アディション地区

足でも探した。日本町近辺を歩いたが、For Rent(部屋貸します)のサインはなかった。日本食料品店の掲示板にある「シェア」の広告も通常相場と同じ1000ドル程度だった。日本町の南側はウェスタン・アディション地区といって、貧しい人が多いので期待していたが、きれいに再開発され店舗などがたくさん建っていた。空き地ばかりだった昔と大きく変わった。

サンフランシスコの日本町(ブキャナン・モール)。

テンダロイン

サンフランシスコ中心部には、貧しい人たちの吹き溜まりになっているテンダロインという地域がある。今も、ホームレスの人たちが異様に多い。ニューヨークにもこんなホームレス集中地区は見なかった。ここなら、と期待したが、こんな環境だからだろう、なおさら外に「For Rent」などのサインはなかった。どのアパートも扉を固く閉めて外部の人間を拒んでいる。後でウェブで調べてわかったが、短期の旅行者などを対象としたホテルが多いようで、一人で入ると月2000ドル。見知らぬ人と一部屋に何人か入る形でも1000ドル程度することがわかった。

テンダロインに近いサウス・オブ・マーケット(SOMA)地区、チャイナタウンなども歩いた。しかし、結果は同じ。特にSOMA地区は湾に近い方で巨大再開発が進み、シリコンバレーに通う富裕層が大挙して押し寄せているようだ。昔の貧しい地域だった面影はなくなっている。

古いSOMA地区の面影を残す一角。高層ビル街が間近に迫っている。この地域もIT関係のスタートアップがどんどん入居している。

イースト・パロアルト

そしてイースト・パロアルト。シリコンバレーの中、スタンフォード大学近くにありながら、この高速101号線東側(北東側)に位置するこの小自治体はスラム地域で、1992年に人口当たりで全米最悪の殺人率を記録し「殺人首都」と言われた。カルトレインの駅からこの地に向かうバスに乗ると、黒人やヒスパニック系の人が多く、おお、やっと私に合った地域に住めるぞ、と興奮した。しかし、その街の構造はシリコンバレーの他地域と同じく平屋の一軒家ばかりで、単身者が安く住めるようなアパートはほとんどなかった。貧しい人は大人数で小さな家に身を潜めているのか。中心部には郊外型の広大なショッピング・モールができている。街を歩き回るうち、安そうな集合住宅で、ついに「For Rent」のサインを見つけた。サンフランシスコを含めて初めて見るサインだ。勇んで値段を聞いたら、ストゥーディオで月1800ドル(20万円)。もうだめだ、と観念した。

500ドルのアパートなど夢物語。特にサンフランシスコでは無理で、検索対象をどんどん郊外に広げ、希望家賃上限も上げていった。それに伴い、少し高い日本語情報サイトでも探すことになった(「ビビナビ」など)。ニューヨークの時と同じ経過をたどったわけだ。

SOMA地区から出ているカルトレイン鉄道が、シリコンバレーへの主要な通勤手段になっている。(スタンフォード大学に近いパロアルト駅で)
シリコンバレーにもこんなのんびりした風景はある(パルアルト市内)。というか、平原に広がったシリコンバレーのほとんどはこうした平屋一戸建ての住宅街。
イースト・パルアルトの中心に広大なショッピングモールがあった。大粒のスイカが大量に売られていた。
ついに見つけた安そうな集合住宅。「For Rent」のサインも初めて見る。が、家賃は大広間1Kの部屋で月1800ドルと言われた。

最後はあっけなく:コンコード

「山奥かニューヨークしかない」と観念しかけたその時、運よく日本語情報サイトで580ドルのシェアの広告が飛び込んできた。場所もコンコードで、郊外ではあるにせよ、山奥ではない。サンフランシスコ湾岸地区高速鉄道(BART、バート)も通っている。

クレイグズリストと違って問い合わせに返事もすぐ来て、暖かい大家さんや同居人の方々に迎えられることなった。しかも、ここの人々は私の40年来の地元友人がよく知っている人だったという驚愕のオマケ付きだった。ありがたい、私にもついにツキが回ってきた。結果から見れば、私は超ラッキーで、苦もなくサンフランシスコ地域に腰を落ち着けられたことになってしまう。しかし、その間苦労したんですよ、というお話。約2週間の厳しい家探しだった。

イーストベイの山を越えた郊外都市コンコードにはベイエリア高速鉄道(BART)が通る。駅ホームから見る市中心部も広々している。以前は湾岸域北東部に向かう路線の終点だったが、現在、同路線は、さらに内陸のアンティオークまで伸びている。シリコンバレーとは反対方向にあたる。
サンフランシスコ都市圏の地図。コンコードは、大きくはイーストベイにくくれる地域内のコントラコスタ郡の中央部に位置する同郡最大都市(人口13万)。public domain map, (Wikimedia Commons /Bayarea map.svg)