人類は地球上で食物連鎖の頂点に居る。シマウマのようにライオンに捕食されることはない。シカのように虎に襲われることもない。平地を棲み家にし、夜、安心して布団に寝ることができる。
そう思っていた。だが、人類は今でもウイルスや細菌に食われ続けている。しかも、年間何十万、何百万という人がこの見えない生物(ということにする)に殺される。ライオンが、弱く老いたシマウマ個体を狙うように、ウイルスは老人を狙う。捕食により、被食される種集団の若さと健康が保たれるという自然界の冷酷な摂理が、このウイルスによる人類支配にも貫かれる。
(代謝をしないウイルスは「食う」ことはしない。ここはあくまで疑似的表現なのであしからず。)
紀元167頃、天然痘が毎日ローマ市民2000人を死亡させ、帝国全体で1000万人以上の死者を出してローマ帝国を衰退と滅亡に追い込んだ。14世紀の黒死病(ペスト)は、世界人口の22%にあたる1億人、ヨーロッパ人口の60%にあたる3000万人を殺害し、中世の支配体制を揺るがせる。ヨーロッパによる南北アメリカの支配において、スペイン人が殺す何千倍、推定2000万の先住民が天然痘などで死んだ。旧大陸感染症が、免疫を持たない住民を殺害し、新大陸植民地支配を完成させた。1918-9年のスペイン風邪(米国発のA/H1N1亜型インフル)は大戦の死者以上の4000万人(一説には1億人)を殺し、第一次大戦を終わらせたのは実はこのインフルだったとも言われる。
マルクス主義は歴史を生産関係や階級闘争から分析するが、感染症については何も語らない。しかし、人類に常に最大規模の災禍をもたらしたのは感染症であり、人々はこれに苦しみ死んでいった。歴史において感染症の果たした役割を、この近代科学・医学が最高に発達したはずの現代において、新型コロナ感染が十二分に認識させてくれている。
ライオンの集団が国中の街を自在に駆け巡り、国内ですでに8000人が傷つき(感染し)、100人以上がかみ殺されている。1万人以上が食われた国もいくつかある。いや、これは軽い被害の方で、人類は今でも毎年、HIV/エイズで180万人、結核で170万人、マラリアで78万人が死に、インフルエンザでは、パンデミックでない年でも50万~100万人が亡くなっている。
発展したはずの医学はワクチン作製までにあと3年かかると言い、取りうる最も有効な危険回避策は家に隠れることで、一般の人々は相も変わらず買い占めに走り、流言飛語を流し、〇〇人が毒を流すと言う。専門家はあれこれ異なる意見を出し、政治家は楽観論を唱えて国を危機に落としては軌道転換を迫られ、人類最強の武装基地である原子力空母が集団感染で機能停止され、世界経済の核となる各国主要都市の街頭から人影が消え、人々はようやく、人類が依然として捕食者におびえるひ弱な動物であることに気づく。