豊かな「白人中産階級」の郊外都市で
黒人殺害抗議運動の中で、ウォルナットクリークで暴動(略奪)が起こったと聞いてピンとくるものがあった。同市は、サンフランシスコ都市圏内の裕福な郊外都市(人口7万)だ。隣接するコンコード(人口13万)も同じような郊外都市で、しかもコントラコスタ郡内の最大都市なのだが、なぜコンコードでなく、ウォルナットクリークだったのか。コンコードはマイノリティが増えているが、ウォルナットクリークは依然白人が多数を占める中産階級の街。それで狙われたのではないか。そう思って統計を調べてみた。下記の通りだ。
コンコード市人種構成の変化
1980年 | 2000年 | 2010年 | 2018年推計 | |||||
白人 | 94,051 | 91.1% | 74,119 | 60.9% | 61,416 | 50.3% | 63,105 | 49.6% |
ヒスパニック | 7,409 | (参考) | 26,560 | 21.8% | 37,311 | 30.6% | 39,740 | 29.9% |
黒人 | 1,749 | 1.7% | 3,530 | 2.9% | 3,991 | 3.3% | 4,499 | 3.5% |
先住民 | 743 | 0.7% | 580 | 0.5% | 366 | 0.3% | 242 | 0.4% |
アジア系 | 4,884 | 4.7% | 11,264 | 9.2% | 13,219 | 10.8% | 13,789 | 11.6% |
太平洋系 | 551 | 0.5% | 744 | 0.6% | 144 | 0.4% | ||
その他 | 1,834 | 1.8% | 319 | 0.3% | 325 | 0.3% | 151 | 0.2% |
複合 | 4,857 | 4.0% | 4,695 | 3.8% | 8,011 | 4.8% | ||
計 | 103,261 | 121,780 | 122,067 | 129,681 |
- 人種は(ヒスパニック以外は)すべて非ヒスパニックの人口。最後尾の注参照。
- 1980年のヒスパニックは「スペイン語姓」で人種分類とは別枠。パーセンテージには含まれない。同年のアジア系には太平洋系を含む。
- 2000年、2010年は国勢調査統計(US Census)の数値。2018年はAmerican Community Surveyの推計値(US Census 2018 ACS 1-Year Survey)。
- 参照サイト:Bay Area Census, American Community Survey, Table: B03002, 2018: ACS 1-Year Estimates Detailed Tables, Hispanic or Latino Origin by Race
ウォルナットクリーク市人種構成の変化
1980年 | 2000年 | 2010年 | 2018年推計 | |||||
白人 | 50,689 | 94.5% | 51,834 | 80.6% | 47,170 | 73.5% | 47,605 | 69.0% |
ヒスパニック | 1,771 | (参考) | 3,851 | 6.0% | 5,540 | 8.6% | 6,768 | 9.8% |
黒人 | 278 | 0.5% | 666 | 1.0% | 996 | 1.6% | 1,114 | 1.6% |
先住民 | 117 | 0.2% | 148 | 0.2% | 99 | 0.2% | 51 | 0.1% |
アジア系 | 2,178 | 4.1% | 5,968 | 9.3% | 7,954 | 12.4% | 10,072 | 14.6% |
太平洋系 | 91 | 0.1% | 114 | 0.2% | 150 | 0.2% | ||
その他 | 381 | 0.7% | 148 | 0.2% | 148 | 0.2% | 131 | 0.2% |
複合 | 1,590 | 2.5% | 2,152 | 3.4% | 3,116 | 4.5% | ||
計 | 53,643 | 64,296 | 64,173 | 69,007 |
上記の通り、コンコードは白人人口が半数を割っている(49.6%、2018年)が、ウォルナットクリークは依然69.0%と7割近くを占めている。コントラコスタ郡の諸都市は、いずれもかつては白人人口が9割を占め、「裕福な白人中産階級の郊外都市」地域だった。それが徐々にマイノリティ人口が増え、街によっては「マイノリティ多数派都市」(majority minority city)化するところも出てきた。同郡最大都市コンコードもごく最近、その境界を越えたわけだ。
住民の所得も差が出始めている。2018年の数値では、ウォルナットクリークの世帯当たり平均年間所得96,851ドルに対し、コンコードは73,828ドルだ。「白人中産階級の街」に暴動をしかけた者たちも、コンコードはある程度「マイノリティの街」として避けたかも知れない。
全米的に抗議活動が郊外にも広がった
今回の抗議活動では、それが郊外にも広がっていることが特徴的と指摘する分析、報道が多い。例えばLos Angeles Times, Chicago Tribune、Washington Post, New York Times, San Francisco Chronicle, CBS News, Associated Press, Forbsなど。サンフランシスコ都市圏では、黒人人口の多い中心部都市オークランドはもちろんだが、ウォルナットクリーク、サンリエンドロなどの郊外都市のショッピングモールでも略奪が起こった。サンフランシスコ、サンノゼの他、プレザントヒル、ダンビル、サンタクララなどの郊外都市でも略奪の危機が迫り、夜間外出禁止令が出された。郊外地下鉄BARTはウォルナットクリーク駅、コンコード駅、ラファイアット駅、ヘイワード駅を閉鎖した。地元紙は、「正義がない限り平穏はない」(No justice no peace)と叫ぶウォルナットクリーク抗議活動を取材し、参加者から「私はイーストベイに住んでいる。ダンビルにも行った。警官による殺人が起こる限り平穏な日常などないことを知ってもらう必要がある」との証言を得ている。
活動家たちは、あえて平穏な「白人中産階級の郊外都市」を狙ったのだろうか。正確を期せば、それはあるにしても、他にもいろいろ要因はあっただろう。ミネアポリスにせよ、ニューヨークにせよ、サンフランシスコ圏のオークランドにしても、都市中心部も略奪の被害にあっている。ウォルナットクリーク市警察の署長は報道に対し、「ここには盗み出すにはいい素敵な店がたくさんある。だから彼らはここに来たのだ。」と語っている。
恐らく都市構造も関係している。郡内最大都市コンコードは、街中心部、大規模ショッピングモール(サンバレーモール)、BART駅がそれぞれ離れている。ウォルナットクリークはこれらが比較的近く、街としてのまとまりがある。郊外の抗議活動は人が集まる大規模ショッピングモール周辺を標的にする場合が多く、これがウォルナットクリークの場合街中心部に隣接するという要因は大きい(「ブロードウェイ・プラザ」)。また、BARTのウォルナットクリーク駅の真ん前に大手スーパーチェーンのターゲットまである。ターゲットはミネアポリスに本社があり、市警察への寄付などを行っていたため同地のターゲット店舗は略奪の主要対象になった。
また、ウォルナットクリーク中心部には瀟洒な企業ビルが多く、いかにも豊かで経済的に繁栄した街という感じがする。コンコードにもそれなりに企業は立地しているが、「見た感じ」がここでは重要だ。「豊かな白人中産階級の郊外都市」としてウォルナットクリークは格好の場所だったように思う。
平和的なデモと、一部の身勝手な略奪行為をする人たちを区別しなければならないのは確かだ。運動の高まりの中でこうした逸脱行為をどうコントロールしていくかは重要な課題だ。非暴力主義にもとづく実際的な行動訓練を行う試みが昔からある。今回の抗議行動に対してもいろいろ提言が行われているが、昼の平和的な抗議行動について「何時に終了、速やかに解散」という方針を明確にして夜の不穏な流れにつなげない(メディアに対してもそれを明確にする)、などは具体的かつシンプルな提案で面白い。
都市問題専門サイトの分析
都市問題専門家のサイトCityLabも、独自の立場から今回の抗議活動の分析をしている。その記事の題名がこうだ。「郊外や小さな町で人種的公正が中心課題に -米国での『黒人の命は大切』(BLM)抗議活動は大都市の外に広がり、オーガナイザーたちは、郊外こそこのような活動が最も必要とされていると言う」。そして、次のように論じている。
「警察の暴力に反対する今回の抗議活動は、これまでのものと比べて特徴的な側面がある。あらゆる場所で起こっていることだ。大都市ばかりでなく、郊外、小さな町でも起こっている。」「膨大な数の抗議活動から一般化をするのは難しいが、活動を組織したオーガナイザー、歴史家、研究者などからの聞き取りからは、大都市の外で起こっている活発で多人種的で大筋では平和的なデモの中にある種の共通性が示唆される。こうした活動をするのが初めての10代、20代の若者、しばしば女性によって率いられ、都市的スタイルの政治的行動モデルを、スプロール化する郊外や地方都市に持ち込もうとしていることだ。それを、ソーシャル・メディアを使って迅速なスピードで実行している。」「これらの抗議活動は、ここ数十年の米国の郊外と遠郊外(exurb)の人口構造上の変化と多様化を反映しており、郊外の単一的なステレオタイプに挑戦するものだ。現在の抗議活動の波が予想外に都市中心部を越えて広がっていることについて多くが語られているが、オーガナイザーや活動家は、住民がシステマチックな人種差別の問題などないと信じているこの郊外でこそ、抗議活動が起こるべきなのだと語る。」(上記CityLab記事)
抗議活動が郊外にも広がった背景には、ここ数十年で郊外に住むマイノリティの人々が増えたという社会構造的な変化、そこで育った若者たちが身近な場所で自然発生的に活動を組織したこと、大都市に拠点を置く黒人団体、教会などに頼る必要がなくなっていたこと、そしてそうした分散的な組織化をソーシャル・メディアなどネット・インフラが後押ししたこと、などの要因があげられている。
抗議活動のデータベース
抗議活動が郊外に広がったということについては、断片的観察での報告が主で、正確な数値データを伴った分析は今のところ見ない。しかし、いずれは出て来ると思われる。
米国には、全国の抗議活動を総合的に収集し分析している興味深いサイトがある。2017年1月から活動を始めたCount Loveサイトだ。全米1600以上のローカル紙・テレビ局サイトをボットで恒常的にクロールし、抗議活動の記事を集める。人間がそれを読み、日時、場所、抗議活動のテーマ、参加者数などをデータベース化していく。参加者数についてはかなり控えめな判断をするようで、記事に例えばhundreds of(何百人もの)とあれば100人、dozens of(何ダースもの)とあれば10人と数え、人数表記がなければデータベースに数は含めないという。専用アプリを通じて参加者からの報告も受け付け、ファクトチェックを経て数値に反映させる。
2017年1月20日から2020年6月26日まで、全米で20,448の抗議活動があり、少なくとも延べ12,823,387人の参加があった。この5月25日にミネアポリスでの警官による黒人殺害があった後は人種的公正を求める抗議活動が激増し、全米で400件を超える日もあった(下記グラフ参照)。
図 2020年5月25日以降の人種的公正を求める抗議活動数、米国内
Count Loveでは、州別、都市別、選挙区別、テーマ別(公民権、銃規制、移民など11分類)など、データを細かく分け分析している。しかし、都市中心部か郊外かの区分はしていない(定義が難しい)。しかし、このような定量的データが集められることで、今後さらに詳細な分析が可能になってくることに期待できる。
(補注:人種統計について)
米国の人種統計を難しくしているのは、ヒスパニック(中南米系)の人々の位置付けだ。米国勢調査では、まず人種を聞いて次いで(エスニックな属性として)ヒスパニックかどうかを聞いている。ヒスパニックはあらゆる人種を含む。したがって、人種別人口に単純にヒスパニック人口を加えると重複が生まれる。多くの人種統計では、一旦ヒスパニックを別建てにして、それ以外の人種はすべて非ヒスパニック(ヒスパニックと申告しなかった人)の人口に直して数値化している。このような補正統計が出るようになったのは、2000年国勢調査からなので、本稿の表でも2000年以降の統計を出している。それ以前の統計とは比較が難しい。
ヒスパニックと答えた人の人種回答を見ると、「白人」と答えた人が約半数で、続いて「その他人種」と答える人が多い。次いで「二つ以上の人種(本稿では「複合」と表示)」「黒人」「先住民」「アジア系」「太平洋系」。彼らとしても人種を何と答えていいのか困っている様子がうかがえる。
世界の国を見ると、人種統計自体が差別になるとしてこれを調べない国もあるが、アメリカは調べている。非白人の人たちも自分たちのアイデンティティを明らかにする観点からこれを支持していると思われる。少なくとも反対はしてはいない。地域団体助成配分にも影響するので、国勢調査に積極的に参加するよう呼びかけることもある。
かつては黒人の血が少しでも入っていれば黒人、などと強引に決められたこともあったが、現在は本人の自主申告。だから、都市伝説的だが、例えば「魔女」などとふざけて書く人もいるという(「その他人種」に入れられるのだろう)。2000年からは二つ以上の人種を選ぶことが可能になり、これが徐々に増えている。恐らく遠い将来、人々の混血が進み、ほとんどの人が2つ以上の人種(「混成」)になる日が来るのだろう。