前日、地獄を見た
大統領選投票日(11月3日)の夜、地獄を見た。前回のことがあるので最後まで油断できないと思っていたが、トランプがぼろ負けしアメリカの良識が示されることを、心のどかこで期待していた。ところが、開票がはじまった途端、予想以上の接戦だった。これでは勝っても大きな意味にはならない。が、それどころではない。フロリダもトランプが取り、夜が更けるにつれ、このまま行けばトランプ政権があと4年続く情勢になってしまった。
絶望が私の脳裏を覆い始めた。もうアメリカはだめだ。アメリカは、自由と民主主義、人権の世界の砦になることはできない。環境悪化の元凶としても君臨し続ける。この国は当てにせず、他に期待をかける外ないか。私は日本に帰るべきか。アメリカはこれほどまでにトランプを支持していたのか、と恐ろしくさえなった。
2000年大統領選で、ゴアがブッシュ(子)に敗れた時の感情がよみがえった。絶望し、気力が萎え、それもあって日本に帰った。アメリカの草の根事情を取材するフリーライターだったが、「ブッシュのアメリカなど書けない」と思った。
絶望で感情に流された
今回も、これからしばらく冷静な分析などできないだろうと思った。感情ばかりが噴き出す。人種差別を表向きに出せない時代、トランプ支持者に見るアメリカは、これほどまでに非白人の国になることを恐れていたのか。私のような変な外国人がこの国でのうのうと生きていることに拒否の姿勢が示されたのか。カリフォルニア(と西海岸全域及び東海岸北部)はリベラル派の牙城だが、もう米大陸中央部には恐ろしくて行けない。めちゃくちゃな大統領だが、それを好む西部劇時代風のアメリカ人がまだいっぱい居るのか。
バイデンは魅力的な個性が足りなかったのではないか、と民主党側も逆恨みした。なぜもっとアピールする人材を出せなかったのか。人のいいおじいちゃん、しかしそれにしてはセクハラ、問題発言、息子の国外ビジネスなどいろいろ問題ある人。オバマのような高潔で魅力的な人格が欲しかった。ビル・クリントンだって、不倫などだめな面もあったが、好かれる性格だった。共和党大統領でも、政界エリートでないトランプ、ぼおっとして陽気なブッシュ(子)、古くは俳優のレーガンにしても、どこか人気受けする者が選ばれるところなのだ、この国は。
がっくりして寝てしまった。疲労感で力が抜け、そのためだろうすぐ眠れた。しかし、夜中に何度も起こされた。夢の中にもコンピュータ・スクリーンが出てきて、しかもそこでは、何の曲だったか、鎮魂曲(レクイエム)が流れるのだ。
一夜明けて形勢逆転
そして夜が明けた。おそるおそるノートパソコンを開く。すると、お、形勢が変わってきたようじゃないか。バイデンが善戦している。結果はまだまだわからない、とある。トランプ優勢だった州がバイデン優勢に変わっている。ニュースを伝えるキャスターや解説者たちの顔も心なしか嬉しそうに見える。メディアはだいたい反トランプだ。昨夜の段階では硬い表情だったが、今朝は軽い冗談も飛ばして快活にしゃべっている。
なんてこった。私も気持ちが明るくなったが、まるで大接戦のスポーツを見ているようだ。点取りに一喜一憂し、手に汗握る興奮につつまれている。いいじゃないか。暴動や革命で人が傷つくより、政権・王朝交代で前権力者が粛清されるより、「票」で権力が決まる闘いに熱狂した方がはるかにいい。どんな独裁者が居ても、ただただ「票」で権力が替わる。選挙は、いろんな不備はあるにしても、人類の発明した優れた権力交代制度だ。いや待てよ、トランプが勝っていたら、同じように私は言うだろうか。熱狂した多数の群衆が支配する恐怖政治に絶望したりしないか。
当確に近づいて一安心
午後になってバイデンがミシガンを取り、当確に近づいた。まずは一安心だ。トランプ側からの訴訟などの展開はあるし、郵便投票で問題が出る可能性もある。また、何より、予想以上の接戦だったことを肝に銘じる必要がある。ほとんど得票が同じで偶然バイデンが勝つようなものだ。前回もほとんど同じ得票(クリントンの方がわずかに多かった)で、偶然にトランプが勝ったのだ。決定的な情勢の変化はない。上下院議員選挙では民主党が苦戦しているようだ。つまり、私が昨夜、絶望の中で感じたことは、今の米国社会に確実に存在する一面ということだ。いい疑似体験をさせてもらった。
「トランプになるよりは」で票を得たと思われるバイデンさん、今度は、いろいろ自身の問題をきれいにしてもらわねばならない。「一安心」の次にはそういう課題が待っている。もちろん選挙結果自体もまだ未確定だ。手に汗握る選挙民主主義を最後まで見届けなければ、この劇場型革命に参加したことにはならない。
投票当日の投票所は閑散としていた