銀行口座を止められた 連邦機関に訴え復活させるまでの顛末

今年1月。米国政府から600ドルのコロナ給付金が届き、その小切手を現金化しようと銀行ATMに行った。

いや、違います。今回はコロナ給付金の話ではありせん。

小切手をATMにデポジット(預金)しようとしたが、できない。受け付け拒否。おかしい。ATMが故障しているのか。翌日行ってみたがやはりだめ。暗証番号を間違えたか、裏書きする署名を間違えたか、その他いろいろ不備がないか調べて3日目にまた試みたが、やはりだめ。銀行支店に入って事情を話した。

支店銀行員が調べた。そして、「お客様の口座が、詐欺の危険を回避するためにブロックされています」と驚愕の答え。

1月22日(金)午後だ。ここから2ヵ月半に及ぶオーディールが始まる。まさに英語の「オーディール」(ordeal、一連の苦しい体験、試練)という言葉がぴったりだ。

それまでニューヨークにしか支店のない銀行だったので、カリフォルニア州に移転したのを機に、昨年11月末、最寄りのシティバンク(Citibank)支店に小切手口座を開いていた(小切手が一般に広く使われているアメリカでは、銀行口座というとまず小切手口座)。順調にお金の出し入れを行っていたが、1月半ばにそれができなくなった、という流れ。怪しげなことをした記憶はなく、そもそもマネーロンダリングをするような額が口座に入ってないことは銀行側がよく知っているだろう。

本社詐欺対策部門とのやり取り

対応した支店銀行員たちは親切だった。すぐ本社の詐欺対策部門に電話してくれた。しかし、本社は東部で3時間の時差があり、すでに営業時間を終えていた。(一般のサポート部門電話は24時間オープンだが、詐欺対策部門は8時-6時。本社出勤して緊密な対策活動をしているのだろう)。後で自分で電話をかけるようにと電話番号をもらう。

翌日に電話するとまたも営業時間外。え? そうか、きょうは土曜日だったか。退職老人は曜日の感覚もなくなっている。

1月25日(月)に本社詐欺対策部門に電話。なかなか出ない。1時間ほど待ってやっと出たが担当にまわすと言われてまた待ち、そのうち電話が切れてしまい、かけ直すが「営業時間が終了しました」の自動応答。待ってるうちに東部時間の営業時間が終わってしまったのだ。翌26日(火)に同様の試み。長時間待ち、担当替えで待ち、電話切れ、かけ直し、長時間待ち、の繰り返し。そのたびに事情説明、自分の口座番号、デビットカード番号、社会保障番号、電話番号をなどを繰り返す。最後の最後に、「確認レターが返送されていない」との理由説明が得られた。

何だそれは。これまでに送られてきた書類の束をひっくり返して調べる。小切手帳とともに送られてきた署名確認書というのを返送していないのを発見した。小切手を発行する際署名するがその自分の署名を前もって届けるらしい。まあ必要な手続きだろう。その書類を送り返すことで、本人確認、住所確認にもなるらしい。ファックスでもよいとある。最寄りのUPSストア(宅配便センターだが事務支援センターを兼ねる)まで行き、そこからファックスした。ちょっと高いが、確認コピーがもらえるので証拠になる。

数日たち、今度こそ大丈夫だろうとATMでの振り込み・引き出しを試みるが、ガーン、やはりできない。1月29日(金)、再び本社詐欺対策部門へのなが―い電話かけ行動。この時出た人は、身元確認レター(Verification Letter)への返事がないのだ、と言う。ファックスした署名確認書とは別らしい。しかし、そんなの受け取った記憶ない。もう1回送ってくれと頼む。相手は分かった、送ると言った。結局やはり送られてこなかったのだが、相手の名前を聞いておくのを忘れた。以後、話した担当者の名前をちゃんと聞いておくことにする。

2週間、毎日のように郵便をチェックしたが、何も来ない。コロナ禍でもこんなに郵便が遅れることはないだろう。

銀行支店長に掛け合う

2月15日(月)、満を持して再電話。「営業時間に電話して下さい」の自動応答。え、まだ午前中だぞ。プレジデント・デーの祭日だった。

翌16日(火)に電話。「Reference Numberは何か」「Filing Numberは何か」と聞かれる。そんなの知らない。手紙が送られてきているはずだ? それが何も届いてないんだよ。結局用件にさえ入れなかった。頭に来て銀行支店に駆け込む。支店長(R**** 氏。以後ちゃんと名前を確認する)と掛け合う。支店銀行員は常に親切だ。本社詐欺部門に電話をかけてくれる。電話に出たのがMa****さん。本人確認のため私の携帯へテキスト・メッセージを送る必要があるという。私の携帯電話はGoogle VoiceでWifiがないとつながらない。一切相手にしてくれない。支店長はWifiのあるところでやってみろ、と。

家に帰ってまた同じプロセスを繰り返す。今度出た人はMe****さん。本人確認で携帯へのメッセージ送りを試みたようだがだめ。Google Voiceのようなネット上の無料電話は本人確認用には使わせないということらしい。本物の携帯番号……なんて私のような貧乏人には高すぎる。そもそも最初に口座開くときはこの番号で通用したよ。すると彼女はじゃあ手紙でVerification Codeを送る、と言った。そうかVerrification Letterとはこれのことだったのか。

「前にもそれを送ると言われたんだけど、送られてこなかったんだよ」「それはすみませんでした。今度は送ります」と。Me****さんの名前は確認したから今度は送られてくるかも知れない。R****支店長からはいざとなった場合の正式な苦情入れ電話番号888-248-4226も聞いた。今度こそ……

再び待った、待った。毎日届く郵便をチェックしに行き、毎日落胆。時たまATMに行って出し入れできるかチェックするが、もちろん反応なし。次第に気が重くなる。いくら騒いでも無反応。うんともすんとも言わない。巨大な森か壁と付き合っているように感じた。こんな銀行、早く辞めてしまいたいが、口座に入った大枚千数百ドルが取り出せないのでは困る。ウーム、次に何をしたらよいか。暗闇の中で模索する。

正式苦情手続きに入る

3月1日(月)、正式な苦情提出手続きに入ることにした。銀行のウェブページには「口座に関する係争に対処する」ためのチャットルームが用意さていた。ここに正式にしたためた苦情書を提出。(口座はブロックされているのだが、オンライン口座へのアクセスはできていた)。経緯を細かく書き、対応した人の名前も入れた力作。コロナ禍の苦境の中で銀行口座を使えなくするなどとんでもない、と訴えた。

そして待った、待った。また何も反応がない。またか、と思いながらよく調べたら、私はText Telephone (TTY)の番号に苦情書を送付していた。アメリカではショートメッセージサービス(SMS)を通常「テキスト」という。だからText Telephone (TTY)はSMSでの文書送り先と思ってしまったが、しかしこれは、聴覚障害の方がテキストで会話できるようにするサービスだった。間違い。勉強になった。

3月8日(月)、改めてチャットの方に正式の苦情書を送付。今度はすぐ反応があった。P****さんが、長い苦情書を時間をかけて読んでくれて、一応お詫びをしてくれた。ファックスした署名確認書は届いていることも確認してくれた。しかし、この問題は詐欺対策部門の管轄なのでそっちに電話してくれ、と言う。それですでに2回だめだったんだよ。また同じことを3回やるわけにはいかない、などと議論。一応苦情を受け付けて、「専門対応チーム」に対応してもらいますとの返事。電話か手紙で結果をお知らしますとの約束も得た。

そしてまた待った、待った。何の回答もなかった。

3月15日(月)、再びチャットルームを立ち上あげて「P****さんを出してくれ」。特定人物と話す仕組みにはなってないようで、その時出たA*****さんが対応。再び経過を最初から全部説明する。先日出した正式苦情書も見ていないようだった。

こうしたサポート係はいずれも言葉は丁寧で、「本当に申し訳ありませんでした」などと真摯に謝ってもくれる。しかし、結論は同じだ。「詐欺対策部門にコンタクトして下さい」。同部門は特別な存在のようで、他の部署がいろいろチェックすることはできないとも明言した。(チャットだから正確な発言も残っている。)

出る所に出る

もはや出る所に出る他ない。銀行内でやれることはすべてやった。政府の銀行規制機関に正式に苦情を出すことにした。3月17日(水)に、連邦政府の消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau, CFPB)に、3月19日(金)にカリフォルニア州の金融保護革新省(Department of Financial Protection and Innovation, DFPI)に苦情を提出した。

消費者の味方・連邦CFPB局、苦情データベース

連邦消費者金融保護局(Consumer Financial Protection Bureau, CFPB)は、オバマ政権時代の2011年に設立された連邦政府の独立機関で、銀行など金融機関の不公正な行為を監視し、特に消費者からの苦情受け入れ先として重要な役割を果たす。ちなみに、バイデン政権下で任命された同局臨時長官は、日系のデービッド・ウエジオ氏だ。

ウェブページから比較的簡単に苦情を提出できる。CFPBは、ファイルされた苦情書をすぐ当該銀行に転送する。一消費者から苦情が来るよりも、連邦機関から正式登録苦情書が届く方が、銀行にとってはプレッシャーだろう。しかも15日以内の回答が求められる。全苦情の98%は15日以内の回答が出ているそうだ。15日たってから公開の苦情データベース(Consumer Complaint Database)にも掲載される。そこに掲載するか否かを消費者が選べるが、当然私は「掲載」を選択した。だから、私の苦情も現在このデータベースに載っている。(個人情報は消されている。改行が消えて読みにくい。入力の段階で改行が入っていても、登録するとなぜか消えている)。銀行が15日以内に回答したかどうか、それで解決したのかどうかなどもそこに示される。銀行側からの回答書が苦情提出者本人に送られるが、データベースに載せるかどうかは銀行側が選べる。

データベースだから、銀行ごとに全米でどれくらいの苦情が出ているか、州・地域ごとではどうか、苦情の分野別割合は、などの数字が詳細に出る。15日以内回答の割合なども銀行ごとに出るから、銀行としてもほっぽり出しておくわけにもいかない。連邦機関としてのCFPBは苦情が正当かどうかなどの判断には踏み込まず、ひたすらコミュニケーションの仲立ちと、苦情情報公開の役割に徹する。それでも、銀行側には相当のプレッシャーだろうし、パブリシティー上も真摯に対応せざるを得ない。よくできたシステムだ。日本では、銀行の業界団体、全国銀行協会が加盟銀行への苦情を受け付けているが、アメリカでは政府機関がこうした役割を担っていることがおもしろい。

カリフォルニア州金融保護革新省(DFPI)

カリフォルニア州金融保護革新省(Department of Financial Protection and Innovation, DFPI)はカリフォルニア州の金融関係消費者保護機関だ。州内で事業を行う金融機関へのライセンス発行、登録なども行い、こうした機関への苦情も受け付ける。ただ、上記CFPBのような苦情データベースを構築しているわけではなく、違法行為の摘発、ライセンス取り消しなど規制機関的役割の色彩が強いようだ。

他機関を通じて問題に対処していても、我々のところにも苦情を出してくれとあるので、ここにも上記CFPBに出したと同じ苦情書を提出した。やはりウェブ上での提出が可能だ。

連邦通貨監督庁(OCC)

1週間ほどして、上記州機関DFPIから手紙が届いた。苦情内容から見て、より適切な提出先は(連邦財務省内の)通貨監督庁(Office of the Comptroller of the Currency, OCC)なので、その消費者支援部門(Consumer Assistance Group)に苦情書を転送したとの連絡だった。全米的銀行の規制機関は州でなく連邦のOCCだということだ。むろんシティ・バンクが全米銀行であることは知っていたが、DFPIウェブページには「Foreign (Other State and Other Nation) Bank」への苦情も受け付けると書いてあったので、とりあえずそちらにも提出していた。

連邦の銀行規制機関OCCに直接苦情を提出するにはこのページから入る。同庁管轄の金融機関であることが確認されれば苦情を受け付け、ケース番号が振られる。苦情書が銀行側に送られ何らかの解決策が図られ、同庁は結果を60日以内に苦情提出者に報告する。ウェブ上でケース番号を検索すれば、現在どの段階にあるか進行状況がわかる。

また待った

また待つ。何度こうして辛抱強く待っただろう。待つ間、この問題は何をやっても永遠に解決されない底なし沼のようなものと思え、夜中に悪夢で飛び起きてウェブを調べたこともある。ウェブ上には詐欺被害の情報、クレジットカード関連のトラブルはたくさん載っているが、私のような事情に対処した話はあまりない。銀行の詐欺対策、別分野での詐欺被害、個人情報流出やアイデンティティ窃盗など、おかげさまで関連分野の勉強が大いに進んだ。

年間54万件の苦情

連邦消費者金融保護局(CFPB)の仕組みを勉強していて、年間54万件もの苦情がここに寄せられている、ということを知って愕然とした。まともに相手してくれるのか。単なる「統計」の一つにファイルされて終わりか。心配になって、3月27日(土)、銀行の規制機関、通貨監督庁(OCC)の方にも改めて苦情書をウェブ上提出した。こちらには、州機関から私の苦情書が回っているはずだが、正式な受付ケース番号が送られて来ていない(ずっと後に新規提出と統合されたケース番号が手紙で送られてきた)。

政府機関でもらちが明かなかった場合、どうするかも考えた。振り出しに戻り、シティバンク詐欺対策部門に永遠に電話をかけ続け、Verification Letterやらを送るよう頼む他ないだろう。

お詫びの手紙が来た

が、今度は違った。4月2日(金)、連邦CFPB局のサイト上で、シティバンクからの正式回答が届いた(CFPDとOCCの案件まとめての回答)。詐欺対策部門ではなく、その上部組織と思われる「会長室」の首席対応チーム(Citi Executive Response Team, Office of President)からだった。「何よりも最初に、あなたが苦情書に記した詳細、及びあなたが経験したフラストレーションに心からお詫びします」から始まるその回答書は、真摯な謝罪文だった。電話、チャット、支店訪問などで何度もコンタクトがあり、口座開設時の署名確認書もファックスで届いたことを確認したと言い、Verification Letterは再送依頼があったのに送っていなかったと非を認めた。こんなことも書いてあった。

「あなたの経験は、ともにあなたに謝罪する詐欺防止チームとチャット顧客サービスの首脳陣とも共有しました。これを内部的な改善の機会ととらえ、シティバンクのポリシーと手続きに生かしていく所存です。」

苦情への謝罪文として完璧だろう。これを書いた人をほめてあげたい。日付が4月1日であったので、まさか、と思うほどの出来だ。暗証番号(Verification Code)も記されており、詐欺対策部門に電話してそれを示せば手続きが完了するとあった。

同様の暗証番号を記したシティバンク詐欺対策部門からの手紙も前後して届いた。こちらはお詫びではなく、通常送られる事務的手紙のようだった。

カネが出た

4月5日(月)に詐欺対策部門に電話。暗証番号で本人確認。24~48時間以内に口座が復活すると言われた。念のため3日後の8日(木)にATMに行ったのは、カネが出てこない衝撃を二度と味わいたくなかったからだろう。心臓に悪い。確実に復活しているはずだが、銀行に向かう時はドキドキした。ATMにカードを入れ、暗証番号を入力し、「引き出し」で最低額20ドルを指定すると、

ギャージャバジャバ!

と中で紙幣を数える機械音。おお、なつかしい、ずいぶん久しぶりに聞く。「勝利」を告げる瞬間、などとつぶやく。出てきた20ドルは珍しく10ドル札2枚だった(普通は20ドル札1枚)。家への帰り道、世界が新しく変わったのかのように、住宅街の広い道路の上に、カリフォルニアの青空がひときわまばゆく広がっていた。いや、前からずっとこんな青空だったな。


4月9日(金)、最終返答をCFPDに出した。銀行の回答を了解し、必要な対処も行ってくれたとの内容。60日以内での反論提出もできるが、むろんプロセスはここで終りにする。

結局これは何だったのか、と嵐が過ぎ去って思う。口座開設に伴うアイデンティ窃盗(成りすまし)防止手順でのトラブルだったことは確かだが、正確なところはわからない。その手順が具体的にどう進むのかが不明で、詐欺防止部門への最後の電話でも詳しいことは教えてくれなかった。ウェブ上を探してもそういう情報はあまりない。当然だろう。詳しく手順を公表したら、詐欺師がそれに対応していろいろ策をめぐらす。

しかし、想像するに、まず小切手帳送付の際に署名確認書を返送させ、本人・住所確認を行う。別の人物が成りすましで口座を開いたら、その後何をされるかわからないから必要な手順だ。私はこの手順に気づかず確認書返送が遅れた。そのため口座が一時凍結された。その際、暗証番号を記した連絡レターが本人住所に送られ、電話連絡でそれを確認すれば凍結は解除される。しかし、私の場合、不幸にもこの最初の手紙が届かなかった。他の郵便ではそんなことなかったのだが、コロナ禍で何らかの紛失事故があった可能性はある。

また、本人確認を携帯電話に暗証番号を送って行う場合もあるだろう。私の場合、ウェブ上の無料電話Google Voiceを使っていたが、これが本人確認用として受け付けられなかった(受け付ける機関もある)。「本当の」携帯電話に入る資力も必要もない人にとってこれは困る。プリペイドSIM携帯などに入っている人もいるだろう。技術的に詳しくないが、現在、通常の電話もどんどんネット通信を活用する形に変わっていると聞く。技術革新の時代にふさわしい本人確認方式と言えるのかどうか。

銀行側の記録によれば、最初の暗証番号入り手紙は、確かに送ったようだ。しかし、届いてないので再送してくれと言ってからは何も送っていない。2回にわたり送付を怠った。銀行側もそれを認めており、体制上何らかの不備があったのは確かだ。結局、これが致命的だったのだが、そんな些細なことで3カ月苦労させられては、こっち側としてはたまったものではない。詐欺防止部門を他の部署がチェックできず、外部政府機関を通す他なかった点も疑問だ。逆に政府規制機関の機能は有効に働いていることがわかり、信頼を一定程度回復させることができた。ほころびだらけのアメリカ社会のシステムだが、最後のところでは是正できる仕組みが組み込まれている、とでも理解するべきか。

詳細不明だが、だいたいそのようなことだったのだろうと振り返る。システムがどう動いているかわかっていれば、よりポイントを点いた効果的対応ができたと思う所もある。3ヵ月近くあれこれ苦労したが、ほとんど外に出ず、電話やネットを通じた苦労だった。「出る所に出て」も実際には外に出なかった。いろいろ勉強にもなったし、コロナ禍に老人のボケ防止対策として適切な課題が与えられたと考えれば、まんざら悪くなかったかも知れない。