都市とは(6) ナーディスタンの没落 ― 都市型シリコンバレーへ

テクノ荒野

ナーディスタンという「国」がどこにあるか知っているか。広大な土地に広がる共和国がイメージされるだろう。

ナードはコンピュータに熱中する人々、スタンは土地名を表す語尾。そう、これはコンピュータにはまってしまった人たちの国、芝生に囲まれたガラス張りオフィスで働く広大な郊外サバービア帝国のことだ。典型的にはシリコンバレーのようなテクノ荒野を指す。

このナードディタンが今、没落の危機にあるという。代わって近隣のサンフランシスコのような大都市、都市圏中心部が台頭し、活発な起業家経済の核になりつつある。創造的都市論のリチャード・フロリダが2020年の共著論文で言う。

「数十年にわたりオフィス・パークや郊外”ナーディスタン”で組織されてきた起業活動(entrepreneurship)が都市に戻ってきている。…都市が台頭してきた。いや、正確に言えば再台頭だ。起業活動を組織する中心的な単位あるいはそのプラットフォームとして都市が再び台頭してきている。」(p.20)「これまで、ハイテク起業活動はシリコンバレーやボストン市外のルート128のような低密度郊外オフィスで組織されてきたが、今日、主要なハイテク起業活動は巨大なグローバル都市、グローバル都市圏で行われている。」(Richard Florida, et al., “Chapter 2 The City as Startup Machine: The Urban Underpinnings of Modern Entrepreneurship,” Muhammad Naveed Iftikhar, et al., Urban Studies and Entrepreneurship, Springer,  2020, p.23)

よく間違えられるが、シリコンバレーはサンフランシスコの中にあるのではない。サンフランシスコ南方数十キロの郊外地帯にある。正確に言うと、そこは依然としてグーグル、アップル、フェイスブック、シスコ、インテルなど並みいる巨大IT企業の拠点であり続けている(米国の4大IT企業GAFAのうちグーグル、アップル、フェイスブックの3社が本社を置く。ネットフリックスを加えてシリコンバレー主要4社をFANGともいう)。しかし、新企業を起ち上げる活発な起業経済の核は北の大都市サンフランシスコに移行しているとフロリダたちは言う(前にも本ブログでこうした動向を解説した)。

対照的にサンフランシスコの方には起ちあがったばかりの元気のいい小企業が存在する。その中の有名株は、Uber、Lyft、Airbnb、Yelp、Splunk、Twitterなどだろう。非営利組織でやっているWikipediaの本部もこの街にある。上場前に評価額が10億ドルに達した新興企業をユニコーン(ギリシャから伝わった伝説的な白い馬に似た一角獣)というが、これが現在サンフランシスコでは128社に達した(米国全体では489社。2021年12月1日現在)。

ベンチャー投資額で上回るサンフランシスコ

上記共著論文でのフロリダらのまとめによると、都市圏(MSA)別の2015年~2017年の年間平均ベンチャー投資額は、サンフランシスコ圏が世界トップの273億ドル、シリコンバレーのあるサンノゼ圏が世界4位の83億ドルだった。3倍以上の差をつけたことになる。(2位は北京圏243億ドル、3位ニューヨーク圏112億ドルだった)。

ただ、都市圏別だと、サンフランシスコ圏(MSA)の中にサンマテオ郡やアラメダ郡なども含み、その一部がシリコンバレー地域にかかるので、やや正確性に欠ける。比べるからには狭いサンフランシスコ市と、広大なシリコンバレー地域全体を真っ向から比較したい。シリコンバレーを代表する地域経済団体JVSV(Joint Venture Silicon Valley)が、ベンチャーキャピタルの全米業界団体NVCA(National Venture Capital Association)のデータなどを元に、有用な情報を豊富に出している。表1に2000年から2020年までのサンフランシスコ市とシリコンバレーのベンチャー投資額を記した。

表1 年度別ベンチャー投資額(10億ドル)

サンフランシスコ市 対SV比 シリコンバレー ベイエリア全体 全米内での比率
’00 9.99 25.8% 38.79 48.78 30.8%
’01 1.87 12.0% 15.62 17.49 29.3%
’02 1.05 11.6% 9.02 10.07 31.5%
’03 0.55 6.5% 8.48 9.03 32.6%
’04 1.09 11.1% 9.78 10.87 34.7%
’05 1.43 15.4% 9.28 10.71 34.8%
’06 1.53 13.4% 11.38 12.91 36.1%
’07 1.76 14.0% 12.58 14.34 35.8%
’08 2.26 19.6% 11.52 13.78 37.7%
’09 1.84 23.2% 7.94 9.78 39.8%
’10 2.42 28.5% 8.49 10.91 39.1%
’11 3.58 36.4% 9.83 13.41 39.0%
’12 4.25 52.5% 8.09 12.34 39.5%
’13 5.21 62.5% 8.34 13.55 40.3%
’14 11.01 94.5% 11.65 22.66 40.6%
’15 16.76 126.1% 13.29 30.05 44.3%
’16 15.55 148.9% 10.44 25.99 41.2%
’17 13.45 88.2% 15.25 28.70 39.3%
’18 33.10 164.0% 20.18 53.28 47.6%
’19 24.30 129.3% 18.80 43.10 39.8%
’20 20.00 75.8% 26.40 46.40 37.6%

出典:JVSV, Silicon Valley Indicators: Venture Capital Investment
シリコンバーの範囲はJVSVの定義による。つまり、Santa Clara County (all), San Mateo County (all), and the cities of Fremont, Newark, and Union City (in Alameda County), and Scotts Valley (in Santa Cruz County)だ。図1参照。

図1 サンフランシスコ市と、JVSV定義のシリコンバレー

JVSVが定義するシリコンバレーは、サンタクララ郡とサンマテオ郡を中心に、アラメダ郡とサンタクルーズ郡の一部を含む。サンタクルーズ郡ではスコッツバレー市が飛び地のように含まれている。一般的にはサンタクララ郡をシリコンバレーにする場合も多い。地図:Wikimedia Commons, (CC BY-SA 4.0)

図1の通り、ここで定義されている「シリコンバレー」は面積にしてサンフランシスコ市の40倍(4801平方キロ vs 121平方キロ)、人口にして3.5倍(310万 vs 88万)の地域だ。同列に比較しては悪いくらいで、実際、表1の通り、2000年代の半ばまで、サンフランシスコにはシリコンバレーの1割台程度のベンチャー投資しかなかった。しかし、2009年に2割を超えた後、急増し、2014年以降はシリコンバレー全体とほぼ同規模の投資を受けている。年によってはシリコンバレーをしのぐようにもなった。

(サンフランシスコなどの都市、都市圏、あるいはシリコンバレーなどにしても、どういう範囲を言っているのか確かめないと、正しく理解できない。実際その土地に住んでないと、その辺で混乱する可能性が十分ある。例えばフロリダらの前記共著論文のベンチャー投資世界ランク表(Table 2.1, p.23)でも、1位に「サンフランシスコ湾岸都市」、4位に「サンノゼ」が別々に出ているが、人口が共に780万で明らかにおかしい。詳しくは別稿に譲るが、「サンフランシスコ」と言っても、(1)サンフランシスコ市単独、(2)5郡のサンフランシスコ都市圏統計域(MSA)、(3)一般に言われる9郡のベイエリア(湾岸都市域)、(4)14郡のサンフランシスコ合同統計域(CSA)があり、どれを言っているのかで中身が異なる。しかし、米国内の記事などでもこれが明確に区別されず単に「サンフランシスコ」とだけ出ていることがあるので注意を要する。このうち(3)(4)はサンノゼなどシリコンバレー主要部が含まれるが、(1)(2)は含まれない。しかも、(4)は正式には(人口の多い都市順に)San Jose-San Francisco-Oakland, CA Combined Statistical Areaと呼ばれるので、益々紛らわしい。フロリダらのベンチャー投資額統計は、サンフランシスコ都市圏とサンノゼ都市圏を別々に集計した(2)であると見られる。であるならばBay Areaという表記は間違っているし、人口780万もおかしい。4位のサンノゼも(2)と同レベルのサンノゼMSAのはずだが、そうすると人口780万がおかしい。フロリダらのようなプロも間違うのだから、一般の新聞記事などがあいまいになるのはやむを得ないだろう。)

市別のベンチャー投資額

市別のベンチャー投資額は(郡でもあるサンフランシスコ市を除き)公開ウェブ上では入手できないが、例えばフロリダの2013年の記事が、2012年のベイエリア内諸都市のベンチャー投資額を紹介している。1位サンフランシスコ(43億9000万ドル)、2位パロアルト(12億9100万ドル)、3位レッドウッドシティ(10億6400万ドル)、4位マウンテンビュー(9億1800万ドル)、5位サニーベイル(8億ドル)、6位サンタクララ(7億3000万ドル)、7位サンノゼ(6億9000万ドル)の順だった。すでに2012年時点でサンフランシスコがトップに立っていた。7位までの残りはシリコンバレー内の都市だ。

郵便番号地域別のベンチャー投資

フロリダらは、市よりさらに細かい地域である郵便番号(Zip Code)地域ごとの数字も調べている。前掲2020年共著論文によると、トップ10の地域は表2の通りである。

表2 ベイエリア(サンフランシスコ湾岸都市圏)の郵便番号別ベンチャー投資 トップ10 (2012年)

出典:前掲フロリダ2020年共著論文、p.25

上位1、2、4位のサンフランシスコの番号地域は、いずれもマーケット通り(同市のメイン通り)の南側の地域。かつて工場・倉庫街だったが、現在、小さいが活力ある起ち上げ企業が多数入っている地域だ。シリコンバレー地域では、3位にスタンフォード大学に隣接するパロアルト市域が出ている。5位はサンフランシスコ南隣のサウス・サンフランシスコ市一帯だが、これは、サンフランシスコ空港に行く途上の湾岸地域で、バイオテク産業の一大拠点だ。7~10位はいずれもシリコンバレー域となる。

世帯密度から、人口密度の高い都市地域にベンチャー投資が向かっていることがわかる。また、徒歩、自転車、公共交通機関での通勤が多い地域にベンチャー起業が多いこともわかる。フロリダの創造的都市論の要件を支持するデータだ。

特許取得、10年で2.7倍に

次に特許の取得状況を見ると、表2の通り、2020年のカリフォルニア州内では、シリコンバレー最大都市サンノゼが4,734件で1位だった。サンフランシスコはサンディエゴに次ぎ3位の3,477件。それ以降4位から9位まではシリコンバレーの小都市が続く。人口当たりの特許取得数でも、表3の通り、シリコンバレーが10万人当たり665件、サンフランシスコが同387件と、巨大IT企業をかかえるシリコンバレーの優位は変わらない。しかし、10年前の2011年は476件対144件と差がもっと大きかった。10年でシリコンバレーが州平均並みの1.4倍増だったのに対し、サンフランシスコは2.7倍となった。

表3 特許取得数(カリフォルニア州内、市別、2020年)

取得数 米国内順位(シェア)
サンノゼ 4,734 1 (3.0%)
サンディエゴ 3,588 2 (2.3%)
サンフランシスコ 3,477 3 (2.2%)
サニーベイル 1,944 6 (1.2%)
マウンテンビュー 1,736 7 (1.1%)
パロアルト 1,624 9 (1.0%)
サンタクララ 1,479 10 (0.9%)
フリーモント 1,259 13 (0.8%)
クパチーノ 1,112 14 (0.7%)
ロサンゼルス 1,005 15 (0.6%)

出典:JVSV, Silicon Valley Indicators: Top 10 Patent Generating Cities in California – 2020

表4 10万人当たりの特許取得数 年別

2011 2012 2013 2014 2015 2016 2017 2018 2019 2020*
シリコンバレー 476 522 581 655 628 636 636 596 693 665
サンフランシスコ 144 194 237 279 301 329 345 334 417 387
カリフォルニア州 75 85 95 106 103 104 106 100 116 110

*2020年は12月12日までのデータ。出典:JVSV, Silicon Valley Indicators: Patents Per 100,000 People

サンフランシスコは自営業者が多い

「従業員の居ない企業」、つまり自営業者は、シリコンバレー222,877人(人口当たり)に対し、サンフランシスコは100,598人(人口当たり)だった(2018年)。これも総数としてはシリコンバレーの方が多いが、人口当たりではサンフランシスコが上回る。小企業や個人が立ちあげる起業活動の活発さを示す数字だ。ただし、ウーバーなどで個人事業者として働く「ギグ労働者」が多いことも関係しているだろう。

表5 「従業員のいない企業」(自営業者)の数 2018年

人口比率
シリコンバレー 222,877 7.4%
サンフランシスコ 100,598 11.5%
カリフォルニア州 3,453,769 8.7%
全米 26,485,532 8.0%

出典:JVSV, Silicon Valley Indicators: Firms Without Employees

ニューヨークの台頭

サンフランシスコやシリコンバレーの域外では、現在、ベンチャー投資においてニューヨークの台頭が目立っている。今年の統計はまだ出ていないが、表6の通り、10月13日段階のニューヨーク都市圏ベンチャー投資は390億ドルと、昨年12カ月全体の200億ドルから2倍近くに伸びている。ベイエリアは46%増にとどまる(これも目覚ましい増加には違いないのだが)。同表に見る通り、ここ数年ニューヨーク圏のベンチャー投資は徐々にSFベイエリアに迫り、今年はすでにその44%程度にまで達している。

表6 ニューヨーク圏とベイエリアのベンチャー投資・比較

          (10億ドル)
ニューヨーク圏 SFベイエリア
対SF比
2021年(10/13現在) 39 43.8% 89
2020年 20 32.8% 61
2019年 19 35.2% 54
2018年 16 23.5% 68

出典:Gené Teare, “Big Apple Vs. Bay Area: New York Investors Take Bigger Bite of U.S. Venture Pie from Silicon Valley,” Crunchbase News, October 19, 2021

ニューヨークのどの地域にベンチャー投資が行われているのか。これもフロリダらが2020年共著論文の中で郵便番号地域別に詳しく調べている。2013年段階の数字になるが、SOHO、トライベッカ、グラマシーパーク、チェルシー、キップスベイ、グリニッジビレッジなどが中心だ(同書、p.26)。摩天楼が立つローアーマンハッタン(金融街周辺)やミッドタウンでなく、その間に広がる比較的低層の地域。そう、まさにジェイン・ジェイコブズらが住民運動で守った古い街並みだ。彼女が体を張って守った地域(1968年に抗議行動中逮捕もされてもいる)に、彼女の予言通りイノベーションあふれるハイテク起業がおこっているのは感慨深い。

ニューヨークは世界的な金融の街なので、ベンチャー・キャピタルも多い。それぞれの都市のベンチャー・キャピタルが(対全米で)投資を行なった額を見ると、2021年は10月13日段階で、ニューヨーク520億ドル、SFベイエリア590億ドルだ。投資をする側の規模はすでにシリコンバレーとほぼ同レベルになっている。

ニューヨークはサンフランシスコ以上に密集し多様性のある大都市だ。地元金融業の規模という条件も加わり、今後さらに投資が増えていく可能性がある。ベイエリアにおいては、中心都市サンフランシスコが台頭し、全米的には、最大都市ニューヨークが台頭する。ハイテク起業経済の中心が「ナーディスタン」から都市へ、つまり「都市型シリコンバレー」に移行しつつあることを示すだろう。

シリコンバレーとの役割分担

本稿は、「ナーディスタンの没落」などとまるでシリコンバレーが終わりであるようなタイトルを付けてしまった。大げさブロガーの悪いクセが出た。表1で見たように、シリコンバレーへのベンチャー投資額が降下しているわけではなく、サンフランシスコほどでないにしても、増え続けてはいる。今年全体の統計はまだ出ていないが、昨年のコロナによる落ち込みの揺り戻しから、第3四半期段階で、昨年を大幅に上回る数字が出ている模様だ(サンフランシスコ、シリコンバレー双方を含めたベイエリア全体のベンチャー投資は、昨年603億ドルだったのが、今年第3四半期までにすでに884億ドルに上った。NVCA, Venture Monitor Q3 2021, p.15)。

要は、活発な最初期の企業は大都市サンフランシスコに、功成り大きくなったベンチャーはシリコンバレーにという役割分担ができてきているということだ。市域の狭いサンフランシスコでは企業が巨大化しても、セイルスフォース社のように、上(高層ビル)に伸びる他ない。シリコンバレーにはまだ広い「キャンパス」をつくる余裕がある(例えばグーグル)。「ジェイコブズの外部性」に関する議論でも、イノベーションが重要な初期段階では多様性をもった大都市に立地すべきだが、一旦製品が形を成し大量出荷していく段階では、同業者が多数存在し専門化している地域に移った方がよい、とする研究も出ている(Gilles Duranton & Diego Puga, “Nursery Cities: Urban Diversity, Process Innovation, and the Life-Cycle of Products)。

産業基盤には何よりも多様性が必要だ。活発な初期起業を促す大都市と、広大な郊外IT地域の両方をもつベイエリアはこの面で強い。上記ドラントンらの論文は、数式を駆使した数量経済学的証明の後で、次のような文学的なまとめをしている。

「本論文は、(多様性か専門性の都市かの議論の代わりに)都市圏システムで、多様化した都市環境と専門化した都市環境が共に重要となることを示した。企業ライフサイクルの異なる段階で、各タイプ地域経済環境が果たす役割がある。多様化した都市は製品ライフサイクル初期段階により適しており、専門化した地域は充分に開発された製品の大量生産に向いている。製造業やサービスでは、農業とは異なり、「種をまく」ことと「収穫する」ことは別の地域で起こり得るということだ。」(上記論文、pp.25-26)

経済の基礎:企業から都市へ

フロリダさん、そこまで言っていいのか。

「都市は、現代経済の基礎的な組織化単位として企業に置き換わり、グローバルなイノベーションと経済成長の基本的プラットフォームとなってきた。」(前記2020年フロリダ著書、p.27)

イノベーションの主体はもはや企業でなくて都市になったと言っている。経済を引っ張る単位として企業の時代は終わり、都市の時代がはじまったと言うのか。

経済学や都市論の碩学に広く立脚し、各種批判にも誠実にデータをもって応え、常にバランスをとった論理を積み上げるフロリダさんがここまで言う。確かに都市という環境が、個人のクリエイティビティや企業のイノベーションを増進しているとは言えるが、経済成長の単位が「企業から都市へ」というパラダイム的なシフトが起こっているとまで言えるか。

と思いながら、いやそれもいいだろう、と考え直した。こういう大胆な論を展開するクリエイティビティこそ歓迎されるべきだ。企業が郊外の巨大建築の中に人材をぶち込んで働かせればそこからイノベーションが生まれる、という時代ではもはやない。自由な都市で各個人やスタートアップ企業が切磋琢磨し、影響を与え合う中で新しい成長が生まれる。巨大建築の中に、いかに洒落たカフェやレストランや緑の環境をつくっても、企業の閉鎖空間で自由な精神が羽ばたくとは思えない。本社「キャンパス」を開放し誰でも入れるようにしても、そこまでが限界だ。建物内に「一般人」は自由に入れない。

フロリダの言う通り、クリエイティブな精神は、多様な人々を受け入れる寛容でオープンな環境を求める。「私有地に付き立入禁止」「No Trespassing」の立て札が立っているような場所こそ、その対極の空間だろう。

いや、極端な論になることは控える。企業も必要だ。秘密が外部に漏れないように囲い、中でがんばる組織体があっても別にいいし、それなりの役割がある。しかし、時代は益々、その外で行われる複雑系の相互交流の中で新しいものが生まれる環境になった。企業が依然として必要だとしても、それが生きる市場、その具体的な空間としての都市の中でもっと重要なことが起こる時代となった。

市場は、これまでそうであったように、だれかが、あるいは何らかの集団が意図的に計画し、中身をつくりあげられるような実体ではない。構成員が勝手に自由に動き、その複雑な相互作用で自ずと自己組織化されていく動的秩序だ。だが、少なくともその作用の一断面は、「都市」という形で私たちの五感の前にも現れている。根本を目的意図的に築造できないが、その片鱗を感知しながら必要な制御をはたらかせていくことはできる。そういうものとして都市は、私たちの前に姿を現せている。