都市とは(1) 群れから都市へ

動物たちの「都市」

何百万、何千万人という集団を形成するようになった人類の都市。しかし、群れを形成するのは人間だけではない。南極に住む髭ペンギンは最大で百万規模の群れをつくる。サブサハラに棲息するハタドリ科のコウヨウチョウ(紅葉鳥)の群れは数千万規模に膨れ上がることもあり、2009年5月には推定15億羽に拡大した映像が記録されている。人間のはじめた農業という環境への適応が背景にあるという。今は絶滅した北米大陸のリョコウバトはさらに大規模な群れをつくっていたことで知られ、群れが何日も途切れることなく移動していったという記録が複数ある。1866年には加オンタリオ州で、幅1.6キロ、長さ480キロにわたり推定35億羽のリョコウバトの群れを観測した。だが、もちろん、大量発生で昆虫にかなうものはなく、昨年にも東アフリカで2,400平方キロ、推定2000億匹に及ぶイナゴの大群が発生し、大きな被害をもたらした。最高記録は1875年2月に米国西部で起こった「アルバート大群」と呼ばれるイナゴの大量発生。面積にして51万平方キロ(日本の国土面積より大きい)、個体数では3兆5000億から12兆5000億匹までの推計が出ている。

人間の都市と昆虫の大量発生は比べられない? 果たしてそうか。人間も今、一時的に異常発生しているだけで、すぐに激減、もしくは絶滅するのかも知れない。

オウサマペンギンのコロニー。南極に近い南大西洋のサウス・ジョージア島で。写真:Pismire, CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons

我々にとって深刻なライバルはアリだ。彼らは異常発生で群れているのでなく、通常の生活で集団をつくり、しかも定住している。集団内での分業と協働も相当進んでいるようだ。地球上にアリは1京匹存在し、総体重は人類の総体重に匹敵するという。生物界では人類に匹敵する適応種だ。アリの巣の「人口」は数百匹から数百万匹まで様々だが、100年前に南米から南ヨーロッパにもたらされたアルゼンチンアリは、全長6000万キロに及ぶ長い巣穴連続構造を形成し、数百に分かれた個別巣ごとに数十億匹のアリが棲息するという。まさに巨大な地下都市だ。

哺乳類で最大の群れをつくるのはコウモリで、米テキサス州のブラッケン洞窟は800万~1000万匹のメキシコオヒキコウモリの巣になっていることで知られる。子どもが生まれる時期には1500万~2000万匹の大集団になるという。草食動物の大集団もよく知られ、アフリカ中南部の草原に棲息するヌーは時に100万頭規模になり、北米大陸北極圏のカリブーも時に10万頭以上の集団になって移動する。ずっと小規模だが(多くて十数頭)、ライオンやオオカミなど肉食動物も群れをつくる。オオカミは子どもを育てるための巣穴やたまり場(ランデブーサイト)をもち、一定の定住性も示す。

群れの多くは、鳥の集団移動に見られるように非定住的だが、一方で動物には帰巣本能があり、縄張りをもつものも居り、コロニーをつくって一定の定住性(philopatry)も示す。動物が群れをつくるのは、大集団になれば捕食者から逃げやすくなる(「多くの目」効果)、あるいは少なくとも個別個体が捕食される確率が減る(希釈効果)、あるいは逆に肉食動物の場合には、集団で狩りを行なえるメリットがある。多数個体になれば探索能力も高まり、エサを見つけやすい。繁殖上もパートナーを得やすくなるメリットがある。コウモリなどでは、棲息できる洞窟などの環境が限られていること、また寄り合って互いに体温を保持できるなどの要因も関係する。

霊長類では、オランウータンなどを除き、ほとんどが群れをつくる。テナガザルなど単雄単雌ペアで暮らすもの、ゴリラなど単雄複雌のハーレム型で暮らすものが居る一方、複数のオス・メスと子どもたちが暮らす複雄複雌数の群れを形成するのものもいる。チンパンジーや、身近なところでニホンザルなどがこれに含まれる。チンパンジー社会は「父」がわからないほど徹底的な乱婚らしいので、集団内で特定ペアを組む人間とは違うかも知れない(それに近い面もあるぞ、との意見もあるが)。ゴリラのような一夫多妻制も、歴史的には人間社会に広く存在していた。

サル、類人猿、ヒトの群れ

群れ内の雌雄関係は多様だが、霊長類の群れは基本的には遊動的で定住ではない。霊長類研究者の山極壽一によると、原始的なサルは夜行性で、木の洞などに寝場所を確保していたが、昼行性となったサルたちは巣を作らず、広い範囲を動き回り、毎晩違った木の上で眠るようになったという。ゴリラやチンパンジーなどの類人猿は樹上に1人用ベッドを作るが、移動性であることに変わりはない。おそらく人類も最初は狩猟採集生活の中、遊動生活が基本だったのだろう。そのうち洞窟、岩場、さらに簡単な遮蔽構造をつくるなどして定住性を増していった。そして農耕の開始に伴い、6000年年前のメソポタミアのウルクに見られるような本格的な古代都市の形成がはじまる。

農耕が先か定住が先か

一般に、農耕が始まることにより人類の定住や都市が始まるとされるが、西田正規『人類史のなかの定住革命』は、農業に先駆けて1万年前から定住がはじまり、これこそが人類史の重要な画期だった、とする。確かに日本の縄文人や北米大陸西海岸先住民など農業以前、狩猟採集漁労の段階で定住する人々の存在が確認できる。ただし、西田も、農耕が定住を生みだしのではないが、下記のように、大規模な都市は農耕を基礎にしていたという視点を捨ててはいない。

「農耕が人類史においてはたした意味は、定住生活を生みだしたことにではなく、中緯度森林の定住民の段階には見られないさらに高い人口密度や、より大きな集落や都市、より複雑な社会経済組織などの形成過程においてこそ評価される。」(西田正規『人類史のなかの定住革命』2007年、講談社学術文庫、p.99)

あるいは、1960年代から都市論の古典を発表していたジェイン・ジェイコブズなどは、常に新しいイノベーションを生み出してきた都市こそが、人類に農耕さえもたらしたと気を吐く。『都市の経済』(The Economy of Cities, 1969年)の冒頭部分で「我々が通常農村の仕事と考えるものは地方でなく、都市ではじまった。経済学、歴史学、人類学など今日の多分野の理論が、都市は農村経済を基礎に築かれことを前提にしている。しかし私の観察と理論が正しければ、その逆が正しい。農業を含め農村経済は都市経済と都市労働から直接に形成された。」(pp.3-4)と述べて、第1章をその論証にあてている。こうした見方からは、まず定住生活がはじまってから農業がはじまったという理解になる。

6000年前の世界最古の都市とされるウルク遺跡(現イラク南部)。写真:SAC Andy Holmes, Open Government License, Wikimedia Commons
復元された上野原遺跡(現鹿児島県)の縄文集落。面積は15,000平方メートルに及ぶ。約9500年前のものであることがわかり、確認された最古の縄文定住集落とされる。なお、縄文土器で最古のものは、1万6500年前の大平山元遺跡(現青森県)から出ている。写真:Ray_go, CC BY-SA 2.5, Wikimedia Commons

情報と物流の結節点に人口の集積体

都市とは何か。新田栄治の定義によると「情報と物流の結節点に生まれた巨大な人口の集積体」という(新田「ブッダとシヴァの都市ー東南アジア型都市の誕生」『都市と文明』(講座文明と環境、第4巻、朝倉書店、1996年)。都市を定義するのは難しい、ああでもない、こうも言えるという議論が多い中、スパッと割り切った簡潔な言い方で好感が持てる。しかも、網羅的な普遍性をもち、深みもあるように感じる。

そして、一般に、都市の発生は、農業の発生と結びつけて次のように説明されるだろう。

「新石器革命に伴い最古の都市が出現した。農業の拡大に伴う余剰食糧生産でより周密な人々の集合が生まれるようになった。それはまた多くの人々が、農耕狩猟採集以外の活動に専門化することを可能にし、より複雑な人間社会をつくりだす。この中で、都市または大規模集落への集住は、いくつかの明確な便益をもたらし、新しい社会的機能が現れるようになった。特に、一元的な食料貯蔵、運河、灌漑、水源確保、治安、遠隔交易組織、宗教活動の場などの公共インフラが容易に提供できるようになった。」(Maarten Bosker, City origins, Regional Science and Urban Economics, Available online April 16, 2021, p.2)

この論文でボスカーは、これまでに積み上げられてきた膨大な都市データを駆使して都市の形成条件を分析する手法を提起している。都市の生まれる条件として次のようなものを挙げている。

      1. 食料、水、建築物質 ー 農業技術や交通が発達していない時代には、こうした自然条件が都市の発達に不可欠だった。農業に適した土地と気候、飲料となる水の確保、汚物を流せる川などの水利、そして建材や火力(後には製鉄)に必要となる木材の採れる山地が近くにあることが必要だった。(湿潤温暖な自然条件の日本の縄文時代などでは、必ずしも農業が絶対条件にならずに大規模な集落が形成された点は、修正する必要があると思われる。)
      2. 軍事的有利性 ー 近代以前の都市の多くが城壁に囲まれていたように、軍事的な配慮が都市形成の重要な要因だった。周囲を見渡せ守りやすい丘の上、船舶交通をコントロールしやすい河川狭隘部・海峡部などに砦がつくられ都市に発展する場合がある。
      3. 市場・交易上の利点 ー 交通の要衝となる地点に都市が発達した。河口近くの自然港、橋をつくりやすい河川地点、峠の入口、オアシスなど。鉱物資源は偏在しているので、それを産出する土地にも都市が生まれた。
      4. 政策・計画的な形成 ー 交通や農業の発達により、必ずしも自然条件に支配されない都市の形成が可能になってくる。首都など政治的な拠点都市、産業振興のための都市などがつくられるようになる。

群れから都市への「創発」

都市は、創発する複雑系の典型だ。動物に見られる群れやコロニーの人類版が都市だ。群れが人間という知的生命を得て「自己組織化」し、異なる次元のシステムに「創発」した。都市は、動物世界からの基盤を継承するが、もはや単なる群れではなく、動物の定住コロニーでもない。

動物は捕食者から自分たちを守るため群れをつくるが、ヒトの場合、もはや人間を捕食する動物はいない。多く集まれば個人がクマに食われる確率が減るという「希釈効果」を願って百万都市がつくられるのではない。(だが、古代から中世に至るまで城壁都市が主流であったように、縄張りの外から来る同種と抗争する守りの砦としての役割はもっている。)

動物が群れで移動すれば、多くの個体による探査能力でエサを見つけやすい。しかし、都市に集まった人類はもはや移動生活をしておらず、群れただけでエサが見つけやすくなるわけではない。(だが、都市には富が築かれ、施しによるか雇用によるかは問わず、そこに来ればエサにありつける可能性は高まる。)

肉食動物は集団で狩りをすることで獲物をしとめる。しかし、人間はもはや狩りをしない。農工業によって生きるかてを得ている。(だが、漁業では相変わらず集団の協力で狩りの効果を高めている。集団であるからこそ生み出された道具・技術も一枚加わる。)

動物は群れることで繁殖上パートナーを得やすくなるが、これは都市に集まる人間にも一定程度言えるかも知れない。(だが、都市化社会になるほど未婚者が増え、少子化も進んでいる。繁殖上有利かどうかは未定の部分がある。)

人間は都市という群れの中で情報を交換し、知識と技術を高め、生存の可能性を高めた。ここにこそ動物の群れとの決定的な違いがある。と思いたい。(だが、例えばハチの群れでは、巣に帰ってきたときの尻振りダンスでエサのありかや新しい巣の適地など情報交換していることが知られる。)

群れる動物は伝染病を媒介するリスクを高めてしまった。群棲するコウモリが多様な病原菌、ウィルスの温床になっていることはよく知られる。人間の都市もこの負の面は大いに引き継いでいる。近代下水道システムの導入まで、人間の都市は汚物の処理に困り、それによる大規模な感染症蔓延のリスクを避けることができなかった。動物段階では地域的な群れ内の感染にとどまっていたのが、人間社会のグローバル化、グローバル都市の結合により、感染症が全地球にたちどころに広がる。地上でコウモリと並び感染症を広げる最大の生物媒体になってしまった。

都市が創造性をもたらす

生物界で群れから都市が創発した。この新次元の複雑系で我々はどのような新しい特質を得たのか。都市の主要な機能は何なのか。複雑系研究のメッカ、サンタフェ研究所のルイス・バッテンコートは、「都市の主要な役割は、人々の社会経済的な創造性ポテンシャルを実現するための条件を提供することだ」と言い、都市の仕組みを次のように説明する。

「理想気体[訳注:分子間相互作用を無視し抽象化した気体]のような単純な物理システムは延長的な形質(エネルギー、エントロピー)をもつ。システムの大きさに単純に比例する性質だ。しかし、複雑なシステムは典型的には別の(非延長的な)動きをする。成長する中でその特質は、規模に対し非線形的に変化していく。これが都市にとって重要だ。小さい都市地域は、大きい都市地域と質的に異なるものとなり、その問題解決には異なるアプローチが必要となる。」(Luís M. A. Bettencourt, “Chpt. 10 Cities as complex systems,” Modeling Complex Systems for Public Policies, IPEA, 2015, p.223)

知的生物たる人間の群れは、動物の群れとは異なる次元の機能と役割を持ちだした。その特質は、小集落が大集落になり、都市に、大都市になっていく中で、益々明瞭になっていく。バッテンコートらは、膨大な都市データの分析によってこの結論に達したとし、例えば次のように言う。

「都市の規模による社会経済的アウトプットを調べると、都市が大きくなるにつれ一人当たりのアウトプットは大きくなる。都市が2倍になれば、一人当たりアウトプットは10~20%増える。都市経済の大きさ(GDP)、労働生産性(賃金)、暴力犯罪率、あるいは特許件数や特定職雇用などで表されるイノベーション尺度などでそのような関係が見られる。/他方で、一人当たりの建築面積とインフラの大きさは、都市の拡大とともに減少する。例えば一人当たりの道路面積は、都市規模が2倍になるごとに10~20%減る。」(同上、p.225)

つまり、都市が成長するとそれに単純比例してアウトプットが増えるのでなく、何らかの相乗効果が生まれ、総和以上のアウトプットが生まれる。つまり(良い面も悪い面も含めて)一人当たりのアウトプットが増大する。これは規模のスケールメリットとも言え、一人当たりにすれば、より少ない都市ハードウェアで、同レベルの産出活動を継続していくことができるということだ。

そして、都市の生産性を高める要因として、特に人々の間の相互依存、連関性に注目する。

「より大きな都市では、職業とビジネスのより大きな多様性が生まれる。大都市が大きな労働生産性をもたらす主な理由として、都市経済学者は、より大きな人的資本が存在することを提起する。しかし、重要なことは、より多くの人との社会的コンタクトが起こる可能性であって、これが各人を専門化させ互いに学ばせ、より相互連関的になっていくことだ。このプロセスの中で新しい知識が生まれ、新しい経済成長が促される。/こうして都市はより大きな社会経済的相互作用(より大きな市場その他)の条件をつくりだし、個人と組織(企業、非営利団体、政府機関など)の専門化と相互連関を通して、新しい知識の創出と再結合を促していく。/……都市の規模(スケール)が専門化(多様性)と学びの回路を拡大し、人々の間により大きな相互連関性を生みだす。そこには循環的な因果関係があり、専門化の基礎には相互連関性(社会的結合性)があり、専門化はより高度な知識を導き、経済価値を生み、それがまた基本となる社会的物理的インフラの維持を可能にしている。」(同上、p.227)

複雑系の説明はやはり複雑になるようだが、要するに多様な条件が複雑に関係しあい、都市という相乗効果システムを通じて、高いレベルの知識創出と経済成長が可能になっていくということであろう。都市という高密空間が互いの関係性を強め、刺激し合って知識創出と経済成長を生む、というのは直感的・常識的に理解できる。しかし、ただそう言うだけではあまりに単純すぎる(一文で終わってしまう)。それを複雑系の言葉で複雑に分析的に述べてくれたと理解する。

文化による適応

一般に人間社会で集住、都市が重要になる基礎には、「文化」という人類の適応戦略がある。動物は、多様な遺伝子形質を繰り出し、多様な個性をこの自然界で試み、適応したものが子孫を残し、適応できないものは死滅する適応戦略をとってきた。ある意味残酷であり、種の形質が変化する(進化する)までに時間もかかる。しかし、人間は食料確保にしても気候風土適応にしても、文化を発展させて対応する。身体的に遺伝子を改変していくよりはるかに急速な対応が可能だ。この文化の生成と伝達こそが人類の生存に決定的であり、そのためには群れて集住することは人類にとって新たな意味をもつようになった。知識を伝えあい、新しいイノベーションを起こす基盤として個体の集住、つまり都市が重要となった。