バルカンはヨーロッパだ

「ヨーロッパの火薬庫」と言われた民族が複雑に分布し対立するバルカン半島。確かに二つの大戦もそこからはじまった。だが、それがまさにヨーロッパでもある。民族が複雑に分布し対立してきた地域。強烈な民族主義で互いに張り合ってきた地域。そして二つの大戦を発生させた地域。(そしてそれが多かれ少なかれ東アジアを含めた「世界」でもあるのだが、それはここでは一応置いて議論を進める。)

不思議なことがある。あれほど激しく民族自決を求め、憎しみい戦いあったバルカン諸民族・諸国がこぞってEUに入りたがっていることだ。EUはローマ帝国の復活だ、という見方もある。東欧社会主義をやめても結局ヨーロッパ中枢からの大資本に支配されるだけだったという批判もある。なのに、あの分離主義と民族自決の権化のようなバルカン諸国がEUを目指す。きのうもボスニア・ヘルツェゴビナがEU閣僚理事会でEU加盟候補としての地位を得たことを報じるニュースがあった。「EU加盟に向けた巨大な、歴史的な動きだ」とボスニア・ヘルツェゴビナ政府側が感動の言葉を発している。

新しいものが生み出されていることをやはり認めざるを得ない。民族が、あるいは民族国家が、自発的に入りたくて入ってくる帝国、いや連合体だ。そういう秩序が現れているということだ。なぜウクライナはロシア連邦に入りたがらないのか。EU側には時期尚早との意見もあるのに、ウクライナはEUに入りたくて仕方がない。ロシア連邦なぜ武力でしかウクライナを取り込めないのか。

もう一つ重要なことがある。EUは出るのも勝手、ということだ。EU主要部の一角を占めていた英国が勝手に出てしまった。とんでもないことだ、EUの危機だ、という人も居るが、そうではない。こんな素晴らしいことはない。一滴の血も流さず、武力闘争もなく、簡単に退出してしまった。入るのも自由、出るのも自由。こんな帝国はかつてなかった。

時の支配者を、武力でなく選挙という平和的手段ですげかえられる。そういう体制を得るのに世界はどれだけの歴史を積み重ねてきたか。トランプさん、よく聞いてくれ。どれだけ権勢を誇る支配者でも、この原理にだけは従わなければならない。そういう時代になったのだ。

それと同じように、帝国にも自由に出入りできる民主主義の原理が必要であり、少なくともその端緒をEUは築き始めた。英国離脱、大いに結構。それでうまくいかなかったらまた戻ってくればいい。いや、単独の方がずっといい、というのであればそれでどんどん進んで、EUを負かせばいい。巨大帝国は往々にして非効率的な官僚主義に陥り、堕落していく。つい最近もヨーロッパ議会で汚職があり副議長が逮捕されたというニュースが流れた。巨大な連合に競争させる別の自由な選択があっていい。いや、なければならない。民主主義は常に野党など別の選択肢からの激しい競争にさらされるから機能していくのだ。

EUに加盟して、それで民族国家が終わるのではない。加盟しても執拗なまでに国民国家が我欲を求める。それが時に共同体の運営を困難にもする。が、それもいいのだ。民族のあらゆる主張、希望を認める。その追求を100%認めて、なおかつより大きな協力も100%追求する。そういう秩序だ、EUというのは。あり得ない、不可能なことか。いや、それしかない。バルカンとヨーロッパはあらゆる悲惨と失敗の後に、それしかないことを学んできた。