大変だ、助けてくれ!
下の庭に向かって叫ぶ。何人か人が出ているが英語がわからないらしい。ヘルプと叫ぶ他ないのだが、それでもぽかんとしている。とにかく努力して必死の形相で叫ぶと、若者が一人、階段を駆け上がってきてくれた。
3階テラスの水道が止まらなくなった。普段使わないが、電気湯沸かし器があったので、そこの水道からポットに水を入れた。ところがその水道が止まらないのだ。水が勢いよく流れる。みるみるシンクがあふれこぼれそうになる。3階だから漏水になる。さすがに下に叫ぶ他なかった。
上ってきてくれた若者も自分で止めようとするが止まらない。しかし、そこは言葉がわかる現地人。下に叫んで事情を話し、水道の元栓をひねらせたようだ。ようやく水が止まった。あたりに水があふれたが、階下に漏れ出すほどではない。おお一安心。
マネジャーが来ていろいろ調べはじめた。あとはおまかせ。私は部屋に戻った。水道は一時全館断水していたが、やがて出始めた。使用禁止にしたのか。夜になって見ると何も変わってない。直したようだが、確かめるのも怖い。部屋の水道は問題ないので、テラスの水道は使わなくてよい。
気に入っている
…という問題はある。しかし、全般的に私はこのバトゥミ下町の宿をとても気に入っているのだ。まず第一に安い。シャワー・トイレ付き個室で1泊1600円だ。ジョージアの首都トビリシ、次いでアルメニアの首都エレバン、北西部の街ギュムリと回ってきたのだが、いずれも宿代が高く長期滞在できなかった。(「高い」といっても、最近は1泊2000円を超えると高いという感じになってきたのだが。)
私の旅は、ブログを書いたり、いろいろ勉強したり、一定程度その地域で長逗留するのが必須パートになっている。それなしに、コーカサス地方を駆け足でまわってきてしまった。どこも高いことを知ると、頭に浮かんだのはバトゥミで泊まった1600円宿だ。アゼルバイジャンは陸路入国を停止していて行けない。またどうせバトゥミに戻るのなら、あの宿を目指そう。と、ジョージア、アルメニアを走り抜けてきた。
持続可能な旅
言うまでもなく「安い」ことは持続可能な旅の第一条件だ。高いとどんな快適な宿でも長く続けられない。とにもかくにもまずは金銭面の「持続可能性」。1泊1600円なら、1カ月で5万円に満たず、東京やサンフランシスコでアパートを借りるより安い。「旅」する感覚でなく、普通に暮らしていられる。(むろん安宿なら、無駄な照明や冷暖房もなく、石鹸その他備品も限られるから、本来の環境的な意味での持続可能性もあるだろう。)
バトゥミ推薦宿の詳細
推薦したいので詳しく書くと、この宿(Otel Batumi Siti, Imedashvili Street 5/8
6000, Batumi, Georgia, 電話 +995558137884)は、バトゥミのバスターミナル近くの庶民街にある。3階建ての外見は一般住宅のようなつくり。1階が食堂や事務所、ドーミトリーのホステルで、2,3階が個室部屋になっている。私はその3階の個室に入ったのだが、広い共同テラスがあり、眺めがいい。すぐ頭上にケーブルカーが空を走る。部屋もある程度広く、ベッドシーツは明らかに洗った形跡があり、タオル、石鹸も取りこぼしなくおいてあった(トイレットペーパーはなかったが言ったらくれた)。私にとって室内環境で最重要なのはWi-Fiだが、極めて感度がよかった。玄関を通らず直接3階のテラス、自分の部屋に来れるので、自分のアパートのような感じだ。下町地域にあるが、門の扉はいつも開いている。これだけでジョージアの安全度がわかる。私の入ったのは5月だ。真冬や真夏時の滞在はわからないが、集中暖房やエアコンもあるので一応大丈夫だと思う。
つまり、特に欠点はない。日本だと欠点なしが当たり前だが、諸外国で特に欠点のない宿は異例だ。いや、強いて言えば、今回入った部屋は窓がなかった。前回のときの部屋は窓があったのだが。しかし、その代わりという訳ではないが、広いシャワー・トイレ室があり、そこに換気扇がわりの高窓が開いている。空気も入るが光も差し込む。のぞくと空が見えるのはいい。(夏は蚊が入るか? すでに入っている。しかしシャワー・トイレ室のドアを閉めておけば大丈夫だろう。)
そしてこのシャワー・トイレ室がいい。広くて、思う存分体を伸ばしてシャワーを浴びられる。シャワーノズルを固定できる。湯も冷たくなることはない。タイル床は排水溝に向いわずかな傾斜があり、排水がたまり水たまりになることがない(これ、諸外国では結構多いのだ)。広いので、カーテンやガラス戸の区切りがなくとも、お湯がトイレにまで飛ぶことはない。久しぶりに思う存分沐浴できて実に気持ちよかった。
事情で10日後にはイスタンブールに戻らなければならないのだが、これで10日間だけというのはもったいない。2,3カ月居てもいい、と思った。
バトゥミの下町にある
そしてこの宿のある地域がいい。バトゥミは高級ホテルやマンションが立ち並ぶリゾート都市のイメージだが、ビーチ近くのそういう地域とは違って、ここはまったくの庶民街。下町といっていい。近くにバスターミナルがあり、市場があり、鉄道駅(貨物)があり、港があり、ロープウェイ起点があり、旧市街も近い。活気ある庶民の生活が見られるし、バスに乗ってどこにでも簡単に行ける。
サメバ教会の丘に登る
推薦サイト:さぼわーる
コーカサス旅行情報のすごいサイトがある。小山のぶよさんが運営している「さぼわーる」だ。いや、コーカサス情報だけじゃないらしいのだが、この地域の「地球の歩き方」を持ってこなかった私は、少なくともコーカサスの旅で彼のサイトにかなりお世話になった。すばらしい。情報量がすごいだけでなく、欲しい情報が手際よく手に入る。顧客目線に立ったサイトづくりができている。自分勝手に書いているだけの私とは雲泥の差だ。これだけ丁寧な旅行情報が書いてあると、私がそれに付け加えることはほぼなくなってしまう。だから私のコーカサスの旅ブログでは、旅行情報手薄になった。詳しくは彼のサイトを見てほしい、言いうだけでいい。
犬に追われてサメバ教会行きをあきらめたとき、ミニバスで行けるという情報を彼のサイトから得ることができた。乗る場所の写真もあり、私の宿のすぐそばであることがわかった。ロープウェイの料金があまりに高いので乗るのをやめたという彼の報告にも共感した。私も同様に乗るのをやめていたのだ。たしか2000円近くした。アンカラのロープウェイがただで乗れるというのに、こんな大金は出せない、と思った。その代わり歩いて行ける高台ということでサメバの丘に狙いをつけたのだ。
バトゥミの南側でビル・ラッシュ
さて、次は庶民街とは対照的になるが、金ぴかのリゾート開発地域に目を移そう。バトゥミのビーチ近辺は一面のリゾートホテル、マンション地域だが、それがどんどん南に拡大しているようだ。かなりの高層ビルの建設ラッシュが進行している。
最初はトルコ人街と思った
バトゥミにはトルコ人も多いと聞いていたので、宿のある庶民街はトルコ人街なのだ、と最初は思っていた。しかし、そうではなく、単にこの地域のジョージア人の普通の下町だった。
なぜトルコ人街と思ったのか、考えてみた。トルコ各地の庶民街を2カ月経験し、そこからここに来るとまったく同じに見えたからだ。街のおじさん、おばさんの顔も同じだし、市場の活気もバスターミナルの混雑も同じだ。そして何よりも典型的なトルコ料理ケバブ巻き(ケバブ・ドゥルム)のお店があった。トルコでいつも食べていた。ここのケバブ巻きも同じ味で、肉汁やソースの味が舌にとろけ出す。それで「これはトルコだ」と確信したようだ。
ジョージア第2の都市バトゥミ(人口17万)は、同国南西部、アジャラ自治共和国の中心都市だ(共和国人口35万、面積2,880平方キロ。神奈川県より少し大きい程度)。このアジャラの民族構成をみると、96%がジョージア人で、他、アルメニア人1.6%、ロシア人1.1%、ウクライナ人0.2%、ギリシャ人0.2% で、トルコ人は「その他」0.9%の中に紛れ込んでしまっている(2014年)。公式にはほとんどトルコ人はいなのだ。
トルコからの影響は大きい
しかし、オスマン帝国領だった時代、数百年にわたってこのアジャラはトルコ文化の影響下にあった。イスラム化も進み、現在、ジョージア国民の88%がキリスト教、特にジョージア正教を信仰するのに対して、このアジャラだけはイスラム教徒が39.8%を占める(2014年)。1878年にアジャラはロシア帝国に割譲されたが、1917年ロシア革命の混乱の中でロシア支配から脱する。しかし、すぐに赤軍がやってトルコとの戦闘になり、トルコは「イスラム教徒保護のため自治国とする」ことを条件にアジャラをソ連に渡すことに同意した(2021年カルス条約)。そうした経緯で、ソビエト連邦の中で唯一、民族でなく宗教の独自性による自治共和国がつくられた。
バトゥミは、こうした長くトルコとイスラム教の影響を受けてきた独自の地域だ。そこの人々がトルコ人に見えても、まあやむを得なかったろう。加えてジョージア独立後はリゾート都市開発が進み、そこを訪れるトルコ人が増えた。ギャンブル漬けになるトルコ人が増え社会問題化している。リゾート開発に対する外国からの投資の8~9割はトルコ資本によるものだとされ、バトゥミで働くトルコ人も増加している。バトゥミがトルコに乗っ取られると扇動する動きも出てきた。私の宿のある「下町」とは別の地域だが、トルコ料理店、商店の多いトルコ人街も形成されている。(Kutaisi Street周辺。面白そうな店があるので入ったが高いのでやめた地域だった。)