ナミビア国境で
「Go in front.」(前に行け)
とバス添乗員(車掌?)に言われた意味がわからなかった。
両国以外の外国人用に別の窓口があるのか。南アフリカ(南ア)からナミビアへの国境検問所。皆が並ぶのを尻目に、ふらふらと「前の」別の窓口を探しに歩いた。でも、そんなに行ったら検問のむこう側に行ってしまう。寝入りばなを起こされて頭はもうろうとしている。躊躇していると、
「こっち、こっち」とくだんのバス添乗員は私の手を取り、列の前の方に連れてきてくれた。そこにお年寄りが数人居たので、やっとわかった。
そうか、あの親切なバス添乗世話係は、気を利かせて高齢乗客を列の前の方に移動させてくれていたのだ。確かに入国手続きで長く並ぶのは大変だ。そうか私も年寄りに見えたのか…。
白髪の老人
それで思い出した。ケープタウンでインターケープの長距離バスに乗るとき、停車場の窓ガラスに写った私の姿を見てびっくりした。髪が真っ白じゃないか…。まわりにこんなに白い人は居ない。黒人は白髪になるのが遅いらしいし、南アにはまだ若い人たちが多い。だから白髪はあまりおらず、私は、残り少ない自分の髪の白さにびっくりしてしまったのだ。
バス旅の国境通過はだいたい深夜になる
それにしても国境を越える夜行バスというのは、だいたいにおいて深夜や未明に国境検問を通ることになる。眠いところを起こされ、訳のわからない手続きに長時間並ばされる。気の利くバス添乗員が高齢者を優先してくれたのはありがたいが、それでもやはり皆が終わるまで外で待たされる。南ア出国とナミビア入国で計2時間はかかったろう。そしてナミビア入国検問が終わってやっと眠れると席に着いたら、また降りろという。今度は、巨大なクレーンのようなスキャナーで大型バス全体を透視にかけるという。その間ずうっと外に待たされ、私は夜空を見ていた。(中段に続く)
南アからナミビアへのバス旅ってどんなもの?
平凡なバスの旅を報告してもしょうがない、とも思ったが、南アからナミビアのバス旅ってどんなものか想像がつきますか。私とてまったく想像がつかなかった。だから、それを報告しておくのも役には立つだろう、と考え直した。日本では見られない乾燥地帯の旅だったが、ごく普通のバス旅だった。道路もバスもそれなりに立派で、寝心地も悪くなかった。
南半球の夜空は美しい
北極星のような明るい星が北の空に見える。だが、北極星ではないだろう。シリウスではないか。全天で最も明るい星。北半球では南の空、オリオン座の下の方に見える。だが、ここではそれが北の空にあるのだ。
そして南半球の空と言えば南十字星。前にもオーストラリアなどで見ているのですぐわかった。天の中空、天の川に近いところでまたたいていた。
そして何といってもその天の川、銀河だ。銀河系の中心は南半球からしか見えない。北半球の銀河は外縁部分の方で、あまり輝いていない。しかし、こっちの銀河は見事だ。国境検問所の照明灯がまぶしいが、それでも中空を横切り、雲のように見える。何千億個という星が、つぶつぶには見えず、雲になってしまっている。個々のつぶつぶが見えないのに、なお全体としてぼんやり見える。
おお、あの天頂あたりが一番ぶ厚いな。あそこが銀河系の中心か。そこから星の円盤が空全体をめぐり、さらに地球の裏側にまわっている。私たちは銀河系のやや周辺部からこの巨大な光の輪を見ている。天の川近く特に星が多い。なるほど、遠くでは「雲」になっているが、近くでは個別の星が見えるということだろう。
天上を眺めているのではなく、巨大な地平線の風景を見ている感覚に襲われる。目の前に、遠くをパノラマのように取り巻く地平線が傾いて広がっているのだ。本当は、あっちの地平線でなく、私の立つ地上の方が傾いているのだ、とだんだん理解していく。すると突如、空間全体が転倒するのだ。あっちが本当の地平線で私は傾いた宇宙船からあの大規模構造を見ている。
人類の気の遠くなるような進化の歴史を訪ね、ルーツを探ろうとアフリカに来た。しかし、それもこの大宇宙から見れば小さい。あの雲のような無数の星々の中に一旦出れば、太陽系などどこかわからず帰れなくなる、それくらい広大無辺の空間だ。それでもこのちっぽけな人類は、数百万年の進化を必死につむぎ、この一角に自分たちの証を刻もうしている。
少し灌木の多いサバンナ。しかし、それにしても同じような風景がずっと続く。