キャンプ場に宿泊

次から次と難題がおそう。ツムクェにだどり着いてその感動に浸る余裕もなく、予約した宿がキャンプ場だということを知らされた。「テントは持ってきていないのか」と聞かれる。オンラインサイトには「ベッド6台」と書いてあるのだが、と言うが、「いや、ちゃんと、自分のテントを持ってくることと書いてあるだろう」とレセプショニスト。

確かにそうも書いてあったが、「ベッド6台」とも書いてあった。よくわからんがまあベッドに寝られるんだろう、と思って予約していた。(後でわかったが「ベッド6台」とはバンガローの方にベッドが6台あるということで、キャンプ場の方にその言葉が入っていたのは明らかにミスのようだった。その他、朝食が0.10Nドル(0.8円)という間違いもあった。実質朝食が込みなのだろうとの誤解を生む。)

私は愕然とし、うろたえた。確かにこの「キャンプ場」は1泊170Nドル(1500円)で安かった。じゃあ、バンガローに代えるか。いくらなのか。「千何十Nドル(1万数千円)」という答。無理! キャンセル不可という条件だったことは知っている。3泊分を棒に振ってもいい、他にどこか安い宿はないか教えてくれ、とレセプショニストに迫る。困惑する彼。

ツムクェは「サン族の首都」で、遠隔の地。まだ各種文明の恩恵と弊害があまり入ってないところだ。しかし、その中にあってこの宿(ツムクェ・カントリー・ロッジ)は例外的に高級な宿だった。欧米、南アなど先進諸国からの旅行者をターゲットにしている。予測が甘かった。

ツムクェ・カントリー・ロッジは、この先住民地域の村で例外的に洗練されたリゾートホテルで、欧米からの富裕観光層をターゲットにしていた。booking.comなど予約サイトに載っているのもこの村ではここだけだった。伝統的家屋の雰囲気を失わない建築様式を維持している(写真はレセプションとレストラン・バーのある本部棟)。利益はすべて先住民の生活向上に提供されるとのこと。

親切なスタッフたち

万事休すか、と思っていると、そのレセプショニストのネルソン君と、奥に居たカリンさんが素晴らしい対応をしてくれた。「貸しテントがないか探してみる」とネルソン君。「私のテントとブランケット、マットレスがあるので貸してあげる」とカリンさん。え、それは恐縮してしまうじゃない。

「いいから、あんたはここで待ってて」と言われて、宿の小ぎれいなレストラン兼バーで待つうち、たちどころにキャンプ場の方に近代装備のテントを立ててくれた。中には立派なマットレスの上に厚いブランケットとカバーがしつらえてある。昼は暑いが、夜、かなり寒くなるという。ジャンパー着てその辺に寝る、とも言っていた私の判断はとんでもない、と言う。

いやはや、もう感謝感激。深く感じ入るばかりだ。なんで?どうしてこんなに親切なの、と聞くと、ネルソン君は「高齢者が困っているときに助けなかったら悪徳でしょ。私たちのコミュニティではそうです。」

なるほど、ここでもまた「高齢者」であることで助けられた。さすが伝統社会ツムクェに生きる人々だ。ネルソン君は、年寄りがよくまあ有料ヒッチハイクでここまで来たもんだと感心し、旅の目的などを聞いてきた。サン族に興味がある、人類は皆アフリカから来ている、などの私が御託を並べる。ネルソン君はますます感心して、「私はナマ族だ」と言った。

ナマ族

「え、ナマか。コイコイ族の一派だよね。サン族と同じく古い民族だね。コイサンとも言っているよね。」

驚いた。さっそくコイサン族ゆかりの人に会えた。「この辺にはナマ族もたくさん住んでるの。」「いや。僕はナミビア南部の方から来た」とネルソン君。ナマ族はコイコイ族の中でも最も数が多く、独自の民族性を保持した集団として知られる。サン族よりも南、ナミビア南部や南ア北部に分布している。

災い転じて福となす。私はさっそくネルソン君と友達になってしまった。「ネルソン・マンデラのネルソンじゃないか」「そう言われることが多いね。」

しかし、ネルソン君だけでなく、カリンさんもそうだが、彼らの親切さには業務を越えたものがある。心底、人に親切にしたいという気持ちが伝わってきて気持ちよい。

夜の妖気

確かにサバンナ地域の夜は冷えた。昼間は直射日光が強く酷暑だが、夜になると日本の晩秋程度まで冷える。ジャンパーどころか、薄いテントだけで芝生の上に寝てたら危険だ。借りたマットレスとぶ厚いブランケットは強い味方だった。夜風の中で暖かいい眠りがとれた。

テント生活なんてしばらくしていない。キャンプ客は他に居ないし、ほとんど音のない静かな土地。しかし、夜の空気や動物の気配が漂ってきて、文明の音に囲まれて暮らしている身には落ち着かないものがある。牛の声をさらに巨大化した豪快な鳴き声も聞こえた。象だという。宿のすぐ近くまで野生の象がやってきている。朝は、ニワトリが、夜明けのかなり前、3時半ころに鳴き出すことを知った。

テントは、ドーミトリーと違ってプライバシーがあり、中で何をやるのも自由でいい。共同のトイレ・シャワーも近くにあり、他にキャンプ客が居ないので私専用だ。各テント箇所のそばに炊事の場所があり、そこに電源まである。PCやスマホの充電ができる。朝は暗いうちに起きて、そこにパソコンをつなぎ、石のテーブルの上で一仕事できる。

昼は、約1キロ離れた村の中心まで行って歩き回り、帰ってきてテントの入り口に腰を下ろして食事をほおばる。空は毎日快晴で雲がなく、突き通った空間。直射日光はきついが、キャンプ場の芝生にはところどころ木陰ができる。そこに寝転んで昼寝する。直射日光さえさえぎれば意外と涼しい。穏やかな風になでられながら、テント生活もなかなか優雅だなあ。

夜のキャンプ場は、他に客がおらず静かだが、妖気が漂う。近くの炊事場には電源もあってパソコン仕事ができる。
昼は、直射日光でテントは灼熱になるが、あちこちに木陰ができ、芝生に寝転ぶと風が心地よい。