1700円の宿が見つかった

蚊と水回りと

冷蔵庫に入れといた酸っぱい牛乳(地元産酸乳)をゴクリとあおると、天井と壁一面に蚊がびっしり付いているのが目に入る。

ガス・コンロの元栓をひねると、蚊の集団がむあっと四散するので、料理は手早く終わらせなければならない。

共用キッチンとシャワー室の天井・壁はこのような状態となる。無数の小さいポチポチは蚊。この美しく一面に広がる斑点には、芸術的感動の身震いを禁じ得ない。

水道は、ちろちろ糸を引くように出るだけなので(「ちょろちょろ」までも行かない)、お椀に溜め、少しずつ鍋に入れて煮炊きをする。幸いにもガスコンロの火も弱いから、水の追加供給に先立って沸騰・蒸発してしまうことはない。

つまり、ちゃんと水とガスがあり、料理ができるのだ。こんな素晴らしいことはない。買ってきた冷凍肉を電子レンジで解凍して沸騰なべに入れ、煮込みラーメンをおいしくほうばらせて頂いている。部屋にテーブルがないので土間に鍋を置き、そこから、使用後捨てないでおいたヨーグルト容器だったかに少しずつよそって食べる。(そのうち、鍋から直接食べるようになった。)

食器洗いにしても、あのちろちろ水で首尾よく洗う技術をここ2日くらいで身に着けた。洗剤などを使う必要はないのだ。

私の部屋のよいところは、蚊の巣窟たる共用キッチン・シャワー室エリアからやや遠いことだ。1度、室内で蚊取り線香をガン焚きして掃討し、入り口付近に殺虫剤を噴霧しておけば、さほど入ってこない。しかも、室内は白い壁と天井なので、とまっている蚊はよく視認でき、次々に私の折り紙ハエたたきの餌食になっている。

部屋の水道から水が出ない

部屋内の水道・トイレシャワーは最初から水が出ず、明日までには直すから、と帰ったマネジャーはきょうも来ない。しかし、たくさん空きのあるこのゲストハウスには水の出る部屋もあり、一時はそこの部屋のカギを渡してくれたので、用事をそこで済ませることができた(2日間だけ)。大きなたらいも見つけたので、そこに水を満たし、自分の部屋の水場に置いておく解決策も考案した。水道が出なくとも、バケツから水洗トイレに水を流してブツを始末する技術を、私はトルコの安宿で身につけている

シャワーは共同シャワー室を使う。なぜかこの共同シャワーは水がよく出る。たらいの水もここで汲む。夜、シャワー湯栓をひねるとずっと冷水のままなので、これはダメかと思ってあきらめた頃、お湯が出始め感動した。昼間の半砂漠直射日光で温めた温水だ。夜になっても相当長い時間、出続けてくれる。

そしてこの私の部屋の最大の長所は、ベッドが清潔なことだ。真っ白に洗濯されていて、ダニその他が居る気配はない。昨夜も気持ちよく眠れた。水が出ない部屋なので、ずっと客が泊まってなかったからかも知れない。

1泊1700円で月5万円

オンライン予約サイトに載っているツムクェの宿は、前述カントリー・ロッジだけだが、グーグルマップには他にツムクェ公営ゲストハウスY2Kゲストハウスとやらが載っている。確かめに行って、料金を聞くと、前者1泊300Nドル(2500円)、後者400Nドルだった。1ヶ月泊まるからディスカウントしないかと前者と交渉したら、簡単に200Nドル(1700円)にまけると承諾してくれた。これに入る一択だ。すでに中は見学させて頂いていて、各部屋にトイレ・シャワーがあり、共同キッチンがあることも確認していた。

1泊1700円で月5万円。「サン族の首都」の村に、ゆっくりと滞在することができるのだから、こんなありがたいことはない。が、実際に入ると(5月26日)、いろいろ不備な点がある、というのが冒頭の記述であったのだ。

6日後

しばらく立ち、きょうはこの宿に入って6日目。まだ部屋のトイレ・シャワーは水が出ない。

例えば、自室トイレで朝の用を足すと、まず開けてある注水槽の水で手を洗う。石鹸を使ってもよい。そしてジャーと一気に流す。前の晩のうちに、外(シャワー室)から汲んできた水を中水槽に満たしておくのだ。流した後では手が洗えなくなるので順番に注意。1日1回の「大」はこれで任務完了。「小」はたらいに汲んでおいた水をその都度適量流す。夜の小用対策はこれだ。朝になったら共用シャワー室からたらいで水を運び、注水槽に入れ、さらにたらい自体に水を溜め置く。

水が出ないと言っても、完全にないわけではない。すぐ近くから運んでこれるのだから、地震被災者の方たちの苦労を思えば、恵まれているとも言える。

共用キッチンの蚊はいかんともしがたいが、小部屋の共用シャワー室は、窓の破損や隙間をふさぎ、ドアを閉めて一日中蚊取り線香を焚いておくと、夜には少なくなることがわかった。

サン族の自治体職員

自治体事務所は近いので、責任者のリコロ氏がたまには宿の見回りに来る。

「どうだね、部屋は。」
「とてもいいですよ、水以外はね。」とニヤリ。

サン族だと名乗ったリコロ氏は、気のいいおじさんで、憎めない。2度ほど水回りを点検していったが、まだ直せないでいる。「明日には」と言ってその都度帰って行った。

直さないなら、宿代を払わないぞ、と脅かしてもいいのだが、それは私の趣味ではない。

「ここは、サン族の首都。さすればあなたはサン族の大統領だね。」
「いやあ、それほどでも」と相好を崩すリコロ氏に、それほど言われるなら頑張らにゃというモチベーション上昇を期待する。(サン族は一般に貧しく、自治体職員になっている人は少ないと思われる。リコロ氏は、サン族としては珍しく英語を話す人だった。)

水が出ない、出ないとうるさいな、この日本からの客。と思っているかも知れない。でもね、宿で水が出ない、というのは相当大きな問題なんだよ。(いや、本当にそうか、私の方が間違っているかも知れない、という思いも出てきたのが怖い。)

ツムクェ公営ゲストハウスは、中心となる十字路から南に下る幹線路?上にある。この街道沿いにはオチョソンデュパ州政府支所、警察署、裁判所など公共機関事務所が多い。村きってのリゾートホテル、ツムクェ・カウトリー・ロッジもこの先を右に入ったところにある。我らがツムクェ公営ゲストハウスは、写真の右側、巨大なアリ塚の道を入って行った先だ。(しかし、この「幹線路」を悠々と歩くヤギたちには感心する。牧童が居ない。ヤギたちだけで所定のコースを粛々と歩いている。車もほとんど来ない。来てもちゃんとよけて、なお所定のコースを粛々と歩き続けるのに尊敬の念を禁じ得ない。)
アリ塚の道を入って行ったところに我が宿はある。ゲストハウスの給水塔が見える。給水塔があるのになぜ私の部屋は水が出ないのか。
ツムクェ公営ゲストハウスを訪れる牛。これも牧童なしで勝手に入ってくる。ゲストハウス裏に常に廃水の水溜りができているのでそれを飲みに来るのだ。蚊の発生源ともなっているここの溜り水は、「濁り水」というより「腐った水」だ。それを飲んで牛たちが腹も壊さないどころか、それを使って美味な精肉を生成して下さるというのは何とも不思議な生命現象だ。
普段はゲストハウスのゲートは閉じられている。しかし、時たま開け放ったままになっており、その時牛が入ってくるようだ。決して牛たちの水場を用意しているわけではないとリロコ氏は言う。(私は最初、自治体がゲストハウスの周辺空き地(サバンナ)で牛も飼って収入源にしているかと思った。確かにあり得る話だが、そうではなかった、ということだ)。牛様たちの行幸があった後、ゲートに大きな置き土産があるのを発見。恐れ多くもここはゲストハウスの正面ゲートなのだが。ゲストハウス敷地内もあちこち牛糞が散らばる。

(後日記)

1週間ほどたってやっと部屋の水が出るようになった。お湯も出る。水回りさえ直れば、私はこの部屋に何の不満もない。ある程度広いし、前述の通りシーツはきれいだし、ツインルームでベッドが2つあるので、布団を二枚かければ、意外と寒くなるサバンナの夜もあったかい。毎晩ぬくぬくとした眠りが得られる。蚊も、そもそも部屋が発生源から遠いし、1日に2回壁と天井の掃討作戦をすればほぼ居なくなる。よい肩ほぐしになる。キッチンの蚊はどうしようもないが、キッチンがあるだけここはいいのだ。他の上等宿2軒はキッチンがない。瞬殺で料理して蚊に刺されないようにすればよい。そして何より、この環境で1日1700円・1ヶ月5万円なのだ。満ち足りている。

(ただし、常に、万一に備えて、たらいやペットボトルに大量の水を溜めておく備えは欠かさない。その後水が止まることはないが、お湯が出なくなるときが時々ある。その際は水シャワーで我慢する。そして不思議なことに、そういう時、お湯は出なくても、水を浴び続けているとそのうち水が少し暖かくなるのだ。不思議な現象だ。どういう機作かわかる人居るかな?どこかで湯と水の水道管が交差してしまっている?昼間の強い日差しで水道管パイプのどこかが熱せられている?)

そして何より、この宿は、蚊、水回りその他の欠陥が多いので、客が寄り付かない。たまに何人か入るようだが、ほとんど人の気配がない夜の方が多い。もう一つの民間ゲストハウス(Y2Kゲストハウス)は少し高めなのに結構満員になっているのと大違いだ。ナミビア人でもさすがにこの蚊の大群には恐れをなして寄り付かないのか。

それで、ゲストハウス全体を結構自分の住み家のように使える。キッチンは共同だが、ほとんど他の客とかちあわない。冷蔵庫も私のもの以外あまり見ない。勝手気ままに料理し、自分の部屋に運んで食べる。だれにも気兼ねしない。最高じゃないか。