ロードマスター美技をみる前段階で
そう、やはりその場で、来た人と来た車を結びつけるのが一番早い。そして確実だな。
グルートフォンテインでツムクェ行き「有料ヒッチハイク」を手配する「ロードマスター」の美技に魅了されたが、その前、首都ウィントフックに居たとき、いろいろ前段階の試行錯誤があった。特にライドシェアのアプリを試していた。
「あそこまで行きたい人、あーつまれー」と昔は、ネット広告でやっていたものだ。が、今はアプリだろう。代表的には例えばUberだが、あれはあくまで個人がタクシーを私的に使うためのアプリだ。米国など先進諸国で複数の人が乗りこむ相乗り型タクシーの手配で使う方式も始めたようだが(2014年にUberPOOL、2022年からUberXShare)、評判が悪いという。そうだろう、A地点まで行きたいのに、知らない人まで乗り込んで来て、B地点やC地点にも行く。時間がかかるし、知らない人と同乗するなんてヤダ、という個人主義、プライバシー感情が、先進国タクシー利用者にはある。
しかし、途上国ではどうだ。あるいは私のような貧乏旅行者にとってはどうか。とにかく安ければいい。別に他にだれが乗っても多少遠回りになっても行きたいところに着ければそれでいい、と考える人は多いはずだ。特に途上国では相乗りタクシーや相乗りミニバスが普及し、それが習慣になっている。わざわざ高い料金払って、自分だけ独り占めの殿様サービスを受けたいというのはよほどの変わり者だけだろう。
inDriveを試す
そう思って、ライドシェアのアプリ、あるいは少なくともライドシェアを募るサイトを探した。そしたらあった。いろいろ地元版もあるようだが、inDriveが一番しっかりしている。米シリコンバレーに本社があるが、もともとはロシアの最極寒主要都市ヤクーツク(真冬に-64.4を記録)という途上国地域で生まれたアプリ・サイトだ。露のウクライナ侵攻後、ロシアから撤退し、カザフスタンやすでに本社機能を移していたシリコンバレーに中心を移した。
さっそくアプリをインストールして、試しに、首都ウィントフックからツムクェまでライドシェアをやってくれるドライバーが居るかどうかチェックした。このinDriveの面白いところは自分で料金を提示してドライバーを募れることだ。ドライバーもドライバーで、それでいいよと応募してくることもあれば、安すぎるからこの辺でどうだ、と逆提示してくることもある。要するにオークションだ。ヤフオクと同じ。モノを買うためでなく、ライドを得るためにオークションする。
試しに、ツムクェまで1000Nドル(8500円)でどうだ、と提示しみた。驚いたことに、数分で「やる、やる」の返事が3~4件来た。これは使える、と思った。旅行会社に8000Nドルかかると言われていた行程を1/8の料金でやってくれるというのだ。1回目は感触を見るための試しで、どれも採用せず。数日後、いよいよ覚悟を決め今度は800Nドルで募集した。またもや応募が数件。ほんとかよ。
どうも様子がおかしい
が、だんだん様子がおかしくなってきた。「よし、じゃあんた頼む」と指名した後、具体的に話が進まない。むこうから連絡がない。どうなっているんだ、とこちらから電話を入れると、「ツムクェまでだよなあ。あの道は砂利道できついんだよ。800Nドルでは無理。4000Nドルではどうだ」などと言ってくる。これはinDriveのルール違反だ。手打ちをした後に料金値上げをしている。しかし、そういうのが2~3件あった。相手は仕事を採るため、募集があったらとにかく手を上げるよう対応を自動化しているようだ。最初から正直に800Nドルでは無理なので4000Nドルでどうか、と提示してくるドライバーも居たが、それがまともな料金なのだろう。ウィンドフックからだと、ツムクェまでは700キロで1日かかりになる。ガソリン代もかかり、しかも後半は悪路で、車ががたがたになる。帰りに客が拾える保証もない。そんなところへ6000円程度で行けるわけがない。
近場グルートフォンテイン行きで試す
素晴らしいアプリ・サイトだ、と最初は興奮したが、だんだん冷えてきた。遠くに行くライドシェアではなく、都市圏内とか近場のライドを手配するアプリなのかも知れない。やむを得ない、少し近いグルートフォンテインまでのライドで探すことにしよう。これなら舗装された幹線道路だし、ある程度の客需要もあるだろう。
再びアプリでドライバー募集。500Nドル(4200円)で呼びかけた。するとマジかどうか2件の申し込みがあった。1件は、連絡するとやはり料金を上げてくれと言う。規約違反だ。inDriveに報告すれば彼の評価点数は下がるはず。それでもとにかく仕事を採るため早く応募する戦略をとったか。他のもう1件はどうやら500Nドルでやると言っている。22日午前8時に私のホームステイ先まで来ると約束し、住所その他細かい情報のやり取りもした。本当に、他の同乗者も集まるのか、聞いてみたが、どうも要領を得ない。不安は残るが、約束の日時、宿の前で車を待った。
来なかった。約1時間待って来ず、彼に何度か電話をしたが、通じなかった。やはりこんなものだったか、とがっかり。ただし、その気配はあったので、彼の車が来なくても夜のインターケープ長距離バスで行ける準備もしていた。宿をチェックアウトしてどこにも行けなくなったら困る。
「ロードマスター」の素晴らしさ
こんな前段階の試行錯誤あったからこそ、グルートフォンテインでの「ロード・マスター」による有料ヒッチハイク手配の仕事を、興味深々で見ていたし、感動もしたのだ。アプリでうまく行かないミドルマンの役割を人間様がうまく果たしている。
何よりもこれはマッチメイキングの「現場」だ。明後日の何時にどこに来てもらって…などという回りくどい方法ではない。現にそこに車が来て、乗客が待っている。それを結びつけるのだから確実だ。前もって予約して予定を組んだり、約束を守ったりというビジネス・契約文化が育ってないところでは、へたにアプリなど使うと失敗する。約束を破ると評価が落ちるという多少の罰があっても、あまり気にしないのだろう。だから、アプリに頼らず、実際の人間様(ロードマスター)が現場主義でやるのが実情に合う。とりあえずは、デジタルでなく現場の人間の勝利。まだまだ、AIより実在の人間の出幕はあるのだ。
途上国の条件にあったアプリ開発
まだまだアプリ導入には課題が多いという経験をしたわけだが、途上国の状況にあったアプリ開発を目指すべきだという努力がナミビアでも行われていることは確認でき、興味深かった。
特に、先進諸国の個人プライバシー型の配車アプリでなく、乗り合いタクシー型の配車アプリの方向を模索するジョセフ・カセラらの論考は面白かった(Joseph Kasera, et al., “Sociality, Tempo & Flow: Learning from Namibian Ridesharing,” November 2016)。
彼らは、現行配車アプリの動向を次のように批判的に見る。
「近年、グローバル・ノース(北の先進諸国)で、営利(Uber, Lyft)・非営利(BlaBlaCar)を問わず、いわゆるピア・ツー・ピア(P2P)型のライドシェアリングへの関心が大きな高まりをみせている。そのいくつかは、アフリカでもすでに導入または計画されている(例:ケニア、ナイジェリア、南アフリカ、ガーナ、ウガンダ、タンザニアでUber)。しかし、それらは、グローバル・ノースと同様の交通エコシステム側面をサポートする設計となる傾向がある。典型的には、スマホ、衛星ナビ、地図その他位置情報技術にアクセスできる層j向けのサービスだ。さらに、個人またはグループのため、特定目的地に行く最も直接的で便利なルートといった個人的交通への求めを益する傾向がある。」
このような観点から彼らは、ウィントフックの乗り合いタクシーの業態を詳細に分析し、それに合った配車アプリの方向を提示しているのだが、その基本的考え方は次の通りだ。
「ナミビアの乗り合いタクシー・システムでは対照的に、Uberのような「デジタル中間者」に仲介されることなく、乗客とドライバーの協調した努力からシェアライドが生まれている。そうした長期にわたる乗り合いタクシー・システムをもつ国での慣行を分析することが時機にかなう。ナミビアの文脈でうまく行ったデザインが自動的に他の文化に移入できるとは言わない。実際に機能しているライドシェアがあるマーケットに適合したテクノロジーを提起することで、他での乗り合いタクシー設計の刺激になること期待したい。」
ウィントフックの乗り合いタクシー
確かに、ナミビア首都ウィントフックの乗り合いタクシーはユニークだった。ケープタウンで、乗り合いミニバスが広く活用されている状況を見て、その世界的な広がりも含めて感化されるところが大きかったが、ウィントフックのシステムはまたそれとは少し異なっていた。
恐らく人口規模とも関係しているだろう。ケープタウン460万人、ウィントフック40万人だ。人口の多いケープタウンの大都市域では、ある程度大きいミニバスを一定ルートに走らせて、そこに乗客を呼び込んだ方が効率的だ。お客も、ある程度待つか、巡回すればすればミニバス1台分くらいは比較的早く埋まる。しかし、ウィントフックではそれほどの集客規模は見込めない。通常の小型車(タクシー)にこまめに回ってもらって客を乗せたり降ろしたりした方が効率的だ。
ウィントフックには約6000台の車がタクシーとして登録され、車体横に大きく登録番号を表示した車が、かなりの数と密度で街中を走行している。マイカーよりもタクシーの方が多いのではないかと感じられるくらいで、これならどこに行ってもすぐタクシーがつかまえられるとの安心感がある。
そしてそのタクシーは乗り合いだ。すでに乗客が乗っていてある方向に向かっている。それとだいたい同じ方向だったらドライバーはその客を乗せる。多少ずれていても乗せる場合もあるし、かといってあまり遠回りになると客から文句が出るし、ドライバーとしても時間がとられるので、その辺は微妙な判断で決まる。タクシーを拾う客としても無理な方向に行ってもらうより、直にそちらに向かっている車に乗った方が速い、といったような判断もあるだろう。
ウィントフックにはタクシー停車所というものが数百カ所ある。ここに行けばタクシーを拾いやすいが、街中どこでもタクシーを止められる。ドライバーは次々に客を取り、また次々に客を降ろし、降ろしたらすぐにまた次の目的地方向に向かう客を取ろうとする。特定方向に歩いている歩行者にプップ、と後ろから警笛を鳴らし、「そっち方向に行くタクシーだよ」ということを知らせる。喜んで乗る客も居れば、知らんぷりで歩き続ける人も居る。車はやや徐行もするし、客が多く居そうなルートに敢えて出て遠回りもする。常に車が満杯になるように回していった方が当然ながら売り上げ上昇となる。すでに乗っている客としても、そういうドライバーの客取りにある程度の理解を示すが、あんまり度が過ぎると、時間のロスになり文句を言う。ドライバーもその辺のさじ加減を考えざるを得ない。
料金は区間から区間まで大枠が決まっているようだ。しかし、個別の場所まで送り届けるのだから、厳密な料金というわけではないようだ。概してドライバーは紳士的だ。あまりあくどい慣行はない。何しろ車体に大きく登録番号が書いてある。何か悪さがあればすぐ報告される。あの大きい番号表示というのは一つの手だろう。
運転手付きの自分の車が街中に
うまくできたシステムだ。来たばかりの人は、最初はよくわからずハードルが高いが、慣れてしまえば、こんな便利なものはない。どこに居ても(安い料金で)載せてくれる車が、そこら中走っている。2,3台止めるうちに、自分の行きたい方向の車がみつかる。それに乗って、料金を走行中に運転手に渡す(この運転中清算は世界標準・乗り合いミニバスと同じだ)。
路線バスほど長く待つことはないし、行きたいところにかなりピンポイントで行ける。運転手付きの自分の車が街中を走っている感覚になる。