ツムクェ村・紹介

ツムクェの村、空撮。2008年撮影。西方向の地平線まで延びる道路はC44号線。その300キロかなたにGrootfonteinの街がある。十数年前は十字路の南方向、政府各種施設地区に建物が多かったのがわかる。現在は、こちら東方向にお店などが増えてきた。Photo: David Barrie, flickr, CC BY 2.0
ツムクェ村の地図。Map: OpenStreetMap, CC-BY-SA 2.0

オチョソンデュパ州ツムクェ選挙区ツムクェ村

ナミビア(人口250万)には14の州があり、その一つオチョソンデュパ州は行政区でもある7つの選挙区(Constituency)に分かれ、その一つがツムクェ選挙区だ。同選挙区人口は推定9000人。うち2400人がサン族とされる

ナミビアの自治体には市(municipality)、町(town)、村(village)の3種類があるが、ツムクェ選挙区にそれらはない。選挙区行政の中心となるツムクェ村は正式には単なる集落(settlement)で、公選首長などはおらず州政府直轄の位置づけだ。しかし、長年の先住民権利擁護運動の成果として、伝統的統治を含む一定の自治が保証されている。その自治を行なう仕組みとして、地域住民主導の自然保護・管理を行う保全区(conservancy)や地域森林区(Community Forest)の機関があり、これらについては後ほど説明する。

ツムクェ選挙区には二つの保全区があり、ツムクェ村は、そのうちの一つ、ニャエニャエ保全区に囲まれた形で存在する。ただし、ツムクェ自体は保全区に含まれず、域外扱いとなる。ニャエニャエの名称は、この地方の南部域にある雨季に多数の湖が現れる「ニャエニャエ窪地」から来ている。ツムクェ集落は、保全区外でありながら、その保全区事務所を含め政府、公共機関が立地し、この地域の中心的集落だ。保全区内では家族的つながりを基本にした人口20~50人のサン族の村が38カ所あり、伝統的自治で運営されている。統治の形態からサン族以外は居住できないが、ツムクェ村は保全区外のなので、バンツー系など他の人々も多い。

村の中心となる十字路。東方向を望む。西のグルートフォンテインからC44号線を300キロ。このまままっすぐ約40キロ行けば、ボツワナ国境。右角の標識の後にガソリンスタンドやお店()があり、十字路東側(の右手)は商店の多い地区だ。家屋はすべて道路から奥まって立っている。写真ではあまりそう見えないが、庶民的な界隈と言える。
十字路の西方向、グルートフォンテインから来た道の方を振り返る。この十字路西側地区は右手に中学校、小学校のある文教地区。左手にはアンテナ鉄塔があり、公共放送のNBCが拠点を構えている。ニャエニャエ保全区の事務所も。
十字路の南方向。こちらには州政府出先機関など公共施設建物が多い。比較的高級なホテル「カントリー・ロッジ」もこの先にあり、どちらかというと落ち着いた界隈。私の入った公営ゲストハウスもこちら。
十字路の北方向。リビング・ハンターズ博物館まで自転車で行った方向だ。こちらの舗装はすぐ切れる。

宿が3軒ある

旅行者にとってまず大切な宿は、次の3軒。

  • ツムクェ・カントリー・ロッジ ー詳しくはこちら参照。ツムクェきっての高級宿で、順当な宿泊が期待できるだろう。スタッフの人間性がよく、気持ちよい滞在ができる。ただし、宿泊料は値が張る。安めのスタンダードツインで1泊1万円。バックパッカーはキャンプ場の野営ということになるが、これもテントなど一式持っていける人に限られる。ただし、キャンプでもシャワーなどもあり、電気が来ているのでパソコン、スマホなどはできる。近くに象の水飲み場があり、間近で観察できる。村の中心部からは約2キロでやや離れている。
  • ツムクェ公営ゲストハウス ー珍しく自治体が経営する公営ゲストハウス。上記ロッジに行く途中にある。1泊300Nドル(2500円)で一番安い。長期滞在なら交渉次第で200Nドル程度になるだろう。自室にシャワー・トイレあり。共同キッチンもあってプロパンガス、電子レンジ、冷蔵庫が使える。ただし、本ブログで念入りに書いたように水回りと蚊の問題がある。そのせいか宿泊客が少なく、キッチンなどもほぼ専用に使える。長期のリモートワークなどによいが、Wifiがないので、自分で通信サービスに入っておくこと。
  • Y2Kゲストハウス ―民営のゲストハウス。不思議な名前だ。村中心部近くにあり、設備もしっかりしているようだ。1泊400Nドルと少し高いが、満室になっていることが多い。キッチンはないが、部屋に電子レンジと冷蔵庫がある。Wifiもあるという(泊ってないで実際のところは確認していない)。すぐ前にあるお店(店3)との共同経営のようだ。
ツムクエ・カントリー・ロッジ
ツムクェ公営ゲストハウス(Tsumkwe Council Guesthouse)。デザイン的にはなかなか面白い造りだ。中庭に面した多くの部屋が直射日光を避ける配置になっているので、昼間の強い日差しの下でも涼しい。

十字路の東方向: お店(らしい店)が4軒ある

次に重要なのが、食料・物資調達のための商店。お店らしいお店としては次の4店舗がある。いずれもクレジットカードが使える。それ以外に、ほとんど物が置いてないままごとのようなお店も何軒かあるが、あまりお世話になることはないだろう。

店1: 村の中心部、十字路に面して建つお店Khaudum General Dealer。商品はドリンク類など乾物が中心だが、それよりもここはガソリンスタンドであることが重要な役割。半径300キロ以内で唯一のガソリンスタンド。
店2: 村一番のスーパー。生鮮食料品は少ないが、それでも村では一番ある方だろう。
ツムクェ特産お薦め商品の筆頭にあげたい酸乳。コカ・コーラの2リットル空きビンに入っおり、明らかに地元農家がつくった手作り商品だろう。上記ミニマーケット(店2)にたまに入ってくる。25Nドル(200円)と、都市部から入ってくる牛乳、ヨーグルト、ジュース類より安い。酸乳は慣れないと飲みにくいが、栄養価が高く健康によい。常温で何日も置いてあるので大丈夫かとも思ったが、牛乳と違い腹もこわさない。「水に少量入れてジュースもどきにする濃縮無果汁ドリンク」を途上国ではよく売っているが、これを酸乳に入れる水で薄めるとと日本のヨーグルト風味に近くなり、飲みやすい。
店3: Y2Kゲストハウスと隣接した(共同経営の?)お店。やはり乾物中心には違いないが、時たまリンゴが入ってくるのがうれしい。その他、即席めんやヨーグルトなど、面白い掘り出しものがあるので要チェック。
店4: 少し奥まったところにあるので客は多くないが、「卸し」とあるだけ商品も少し安めのようだ。

運動場が4カ所ある

次に大切なのが(人にもよるだろうが)運動場。サッカーのできるフィールドが4カ所ある。残念ながらバスケ場や野球場はない。テニス場もゴルフ場も、走れるトラックも、鉄棒もジャングルジムもない。卓球その他ができる体育館も、少なくとも一般人が使えるものはない。

サッカーができる運動場といってもただの砂地だ。一応、ゴールの場所が、立っている棒でわかる。牛の糞も落ちている。こんな砂地ではサッカーだってできないだろうと思うが、現地の若者たちはここで元気にサッカーをしている。逆に言うと、サッカーくらいしかできない運動場だ。

運動場はほとんど砂場。サッカーのゴールがある。これは村東端のグランドだが、ここにだけバスケのゴールもあった。しかし、これではドリブル(フロアーへの玉突き)もできない。サッカーをしている者もほとんど居おらず、使われないのだろうと思っていたが、
サッカーもやれないと思っていたが、土曜日の午後、サッカーの試合をやっていたので感動した。村西端のグランド。
これはツムクェ南の集落の中にある運動場。ここで毎日午後5時から地元の若者たちがサッカーをやっている。私も少しやらせて頂いた。

南方向の道路(公共機関が多い)・左手

村中心部十字路から南方方向には、(ロッジや公営ゲストハウスもあるが)公共機関が多く立地している。

: まずは、何より大事な医療機関だ。道路の左手に診療所がある。ツムクェState(国家?州?)クリニックとあるが、これはSatellite(分局)の間違いらしい。クリニックは南東50キロのガムの集落にもあるが、いずれにしても広大な地域の中の貴重な診療施設だ。どこまでの診療ができるのかは不明。私が知り合ったロッジ従業員のネルソン君は、歯痛で夜も眠れないほどになった。しかしこのクリニックには歯科がなく、痛み止めだけで耐えなければならなかったという。
: おお、これは必須機材。救急車がクリニックの前に停まっている。緊急の事故で出動するというより、何十キロも離れた離村で病む人をここに運ぶために使われるのだろう。このドライバーしているのが、この間、村でいっしょにサッカーをやった若者だった。
: クリニックの左隣には実験農園があった。トロント大学の医学生により結核患者の療養目的ではじめられた(2008年頃からの写真あり)。ナミビアは結核患者の多い世界トップテンに入っており、ツムクェ地域のサン族の間でも大きな問題になっており、2023年現在97人の患者が治療を受けている。2021年からは、さらに、クリニックが主体となり、国連、ブラジル政府などの協力を得ながら、果樹園、養鶏などを組み込んだ「統合フードシステム」事業を開始した。

同上。

道路からは離れるが、その奥の方に入っていくと、規格化された住宅がたくさん並んでいる。公営住宅のようなものだと思われる。十字路のこの南西区画は、比較的整った家屋が並んでおり、どちからというと裕福な層が住んでいるのではないかと推察。
同上。
その近くにつくられた給水塔。ツムクェの建物の多くに給水塔があるが(サバンナ生活の命綱だ)、ここの給水塔は特に立派だ。さらに遠隔のサン族集落では地下水を掘り起こして給水塔を設置し、それが集落の中心的存在になる。水を求める象に破壊されることが多いので石造りの頑丈な防壁をつくる。しかし、このツムクェの給水塔には石壁ではなく、対人間の防護柵と思われる。
: ジュホアンシ伝統会館。いろいろ催し物に使われる。この地域には新しい公共施設がいろいろ建ちつつあるようだ。
: そのすぐ近くに建設中の幼児期教育センター。就学前教育を行う施設だ。子どもが多い。うらやましい。

南方向の道路・右手

10: 次いで、南方向道路の右側(南西区画)を見てみよう。十字路近くにまず郵便局がある。携帯通信MTCの事務所も兼ねており、使っているSIMカード各種サービスでわからないことがあれば、ここで聞くのがいい。
その隣の建物で有権者登録を行っていた。ナミビアでは今年11月に大統領選を含めた総選挙がある。なお、欧米諸国を含め多くの国で、有権者は自分から登録しに行かないと投票できない。住民票から自動的に選挙人名簿がつくられる日本は例外的。

11: その次にあるのが、オチョソンデュパ州政府の支所。同州は行政区分でもある7つの選挙区(Constituency)に分かれており、ツムクェ選挙区はその一つ。同選挙区の人口は9000人で、うち2400人がサン族。
12: その次の立派な建物は地方裁判所。ナミビアには最高裁(Spreme Court)、高裁(Higher Court)、地裁(Magislate Court)の3段階があり、その他に伝統的統治体が指揮するコミュニティ裁判所()がある。裁判所のすぐ隣に警察署(13)があるが、これは写真省略。
14: 「コンドームなければセックスなし!」 ストレートな物言いがすばらしい。次の建物は家族計画事業の事務所かと思ったが、コミュニティーセンターということだ。いわば村の公民館。正式名称はキャプテン・キャオ・キャミ地域学習発達センター(Captain Kxao Kxami Community Learning and Development Centre、CLDC)。ノルウェー・ナミビア協会(Namibia Association of Norway、NAMAS)によって建てられ、教育省が運営する。会議室、図書館、パソコンセンターなどがある。図書館を使おうとしたが、図書館は実質的になくなった、とのこと。インターネットに接続できるデスクトップが5、6台あった。衛星のインターネットに接続しているので、携帯通信がダウンしているときでもネット接続可能。携帯通信があまりに長期間使えないとき、事情を話せばここのWifiを使わせてくれるだろう。
その左手に、ツムクエで唯一「スーパーマーケット」を自称する店があるのだが、だいたい閉まっている。たまに開いているとき中を見てもほとんど商品がない。十字路南方向はあまり庶民が来ず、廃業の一歩手前のようだ。
15: 道路からははずれるが、その奥に入っていくと、ナミビア放送協会(NBC)のラジオ放送局があった。「!aHラジオ」というサン族向けのジュホアン語放送を流している。ネットでも流されているはずだが、うまくいかなかった。左手奥の方が放送室になっており、ジュホアン語を話すアナウンサーたちが何人か詰めていた。通りかかったら呼び止められて放送に引き入れられそうになったが…。
15: 同上。アパートの部屋のようなところが放送室だ。背景にラジオ電波塔がそびえる。
村の電力をまかなう太陽光発電所。南方向道路のはずれ、舗装が途切れる付近、カントリーロッジへのアクセス路がはじまるあたりにある。昼は太陽光(200 kWp)で、夜は火力(ディーゼル)発電(300 kW)。2011年に建設。当時としてはアフリカ最大のハイブリッド型(太陽光・ディーゼル)発電所だったという。何百キロもサバンナの中を送電線を引くのはコスト高だし、雲さえない快晴が続くこの地では太陽光発電は適している。2021年には、最大の電力消費施設である中学校に26 kWpの太陽光発電を取り付け、ピーク時負荷削減をはかった。
同上。ディーゼル発電施設。ツムクェの電力供給は順調だが、朝と夕に短い停電がある。太陽光とディーゼルを切り替える際に一時切れるようだ。デスクトップパソコンなどを使っていると大変なことになるだろう。
南方向道路の突端にはこんなサインがある。「10キロ先に文化センター」。10キロなら歩いて行けるかも知れないと思ったが、宿主の自治体職員リコロさんが言うには、あそこには何もないとのこと。「観光客が間違っていくことがあるので、あれは明日にでも取り外したい」と言っていた(が、ずっと立っている)。資料によると2014年に閉鎖されたとある。リロコ氏の詰める村事務所はこの左手。太陽光発電所の向かい側だ。

十字路の西方向:ツムクェの表玄関

十字路の西方向にはグルーとフォンテインに至る300キロの道が続く。ツムクェに入ってくるときの表玄関になる。遠くからラジオ電波塔が見え、村に入ると左手に立派な小中学校がある。

舗装がはじまる直前にTsumkweの標識(左)。遠くからでも見える右手の鉄塔は、NBCラジオ放送の電波塔。
さらに進むと、左手に小学校と中学校だが見えてくる。
小学校。
よく見ると、なにげに漢字で「中国」の文字が見える。ここだけではないが、中国さんはアフリカでかなりがんばっているのを感じる。南アにも「チャイナタウン」(ショッピングモール)がたくさんあった。
十字路に近い方には中学校。なかなか素敵なデザインの標識だ。
中学校の校舎。中学校はちょうど十字路の北西角にあるので、これは北方向への道路側から見たところ。
中学校の校庭。ここも砂が多いが、ある程度整備されており、ユニフォームを着て本格的なサッカー試合もやれていた。
校舎の裏には生徒たちの寄宿舎もある。何十キロ、百何十キロも先から通うのは無理なので、小学生の頃から親から離れ、寄宿舎生活を送る。これによりさらに子どもの伝統文化から乖離が進むとの批判もある。無理な就学形態なので、長期欠席、中途退学も多い。
小中学校の向かいにはニャエニャエ保全区事務所と、民芸品店G!hunku Craft Centreがある。ニャエニャエ保全区については後述するが、地域社会を基礎にした自然保護体制をとることにより、先住民サン族の人たちの一定の自治を確保している。お店ではサン族女性たちのつくった民芸品を売っているが、最近閉まっているようだ。
村の外になるが、西方向道路を5キロ行ったところにツムクェ飛行場がある。へたにこんなところを見物ていたら怪しまれるか、など心配しながら行ったが、広い道路(滑走路)が通っているだけだった。周囲にはサバンナが拡がるだけで建物さえない。人も居らず、停まっている飛行機もなかった。

以上の他、村には、テントの中の食堂、隠れた多数の小さい飲み屋、まじめなところでは教会(少なくとも2つ)などもあるが、省略する。