ツムクェの犬は吠えない
ツムクェの犬はおとない。皆放し飼いだが、異邦人が歩いていても吠えられることはない。だいたい犬というのは、人間が私的所有して家の敷地内に囲うことで領域意識をもち、外部者を威嚇するようになるのだ。番犬としてそれで役に立つというご主人様の意向も微妙に感づいて、吠えるのを日々の仕事とする。
しかし、ツムクェのように自然あふれた集落を自由にほっつき歩くようにされていれば、人間に吠えたりしない。人間も犬も牛もヤギもそこら中を自由に歩いている。彼らも、自分も人と同じようなものだと思ってその辺を歩いているだ。
サッカー運動場にたどり着く
ただ、犬はやはり動物としての本能を持っている。私が夕方のジョッギングを始めると、追いかけてくる犬が現れた。走るものに対しては追いかけようとする。決して凶暴な犬ではないが、まとわりつかれると面倒だ。
それで私は彼を避け、不本意ながら、いつもの順路を外れた。災い転じて福と成す、ことがよくある。今回もそうだ。走りにくい悪路を少し行くとそこにグランドがあった。村に4カ所あるグランドの一つだ。グランドと言ってもほとんど砂地で、走りにくい。牛のふんも落ちている。
南の集落に近いところにあるグランドだった。やむなくそこで柔軟体操を始めたのだが、そこでサッカーを始めようとする若者たちがいた。お前も入れと言ってくる。最初は遠慮したが、頭数を数えてみると奇数(9人)で、確かに一人足りないようだ。再度勧められて入った。
運が重なって
犬に追われ、たまたま入り込んだ集落内にグランドがあり、そこでちょうとサッカーの練習試合が始まるところだった。何という運のめぐりあわせだ。いつの間にか、現地の若者たちと砂の上をかけずりまわることになっていた。
最初はだれが敵か味方かもわからない。ボールの後の方を軽く走るだけだ。うまいあいつと下手なあいつ、そして黄色いTシャツのあいつが味方だな、とだんだんわかってくる。そして体もほぐれてきたので、少し一生懸命になった。
バスケなら多少おどろかせてやれるのだが、サッカーはあまりやってない。へたで悔しい。しかし、例えばボール保持者の前でのディフェンスなどはある程度バスケとコツが似ている。何より、ここのサッカーはうるさいことは言わずに、とにかくめちゃくちゃ走り回るサッカーだ。日本だと、やたらに下手なシュートは打つなとか、自分の守備位置をあまり離れるなとか、いろいろうるさく、初心者は萎縮してしまう。しかし、ここでは好きに動き回れる。私にはよくわからないが、まあ、皆下手な方なのだろう。
皆、だいたい10代から30代だろう。私が74歳と知ったらみんな驚くと思うが、アフリカ人にとってアジア人の年齢はわからないものらしい。歳を聞いてくる者は居なかった。同じ程度に走っているから同じ程度の年齢とおもってくれていたと思う。暗くなるまで1時間ほどプレーして、はい、終わり、と皆あっという間に帰って行った。
一度きりだと思っていた。ところが翌日、村で何人かに挨拶された。よく覚えていないが、昨日いっしょにサッカーをした者だったらしい。その中で特に、救急車のドライバーをしている青年は、村内をよく回っているからだろう、複数回会った。「また来いよ」と話しかけてもきた。毎日5時からあそこでやっているという。
で、また何回か行くことになった。ボールから遠巻きに走っているだけなら、ほめられもしないが邪魔にもならないだろう。一人で黙々とジョッギングするより、楽しい。
余談だが、サッカーはユニバーサル・スポーツだ。地面とボールさえあればできる。いいや、ここではプラスチックバッグに詰め物してボールにしている場合もある。地面だけでいい。土の地面がなくとも砂でいい。ゴールはあの木と木の間、と指定。
それに比べるとバスケや野球はやるための環境が限られる。バスケにはあの独特の籠型ゴールが必要だし、ボールを突ける固い地面、できればコンクリートのコートが必要だ。野球は野球でバットやグラブやベースなどそれなりにそろえる必要がある。グランドもかなり広くなければならない。それらに比べれば、サッカーはどこでも簡単にでき、貧しい国でも多くの若者がやれる。普遍的な(ユニバーサルな)スポーツであることを認めなければならない。バスケや野球よりサッカーが世界的に広がり、ワールドカップが盛り上がりを見せるのはそのためだ。
ジョッギングに戻った
しばらく続けたが、やがて打ち止めに。シャワーのお湯が時々出なくなってきたからだ。夜、ある程度寒い中で、冷たい水を浴びるのはきつい。昼間の暑いとき走り回り、冷水でもいいから浴びられる態勢をとる。「直してくれ」と言いに行く気力はなくなった。あらゆる環境に、ただ適応、適応、あるのみ。
また近くの道路でのジョッギングに復帰。グランドも生活道もすべて砂だから、快適に走れるのは、街中の舗装道路しかない。車道でもほとんど交通はないから安全だ。ツムクェの人々にはジョッギングという習慣はない。私が走ると、子どもたちが珍しがって付いてくる。きゃあきゃあ騒ぐ5,6人の子どもを従えてツムクェの道路を走るアジア系のおっさん、それなりに楽しい。所によりスポーツの楽しみ方もいろいろあるものだ。