かね(キャッシュ)がない

「サン族の首都」ツムクェにたどり着くという私にとって「快挙」を成し遂げた後も次々に難題が襲った、と前に書いた。テント生活、移った宿での水なし部屋、大量の蚊、野菜果物不足、砂道路のサイクリング……などなど。しかしそれより、実は「カネ」が最大の問題だった。

「カネがない」、そんなのお前の茶飯事じゃないかって? いやいや、私だって銀行やカード会社には、うなるほどの貯金や借金はある。

ツムクェにはATMがなかった。クレジットカードで現金がおろせない。で、かね(キャッシュ)がなくて払えない、という問題だ。

いや断っておくが、この「アフリカの奥地」では、日本などよりはるかにクレジットカードが使える。店らしい店が4軒あるが、いずれもカードが使える。だから食料・日用品には困らない。が、私の入った宿でカードが使えなかった。3軒ある宿のうち上級2軒は使えるが、1泊200Nドル(1700円)になった私の入れるゲストハウスはだめだった。村が経営する公営ゲストハウスだ(厳密には村が州政府直轄なので、州政府出先機関の経営)。公営だとクレジットカードが使えない事情でもあるのか。

ATMのある町まで300キロの遠隔地で、キャッシュがない、という状況に陥る人というのはめったに居ないだろう。あなたには関係ない? しかし、長く旅をやっていると、ATMのないところで現金が必要になる事態が一度くらいは起こるものだ。周りの人に送金してキャッシュにしてもらう、などの方法が必要になることがあると思う。参考にしてほしい。

現金をちゃんと用意してきたが…

ツムクェにATMはないかも知れないという情報はあったので、キャッシュを多く持ってきてはいた。しかし、最大出費の宿代でカードが使えない、というのは予期しなかった。足りない。1ヶ月分のうち半分しか現金で払えない。どうするか。

カードが使える宿に移る?上級の比較的安い方でも1泊400Nドル(3400円)で2倍だ。300キロ離れたATMのある街まで往復して現金を調達してくる? あれだけ苦労してここに来たのにまたそこへ往復なんて考えたくない。現地の人は、ここでも、ナミビアの銀行が提供するeWalletなどのアプリを使い、お店などで現金を調達してもらっている。しかし、やはりそれは国内銀行に口座がある人たち向けのサービスだった。

万事休す。せっかく来た「サン族の首都」を半月で去らなければならないか、と思っていたら、ゲストハウス運営する自治体責任者のリコロさんが提案してくれた。日本から自治体の銀行口座(街にある州政府の銀行口座)に送金すればいい、前に、同じ状況に陥った外国人のとき、やったことがあるという。飛びついた。

A銀行

私が日本で口座をもつ2つの銀行のうち、まずは、国際化で定評のあるA銀行にあたった。ナミビア送金もできるとウェブ上には書いてある。が、ナミビア向けは現在できなくなっているという返事だった。

WISE

次いで、アメリカで使っていた海外送金業者WISEを試した。新しく日本のアカウントをつくり、A銀行からWISEの日本国内口座に半月分宿代3万円程度を振り込む。ところがこれが、何らかの原因でA銀行のセキュリティチェックに引っかかった。通常ならオンラインバンキングで日本国内の振込は問題なく行える。国外から操作しても同様だ。ところがひっかかった。なぜかはわからない。突然のナミビアからの操作だったからか、海外送金用振込だからか。銀行に聞いても教えてくれない。AIがチェックしているのだろうし、銀行としてはそのチェック詳細は言えないところだろう。

A銀行の本人確認

A銀行から名古屋の自宅に本人確認の電話が来るが、もちろん私はそこには居ない。家族が事情を説明してくれたので、幸いこちらにメールで連絡してもらえた。ナミビアの携帯電話番号を教え、改めてこちらに電話連絡してもらって本人確認。一件落着。

と思ったらそうではなかった。しかるべきところにはかったら、やはり届け出電話で本人からの確認が取れなければ、セキュリティチェックに引っかかった振込は認められない、という結論だったようだ。振込みが取り消される。がっくり。

私のようなしょっちゅう海外に出ている人間も居るのに、その都度日本国内電話番号で本人確認できなければ自分の口座の資金も動かせない、というのはちょっと国際化を進める銀行として情けない、と思い、すべての問題が解決した後で、改めて問い合わせしている。すると、届け出電話を自宅の固定電話でなく、海外でも使える携帯電話番号にしておけば、国外どこに出ていても本人確認がとれる、とのことだった。なるほどそうか。また一つ学ばせて頂いた。国際的電話番号を登録して、まずこちらが国際化しないといかん、ということだね。

B銀行から振り込み

次いでもう一つのB銀行をトライ。送金できる対象国が少ないが、日本国内のWISE口座に振り込むなら問題ないかも知れない。再び振込手続き。B銀行は本人確認に「ワンタイムパスワード・カード」という暗唱カードを導入している。幸いそれを旅に持参してきていた。カード型端末に現れる暗号を入力して本人確認。そうすれば自宅への電話もなく、すぐWISEの国内口座に振り込めた。うむ、立派。

なお、通常だと、夕方過ぎや土日の振り込みは翌日や月曜の振り込みになってしまうのだが、「即時振込」が行えるというオプションがあることも、この時始めて知った。苦労するといろいろ新しいことを学ぶ。そのオプションに入り、夜振り込んだが、すぐWISE口座に届いた。
となるはずだったが、なぜか届かない。1日たっても2日たっても。普通なら10分程度で届く。

WISEは世界で1アカウント

数日たってもWISEの表示が「入金待ちです」のままなので、WISEのカスタマーサポートにメールで問い合わせた。すぐに的確なアドバイスが返ってきた。A銀行のカスタマーサポートもそうだったが、サポート担当の方々はどこも懇切丁寧で、複雑な事情を解明して的確な解決策を出してくれる。乱暴な顧客も居て、「カスハラ」で心身をこわす人も居るらしいが、私は尊敬している。決してカスタマーサポートに声を荒げない、を信条にしている。私の息子や教え子の世代の人たちがやっているのだ。頑張って欲しい。

何とWISEは世界で一人一つだけのアカウントですべてを操作する仕組みなのだという。当然日本とアメリカ別々につくるもんだと思っていた私の間違い。複数のアカウント作成はルール違反なのだが、なぜか表面上はつくれたように機能していた。だが、実際は不正なアカウントなので、そこに送金しても、届くことはない。

サポートさんから指摘されて、うなった。さすが国際送金業の雄WISEだ。世界で一つのアカウントだけでグローバルにカネを動かすできるということなのだ。そのアカウントで、アメリカの銀行口座からでも日本の銀行口座からでも自由にカネを国際送金できるようにしている。確かにそうだ。こうでなければいけない。

再度WISEに振り込んだ

指示通り、さっそく新設した(ように見えた)アカウントを削除し、前にアメリカでつくり長らく未使用だったWISEアカウントにアクセス。日本のB銀行口座からカネをそこに振り込む手続きをした。すると10分で送金が、、、
届くはずなのだが、やはりまたいつまでたっても届かない。

今度は何なんだ。また親切なサポート様のお世話になる。WISE口座の口座番号が間違っていた。WISE口座はペイペイ銀行内にあるが、複数の口座番号があり、顧客によって送金する口座番号が異なることがあるらしい。私は新しくつくってしまった「日本用」アカウントで、指定されたWISE銀行口座にB銀行から一度送金しているので、再度振替の際、「前のこの振込先と同じ」をクリックしてしまったのだ。それでWISE銀行口座番号が異なり、届かない。

現代に生きる苦しみ

これは子細な失敗。しかし、こんな子細な失敗の罠がその辺にごろごろしており、オンライン海外送金は五里霧中の道中だった。いやいや海外送金やオンラインバンキングだけではない。現代では何につけても新しい訳のわからないシステムを五里霧中で操作しないと道が開けない状況になっている。オンライン安便予約しかり、オンライン安宿探ししかり、バス便予約やキャンセルしかり、現地での携帯加入や使い方、トップアップの仕方しかり、各所でのWifi接続の仕方しかり、Eビザの取得しかり。ネット時代の宿命だ。こんなノウハウ、10年前はまったく必要なかった。そして苦労してこれらをマスターしても20年たつと役に立たなくなり、別のシステムとまた格闘しなければならなくなるのだ。悲哀。

余談になるが、ここで思い出すのが今をさかのぼる40年前、パソコン時代が始まってすぐの頃、パソコンと言えばBASIC(プログラム言語)だ、と一生懸命これを習った。そしてある程度長いプログラムもつくれるようになった。しかし、あの技能は今の私にとって何になっているのか。BASIC使う?

昔は街の中をかけずりまわって旅行情報を集め、各種手続きをした。今は、宿の部屋にこもって、ネット操作に明け暮れる時間が長い。まあ、楽と言えば楽だが、あまり健全ではない。

うまく行けば実に早い海外送金

いやいや、海外送金問題に返ろう。アメリカでつくったWISEアカウントで送金手続きをし、日本のB銀行から再々度WISEにカネを振り込む。すると、ほぼ数分で、WISE側に「受け取りました」の表示が立ち、さらにさほど間隔をおかず「ナミビアに送金中」という表示になった。感動した。これを見るまで相当苦労したこともあるが、スムーズに進めば極めて迅速に海外送金が進むのだ。その後翌日にはナミビアの相手方銀行にカネが届いた、との表示が現れた。

銀行に着いたのに口座に着かない

さて、これでやっと1件落着、と思うでしょ。しかし、本当の困難はここから始まったのだ。確かに先方の銀行には着いているのだが、宿主(州政府)の口座にはカネが降りてこない。何度もリコロ氏に確認するよう言うのだが、きょうもダメ、明日もまだ。WISEのシステムは優れていて、ウェブ上でだれでも送金のプロセスがすべてチェックできるようになっている。先方銀行には6月11日に確かに着いたことになっている。銀行にそれで確認してもらうようリコロ氏に言う。送金した際の証拠ドキュメントもスクリーンショットで彼に渡す。それでもだめ。

業を煮やして、私から直接相手銀行にコンタクトする。この相手銀行はナミビアに進出している南アの銀行だったのだが、偉いところは、ウェブサイトのトップページに、連絡先や苦情窓口を明記していることだった。普通こういう情報はウェブページのあちこちを探し回らないと出てこない。

6月20日にメールで正式な苦情を出し、証拠ドキュメントも送る。するとやっと反応があった。リコロ氏を通じて私のパスポート・コピーが求められ、送付すると翌21日は口座にカネを入れたとの担当部署からの連絡があった。実に銀行に送金が着いてから10日目だ。日本からナミビアに着くまでは1日しかかっていないのに。

銀行というのはめんどい所だ

また余談だが、ナミビアの銀行だけを責める気はない。銀行はどこもこうだ。上記の通り日本側でも苦労したし、前にアメリカの銀行でもかなり苦労したことがある。大口の企業顧客なら丁寧に扱われるのだろうが、貧乏な個人顧客など十分な注意を払っていただけない。もう50年も前、オーストラリアのタウンズビルという街で日本からの送金待ちでやはり1週間以上待たされた記憶がよみがえった。結局、銀行側のミスで本店に届いたカネが支店にまで回ってこなかったのだが、私はその間、カネが切れ、貧民救済所のようなところにお世話になり、衣類修繕などの無料奉仕をしていたものだ。50年たっても、あの頃の時代からまるで変っていない。

さて、相手銀行の口座にカネが届いた、となって、今度はナミビアドル(N$)でいくらになったのか確認する必要がある。日本からナミビアドルでの送金はできなず、米ドル(US$)で送ってある。宿代半月分N$3000に足りているか確認しなければならない。今度はリコロ氏に口座を確認するようせかす。そしてこれも州政府の口座だから、いろいろややこしくて時間がかかる。21日(金)に口座にカネが下りたのだが、最終的に確認がとれたのは26日(水)だった。24日(月)にはわかるだろうと思っていた。ところが、何とこの月曜の朝から火曜日午後までツムクェの通信がダウンしたのだ。携帯電話もインターネットも使えない。これには参った。部屋で本でも読んでる以外ない。

また余談だが、この遠隔の地で、通信途絶に合うととんでもないことになる。他と連絡がとれないことももちろんだが、店でのクレジットカード決済もできなくなった。本編のテーマ通り、キャッシュがなく、カードで辛うじて食料を手に入れていた。このカードが使えなくなるとパンさえ手に入らない。1日分程度の備蓄はあったので何とか切り抜けたが、危いところだった。

そして26日に無事N$額を確認した。宿代には約N$150足りなかった。さらに相手方銀行に支払う手数料N$250。さらに滞在が延びた分の追加宿代、などで不足分が大きくなった。また日本から送金することにした。一度やっているので今度は大丈夫だろう。相手方銀行にも「送ったぞ、届いたぞ」の連絡メールを入れることにした。そして、、、、

どうなるか、諸君ももう読みたくもないよね。私ももう書きたくない。ここまで読んできた人はまず居ないかな。すでに1ヶ月の滞在期間は過ぎ、ロッジ滞在3日を含めて37日目にしてツムクェを去ることになっていた。その後どうなったかを確認する余裕もなくなった。