ザンビア・リビングストンでビクトリアの滝を見学に行った時、思わぬ事態に遭遇した。滝の見える国境の橋「ビクトリアフォール橋」上に行くには、一応ザンビア側の出国審査所を通らなければならない。対岸のジンバブエ側に入国しなくても、一応国境地帯に入って帰ってくるという手続きを踏むわけだ。
ところが、私のパスポートを見た係官が、ザンビアに入国したスタンプがないじゃないか、と言い出す。何を言うか、ほら、これがそうだろ、と入国スタンプを指さす。「いや、これはボツワナ入国のスタンプだろ!」
ここで話がわからなくなった。何が起こったのか理解できない状態になった。後になって少しずつわかってきた状況をまとめると次のようなことだった。
私はインターケイプというメジャーな長距離バスで、ナミビアからザンビア・リビングストンに移動してきた。運行ルートから見ても当然にもカティマ・ムリロでザンビアに入国したはずだった。バス旅で繰り返される国境通過はとても退屈で時間のかかる手続きなので、私はボケーと観念したように流されるままに動いていたのは事実だ。だから当然、あそこの国境通過でザンビアの入国スタンプが押されたものと思っていた。
しかし、パスポートに押されたそのスタンプをしげしげ見ると、確かにザンビア入国でなく、ボツワナ入国のスタンプだった。これは何かの間違いだ、私はボツワナになど入っていない、バス会社インターケイプに確かめてくれ、ほら、バスの切符だって残っている、とスマホ画面の切符も見せて訴える。だが、確かに黒インクで明確に押されているのはジンバブエ入国スタンプであることは動かしようもない事実だった(運行ルートから外れたンゴマでの入国になっている)。ザンビア側の係官が別の国の入国スタンプを押す? そんなこともあり得ない。
キツネにつままれたまま、私は国境管理事務所の中に入れられ尋問されることに。
「あなたはザンビアに密入国したんだ。罰金は18000キャプチャ(約15万円)だ。」
冗談じゃない、これは何かの間違いだろ。私はザンビアに密入国するような動機は何もない。インターケイプのバスがボツワナに連れていくはずがないじゃないか。
謎の解明・その1
(この記事はかなり後になって追加・修正書きしたものである。)
結局、かなり後になってわかったことは、この4国(ナミビア、ボツワナ、ザンビア、ジンバブエ)が間近で接するこの国境地帯では、2021年5月にザンベジ川をまたぐカズングラ橋が完成し、ナミビアからはボツワナ経由でザンビアに入った方が便利になったようなのだ。だからインターケイプのバス・ドライバーも時間短縮のため敢えてこっち側のルートを取ったと思われる。後でインターケイプに問い合わせたが、公式にルートが変わったという証言は得られなかった。あくまでドライバーの独自判断で別ルートにしたようだ。そのルートに入る前に、「行先はリビングストンだな」と念を押されたことを思い出した。他の乗客にも聞いていたようで、公式ルート上で降りる客がいないなら、新橋を通る近道でリビングストンに行ってしまえ、と判断したのだと思う。
そして私たちは一旦ボツワナに入り、新橋を渡ってからザンビア側の「ワンストップ」国境検問所で、ボツワナ出国とザンビア入国のスタンプを押されたはずだった。私は何らかの理由でこれをミスしてしまったらしい。これが第二の失敗。
確かに、「ザンビアに入ったのにまた検査かよ」と不審に思ったが、南アからナミビア入国の際も、入国検問を通過した後、また別の検問所で徹底した荷物検査があったことを思い出し、そんなものなのだろう、と相変わらずボーとしていたことは認めなければならない。しかし、不思議だ。だいたい私は他の乗客の後に付き、列にきちんと並び、1時間以上の待ち時間があってもバスの近くからあまり離れることはなかった。それなのに、結果的に出入国手続きをミスしてしまっていたようだ。
謎の解明・その2
これもさらに後になってわかってきたことだが、アフリカの出入国管理事務所はセキュリティが厳しいようで甘いところがある。出国審査と次に入る国の入国審査を隣り合った窓口で済ます「ワンストップ」検問所が多いが、私のようなボーとした老人だと、出国手続きだけしてこれから入る国の入国手続きを飛ばしてしまっても見逃されそうな管理事務所の体制がある。人の行き来を十分管理できていない。後に鉄道でザンビアからタンザニアに入ったときなど、駅の検問所で出国スタンプを押されてから再びザンビア側の街に放たれ、少し歩いてから主要道路上にある出国検問所を今度は勝手に飛ばして進み、近くにあるタンザニア入国管理事務所で入国スタンプをもらう、という不思議な手順を踏んだ。国境近くの現地住民はうるさいことを言われず国境を行き来しているようにも見えた。
ボツワナ経由でザンビアに入るときも、どちら側の国になるのかわからない場所で随分長い間、待たされた。バスから降ろされ、その近くで皆ボーとしていた。トイレに行くものもおり、腹がへるので近くの食堂で食べる者もいた。私も同様のことをしながらボーとして、しかしバスの状況は確認し続けてはいた。可能性として、この時間帯のどこかで検問所の係官が来て出国スタンプと入国スタンプを押していったのかも知れない。それを私はミスしたのか。しかし、勘弁してくれ、ボーとした老人が見逃されてしまうようなルーズな出入国管理では困る。
罰金15万円の重圧
さて、ビクトリアフォール橋たもとのザンビア国境管理事務所に帰ろう。私は何が起こったのかよくわからず、密入国なんかあり得ない、これは何かの間違いだ、を繰り返していた。
しばらく事務所内のイスに座わって待たされ、次に管理責任者のような人物が出てきて議論。確かに、私のような日本人、米国パスポート所持者が、ビザなし無料滞在ができるザンビアに密入国してくるはずはないとは思ってくれているようだが、どう対処していいか困っているようだった。本部の上司に電話もかけている。
気は動転していたが、こんな事務所の中に入れられるなんてめったにない経験ではある。審査を受ける大勢の旅行者たちを窓口の内側から見れているのが不思議というか面白い。ときたま問題を抱えてひっかかった人がやはり中に入れらてくる。ザンビアには今、周辺諸国からの難民が多く入っていて、問題になっているらしい。恰幅のいい男が、最初、係官と気さくそうに話していたのがだんだん涙声になっていくのに気付いた。私より前から入れらていた女性は、「今度パスポートを持って来なかったら本当に逮捕だからな。ジョークで言っているんじゃないぞ。」と言われて放免された。白人の女性はヨーロッパからのビジネスビザがオーバーステイになったらしい。会社の上司と係官が電話で話している。
事情がわからないが、15万円の罰金を取られる可能性があることで私も顔色が蒼くなっていたと思う。国立公園入園料20ドルもケチっている貧乏人なのに、15万円も払わされてはたまらない。
解決の糸口
係官に、私が何歳か何度か聞かれた。「74歳だ」と答える。
74歳のボケっとした老人が入国スタンプをもらうのをしくじったらしい、という理解にしてくれるつもりか。そのうち、リビングストンからこの検問所付近まで車に乗せてくれた女性も現れた。彼女はこの出入国管理事務所で働く職員だったのだ。「えー、あなたここの職員だったの!」と互いに大笑い。
尋問する係官の心証もこれでさらによくなったようだ。互いに話している。「なんだ、あんたの知り合いだったの?」「リビングストンから車で拾ってあげたのよ。」
結局、本部の上司が電話でうまい解決策を授けてくれたようだ。ここはジンバブエとの国境地帯だ。一旦ジンバブエに入り、そこのビザを取り(30ドル)、すぐまたこちらに引き返してきて改めて正式のザンビア入国のスタンプを押してもらう。(ジンバブエ入国には30ドルのアライバルビザ取得が必要だが、ザンビア側は短期観光はビザなし無料滞在が可能。)
言われた通りにした。問題なくその通りにできた。ジンバブエ側では、私がザンビア側から歩いてきたのに、ザンビア側の入国・出国スタンプがないのを何もとがめなかった。別の国のことなど知るか!ということらしい。30ドルを払って立派なアライバルビザをもらった(パスポートに貼ってくれた)。ちょっとだけジンバブエに入り景色を見てすぐ引き返し、まずジンバブエ出国スタンプ。次いで国境の橋を渡って先ほどのザンビア側検問所の窓口でザンビア入国スタンプを押してもらった。
窓口の後の方にさきほどの尋問係官が座っていた。「彼を呼んでくれ」と指さすと、彼も気づいて窓口にやってきた。
「いやあ、ありがとう、おかげで助かったよ。」
笑顔で彼と握手。彼も喜んで嬉しそうだった。
教訓:国境通過は面倒で退屈な時間だが、必ず、どこの国入ったのか確認すること。そしてパスポートにその国の入国スタンプが押されたかどうかを確認すること。
*後で考えると、ザンビア滞在中に入国スタンプなしの問題が発覚したことは不幸中の幸いだった。これが、最終的にザンビアを出る(タンザニアに向かう)まで発覚していなかったらどうなったか。鉄道での国境通過で時間がなく、しかもビクトリアフォール橋でのようなうまい解決策は取れなかったろうから、実際に15万円の罰金を取られた可能性がある。ザンビア観光の中で国境検問所に接触する機会があったという例外的な状況(ビクトリアの滝だからこそあった例外的状況)により助けられたと思う。