ここがAI革命の世界的震源だ

ChatGPTを開発したOpenAIの本社。真っ赤なブーゲンビリアの花(だと思う)が咲く木に囲まれ、美しい。世界の有力AI企業50社のうち20社が米国サンフランシスコに集中している。その中でもこのOpenAIは最有力株だろう。しかし、まだ従業員500人程度のスタートアップで、その本社はこのような地味な建物の中に入っている。パイオニア・ビルという1902年築の歴史的建造物(もともとはカバン工場)。ミッション地区東部にある。
おお、何ということだ。写真を撮ってるときに、ちょうどクルーズ社の自動運転実験車両がすぐ前にやってきた。だれも乗っていないが、ちゃんと交差点で停まり、左手に曲がっていった。サンフランシスコでは現在、グーグル系のワイモと、GM系のクルーズが無人運転車両を走らせている。AI会社の前を行くAI運転の自動車。
OpenAI社が入るパイオニア・ビル(写真中央)の手前、駐車する車のかげにテントが立つのが見えないか。ホームレスの人たちが住むテントだ。道義的にもホームレスの人たちを間近で撮影することはできない。が、世界のAI震源地はホームレスの人たちの集住地区でもあることを確認しておきたい。
電力ガス会社PG&Eの修理車待機施設を隔て、OpenAI社から1ブロックの街路にもホームレスの人たちが集住する場所がある。濃い緑の下で涼しそうだ。
OpenAI社から4ブロック西に行くと、メキシコ人地区のメイン通り、ミッション・ストリートに出る。露店なども多く、混沌としているが活気ある街だ。

ひさしぶりにサンフランシスコに来て、街中心部にホームレスの人たちが一段と増えたのが気になった。ヨーロッパはもちろん、ニューヨークなど米東海岸諸都市よりも多い。カリフォルニアが、ニューヨークほど寒くならない暖かいところであることも関係するが、リベラルな街で、彼らをことさら排除しない、シェルターや無料食事など彼らを支援するNPO活動も盛ん、などの要因もあるだろう。

市庁舎のあるシビックセンター地区からケーブルカー路線にかけてのテンダロイン地区、さらに中心街マーケット通りをはさんで南のSOMA(マーケット通りの南)地区、ミッション地区東部などが、そうした「blighted area」(荒廃地区)といわれる地域だ。私はこうした地区のど真ん中に宿をとった。恐るべき高家賃のサンフランシスコでは、私の入れるのはこんな地域の宿だけ。ドーミトリー(タコ部屋)だが、それでも1泊40ドル(5700円)する。これがbooking.comで見つけたこの街最安宿。

宿近くの街路の様子。

正直、最初はこわかった。しかし何日か居るうち慣れ。彼らは奇行や不衛生な行動はあるものの、暴力的ではなく、危害を加えるようなことはまずない。隣人と思って普通に通り抜ければいいのだ。

私の高い安宿は、中心街・マーケット通りにも近い。写真はかつてのツイッター、現在のX社本社だ。かつてツイッターのマークがついていた角の看板は現在は白く塗り固められている。この7月、この建物屋上に巨大なXマークのサイン(夜にはぴかぴか光る)が立てられたが、建築法違反の指摘を受けて4日後に撤去された。私の宿はこの建物から2ブロック後ろに行った裏通りにあった。
宿近くにはWeWorkの事務所ビルも。この中にスタートアップ企業が低家賃でオフィッスを借りベンチャー企業を起こす。
宿から20分も歩くとカストロ通りにも出る。ゲイなど性的マイノリティの人たちの集住地区だ。

都市論の巨人リチャード・フロリダによると、ゲイの人たちが多い街と、クリエイティブな立ち上げ企業の多い街とは統計的に有意な関係があるという。「移民、ゲイ、芸術家」など一見産業に関係なさそうだが、こうした層が多い街ほど、クリエイティブな価値観と文化が生まれ、新興産業も多く生み出されるという(リチャード・フロリダ『クリエイティブ資本論』邦訳2008年、ダイヤモンド社)。

この「ボヘミアン・インデックス(指標)」にホームレス層を加えていいだろう。ホームレスの人たちを受け入れ、少なくとも排除せず、共生をはかるような街こそ、古い考えにとらわれない活力ある自由な発想を生む。実際、サンフランシスコのスタートアップ企業が多い「マーケット通りの南」地区は、ホームレスの多い地域と完璧にオーバーラップする。AI革命の震源OpenAI社もこういう地域の中にある。

確かにAI先進地サンフランシスコでは、パンデミック期が終わった後も、思ったほど都市中心部の事務所スペースの空きが減っていない。しかし、リモートワークの普及とも相まって、大企業が大量の従業員を中心部高層ビルに押し込んでビジネス、という「大量投入大量生産」のビジネスモデルは過去のものになりつつある。むしろ、かつて町工場や倉庫が立っていたような荒廃地域(そして相対的に家賃が安い地域)に、活力ある企業経済が勃興している。スタートアップが猥雑な都市周辺部空間から小規模で活発な新興ビジネスを展開する。労働力大量投入の中心部高層ビルの賃貸状況ばかり見ていると時代の本質が見えないだろう。

OpenAI社の近くにZスペースという事務所スペースがある。こちらはスタートアップ企業というより、芸術家の制作拠点づくりがメインのようだ。
その建物正面玄関に、写真のような説明板があった。芸術家らしく、建物の歴史を振り返りながら新しい未来への展望を語っている。「この建物はかつてアメリカ缶詰会社の倉庫で、同社は1900年代初期に全米缶詰生産の9割を占めていた。それ以前、サンフランシスコにはラマイタッシュとオーローンの先住民族が住み、この場所には小河川ミッション・クリークが流れていた。現在のディビジョン通りを西に流れアラバマ通りとハリソン通りを越えてから南方向に向かった。今ここは演技芸術の場所となり、人々がアーティストの制作物を見にやってくる。そしていつの日か、この建物、この街、そしてこの惑星も、今とは違う別の何かになっているに違いない。」

この地が、クリエイティブな活動を生む別の何かに変わる未来に期待する。