鉄道の旅 ブカレストからスチャバへ

快適な鉄道の旅

ブカレストから北部スチャバ(ウクライナ国境近く)へは、例のトイレの問題もあるので、バスでなく鉄道にした。これまでヨーロッパの旅はだいたいバスを使っていたが、この問題が大きくなるようだと、鉄道の旅に移行した方がよい。スチャバまで450キロ、6時間、104レウ(券売機の場足。3200円)。Inter Cityということで日本の特急に相当するらしいが、バスと同程度の安価な料金だった。1日に5便あり、私はまだ暗いうちの始発に乗った。スチャバで安宿到達まで苦闘が予想されたので。

まだ暗いブカレスト北駅。

アテネからブカレストまでは、ブルガリアに入ったところで暗くなり景色が見えなくなった。明るいうちは、地中海式の気候、植生が徐々に大陸的な落葉樹が増えていく車窓風景を堪能していた。ブカレストからはその続きだ。野山は完全に落葉樹一色になっていた。紅葉・黄葉のまっさかりで美しかった。

ブカレストですでにこのような紅葉の落葉樹林帯になっていた。それ以降、スチャバまでも基本的には落葉樹林帯だった。しかし、スチャバでは針葉樹も少し姿を現していた。

今回、ギリシャに着いてからまったく雨が降っていない。毎日青空が広がり、眺めがいい。列車は、ルーマニア中央を逆L字型に盛り上がるトランシルバニア山脈の東端を縫うように進む。が、山脈と言ってもそんなに高い山が見えるわけではない。遠くに丘陵地帯が盛り上がっているといった程度だ。平野が広い。ドナウがのたうち待ってつくりだした大平原だ。ドナウ川はドイツ南部に発し、中欧・東欧17ヶ国を通り、最後はブルガリア・ルーマニア国境を経てルーマニア東部で黒海に注ぐ。この辺の水脈は皆ドナウに流入すると言っていい。豊かな平原は水田でなく畑や牧場だ。別に平らでなくてよいのだが、驚くほどまっ平に整地してある。

鉄道は快適だ。椅子が大きく、ゆったり座れる。日本風の対面4人掛けの座席だったが、広いので真ん中にテーブルもついている。そこでノートパソコンを広げたり、突っ伏して寝ている人もいる。最初は満席に近かったが徐々にすいてきた。4人掛けのうち中盤は2人、最後は一人になった。ふんぞり返って広い車窓から後に飛んでいくルーマニア平原を眺めていた。

列車はトランシルバニア山脈の東端を縫うように進んでいく。
ドナウ川がのたうちまわって形成した沖積平野はあくまで平らだ。
ずっと車窓を見続ける。
同上。

マスク論ひとしきり

中盤で前に座った荒くれ男が、ゴホンゴホンと頻繁に咳をするのがちょっと気になった。コロナじゃないんだろうな。ルーマニアでもギリシャでもだれもマスクをかけていない。街の中でも店の中でも交通機関の中でも。まるでコロナがもう終わったかのようだ。荒くれ男の前で急にマスクをつける気にもならない。

成田では全員がマスクをつけていたが、シンガポールまでの飛行機では4割程度になり、それが乗り継ぎのシンガポール空港内、シンガポールからアテネの飛行便の中でも続いた。シンガポール人はマスクをするからなのだろう。シンガポール空港のスタッフは皆マスクをつけていた。アテネで飛行機を下りたらだれもマスクをつけていない。街に出ても同じだ。入国審査でも発熱チェックもなければ、予防接種証明書の提出もない。コロナなんてもう関係ない、と言わんばかりだ。ネットで日本のニュースを見ると街行く人が皆マスクをつけてるので、え、日本で何かあったのか、などと驚いたりする。

欧米でマスクが忌避されるというのを私も知っている。だから極力マスクをつけない。しかし、皆に合わせるために取り合ずマスクをつけておくのも、つけると奇異に思われるのでつけないというのも同じくソーシャル・プレッシャーだ。シンガポール空港のように、つけたい人が4割程度、というのが一番いいんじゃないかと思う。

ルーマニア最安レベルのホテル

スチャバに来たのは、ウクライナ国境に近いところでしばらく滞在すれば、あちこちで気楽に生きている私も少しは歴史の重圧を感じ取り、人生の悔い改めができる、という思いからだ。戦争ジャーナリストではないので、決して戦乱の地には足を踏み込まない。踏み込んではいけない、と自分の規制をかけている。しかし、その隣まで行き、決してウクライナ避難民の方々の迷惑にならないよう滞在するのなら許されるのでは。

しかし、もう一つ現実的な理由があった。ここに安いホテルがあるのだ。Booking.comで、ホステルでない「個室」形式のホテルを検索すると約1万件出てきて、それを安い方から並べると、スチャバ郊外のHotel Westというのが3番目にヒットする(時期、滞在期間による)。1泊90レウ(約2700円)。上位1、2位は車でなければ行けない山の中だから実質ルーマニア・トップの安さだ。ルーマニアのホテルは意外と高く、安宿でも普通4000円台、かなり安くても3000円台だ。それが2000円台。これなら私でも何とか暮らせそうだ。

そういう「不純な動機」でもここに来たのだが、宿は駅から遠い。グーグル検索でもバス便が出てこず、8キロを歩いて1時間40分などというのだけ出てくる(ルーマニアではいろんな面でネット情報があまりアップトゥーデイトになっていないのを感じる)。毎日5時間以上歩く身に1時間40分はなんちゃないが、重い荷物を背負って行けるか…。おお、行ったれ行ったれ、いい筋トレになる、と来たのだが。

宿に着くまで

スチャバ駅を降りると観光案内などはまるでない。地図も手に入らない。グーグルマップを見て行こう、と歩き出すと、何だか駅前に緑色のバスが数台停まっている。市バスらしいが、グーグルマップによればHotel West方面に行くバスはないはずだ。一応聞いてみると、おお、親切な係員が数人寄り集まって検討してくれる。3番のバスに乗れ、車掌が下りる所で教えてくれる、と言う。ホントかいな。半信半疑で乗る。まあ別のところに連れて行かれてもそこから歩けばいい。街をあちこち見物できることにもなる。

かなり乗った。おいおい大丈夫かよ、と心配になる頃、親切な車掌が「ここで降りろ」「左の道路を少し行くとHotel Westがある」。指示に従って歩くと、おお、Hotel Westのサイン。完璧だ、と思わず叫んでしまった。地獄の行軍を覚悟していたが、実に簡単に宿に着いてしまった。

しかも、このホテル、一応普通のホテルなのだ。レセプションもちゃんとあり、何と「パスポートを」とも求められた。こんなことアテネに泊まった安宿以来まるでなかった。きちんと客を記帳し正しいビジネスをやっているということだ。部屋も広く、シングルベッドが二つあり、テレビ、シャワー、トイレ完備。3階で、大きな窓からはスチャバ地方(ブコビア)の風景がよく見渡せた。

スチャバ駅。
スチャバの駅はスチャバ川に沿った低地部にあり、河岸段丘を登って行く高台にスチャバ市街主要部があった。ヨーロッパの古い街は、防衛上の観点からだろう高い所につくられることが多い。目指す私の安宿はそこからさらにまた下がっていったSheiaという自治体域にあった。
バス停で降りてものの5分でHotel Westが見つかった。完璧だ。ホテル壁のサインはWestが取れているようだが、左端の道路ぎわの小サインにそれが読み取れる。
窓から付近の住宅、そしてブコビア地方の風景が。