コンコードからサンフランシスコ 久しぶりの自転車、8時間かかった

サンフランシスコ日本町での合唱練習が一部再開した。1年半ぶりに、コンコードからSFに通う自転車行脚が復活した。

2019年11月16日にリッチモンド・サンラファエル橋の自転車道が開通し、イーストベイから自転車のみでサンフランシスコに行くことが可能になったことを前に書いた。この橋を渡りマリン郡に行き、さらに金門橋(自転車走行可)を渡れば、サンフランシスコに行ける。最も近道のベイブリッジは残念ながら途中のトレジャーアイランドから先が自転車走行不可だ。SFまでは一日がかりの自転車走行になるので、本当はあまり行きたくないのだが、全路走行可能になった以上、自分のポリシー上自転車で行かざるを得ない。ということで2019年末まで何度かこの8時間走行を繰り返した(帰りは夜になるのでBART利用)。

その後私は母の危篤で日本に帰ったり、新型コロナの蔓延で合唱練習が停止になったりして、サンフランシスコに行く機会がないままでいた。そしてようやくコロナ禍が退潮し諸活動が復活してくるに及び、今回(7月2日)、サンフランシスコまでの自転車苦行も復活することになったわけだ。うれしいやらつらいやら。

内陸郊外コンコードからサンフランシスコ湾岸までのルートは、このかんも常に往復していたし、ブログでも報告していたから省略する。いっきょにリッチモンド・サンラファエル橋の現況からはじめよう。

地図:OpenStreetMap, (CC BY-SA 2.0)
リッチモンド・サンラファエル橋のたもとで、自転車道ルートマップを確認。地図の右(東)から左に向かって橋を渡るわけだ。
おおなつかしい、1年半ぶりのリッチモンド・サンラファエル橋よ。健在であったか。
橋の中ほど。リッチモンド・サンラファエル橋は1956年に開通した8.85キロのカンチレバー式の橋。2段計6車線の橋の上部北端の車線が自転車道に転用され、2019年11月に開通。コンクリートブロック柵で車道と隔絶され、歩行者と自転車が安全に通行できる。
橋骨が盛り上がったところが2か所ある。写真はその間の走行区間。遠くにマリン郡の象徴、タマルパイアス山(標高784メートル)がそびえる。
リッチモンド・サンラファエル橋はサンフランシスコ湾北部の橋だが、さらに北方にも湾が続く。その先に、シエラネバダ山脈からのサクラメント川、サンヨッキン川が流れ込んでいる。
ほぼ渡り切った。橋を振り返る。(西から東を展望。)
マリン郡側からの橋の眺望。
そこからマリン郡の内陸に入っていくわけだが、橋から1キロ程度のところで、(橋から来ている)高速道路を越えるオーバーパスを渡るのが正解ルート。ここにも走りやすい自転車道が通っている。(来た道を振り返って撮った写真)
ラークスパーのフェリー発着場。サンフランシスコ湾には多くのフェリー・ルートがあり、サンフランシスコを始め湾岸諸都市を結んでいる。自転車といっしょに乗ることもできる。
そして、国道101号線に沿って一般道を南下していく。マリン郡の湾岸は、太平洋側の山にさえぎられて霧も出ず、風光明媚な風景が続く。比較的裕福な人々が暮らす郊外住宅地だ。
そうした中に、必ずしも幸せでなさそうな人たちの集団生活施設も。遠くの白い建物は、サンクェンティン州刑務所。死刑囚を含め凶悪犯が入っている。こんなところには入りたくないものだ。同刑務所は、さっき渡ってきたリッチモンド・サンラファエル橋の裏側にあたる。写真右の橋からぐるっと丘の向こう側をまわり、南のサンフランシスコ方面を目指すルートに入ってきている。
ミルバレー市域に入ると、自転車道は広い湿地帯の中を走るようになる。ボシン湿原保護区(43ヘクタール)だ。1970年代の住民運動により開発から守られた。サンフランシスコ湾は、最終氷河期が終わって海水面が上昇し、かつての大河川渓谷が海水で充たされたことで形成された。湾岸沿い至る所に湿地帯ができ、長期的には陸地化への遷移途上にある。人工的に埋めたられた個所も多いが、現在は保全が進む。
ここまで来ると、金門海峡が近づき、太平洋側からの霧の影響が強まり寒い。前方の丘陵地帯はにその霧が出ている。あのあたりが金門海峡だろう。
金門海峡に近いサウサリートの街。ヨットハーバーなどもあるリゾート地だ。かなり観光客が戻っているようだ。
自分の記憶では、サンフランシスコまで6時間で行けるはずだった。しかし、ここまでですでに6時間を過ぎた。余裕をみて出てきたのに合唱練習に間に合いそうもない。8時間はかかるようだ。何しろ1年半前のブランクがあり、記憶が不確かになっていた。
焦ってきたが、しかし、サイクリングに焦りは禁物だ。遅れてもいいと腹をくくり、マイペースを維持する。でないと現実界で目的地に永遠に着けなくなる。
そう言えば、以前はこの辺まで来ると暗くなっていた。11月から12月にかけての夕暮れは早い。今は6月なので遅くまで明るく、新しい景色が見られるようになったのだな、と気づく。
金門海峡にかかる金門(ゴールデンゲート)橋。ここから強烈な太平洋の霧と寒風が吹きこんでくる。対岸がサンフランシスコ。
金門橋は歩行者・自転車道もあって自転車走行可だ。しかし、台風並みの横殴りの風だ。自転車をまっすぐ走らせるのがやっと。
金門橋を渡り切ると、自然公園地域のプレシディオ(かつての軍事基地)。これもコロナの影響だろうか、1年半前には見なかった看板を各所で見た。人出が少なくなったサンフランシスコの街に相当数のコヨーテが進出してくるようになった。このプレシディオでは群れで生息していらしく、注意するよう呼び掛けている。
8時間かかって、サンフランシスコ日本町に着いた。人出もかなり戻っているようだった。