米国の失業保険詐欺、被害20兆円規模の推定も

カリフォルニア州で310億ドル(3兆4000億円)被害の可能性

カリフォルニア州の失業率は、一昨年まで4%台だったが、昨年のコロナ禍以後、一時16%台(2020年5月)まで登り、現在でも8%台を維持している。約160万人が職を失い、約80万人が失業保険を受けている。

同州雇用保護開発局(EDD)は、昨年3月から今年1月までに1140億ドル(12兆5400億円。1ドル=110円換算。以下同様)の失業保険を給付した。コロナ過で失業に苦しむ人々にとっては命の綱だ。ところが何と、この3分の1に当たる310億ドル(3兆4100億円)が詐欺で略奪された可能性がある。EDDを管轄する州労働・労働力開発省のスー長官が、1月25日のABCニュースの取材に対し明らかにした。支給総額の約10%に当たる114憶ドル(1兆2540億円)が詐欺と確定。残る約200億ドル(2兆2000億円)も詐欺の可能性が高く、調査中という。

1月28日に発表された州監査官(州財政を監査する公選職)の報告も、EDDが必要な要件チェックを怠り詐欺申請に少なくとも104憶ドル(1兆1440億円)を支給したと指摘した。昨年9月頃まで、失業保険申請に関し個人情報が盗用されたとの訴えが1日1000件以上来ていたが、同局でこれを調べる担当者は1人しかおらず、7月には空席だった。2万6000の住所から55万5000の申請が出ており、中には一つの住所から80件の申請が出ているケースもあった。不審な申請計128億ドル(1兆4080億円)分について支払いを阻止したが、分かっているだけでも104億ドル(1兆1440億円)分は払ってしまった。9月に大規模詐欺の存在を確認したが、対応として、デビットカードを通じて支払いを受ける34万4000人のアカウントを一律停止してしまった。正当な受給者にも給付金が入らなくなり、しかもそれを復旧させる手立てを十分に講じなかった。一方で、個人情報を使われた詐欺被害者は、もらってもいない失業保険について、多額の課税通知が来る可能性が出てきた。

囚人に失業保険を受給させない法案

3月17日、カリフォルニア州議会上院公共安全委員会で、服役中囚人の失業保険受給を防ぐ法案(SB39)が可決した。耳を疑うかも知れない。囚人が失業保険を受ける? 彼らが直近まで働いていたことはまずないし、受給要件である「現在休職中」のはずもなく、そもそも州法で囚人への失業保険支給は禁じられている。しかし、カリフォルニア州では昨年夏、収監中の囚人による大掛かりな失業保険詐欺が発覚し、現在までに、囚人3万5000人の申請に対し、総額4億ドル(440億円)の失業保険金が支払われていたことが明らかになった。つまり、EDDのコンピュータは、申請者が囚人ではないかどうかもチェックできていなかったということだ。この中には凶悪犯の入るサンクインティン州刑務所に収監された133人の死刑囚も含まれ、それの支給額は42万ドル(4620万円)に上る。サクラメント郡のシュバート検事長は記者会見で、囚人による詐欺申請について、「これはツナミだ」と表現し、奪われた失業保険金が新たな犯罪に使われてしまうと訴えた

ナイジェリアからの詐欺、インタビュー

USA Today紙が昨年12月30日の記事で、ナイジェリアからネット詐欺を行っているという人物(Mayowaを自称)をZoomインタビューしている。

読者の中にはナイジェリア発の怪しげな儲け話メールを何度か受け取った人も多いだろう。サイバーセキュリティ会社アガリによると、失業保険、恋愛、儲け話などの国際的な詐欺メール発信の半分はナイジェリア発で、その4分の1は米国に届いているという。

映像なしのZoom会議の向こうで、Mayowaはナイジェリアの工学専攻の学生だと自己紹介し、コロナ禍がはじまってから約5万ドル(550万円)の稼ぎがあったと証言する。米国内の実在人物をリストアップし、不正取得された個人情報のデータベースに2ドル(220円)を払って生年月日や社会保障番号を取得する。それだけで失業保険を申請できる州もある。それ以上の情報が必要な場合でも、さらにわずかの出費で出生地、卒業高校、母の旧姓なども調べられる。「こうした情報が入れば仕事完了。簡単にカネが入る」と語る。6件申請して1件はうまくいくと言う。

Mayowaは上記セキュリティ企業のアガリ社からも収入を得ている。詐欺を行っている情報を同社に提供することで報奨金がもらえる。このインタビューもアガリ社が手配したものという。

失業したアメリカ人のためのおカネを奪って罪悪感を感じないのかという問いに、Mayowaは、学生仲間の7割が副業でこうした行為をしていると答え、「申し訳ない気持ちはない。僕らは彼らを知らない。だれだかわからないし、だれでもない人だ」と言っている。

全米で2000億ドル(22兆円)規模の被害か

米労働省総監察局(OIG)は2月22日に報告文書を出し、2020年3月から10月までに全米の州雇用局を通じて少なくとも54億ドル(5940億円)の不正な失業保険給付が行われた、と警告した。実際の詐欺額はそれを超え「優に数百億ドル(数兆円)レベルに達する可能性がある」とした。

州政府に身元確認技術のサポートを行っているIT企業「ID.me」によると、被害額はさら大きく「2000億ドル(22兆円)近くに達する」という。(3000億ドル(33兆円)を超えるとの推計も)。同社のシステムは21州で採用され、そこで895,974件の詐欺を防止し、150億ドル(1兆6500億円)近くの盗難を防いだとしている。その経験からいうと、受給申請の少なくとも30%が詐欺で、その割合が半分以上になる州もあるという。コロナ禍で失業保険支給は拡大され、2020年3月~10月に全米で5610億ドル(61兆7100億円)が支出されている。

最近ID.meのシステムを採用したばかりのカリフォルニア州の惨状はすでに見た。他に、ニューヨーク州では州労働局が申請全体の10%以上に当たる42万5000件の詐欺申請に失業保険を払ったことを認めている。全米的大規模詐欺を最初に感知したワシントン州では昨年中に6億ドル(660億円)、オハイオ州では3億3000万ドル(363億円)が詐欺の手に落ちた。メリーランド州では申請の87%を詐欺と見破ったが、それでも5億100万ドル(551億円)が詐欺の餌食となった。

複数州で申請、死者も申請

米労働省総監察局文書は、その他にも驚愕する数字をいろいろ出している。失業保険の申請は一つの州でしか認められないが、226,826件の社会保障番号に関し複数州での申請を認めてしまい35億ドル(3850億円)が支給されてしまった。中には一つの番号で40州での申請が行われ、29州総額22万2532の失業保険が支払われたケースもあった。9万1000人の死者の番号が使われ、5870万ドル(64億5700万円)が支給されていた。連邦刑務所に入っている1万3446人の申請に対し9800万ドル(107億8000万円)が支払われた(管轄が異なるからであろう、州刑務所の囚人については数字を出していない)。身元を隠せる不審電子メールアドレスが虚偽申請に使われ、276,194アドレスで 20億2957万2,986ドル(約2232億5000万円)が不正支給された。

失業保険詐欺が拡大した背景には明らかにコロナ禍の影響がある。カリフォルニア州の失業率が4%台から一挙に16%に延びたように、全米的に失業者が増え、失業保険申請も爆発的に増えた。カリフォルニア州の2020年4月の申請は前年同月の13倍、240万件に達している。これが慎重な審査を難しくした。さらに国民に1200ドル(約13万円)の給付金を支給した2020年3月のコロナウイルス支援救済経済安定法(CARES法)は失業保険も強力に拡大した。州の支給に上乗せして連邦からの週600ドル(約7万円)を給付し、自己都合退職者にも同じ条件の支給を行い、それまで失業保険の対象とならなかった自営業者にも支給することとした。雇用する会社などからの証明がないのだから詐欺師にとっては狙いやすくなる。そしてパンデミックによる困窮状態を打開する必要から早急な支援の号令がかかり、確かに実際に困窮委する人には貴重な支援策となったが、詐欺師にとってもまたとない好機を与えてしまった。

EDDの天文学的被害額を追及されたカリフォルニア州のギャビン・ニューサム知事は、トランプ政権でのこうした対策がずさんな形で行われたことを指摘。EDDを管轄する州労働省のジュリー・スー長官も、詐欺防止策を実施する上での十分な指針や資金を連邦政府が提供しなかったと前政権を批判した(彼女は現在、バイデン政権の労働省副長官候補となっている)。

しかし、州監査官報告によると、米労働省は数次にわたり各州に詐欺の危険を警告し必要な手立てをとることを求めていた。カルフォルニア州に対しては米労働省総監室が2020年5月に、EDDが受けた同年3~5月290万件の新規申請に対し少なくとも12億ドル(1320憶円)の詐欺が発生する可能性があることを指摘していた(p.9, p.51)。

米労働省総監室の雇用訓練局(ETA)は、2020年5月11日と8月31日に、各州に対し「失業保険事業文書」(UIPL)を発出し、詐欺を防ぐ具体的技術、ノウハウの指針を示していた(UIPL No.23-20, UIPL No. 28-20)。例えば8月のUIPL No. 28-20では、州労働力機関全米協会(NASWA)のIntegrity Data Hub (IDH)を導入する対策を示していた。同一人による複数州での申請、死者による申請がないかどうか確認できるシステムだ。

私たちは10万、20万円の世界で生きているのに…

我々は、月1000ドル、2000ドルや10万円、20万円で困窮したり喜んだりする世界で生きている。その何千万倍、何億倍ものカネ(しかも我々の血税)が、政府の失態でみすみす犯罪者たちに取られてしまったということに、ため息が出る。怒りよりもまずはあきれ返る。

だが、政府が被害を受けた、というにとどまらない。その打撃は一般市民に直接降りかり何十万人もの人が、深刻な困窮や消耗な混乱に投げ込まれる。

80歳高齢者、詐欺訴えてもEDDは放置

サンフランシスコから東に50キロ、静かな郊外街ブレントウッドで、80歳になるフランク・レゼックさんは妻と二人で穏やかな余生を過ごしていた。そこに昨年9月、突如として、週167ドル(1万8370円)の失業保険給付を認めるとの州雇用局(雇用開発局、EDD)の通知が来た。申請していない。もう20年も働いてさえいない。

ここからはじまる消耗な失業保険詐欺とのたたかい、というよりEDDビューロクラシー(官僚制)とのたたかいをABCニュースが報じている

すぐEDDに「申請していない」「虚偽申請だからキャンセルするように」との手紙を送った。が、それと前後して今度は「週450ドル(4万9500円)を39週間支給する」とするほぼ3倍増支給の知らせが来た。

「申請していないことをきちんと説明したんです。それで終わったと思ったのですが。」とレゼックさん。社会保障番号など個人情報を盗まれた可能性があることも知らせ、調査結果を知らせて欲しいと訴えた。

何の回答もなかった。調査した形跡はなく、逆に保険金受給のためのデビットカードが送られてきた。カリフォルニア州の失業保険支給は、バンク・オブ・アメリカの口座に振り込まれ、受給者は送られてきたデビットカードでそれをATMから引き出したり、店頭での支払いにあてたりする仕組みだ。

無理もないだろう。上記の通り、急増する詐欺クレームにもかかわらず、州雇用局で失業保険詐欺をチェックする部署には1人しかおらず、クレームの98%が未調査に捨て置かれていた。

「信じられなかった。これが政府のやることか。市民の言うことにまったく耳を貸さないなんて」と妻のリンダ・レザックさんが言う。「すぐカードを切断処理しました。アクティベートしませんでした」と夫のフランクさん。そしてそれで問題は終わり、と思った。

もらっていない失業保険に高額課税

違った。4か月後に、今度は、納税確定申告課税のための失業保険支払い証明書(1099-G)がEDDから送られてきた。驚くべきことに総額25,200ドル(277万2000円)を支給したと書いてあった。このままでは、もらってもいない失業保険のため多額の所得税を取られる可能性がある。

州雇用局に愛想をつかしたレザック夫妻は、ABCのニュース番組「7 on Your Side」にコンタクトした。懸命だった。これで何とか解決方向が見えてきた。開くことのなかった給付金口座には、何と25,200ドルがそっくり残っていた。詐欺師たちはこれを奪うことができなかったらしく、またEDDも、これを回収することはなかった。

「その支給口座を凍結しました。詐欺師が取り出せないようにね。」とフランクさん。政府のお金を詐欺から守るのは雇用局の役目のはずだが、一般市民がその役目を負わされたと言う。

そして、もらってもいないおカネに対する税金の問題が残っている。これについて雇用局や国税庁はちゃんと対応してくれるか。「我々は80歳と70歳。こんなストレスを与えられて、ばたばたさせられることはないでしょう」と語っている。

失業保険もらえず、課税はされる

フランク・レゼックさんのケースはまだ打撃が少なかった方かも知れない。自身、失業はしていなかったし、虚偽申請で支給された失業保険金も詐欺師の手に渡ることはなかった。

同じくABCニュースが報じているレニー・ホリンズさんのケースは深刻だ。ロサンゼルス都市圏の貧しい地域に住むホリンズさんは、昨年8月に経理の職を解雇された。失業保険を申請するが認められなかった。別人が彼女の名前で3月に失業保険を申請していたという。「あなたは俳優業の職を失い、3月から失業保険を受給していますね」とEDDに言われた。俳優などやったこともない。すぐに詐欺だとの報告を出した。

が、EDDからは何の返事もなく、失業保険申請は却下されたまま。そして後に、他の多くの人たちと同じく、もらっていない失業保険への課税書類が来る。給付額2万5500ドル(280万5000円)と書いてあった。つまり、失業し困窮した人に失業保険が下りず、逆に多額の税金支払いが求められる状況に置かれた。EDDに懸命に電話をかけるが、どの番号も通じなかった。

正直に超過支払いを報告したら…

こんなケースもある。サンフランシスコから金門橋を渡って北に20キロ、サンアンセルモで建設業現場監督をしていたマシュー・ロンバーディさんは昨年3月に失業。人生で初めて失業保険を申請した。しかし、EDDの手続きが遅れ、支給がはじまった7週間後には彼の仕事が復活していた。正直に3700ドル(約40万円)のうち2100ドル(約23万円)は支払い超過だと申し出た。すると口座にあった支給全額が取り消されてしまっていた。EDDに電話をかけるがつながらない。そのうちに、もらっていない3700ドルの受給証明書が来て、納税義務が出てきた。

失業保険など申請しなければよかったと彼は言う。「これは失業保険の問題にとどまらず、今後、国税庁(IRS)との問題に発展する可能性がある」と彼は言う。泣く子も黙るIRSとのトラブルなどだれも望まないということだろう。そして彼のケースでは、直接には詐欺被害にあっておらず、純粋にEDDビューロクラシーの問題であることもわかる。

銀行への集団訴訟が起こされた

4月1日、サンフランシスコ連邦地裁に、バンク・オブ・アメリカに対する集団訴訟が起こされた(Case 3:21-cv-00376-VC )。それまで出ていた9件の訴訟をまとめたもので、カリフォルニア州失業保険支給のためデビット・カード発行をまかされていた同銀行が、詐欺防止を怠ったばかりでなく、正当な受給者のカードを凍結し、コロナ禍で困窮する失業者を困難な状況に陥れたとし、凍結解除を訴えた。

訴訟の弁護団共同代表を務めるダニッツ弁護士は、多くの口座が数カ月にわたり凍結されているとして、「パンデミックで唯一の命綱を失った多くのカリフォルニア市民にとってこれは惨事だ。訴訟は、失業給付へのアクセスを拒否されたEDDカード保持者に即時救済を求めるものだ」と語った。訴状には「第三者による詐欺被害にあったEDDデビットカード保持者たちは、助けを求めて銀行に訴えると、突如として無期限に保険金へのアクセスが停止され、あたかも彼らが犯罪者かのように扱われた」と記されている。

失業保険詐欺の大元は州機関EDDが成りすまし詐欺を許したことにあるが、デビットカード発行を請け負った銀行も保険給付が実際に奪われていくことを防げず、他に、カード情報抜き取りを防止する回路の挿入を怠るなどセキュリティ上の不備があったとされる。カード使用時に情報が抜き取られ、その後不正引き出しの被害を受けるケースが相次いだ。州との契約には、バンク・オブ・アメリカは不正引き出し被害について受給者に損害をかぶせない旨の規定があった。銀行によると、月約1000件だった不正引き出しは昨年末までには「数万件」規模に達したという。

口座からカネが消える

サンフランシスコクロニクル紙の記事が、「リアルタイムで」みすみす口座からおカネを奪われたケースを取材している。サンフランシスコでパーテンダーをしていたフランク・ジェイワースキーさんは、失業保険口座の中に3000ドル(33万円)以上が入っていたが、デビットカード利用が2回拒絶された。不審に思って口座をオンラインでチェックしようとしたが、IDとパスワードが変更されてアクセスできない。銀行のサポートに1時間かかって電話が通じると、口座のほぼ全額3480ドル(38万2800円)が他行に送金されているところだと言われた。頼んでいない、詐欺だから止めてくれと言っても止められないと言われた。計4人のサポートに当たったがID、パスワードの変更さえしてくれなかった。翌日バンク・オブ・アメリカの支店に行くが、コロナ対策で中に入れてくれない。やむなく電話をかけ続け、何日もかかってようやく新規デビットカードを発行してもらい、ID、パスワード変更ができた。が、口座の中を見ると61セント(7円)しか残っていなかった。

「食料も食べ尽くし、何も残っていない。いろいろ請求書が来ている」と3月時点の取材でジェイワースキーさんは語っていた。銀行におカネ返還の交渉を続けていた。幸いにも彼の場合、2週間後に銀行が損失を補填してくれた。その後、即、失業保険の振込先を信用組合の方に替えたという。

銀行は、電話対応や詐欺調査で「数千人」を新規雇用

銀行は銀行で、今回のEDD外注事業について、詐欺の被害や対応策で「何億ドル(何百億円)」もの損害を受けた訴え、電話対応要員や詐欺調査の人員など「数千人」を新しく雇って改善を図ったことを強調している。電話待ち時間も改善されたとする。「失業保険デビットカードで詐欺取引の被害があれば、その訴えを調査し、正当な受給者にはその額を補償する」とも述べている

集団訴訟の最初の弁論は、5月13日午後2時、サンフランシスコ連邦地裁で予定されている。