アメリカの自治体制度 情報アップデート

 

2009年に『市民団体としての自治体』を御茶の水書房から出版した。市民が住民投票で決議してできる自治体、決議しなければ自治体はないというアメリカの限りなく市民団体に近い自治制度を紹介した(それ以外の諸国の制度も)。その内容もここで宣伝したいところだが、読み返してみると、出版社が丁寧な編集をしてくれたことがわかって感じ入った。このところ私は「本は自分で出版するもの」という新時代を切り開く意気込み路線に入ったのだが、そうすると、電子書籍はともかく印刷書籍を編集することの難しさをつくずく感じる。その技術的な課題を含め内容を詳しく吟味し、読むに値する本に仕上げる出版社の仕事に改めて驚きを禁じ得ない。乱脈な私の論調も整理され読める本にして頂いた。ぜひ一読をお勧めする。

そして同書の出版後15年がたち、データが少し古くなった。最近、米国の自治体制度について発表させて頂くことがあったので、それを機に情報を全体的にアップデートをしてみた。下記のとおりである。前著を補うデータとして活用して頂きたい。


アメリカの自治体と市民社会 資料 2024年4月6日

グローバリゼーションの中心的国家として(またトランプ現象を生む国として)多くの問題をはらむアメリカだが、近代に新しくつくられた国として近代市民社会の諸原理を純粋に体現する面があり、市民社会の可能性の幅を探るモデルと見ることもできる。行政・自治を市民とNPOが主導し、市場をベンチャー的な起業・小ビジネス経済が主導。下からの市民活力で動く市場-市民社会のモデルを探る。

1、アメリカの自治体制度 概要
2、様々な自治体 事例
3、NPOの役割
4、国に抵抗するサンクチュアリー都市
5、サンフランシスコ圏の特色 -リベラル、起業精神
6、多民族化するアメリカ
(補)アメリカに「アメリカを越えるもの」を見たトクビル

アメリカの市議会の様子。米自治体制度の象徴的な光景だ。前に少数の市議が座り(通常5人~7人)、こちら側に一般市民。市民は次々立って発言する。市民は傍聴できるどころか市議会で発言する権利がある。かなりの時間市民が発言していて、その後で市議が少し話し合って決を採る。カリフォルニア州バークレー市議会で。

1、アメリカの自治体制度

〇住民の決議で自治体結成、解散
・アメリカの自治体は住民が設立を決議してはじめてできる。
・決議しなければ自治体はない(非法人化地域Unincorporated Area)。そこは、州の下部機関である郡が行政サービスを提供。
・アメリカでは非法人地域が面積の大半(96.5%)を占め、約1億2000万人(総人口の37%)が自治体なしの生活をしている。最大はイースト・ロサンゼルス地区、人口12万(LAで最も人種的に均一な地区、Hispanic 97%, Mexican85%)、
カリフォルニアの人口3900万人の16.9%、約660万人が自治体のない地域に住んでいる。SF圏ではカストロバレー地区6万7000人が最大(CA州5位)
・住民投票などで自治体を解散できる。「自治体が腐敗したらつぶせ」の市民戦略(例:マイアミ市の1997年住民投票、失敗)。1997~2011年に373自治体解散(Dissolving Cities, p.1445)。

〇州政府
・州(State)とは本来「国家」の意味(例:Nation State民族国家、Welfare State福祉国家)。米国では「国家主権を連邦と州が共有」。合衆国憲法で連邦政府に移譲された権限以外は州が保持する。
・米国はEUの原型のようなもの。アメリカ合衆国か、合州国か、合諸国か。
・米国には国レベルの地方自治法がない。各州がそれぞれ別個にもつ。
・州は憲法をもち、独自の軍をもち(州兵national guard、州防衛軍state defense forces)、独自の議会、裁判所をもち、民法、刑法その他主要な法をもつ。州最高裁が最終審で、一部例外を除き、その後に連邦最高裁に上告されるわけではない。
・州知事は社会的地位が高く、米大統領の多くは州知事出身。カーター(元ジョージア州知事)、レーガン(元カリフォルニア州知事)、クリントン(元アーカンソー州知事)、ブッシュ子(元テキサス州知事)など。

〇アメリカの政府・自治体数
(U. S. Census Bureau, Census of Governments, 2022)
連邦政府             1
州政府              50
地方政府総数    90,837          Local Gov.
一般目的地方政府   38,736           General-Purpose Gov.
郡政府                       3,031             County Gov.
自治体                     35,705             Subcounty Gov.
ミュニシパル                  19,491              Municipal Gov.
タウンシップ等              16,214              Township Gov.
特別目的地方政府   52,101          Special Purpose Gov.
学校区                            12,546              School District Gov.
特別区                            39,555              Special District Gov.

〇100人以下の自治体も
・アメリカの自治体の約半分は1000人以下。(日本には人口1000人以下の自治体はほとんどない。08年24自治体、23年35自治体、最小は東京都青ヶ島村168人)
・100人以下の自治体も多い。全米19,492の市(Municipal Government)のうち1,009が人口99人以下、16,519の町(Township)のうち2,302が人口99人以下。
・数は少ないが人口10人以下の自治体もある。例えば大平原の真中にたたずむ小集落で自治体結成、など。

〇日米の自治体規模の比較

出典:岡部『市民団体としての自治体』p.19. 2021年現在の全米3万5705自治体の個別情報は2021 Government Units Listingに。うち人口10人未満の自治体は107団体。

〇事例:Monowi , Nebraska
ネブラスカ州モノワイは2021年の政府センサスによると人口1人の村。1990年に8人だったが、同年国勢調査の結果が6人と出て、政府調査のずさんさの好例として全米に報じられた。次の2000年国勢調査では2人に。ルディ&エルシー・アイラー(Rudy & Elsie Eiler)夫妻のみ。2004年にご主人が死去し、エルシーさん1人に。最新の2021年政府センサスでも1人と出ているので存命の模様。エルシーさんは村で居酒屋を経営し、そこが村役場。住民1人から選出されて村長。村長として自分に酒類販売ライセンスを発行し、村税を自分に課して年間村予算500ドルを確保。毎年、村の道路整備計画を州に提出し、4つの街灯を維持するための州補助金を得る。ご主人の蔵書を収めたプレハブ式の村立図書館(蔵書5000冊)もある。

名著『我らの最も小さい町々』(Dennis Kitchen, Our Smallest Towns, Chronicle Books, 1995)。人口10人以下のような全米の小さな自治体の様子を伝えた写真集だ。その表紙を飾ったネブラスカ州モノワイ村(写真)は2004年以降は人口一人。1990年当時は人口8人だったが、同年国勢調査の結果が6人と出て、調査のずさんさの好例とされた。この本『我らの最も小さい町々』の表紙には、その8人が「人口6人」と公表示され道路標識の前でポーズをとる微笑ましい写真が掲載されている

〇増加する自治体
日本では市町村合併で自治体数へ減少の一途。1888年71,314自治体、1953年9,868自治体、1999年3,229自治体、2014年以降1,718自治体。アメリカでは1970年代以降自治体数が増える趨勢。

アメリカの連邦・州・自治体政府単位数の変化
1952年 116,807
1957    102,392
1962     91,237
1967     81,299
1972     78,269
1977     79,913
1982     81,831
1987     83,237
1992     85,006
1997     87,504
2002     87,900
2007     89,527
2012     90,107
2017     90,126
2022     90,888

〇参考:ヨーロッパ(EU加盟国)の自治体制度

出典:岡部『市民団体としての自治体』p.145.

〇自治体のつくり方(カリフォルニア州の場合)
(1)住民による誓願
自治体を設立しようとする地域で有権者の25%以上の署名を集める[California Government Code, Section 56750]。カリフォルニア州では弱小自治体の乱立を防ぐため500人以上の有権者数がある地域でのみ自治体設立を認めている[California Government Code, 56043]。
(2)フィーシビリティー調査
自治体結成が現実的か、地域によい影響を与えるかを調査し、報告書を作成する。地域の歴史、特性からはじまり、自治体を結成した場合の3年間の税収見込と支出予測、周辺自治体への正負影響、負影響の最小化策などを明らかにする。
(3)自治体設立の申請
上記のフィーシビリティー調査(5部コピー)を添えて正式の設立申請書を地域機関設立委員会(Local Agency Formation Commission, LAFCO)に提出する。LAFCOは、諸自治体の統合的発展をはかるためカリフォルニア州がつくる機関で、各郡にある。
(4)申請の検討
申請が妥当なものであるかLAFCOがチェックするとともに、一般の縦覧に付し意見を求める。公聴会を開く[56840]。住民は州財務局に、フィーシビリティー調査の妥当性チェックを求めることもできる[56833.3]。
(5)申請の採決
5名からなるLAFCO委員会が申請について、許可、修正、却下の決定を下す[56851]。LAFCOは公開会議法に基づき、必ず住民参加(発言を含む)の下で開かれ、採決も公開で行われる。
(6)住民投票
次の総選挙時に住民投票案件として出され[57077, 57101]、該当地域で過半数の賛成があれば自治体結成が決まる。自治体結成住民投票と同時に新しい市議、役職者の選挙も行われ、自治体が結成されれば職務につく。

〇多い公選役職、少ない市議
・市長、市議、郡議会はもちろん、例えば、市の財務局長、法務局長、検事局長、総務局長、教育委員、郡警察署長、市立短大理事、広域大気汚染監視委員、都市地下鉄事業体理事、空港公団理事などなど、多様な役職が公選される。
・アメリカの街の市議は通常5名程度。例外的に多いのがニューヨーク51人、シカゴ50人、ナッシュビル45人。ロサンゼルスは15人、サンフランシスコ11人。カリフォルニア自治体法の規定では(憲章をもたない)一般自治体の市議数は5人。

米国・地方レベル公選者数
2012年
総計 519,148
18,749
地方 500,399
58,818
マニュシパル 135,531
タウンシップ 126,958
学校区 95,000
特別区 84,089
500,396

 

日本・地方レベル公選者数
2021年
総計 33,810
都道府県知事 46
同    議会議員 2,598
市町村長 1,737
同   議会議員 29,429

アメリカの市議会議員数、トップ20都市、人口70万以上、2020年
都市名               人口        市議数
ニューヨーク          8,253,213     51
ロサンゼルス          3,970,219     15
シカゴ                    2,677,643     50
ヒューストン          2,316,120     16
フィーニックス       1,708,127      9
フィラデルフィア    1,578,487     17
サンアントニオ       1,567,118     11
サンディアゴ          1,422,420       9
ダラス                    1,343,266     15
サンノゼ                 1,013,616     11
オースチン                 995,484     11
フォートワース           927,720      9
ジャクソンビル           920,570     19
コロンバス                 903,852      7
シャーロット             900,350     12
インディアナポリス      877,903     25
サンフランシスコ       866,606     11
シアトル                    769,714       9
デンバー                    735,538     13
ワシントンDC           712,816     13

〇カリフォルニア州政府の公選役職
知事と州上下院議員(40人、80人)以外に、
副知事 Lieutenant Governor
州務長官 Secretary of State
司法長官 Attorney General
財務(長)官 Treasurer
会計検査(長)官 Controller
保険長官 Insurance Commissioner
教育長官(公共教育監督官)Superintendent of Public Instruction

〇サンフランシスコ市郡政府の公選役職
市長と市議会議員(11人)以外に、
税務部長(課税評価記録官)Assessor-Recorder
警察部長 Sheriff
法務部長 City Attorney
財務部長 Treasurer
検事長 District Attorney(Boudin recalled in’22)
市選弁護官 Public Defender

〇州議会議員の報酬
2021年のNCSL調査では、50州のうち、
・10州がフルタイム州議会議員、平均年報酬 $82,358
・15州がパートタイム州議会議員、平均年報酬 $18,449
・25州がその中間、平均年報酬 $41,110

〇市議はボランティア
・アメリカの市議は通常、名目的な給料をもらうだけで、実質ボランティア。別に仕事をもつ。夜、市議会その他会議に来る「夜の人」。昼は助役に相当するCity Manager、City Administratorなどが全体をとりしきる。

(カリフォルニア州自治体法の規定) Government Code, Sec. 36516
人口35,000人以下の市           月$300以下
人口35,000-50,000人の市          $400以下
人口50,000-75,000人の市          $500以下
人口75,000-150,000人の市        $600以下
人口150,000-250,000人の市      $800以下
人口250,000人以上の市          $1,000以下
・この枠以上に給料を上げる時は住民投票で決めなければならない。市議だけのお手盛り値上げはできない。

〇市民が発言できる市議会
・自治体の市議会その他の立法会議、州の州議会を除く各種立法会議では市民が自由に発言できる。通常、一議題1人3分以内で、住民かどうかの資格は問われず、外国人でも発言できる。列の後に並ぶだけ。
・「定例会議の議題ごとに、市民が関心を寄せるあらゆる問題について、当該立法機関(市議会、委員会、審議会などあらゆる立法機能をもつ機関を意味する)が審議する時、またはそれ以前、市民が当該立法機関に対して直接に発言する機会を与えなければならない。」(公開会議法、California government Code, Sec. 54954.3)
・「市民は・・・・会議参加に先だって、名前の登記、情報提供、質問票回答、その他いかなる条件を満たすことも求められない」(同、Sec. 94953.3)

〇公開会議法
・情報公開法と車の両輪の役割を果たす公開会議法(Government in the Sunshine Act)。連邦法では、情報公開法(US Code: Title 5, Chapter 5, Subchapter II, Sec. 552)のすぐ後、Sec. 552bで。カリフォルニア州の場合、自治体など地方機関の会議公開を規定した Brown Act (54950-54960.5)など。
・市議会、郡議会、学校区理事会などの他、例えば「常設、臨時を問わず、決議機関、助言機関を問わず、憲章、条例、決議、その他立法機関の公式アクションとして形成されたコミッション、コミッティー、ボードまたは他の地方機関」もこの法律の対象に含まれ、会議を公開しなければならない(54952(b))。
・公式会議以外でも、過半数の議員、委員が集まって「当該機関の権限内のいかなる事柄についても聞き、論じ、思慮すること」を禁じている(Sec. 54952.2(a))。(市議会でもカリフォルニアの場合、5人程度の議員数が多いから、これは結構厳しい)。「直接通信、個人的仲介、技術的機械のいかなる利用」による非公開会議もだめで(Sec. 54952.2(b))、電話会議、インターネット・チャットなどで抜け道を考えることもできない。電話会議をやる時は、やはり公開にするような各種措置をとることが規定されている。
・市民の会議参加に資格審査などはされない(Sec. 54953.3)。
・参加したあらゆる市民に「音声、ビデオ録音機または静止画、動画カメラで会議を記録する権利」を規定(Sec. 54953.5(a))。会議の放送・放映を禁止したり制限することも禁止(Sec. 54953.6)。
・72時間以上前に会議の議題を公開・周知させる。議題にない事柄は(提起はできるが)審議、議決することができない(Sec. 54954.2(a))。
・各議題について市民の発言を保証する(Sec. 54954.3(a))。(通常、条例などで1人1議題に付き3分、などと規定される。)
・民間法人でも、行政機関から助成を受け、かつその理事に当該行政機関の立法機関のメンバー(コミッショナーなど)が当該立法機関の決定により指名されている場合は、会議を公開にする(Sec. 54952)。
・例外として非公開にしていい場合を規定。職員の人事・評価の議論、(その機関が当事者になっている)訴訟で弁護士などと協議する場合、労使紛争で賃金案などを審議する場合、不動産の売買の特に値段の交渉に関わる議論、など。ただし、非公開にする場合でもそこで取られたアクション、議員、委員の投票について24時間以内に報告しなければならない(Sec. 54957.1)。

〇各部局にコミッション
・大都市では、ほぼ部局ごとにコミッション(またはボード、コミッティーなど)があり、市民参加の立法機関の役割を果たす。図書館に図書館コミッション、保健局に保健コミッション、都市計画局にプラニング・コミッションなど。サンフランシスコ市の場合、市憲章に規定されているものだけで17、計55のコミッション(またはボード、コミッティーなどとも呼ばれる)がある。
・市議会と同じく公開の住民集会型会議。通常5名程度のコミッショナーは市長又は市議会による任命。民主主義を議会までで終わらせない。官僚制の内部まできめ細かく市民参加を保証。
・コミッションは、日本の「諮問委員会」「審議会」と異なり、その部局の実際の政策決定機関。部局の長を採用、罷免する権限ももつ。各部局はコミッションの事務局という位置付け。

〇自治体乱立を調整する仕組み
・例えばカリフォルニア州には地域機関形成委員会(Local Agency Formation Commission, LAFCO)がある。無秩序な自治体乱立を統合化する目的をもって1963年につくれた公的制度。各郡ごとにLAFCOがつくられ、通常5名の委員(Commissioner)の下、出向郡職員など数名のスタッフで運営される。自治体の形成、合併、領域変更などに広域的見地から秩序立った方向へ誘導する。各種自治体からの申請を受け付け、検討・調査し(フィーシビリティー審査)、勧告を行うことで影響を与える。小規模な領域変更などについては最終決定権をもつ。

・広域都市連合。合併ではなく各自治体が自立しながら連携する。数十の小自治体が連合し多くの場合NPO法人の「大都市圏協会」(一般にregional council of governments, metropolitan association of governmentsなどと言われる)を形成する(その全米リストは例えばhttp://www.narc.org/links/cogslist.htmlを参照)。ポートランドの広域自治機関、メトロ(Metropolitan Service District、25自治体)は、独自の代表と議会(メトロ評議会)をもち、それが域内住民により直接選挙されるアメリカ唯一の広域連合機関。独立した自治体の様相を強くもつ。

・連邦政府による小自治体支援。1996年に制定された小ビジネス規制実施公正法(SBREFA)は、連邦規制を施行する際、小ビジネス、小自治体(人口5万人以下)、小規模NPOなど「小団体」(Small entities)には、猶予期間延長など各種便宜、支援を与えることを規定した。例えば環境保護庁(EPA)は全米10地方総局に小自治体担当セクションをおき、水質、有害廃棄物、地下水汚染、汚染事故緊急対応、その他環境規制を実施する上でリソースの不足した小自治体に専門的支援を行っている。同局の小自治体助言委員会が1999年9月に答申を出し、これに基づいて、さらにきめ細か小自治体環境規制支援体制が整備された。例えば遠隔の小自治体が助言を得るため州機関やEPA事務所などに出向くための交通費の支給なども。[詳しくはEPAのウェブページ参照]

〇住民投票で立法
・市民が法案をつくり、それを直接投票にかけて立法。単なる参考意見でなく、市議会などを越える強力な直接立法プロセス。
・住民が住民投票で決めてしまえば市議会決定もくつがえる。別の住民投票で対抗する以外ない。
・全米27州で(24州で住民発議の住民投票Initiative制度)。9割近い自治体で何等かの住民投票制度(International City/County Management Association調べ)

〇市民が判決:陪審員制度

〇パブリックコメント制度
・元来、市議会などで議案以外のことに関して、市民が自由に発言することをパブリック・コメントと言っていた。
・連邦段階では、直接市民参加が難しくなる半面、それを補う上で、省庁などが規則(政令、省令などに相当)を制定する際にパブリックコメントの制度(行政手続法、US Code: Title 5, Chapter 5, Subchapter II, Sec. 553)。
・連邦報に規則案が示され、それに対するパブリックコメントを求める期間が設定され、必要に応じて公聴会なども開かれ、そうした意見をどう判断したかを明かにしながら最終規則が出される。
・アメリカの官報である「連邦報」(Federal Register)は、市民参加のための情報媒体の役割を果たす。

〇情報公開法
・1966年情報自由法
・1993年GPOアクセス法
・1996年電子情報自由法

〇自治体の形態
・市長―市議会(Mayor-Council)型 ―市長が市議会とは別に公選され、強い権限をもって行政を統括する。大都市はほとんどこの形態。日本の自治体形態に近い。「強い市長―市議会型」と、市長が名誉職的となる「弱い市長―市議会型」があるが、前者が普通。市長が、下記シティーマネジャーに似た専門職行政官(アドミニストレータ―)を雇って実際の行政事務に当たらせる場合も多く、形態が似てきた。
・市議会―マネジャー(Council-Manager) ―市議会が行政のトップとなり、専門職行政官であるシティーマネジャーを雇い、それが実際の行政事務を統括。市長は普通、市議の中から輪番で互選。市制改革の運動の中で20世紀初めに導入され、現在では最も普及した形態。特に中小自治体。テキサスなど西南部では大都市でも。
・コミッション(Commission)型 ―市議(この場合はコミッショナー)が分野を分担して行政を管轄する。立法権と行政権が一致。同じく市政改革運動の中で20世紀初めに出てきたが、多くが市議会―マネジャー型に変わり、現在は少ない(1%以下)。
・タウンミーティング(Town Meeting)型 ―住民全員が参加するタウンミーティングで議決。伝統的にニューイングランドに多い形態。多数の市民代表でタウンミーティングを行う形も増えている。

アメリカの投票
・まず自分で有権者登録をしなければならない。アメリカには住民登録制度がない。何もしなければ予防接種案内も就学通知も選挙案内も送られて来ない。有権者登録しないと投票できない。
・選挙で選ぶ項目が膨大。大統領以外に、連邦上下院議員、州上下院議員、郡政府の議員、市町村の長や議員、時に市法務局長やら財務局長、あるいは教育委員、上水道区委員、広域通勤鉄道区委員、各種特別自治組織の委員の選挙、そして州、郡、市の住民投票案件。
・選挙公報が分厚い。2020年11月大統領選時の一斉連邦・州・地方選挙では、カリフォルニア州の選挙公報は111ページ(届け出により、日本語の他、英語、スペイン語、中国語、ヒンズー語、クメール語、韓国語、タガログ語、タイ語、ベトナム語、日本語のものも選べる)。地方(郡、自治体)の広報も大都市では100ページ以上。同選挙時の住民投票案件は、カリフォルニア州で12件、サンフランシスコで13件。その内容説明、アナリストの分析、必要な財政支出分析、代表的な賛成意見と反対意見、それへのさらなる反論、案件によっては長大な法律案文も記されている。
・難しい本を読んで理解するような大変な労力。新聞やNPOが推薦チョイスを発表してくれるのでそれが格好の「虎の巻」になる。

郵送投票の広がり
郵送投票が2018年に全米で25.6%、20年に43%、22年に31.9%。同年の州別で多いのがオレゴン州99.6%、ワシントン州99%、ハワイ州95%、コロラド州94.7%、ユタ州90.3%、カリフォルニア州87.4%。
・8州が全有権者に投票用紙を郵送し郵送投票も無条件で認める(「ユニバーサル郵送投票」、役所での投票も可能)。38州は希望者に理由を問わず郵送投票を認める。17州が正当な理由でのみ郵送投票を認める。「ユニバーサル郵送投票」は5~10%投票率を上げるとの調査結果。
・2020年選挙で在外投票者、身障者など約30万人がオンライン投票。31州がファックス許可、25州がemail許可、10州がオンラインポータルで許可。

2、様々な自治体 事例

〇大都市の中にぽっかり浮かぶ独立小自治体。例えばオレゴン州ポートランド市内に浮かぶメイウッドパーク市。0.4平方キロ、人口750人。併合したいポートランドの圧力に屈せず独立を保つ。高速道路建設反対運動から、1967年、地域全体で自治体結成。州高速道路委員会が、個々の住民団体の意見はいちいち取り入れない、自治体としてのまとまった意見だけを聞く、という方針を打ち出したのを受けての対応だった。結局、建設は止められなかったが、ルートを若干変更させたり、高架式でなく環境破壊の少ない掘割式の高速道路に変えさせた。市役所は市内にある地域短大の中に借り上げた一室。開くのは週2日。有給職員はパートの女性1人だけ(肩書き上は「書記」と「収入役」の兼務)。市長も市議(4名)も全部ボランティア。(岡部『市民団体としての自治体』)

〇「給料取りの居ない自治体」というジョーク。1954年に結成されたレイクウッド市(人口8万、ロサンゼルス郡内)。行政サービスのほとんどを郡、他の自治体、特別区などとの契約で購入して提供する「契約市」(contract city)モデルを先導。道路維持、保健、衛生、警察、建築検査、都市計画、図書館をロサンザルス郡に委託。学校、下水、蚊駆除、食品コントロール、レクレーション公園道などをそれぞれの既存特別区が提供。当初、有給市職員は、シティーマネジャー、書記、広報の3人だけだった。独立した市として自治の本旨を確保しながら、安上がり行政を実現。不動産税など市税も低額に抑えた。この契約市モデルの成功で、1950年代後半にカリフォルニアで新自治体設立が急増。(同上書)

〇カリフォルニア州ボロンダは、スタインベック『怒りの葡萄』で有名なサリナス市(人口13万人)の郊外にある無自治体地区。人口1325人。サリナス市と連続しているが、都市の「窮屈な生活」を嫌って自治体化を拒否している。市の土木サービスの対象外なので歩道がない。砂利道が多い。サリナス市内では禁止されている住宅街での馬の牧場が多い。学校の方は、サリナス市を含めた学校区(Salinas City Elementary School District, Salinas Union High School District)には属し、警察は郡警察(シェリフ)。(同上書)

〇カリフォルニア州東パロアルト市(人口2万5000人)は、1983年の住民投票で自治体を結成した。繁栄するシリコンバレー内にありながら平均所得は州平均の6割。1992年に人口当り全米最高の殺人被害者数(39人)を記録した。「長く自治体がなかったため東パロアルトは荒廃した」とグルーム助役。「自治体がなければ地元での決定ができず、運命を外部の人たち(郡など)が決めることになる」。自治体をつくると住民の税負担が増える、貧しい地域では税収が見込めず自治体財政が厳しくなる、などの問題があり自治体化が遅れた。自治体結成後、ショッピングセンター、低家賃住宅、高校建設など開発が進んだ。犯罪率も減少して殺人件数は1999年には1件に。(同上書)

〇カリフォルニア州ブロードムア(人口5000人)は非法人化地域だが、警察だけは必要ということで自治警察特別区BPPD(Broadmoor Police Protection District)を設置している。1948年に住民が郡議会に嘆願し、州法に定められた警察保護区の規定にのっとりを設置。「郡警察本部は、車で約3-40分かかるレッドウッド市(郡庁所在地)にあり、遠い。地域で警察保護区をつくればサービスが迅速になる」とピエール・パレンガットBPPD委員長が語る。「迷いネコの捜索から高齢者のための郵便出し」まで「コミュニティー・ポリーシング(地域に根ざした警察)」を実践する。公選された3人からなるコミッションが運営主体。その下の住民集会で警察保護区の方針を決める。その下に11人の警察官が雇われる。『7人の侍』の現代版。他に10人以上のボランティア市民が月600時間以上の労力を提供する。住民投票で決めた世帯年300ドルの税金がある。(同上書)

〇ジョンソン・シティー(ポートランド市南隣)はモービルホームの団地でつくった小自治体。人口700人、1970年結成。私有のモービルホーム団地で、道路の清掃や修理にコストがかかった。団地全体を自治体にしてしまえば、公共のお金でこれらの維持管理ができると考えて結成。住民も賛成。現在、連邦のハイウェイ補助金・月2,200ドルが入る。市庁はコミュニティーセンターの中。月、火、木の午前中だけ開いている。市職員はパート1人。書記(City Recorder)。市長、市議は当然ボランティア。ケイ・モードック市長の本職はオレゴン・フードバンクというNPOのスタッフ。そっちの方は有給職員100人の巨大組織。その中にパート一人雇うだけの「市長」が居る。(同上書)

〇ジョージア州エッジヒルは人口22人の町。ジョージア州の法律では、自治体は最低4種類の公共サービスを提供しなければならない。エッジヒルは街灯、水道、消防(消防車1台)の3種類を提供するだけだった。そこで数年前、自治体の資格(市憲章)を剥奪されそうになった、とグローリア・フローリン町長が言う。ごみ収集をはじめようという案が出た。トレーラーを買ってきて1ヶ所においておき、町民にそこにごみを捨ててもらうようにした。しかし州政府は、それでは「公共サービス」にはあたらないと言う。「しかたなく、町議でもある私の夫が小型トラックで家々をまわりごみを集めることにした。」とフローリン町長。「毎週火曜日に13軒の家をまわる。(道路に面して立ててある)郵便受け近くにごみが出ていれば持って行ってくれという合図だ」。ごみ捨て場は7キロ離れたマックパフィー郡内。月2ドルでゴミ廃棄契約を結んだ。エッジヒルはめでたく自治体の州規定を満たし、存続することになった(以下、Dennis Kitchen, Our Smallest Towns – Big Falls, Blue Eye, Bonanza, and Beyond, Chronicle Books, San Francisco, 1995より)。

〇テキサス州マスタングは、現在人口27人の町。ダンスクラブ経営者のマック・アルヘニーの主導で1969年につくられた町だ。ハイウェイ沿いのこの地域は、野生の馬が生息する草原地帯だったアルヘニーはここに450シートのカントリーウェスタン・ダンスクラブをつくる計画をたてた。州の土地規制を回避するにはそこを自治体化する必要があったという。しかし、テキサス州政府は200人以上の住民がいなければ自治体結成の要件は満たさないと言ってきた。そこでアルヘニーは急きょトレーラーハウス場をつくり、臨時住人を集めた。見事200人以上の住民が確保し、自治体を結成。クラブもオープンすることができた。(同上書)

〇ペンシルバニア州SMPJはNPOがつくった自治体。1977年、スロベニア系全米共益協会(SNPJ)によって設立され、同名の町名がつけられた。同協会は1904年設立のスロベニア人移民の互助組織。リクリエーション・センターを建設するため1966年にペンシルバニア州ノースビーバー町(North Beaver Township)の農場を取得した。が、同町は禁酒の街でアルコールの販売、提供を禁じていた。そこで独自自治体を結成することにし、1977年に禁酒条例なしの自治体発足。めでたくリクリエーション・センターも「全面稼動」することに。現人口はセンター従業員などなど12名。(同上書)

〇営利会社が経営する「自治体」。例えば高齢者のみが住む営利法人建設・運営の「高齢者コミュニティー」。その他不動産会社によって建設される「門で囲まれたコミュニティー」(Gated Community)が全米に約2万5000あり、1100万世帯が住む。人口数万規模でも基本的に自治体化せず、営利法人の管理に住民が参加する形の運営を行なう。住民に近隣協会を形成させて運営する場合も(自治の強弱は様ざま)。地域内はエクスクルーシブな私有地なので、道路、下水道、公園、警察その他郡からの公共サービスはない。すべて会社と住民が自らやらざるを得ない。まれにこうした隔離コミュニティーが自治体化する場合もある。例えばカリフォルニア州の約470自治体の内、Rolling Hills, Hidden Hills, Canyon Lake, Leisure Worldなど少なくとも4市(いずれも南カリフォルニア)がこうした隔離自治体。(ただし法的理由により市庁など公共施設は門外にある。)

3、NPOの役割

・自治体・政府への市民参加機会が大きいので、政策提案型のNPOの必要が高まり活動が活発化する。市議会は議員だけでなく政策提案型NPOの活躍の場。
・多数決を経て官僚制が施策を実施する通常の(つまり中央集権型の)民主主義回路だけでなく、多数決を経ないが、市民が草の根で多様な施策を自由に実験的に実施するNPO型の(分権型の)民主主義回路も必要。
・開拓者による地域自治で始まった国。州政府ができ、1776年の独立革命を経て連邦政府成立。1800年にワシントンDCが首都となった時、フィラデルフィアから越してきた連邦職員の数はわずか137人。当初連邦政府は国民への課税権がなく、公有地の売却と対外関税を財源に。南北戦争時の1863年に戦費調達のため初めて所得税を導入したがすぐ停止。1895年には所得税に対する最高裁の違憲判決。1913年の憲法修正16条で正式に所得税導入。
・標準理論では、「市場の失敗」から政府が生まれ、「政府の失敗」からNPOが生まれたとする。逆に、最初にボランタリー活動があり、その不十分性、つまり「ボランタリーの失敗」から政府が生まれたという理論がアメリカにはある(レスター・サラモンなど)。

〈以下、NPOが分権的に提供する公共サービス事例〉

〇事例1:NPO立の「公共図書館」
・米国最大の公共図書館New York Public Libraryは「公共図書館」と言われるが市立(公立)でなく民間のNPO立。財源はかなりが市から出ている。
・「公共」publicの意味の違い。日本語では「行政」のニュアンスが強いが、英語では「市民」の意味。The publicと言えば一般公衆の意味。

(日米図書館比較)

資料:US Library of Congress, “General Information“; “Library and Information Science: A Guide to Online Resources“; The New York Public Library, “At a Glance“; “About The New York Public Library“; “General Fact Sheet 2011“; 国立国会図書館「組織・職員・予算」2016年、「統計」2015年; 都立中央図書館「組織概要」「予算決算」「統計」2017年

(ニューヨーク公共図書館の財源)
   2011年(単位:千ドル)

中央4館(research center)の主体は5番街にある本館だが、その他に、科学産業ビジネス図書館、舞台芸術図書館、黒人文化図書館を含む。 資料:The New York Public Library, “General Fact Sheet 2011

・米東部にはNPO立の公共図書館が多い。NY州の場合、公立360館に対してNPO立は398館。公共サービスが民間に担われてきた歴史を反映。
・新しい時代に開拓された西部では公立図書館が多く、カリフォルニア州の公共図書館はすべて公立(市立、郡立、州立など)。しかし、公立でも詳細に見ると、NPOが重要な役割。例えば、

〇事例2: 実質的に市民が建てたサンフランシスコ市立中央図書館
「全米一の電子図書館」の鳴り物入りで1996年にリニューアル開館。300台のインターネット無料端末。60以上の商業データベース(2000誌の雑誌記事データベース他)を提供。家からも無料でアクセス。
・88年に、市民(NPOのサンフランシスコ図書館友の会)が住民投票を起こし、新中央図書館の建設と1億385万ドルの市債発行を決議。足りない分、3000万ドルを市民が地域に入って寄付集め。
・94年の別の住民投票で市の図書館予算を6割上げ、以後15年間、レベルを維持する法案を可決させた。(岡部『サンフランシスコ発:社会変革NPO』第6章2)

〇事例3: ボランティアで街路樹を植える
サンフランシスコのNPO「都市の森の友」(FUF) ― 隔週土曜日にボランティアを組織して街路樹を植える。1981年以来、約6万本の街路樹(市全体の50パーセント)。現在、サンフランシスコの通常街路樹はすべてFUFが植える。資金は市から。(東邦学園大学『地域ビジネスが世界を変える』アジール・プロダクション、pp.158-160)
・地域でボランティアを組織するからコミュニティーづくりになる。自分たちで植えたから木を大切にする。子どもも含め環境教育になる。

〇事例4: 低家賃住宅をつくるNPO
全米に約6200の地域開発組合Community Development Corporation (CDC)があり、「280億ドル産業」を形成している。CDCは住民による地域起こしを担うNPOで、経済開発を含め多方面の地域開発事業を行うが、低家賃住宅建設を最も重視。日本なら低家賃住宅は「市営住宅」「県営住宅」など行政が建てるが、アメリカでは民間、特にNPO(CDC)が建てている。資金は行政からも出る。
・以前はアメリカでも行政が公共住宅を建てていたが、住人が自分たちのもと感じられずスラム化。人種隔離にもつながるとして、1968年公正住居法成立以後、特に1974年、ニクソン政権によるモラトリアム以降、ほとんどつくられなくなる。
・それでも現在、全米に行政のつくった110万戸の公共住宅(連邦住宅都市開発省所有、約3000の地方住宅局public housing authorityが運営)が残り、220万人が居住している。
2019-2021年の調査によると、全米に6,225のCDC(又はCBCO、Community Based Development Organization)があり、27万1000人を雇用している。全体でこれまでに約400万戸超の住宅を建設し、19-21年では全体の2/3が年18万5000戸の住宅建設、大規模修理、修繕を行なっていた。ほとんどのCDCが賃貸住宅建設に、約半数が住宅修繕に、1/3超が分譲住宅の建設・修理に関わっていた。

4、国に抵抗するサンクチュアリー都市

〇未登録外国人を「かくまう」米大都市
・自治体が未登録外国人取り締まりなどで連邦移民局への不協力を表明して、外国人保護(サンクチャリー)都市宣言。2014年3月現在43市(大都市が多い。ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコ、ワシントンDC、ボストン、フィラデルフィア、ボルチモア、デトロイトなど)。他に132郡、12州も(カリフォルニア州、ニューヨーク州含む)、
・米国には2021年段階で1050万人の未登録外国人(未認定難民、密入国者、オーバーステイ者など)が居ると推定される。米国人口の3%に相当。米人口の14.1%を占める外国出生者のうちの22%。
・古代からのキリスト教会によるかくまい活動「サンクチャリー」の伝統。
・1971年、カリフォルニア州バークレー市が、ベトナム戦争への出撃を拒否した空母乗組員の保護を宣言。市によるサンクチャリー活動の草分け。
・1985年、サンフランシスコが、連邦政府の拒否する中米難民の保護を宣言。外国人保護のサンクチャリー都市の草分けとなり、以後全米に広がる。
・サンフランシスコは、85年12月に「保護区都市」宣言(85年決議第1087号)。移民法の執行は「連邦政府の排他的権限」であるから自治体はこれにかかわらない。市職員、例えば市警察、は移民局の外国人捜査に協力しないことなどを宣言。89年10月には宣言を条例に格上げ(条例第375―89)。市職員が「連邦移民法の執行」を援助することを禁じ、そのために「市のあらゆる予算、資源を使ってはならず、市内在住者の移民法上の地位に関する情報の収集・普及を行なってはならない」とし「移民局による捜査、拘留、逮捕手続き」への協力を禁じ、市サービスに滞在資格を条件にすることを禁じた。罰則も定め、市の人権委員会が実施状況をモニターするとした。
・あくまでも「市は連邦の仕事にはかかわらない」という理屈。連邦移民局が独自に保護区都市の中で取り締まりを行うことはあるし(むしろ強化)、それを妨げるまではしない。連邦としては市に直に禁令を出せないので、補助金などを停止することで圧力をかけたい。2017年にトランプ大統領がそのような趣旨の大統領命令(EO13768)を出したが立法府を経ていないなどで連邦地裁の違憲判決を受け、仮執行停止。2021年にバイデン大統領が同令を取り下げた。議会でも都市のサンクチャリー政策を禁じる法案が何度か出ているが、法的な壁が大きく、成立には至っていない。

〇サンフランシスコ市日雇い労働者プログラム
・市が外国人労働者に仕事斡旋。1991年5月にはじまった市長室直轄のプログラム。当初の年間予算7万ドル。スタッフ2名、ボランティア約20名。市の公園フランクリン・スクウェア内にトレーラーの事務所。主に朝、労働者と雇い主が訪れ、その日の仕事斡旋が成立していく。現在はNPOへの民間委託で運営。「年間3000件、24万ドル相当の仕事を斡旋」。
・サービス利用者の76パーセントがメキシコ系、残りがエルサルバドル、ホンデュラス、ガテマラなどの中米移民。仕事はペンキ塗り、住宅清掃、引っ越し手伝い、建設作業、芝生刈り、屋根ふき、大工作業など。社会保障番号をもっていない人が55パーセント。サービスにあたり、利用者の滞在資格などは聞かない。
・同様のプログラムはロサンゼルス、ニューヨーク、シカゴなど他の大都市にも。

〇市発行の身分証明書
市が、滞在資格を問わず身分証明書を発行する事業全米で少なくとも37都市。大都市ではニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、サンフランシスコ、ワシントンDC、フィラデルフィア、デトロイトなど
・2007年にコネチカット州ニューヘイブン市が導入したのが最初。
だった。2009年、サンフランシスコ市がこれに続く。ニューヨークでは2015年から(IDNYC)。
簡単な身元確認でIDカードが得られる。例えば、母国のパスポート、従業員カード、その住所での公共料金請求書など。詳しくは例えばニューヨーク市の場合
・未登録外国人はIDカードがないので銀行口座も開けず、現金盗難被害にあうことが多い。警察に通報もできない。ID掲示が求められる公共機関建物などに入れない、アパートを借りられない、医者にかかれない、急患でかかれても薬局で本人確認ができず薬をもらえない。図書館カードをつくれない。市IDカードは、裏社会に隠れがちな外国人を公的な市民生活に復帰させ、全般的に地域の治安の改善につながる、とされた。
・むろん外国人以外でも市在住者ならだれでも得られる。IDNYCには美術館・博物館が入場無料、割引があったりして一般市民、合法滞在者にもメリットが大きい。(「未登録外国人だけがこのIDカードをもっている」という形にしない)。

ニューヨーク市発行の身分証明書(見本)。

5、サンフランシスコ圏の特色 -リベラル、起業精神

・全米第4の都市圏。市80万、都市圏700万。シリコンバレー、バイオテク地域をかかえたハイテクの街。市民活動が盛んな「レフトコーストの首都」。

サンフランシスコの中心街と湾にかかるベイブリッジ。

・「NPOのメッカ」。「レフトコーストの首都」、「環境運動の首都」(1892年設立のシエラ・クラブ以来)、「オルタナティブ・アメリカの首都」。
・1950年代、SFノースビーチ地区、ビートニック発祥の地
・60年代、SFハイト・アッシュベリー地区、ヒッピー文化の中心
・64年、カリフォルニア大学(バークレー)フリースピーチ運動
(50年後半~60年代、南部で黒人公民権運動 > 64年バークレー > 68年コロンビア大学(「いちご白書」)> 同年、パリ5月革命、世界的な学生運動高まり)
・69年、サンフランシスコ州立大学第3世界スト―>少数民族研究科

〇2020年大統領選挙 得票率
バイデン  トランプ
全米                           51.3%            46.8%
カリフォルニア          63.5               29.2
サンフランシスコ       85.3               12.7
バークレー                 93.3                 4.0
(全米人口10万以上の市で最低

〇起業家経済
・21世紀の二大産業、コンピュータとバイオを生んだ街。ベンチャービジネスと企業家精神に富んだ地域。インターネット、AIも。
・シリコンバレー・SFに世界のIT企業上位30社のうち16社が本社。(順位は世界のIT企業時価総額ランキング(2024年3月15日現在)による。
Apple(2位)、NVIDIA(3)、Alphabet (Google)(5)、Meta Platforms (Facebook)(6)、Broadcom(8)、AMD(14)、Salesforce(15, SF)、Netflix(16)、Adobe(18)、Cisco(19)、QUALCOMM(20)、Intel(22)、Intuit(24)、Applied Materials(25)、Uber(27, SF)、ServiceNow(29)

〇サンフランシスコとシリコンバレーのベンチャー投資・推移

サンフランシスコ シリコンバレー SFの比
2000 9.99 38.79 26%
2001 1.87 15.62 12%
2002 1.05 9.02 12%
2003 0.55 8.48 6%
2004 1.09 9.78 11%
2005 1.43 9.28 15%
2006 1.53 11.38 13%
2007 1.76 12.58 14%
2008 2.26 11.52 20%
2009 1.84 7.94 23%
2010 2.42 8.49 29%
2011 3.58 9.83 36%
2012 4.25 8.09 53%
2013 5.21 8.34 62%
2014 11.01 11.65 95%
2015 16.76 13.29 126%
2016 15.55 10.44 149%
2017 13.45 15.25 88%
2018 33.10 20.18 164%
2019 24.30 18.80 129%
2020 20.00 26.40 76%
2021 50.90 44.10 115%

出典:JVSV, Silicon Valley Indicators: Venture Capital Investment
シリコンバレーの範囲はJVSVの定義による。

〇ニューヨーク圏とSFベイエリアのベンチャー投資・比較

ニューヨーク圏 SFベイエリア
10億ドル 対SF比 10億ドル
2018年 16 23.5% 68
2019年 19 35.2% 54
2020年 20 32.8% 61
2021年 39 44.3% 88

〇多民族社会としてのシリコンバレー
・シリコンバレー(サンタクララ郡、サンマテオ郡)ではアジア系が36.6%で最多(白人32.9%、中南米系24.7%など)。アップル本社のあるクパチーノ市など4市で50%越え。
同地域の外国生まれ人口は39%、家庭で英語以外の「外国語」を使っている人51%。ハイテク職種従業者の67%が外国生まれ。
・シリコンバレーにある第17選挙区(連邦・州)はアジア系が過半の56%。
・全米のフォーチュン500企業(米主要企業)のうち219社(44%)が移民者またはその子によって設立。
・上場前に企業価値10億ドル以上に達したスタートアップ企業91社のうち50社(55%)は創設者または共同創設者の一人が外国出身(2018年)。うちカリフォルニア州内33社。91社のうち移民がCEO、CTO、技術副社長などになっていたのは82%。

〇シリコンバレー周辺郡の人口構成2020年国勢調査

総人口 白人 アジア系 中南米系 黒人 先住民 複合
サンタクララ 1,936,259 30.6% 39.0% 25.0% 2.8% 1.7% 4.2%
サンマテオ 764,442 38.7% 30.6% 24.0% 2.8% 2.4% 4.8%
小計 2,700,701 32.9% 36.6% 24.7% 2.8% 1.9% 4.4%
アラメダ 1,682,353 30.6% 32.3% 22.3% 11.0% 2.0% 5.4%
サンフランシスコ 873,965 40.2% 36.0% 15.2% 5.6% 1.2% 4.5%

アジア系が半数を超えたバレー内自治体の人口構成

総人口 白人 アジア系 中南米系 黒人 先住民 複合
クパチーノ 60,381 25.2% 67.5% 3.3% 0.9% 0.4% 3.3%
ミルピータス 80,273 11.1% 66.9% 14.2% 3.4% 0.8% 5.4%
フリーモント 230,504 20.2% 59.4% 12.9% 3.1% 1.4% 4.8%
ユニオンシティ 70,143 15.4% 53.4% 20.2% 4.9% 2.2% 6.3%

6、多民族化するアメリカ

〇21世紀には「みんながマイノリティー」
2045年には白人人口が半数を割る予測。本格的多民族国家への人類史的実験。
・すでに2020年に7州で白人が半数を割る。カリフォルニア州は35.8%。
・上位50大都市合計で白人人口は36%。中南米系が30%、黒人19%、アジア系10%など。18歳以下の子どもでは中南米系が最多の39%、白人25%、黒人21%、アジア系8%など。子どもの世界ではすでに白人の少数民族化完了。

2020年国勢調査

白人 中南米系 黒人 アジア系 先住民 混成 その他
サンフランシスコ市 39.8 15.4 4.9 34.0 0.3 5.0 0.6
カリフォルニア州 35.8 39.5 5.4 14.7 0.3 3.6 0.7
ニューヨーク市 31.9 28.9 21.4 14.1 0.4 2.4 0.9
アメリカ全体 60.1 18.3 12.2 5.6 0.6 2.8 0.4

 

米国の人種別人口割合(%)予測
  年 2016 2030 2045 2060
白人 61.27 55.76 49.73 44.29
ヒスパニック 17.79 21.07 24.60 27.50
黒人 12.45 12.76 13.14 13.59
先住民 0.74 0.73 0.70 0.67
アジア系 5.49 6.67 7.85 8.85
太平洋系 0.18 0.19 0.20 0.21
混成 2.09 2.83 3.78 4.90

米国移民の変遷  出身地域別

〇1960年代からアメリカの体制は変わった
・1964年公民権法。徹底した差別禁止。EEOC設置。
(日本の男女別・年齢条件付き求人広告、写真添付・性別・生年月日欄などのある日本の履歴書などすべて違法になるレベル)
・1965年移民法。各国2万人までの平等移民枠。
(以後、アジア、中南米からの移民増加)
・1965年大統領令によるアファーマティブ・アクション(積極的差別是正)
(マイノリティを積極雇用・入学。議論もあり。「入学」で違憲判決も)
・1968年バイリンガル法。公立学校で民族語での教育。
(反発も強くこれを禁じた州もあるが、アリゾナ州を除き撤回。現在全米公立校で3600超のプログラム(スペイン語80%、中国語8.6%など)。最多はカリフォルニア州の660プログラム)
・1969年、SF圏の大学「第三世界スト」などで民族研究科設置はじまり。

〇「虹型」「モザイク型」「サラダ型」の国家観
サラダのように、各野菜が独自性を保って混じり、多文化社会アメリカという「ドレッシング」で素晴らしい味をつくる。


(補)アメリカに「アメリカを越えるもの」を見たトクビル

古典『アメリカのデモクラシー』(1835年)を書いたアレクシ・ド・トクビル(1805〜1859年)はフランス人。フランス革命後の混乱の中で模索・思索した彼は、その革命の先の民主主義のありうべき姿、その可能性と短所を検証するためアメリ社会を見た。つまりアメリカに「アメリカを越えるもの」を見ようとしてこの国を分析した。現在もこの方法は有効と思われる。ただ、トクビルの見たアメリカは奴隷制のあるアメリカだった。その後、奴隷制撤廃、公民権運動、「移民の国」多文化主義理念を経て、多民族国家の実験舞台としての位置も占めるようになったと思われる。

「私のいう巨大な社会革命がその自然の限界にまでほぼ達しているかに見える国が世界に一つある。そこでは革命が単純かつ円滑に進んでいる。いや、この国ではわれわれの間で進行中の民主革命の成果が革命なしに達成されているといえよう。」「私はアメリカの中にアメリカを超えるものを見たことを認める。そこにデモクラシーそれ自体の姿、その傾向と性質、その偏見と情熱の形態を求めたのである。私はデモクラシーを知りたかった。 少なくともそれに何を期待すべきか、何を恐れるべきかを知るために。」「デモクラシーが思うがままに展開し、ほとんどなんの抵抗もなくその本能に流されているアメリカで、それが法律をいかなる方向に自然に導き、政府の行動にどのような刻印を押し、一般に政治にどんな影響を及ぼしているかを示そうと試みた。私はそれが生み出す利点と弊害はなんであるかを知りたいと思った。」(トクビル『アメリカのデモクラシー』岩波文庫、pp.26-28)

『アメリカのデモクラシー』を読むと、トクビルの生きた19世紀前半のヨーロッパに想いを馳せることができる。今でこそ自由と民主主義は常識となり、これを私たちの市民社会の根幹に置くことが当然となっている(そうでない国もあるが)。しかし19世紀前半はそうではなかった。直前にフランス革命(1789年)が吹き荒れたばかりだった。高らかに自由と平等の近代的諸原理を宣言したものの、すぐにナポレオンの独裁が誕生した。1830年の7月革命でも君主制が復活し、1848年の二月革命でも、マルクス言うところの歴史の茶番、ナポレオン3世の帝政が出現してしまうような時代だった。そもそも1789年フランス革命自体、恐ろしい暴力が吹き荒れ、ギロチン台のつゆと消えた人の数は計り知れなかった。この民主主義はどこに行くのか、本当に未来はあるのか、古き封建制の時代に比して本当に価値ある方向を向いているのか。そうした懐疑ももちながらトクビルらは思考し、それだからこそ、純粋培養で民主主義を歩み始めたアメリカを真剣に観察した。

彼の本からは、その真剣さがよく伝わる。民主主義によって社会はどう変わるのか。新しく人に会う際、その人が領主か農民か用心しながら対応するような古い社会の思慮が起こらない、など日常的経験からの感覚も含めて民主主義の可能性を探り出そうとしている。

つまりトクビルはアメリカに「アメリカ以上のもの」を見ていた。民主主義が何をもたらすか、その善悪含めて可能性の全体を探ろうとした。これがトクビルの方法だ。アメリカが良いか悪いか決めようというのでない。ある意味アメリカはどうでもいい。それ以上のものをアメリカを通して見ようとする。「トランプ現象の起こるアメリカなど学ぶ必要があるのか」という気持ちはわかるが、そのような反動が起こることも含めて実験社会アメリカを観察する。自治体制度についても、市民社会の可能性を広く探る観点から上記分析を行っている。