アメリカにおける都市計画と市民参加
   岡部一明(『東邦学誌』第32巻第2号、2003年12月)

(目次)
  はじめに
1. アメリカの都市計画制度
2. サンフランシスコの都市計画行政
3. 住民主導の再開発
 

はじめに

 筆者がアメリカの都市計画に興味をもったひとつのきっかけは、米国サンフランシスコ市の都市計画委員会(Planning Commission)を見学したことである。日本の市町村都市計画審議会に相当するその会議は、住民集会のようなものであった。市長に任命された7名の都市計画委員が前のひな壇に座っているが、「議場」には多数の市民が押しかけ、しかも次々に前に出て発言しているのである。これは特別に設定された「公聴会」ではない。都市計画委員会の毎週開かれる公式な会議である。アメリカの(自治体)都市計画委員会は実は日本の(市町村)都市計画審議会よりはるかに権限が強く、都市計画局を監督する役割を果たす。都市計画局長を任命・罷免する権限ももった強力な機関であり、むしろ都市計画局はこの都市計画委員会の事務局という位置付けだ。その重要なトップ会議が住民集会のように、公開で市民参加の場なのだ。

 日本の各レベル都市計画審議会も徐々に「公開」されるようになった。しかしアメリカの都市計画委員会は「公開」は当たり前で、住民が発言できる。会議の半分以上の時間を住民が発言している。それに耳を傾けた上で7名の委員が若干の討議をして採決を下していく。議題も何十とあり、議論は延々と続く。だれかさん宅で今度住居の建て増しを行うが、これを認めてよいかどうか、といったかなり細かい決定についてまで周辺住民の意見を聞く。その上で公開の席で採決していく。日本では都市計画上の様ざまな許認可は市町村の部局内で行われる。しかし、アメリカでは、その多くが市民集会型の都市計画委員会に出され、議論され、公開の場で決定されていく。

 まちづくりには、創意的なアイデアをもった住民の存在が不可欠で、その「社会起業家」を中心に地域が一体的に連携していく必要がある。そのためのノウハウもいろいろにある。広報の仕方から「ワークショップ」、地域集会の持ち方まで、アメリカのまちおこしにはこうした多くのノウハウが蓄積され、それを学びに来る日本の専門家も多い。しかし、そうしたこまごました「ノウハウ」以前に、何か根本的に異なる仕組みが、アメリカの都市計画にはありそうだ。住民自治と市民参加、つまり市民が地域の公権力の行使に直接関わるという本質に私たちはどれほど迫っているだろうか。そうした問題意識が徐々に深まっていった。

 アメリカの自治体制度の基本的な構造については、以前、本『東邦学誌』で論じた1)。ここではより都市計画とまちづくりに即して、住民自治のあり方を探っていきたい。なお、本研究は東邦学園大学地域ビジネス研究所共同研究「地域ビジョン研究」の2002年度の活動・議論から多くを学んでいることを付して感謝したい。しかし、もちろん、ここでの基本的な立論、それに伴う誤りは私個人の責に帰す。

1 アメリカの都市計画制度

分権的なアメリカの都市計画

 米国の都市計画の特徴はその分権性である。国(連邦政府)は基本的に都市計画にはかかわらず、州がこの権限を行使する。米国は、州を基礎にした連邦国家であり、連邦政府は憲法により州から付与された権限しか担わない。都市計画の権限は連邦に付与されておらず、州固有の権限である。都市計画法はいずれも州法である。また、各州は多くの場合、授権法(Enabling Act)により、実際上の都市計画の権限を自治体に委譲している。こうしてアメリカには「アメリカの都市計画制度」というものが存在せず、各州、各自治体で多様な制度が存在することになった2)。

 日本でも2000年地方分権一括推進法で都市計画が市町村の自治事務に規定されるなど分権化が進んだ。しかし、日本の都市計画はもともと国の権限であり、国の都市計画法により全国一律に実施される施策であった。

 1968年の都市計画法改正により主要な計画決定権限が都道府県知事に委譲され、小規模な都市計画施設、市街地整備事業については市町村に権限が移された。機関委任事務、団体委任事務として地方公共団体に委ねられたわけだ。1992年都市計画法改正によるマスタープラン制度導入で、市町村マスタープランについては自治体の主導性が一層認められた。さらに1998年都市計画法改正による自治体への用途地域決定権の付与を経て、前述2000年地方分権一括推進法で都市計画の自治事務化に至る。一定の前進だが、しかしここでも、通常の自治事務では認められている自治体の条例決定権が、都市計画に関しては認められていないなど中央統制の残存は様ざまに残る3)。

 カリフォルニア州の場合、政府法のタイトル7(計画ゾーニング法)の中に都市計画関連法律が詳細に法典化されている4)。基本的な原則を詳細に規定しているが、日本の制度に比べると一律のマニュアル化を廃し、各自治体での裁量の余地を充分に残している。例えばどのような用途地域をつくるかについて、日本なら全国一律のメニューがあるが、カリフォルニア州では各自治体の実情に応じた独自区分けが可能だ。また、この都市計画の州法が直接に適用されるのは、一般法自治体(General Law Cities)のみで、カリフォルニア州478自治体中107ある憲章自治体(Charter Cities)5)は、これに従わなくてもよく、都市計画を含め自治体制度が自由に編成できる。例えば、州都市計画法であれほど強調されているジェネラルプランに沿ったゾーニング策定の原則も人口200万以下の憲章自治体には適用されない。市議会議員の数や給料、その被選挙権資格からして州の自治体法に従わないのだから当然と言えば当然だが。

ジェネラルプラン

 マスタープランは日本では1992年都市計画法改正で導入された新しい制度だが、カリフォルニア州では1927年に導入されている6)(当時はマスタープランと言っており、1965年にジェネラルプランと名称変更)。当初、都市計画委員会を設置した市、郡がマスタープランをつくることを「認める」(authorize)という規定だったが、1928年連邦商務省標準都市計画授権モデル法7)に準拠し、1929年に、マスタープランを都市計画委員会のある市、郡に義務づける規定に変えた。いずれにしても、当初から自治体に作成の権限を与えていた点が特筆される。さらに1937年には「あらゆる市、郡」にマスタープランの策定を求める立法措置がとられ、カリフォルニア州は、全自治体がマスタープランをもつ全米最初の州となった。以後、ジェネラルプランの制度は多くの改良・修正が行われてきたが、興味深いことに、州は、義務化した自治体ジェネラルプランを監督、実施させる具体的なメカニズムを特にもっていない。州自身が取り締まることはなく、主に市民からの訴訟によって自治体のジェネラルプランの不備が指摘され、是正される。これを、「市民の監視による法執行が行われている」と見ることもできる8)。

 ジェネラルプランは、「郡または市の物理的な発展のため」の「包括的長期的な」(comprehensive, long-term)計画である9)。同州最高裁の判断では、まちづくりの「憲法」とまで言われ10)、州法は、ゾーニング、再開発その他まちづくりにかかわる施策をこのジェネラルプランに沿って計画・実施することを求めている。内部に最低限「土地利用」「交通」「住宅」「保全」「オープンスペース」「騒音」「防災・防犯」の6項目を入れよう規定されている。

自治体と都市計画

 都市計画の権限は自治体がもつ権限の中でもかなり重要なものである。自治体の議員向けガイドブックが示すように「土地利用規制は、予算管理と警察・衛生サービスとともに、自治体の最も基本的な機能のひとつと見ることができる。公選された役職者は、景観がどのようなものになるか、特定の活動がどこに配置されるか、限られた地理的地域の中で矛盾する諸活動がどう共存するかについて決定する責任を負う。」11)

 アメリカの自治体は住民が住民投票で決議して初めて結成される仕組みだが12)、新しく自治体を結成したいと思う最大の動機は、こうした地域に根ざした強力な都市計画の権限が得られることだと言われる。各種の自治体づくりマニュアルは、自治体結成後の最初の大仕事としてジェネラルプランの策定を明示している。カリフォルニア自治体法では、新設自治体は結成後30ヶ月内のジェネラルプラン策定が義務付けられている13)。

ゾーニング(用途地域)

 ジェネラルプランがまちづくりの基本目標とすれば、ゾーニングはそれを実現する手段である。ジェネラルプランの諸目標を実現するには、具体的な開発事業から税制インセンティブ政策まで多様な手段がありえる。ゾーニングはその中でも最も主要な実現手段と言える。

 ゾーニングは日本の用途地域にあたり、自治体内を詳細な地域(Zoning Districts)に分類して、敷地面積、建築物高さ、階数、前庭・裏庭の大きさ、商業利用の制限など各種の利用規制を行う。日本では、国の都市計画法のメニューに基づき、都道府県が用途地域を決定することになっているが、アメリカでは自治体の条例で決められるのが普通である。したがって、ゾーンの種類も画一的なメニューではなくなる。日本の用途地域が、住宅系7種、商業系2種、工業系3種、計12種と決まっているに対し、アメリカの用途地域は自治体ごとに異なり、多くの場合、種類が多い。たとえばサンフランシスコのゾーニング地域を例にとると、公共系1種(P)、住宅系13種(RH-1(D), RH-1, RH-1(S), RH-2, RH-3, RM-1, RM-2, RM-3, RM-4, RC-1, RC-2, RC-3, RC-4)、商業系4種(C-1, C-2, C-3, C-M)、近隣商業系4種(NC-1, NC-2, NC-3, NC-S)、工業系2種(M-1, M-2)などがあり、さらに地区固有のゾーニング地域が多数あり、合計64種を数える14)。

 カリフォルニア州では最初のゾーニング条例のひとつが1909年にロサンゼルスでできた。4地区で産業利用を制限しただけの簡単なものであった。やがてこの動きは全米各地にひろがる。ゾーニングは私有財産の利用を直接に制限する法律である。違憲訴訟が起こされたが、1926年、米連邦最高裁がユークリッド市(クリーブランド近郊)のゾーニング条例を合憲とし、以後、一般的にゾーニング規制が認められるようになった15)。
 アメリカの都市構造を見れば、いかにこのゾーニング規制が徹底して行われているかわかる。高層ビルは街の中心にしか立たず、住宅街には階層(1階または2階)のそろった一戸建て住宅が延々と続いている。前庭の大きさ、裏庭の大きさも規制され、敷地の細分化も制限され、小さな宅地開発はできない。隣に高層マンションが立つなど考えられない。

 一般に日本は何ごとも規制が強いが、アメリカは規制がゆるく自由放任型経済だ、というのが一般的に言われることである。しかし、都市計画に関しては逆であり、アメリカの都市計画規制は日本の比ではない。一見矛盾するようだが、実は矛盾してはいない。アメリカ人の間には、自分の所有する最大の財産である土地・家屋の価値を保持し増大させようとする志向が強い。そのため地域が強力な自治をもって都市環境整備にあたるのは当然のこととされる。

都市計画委員会

 ジェネラルプランやゾーニングを管轄する部局が都市計画委員会(Planning Commission)である。都市計画は、政治家に左右されがちな市議会ではなく別箇の独立委員会で専門家によって実施されるべきとの市民的主張を反映して、20世紀初頭に全米の自治体で都市計画委員会が設置された。ちょうど日本の大正デモクラシーの時代、アメリカでは「プログレッシブ時代」と呼ばれる革新運動の時代があった16)。カリフォルニア州では、鉄道会社などを規制する公益事業委員会、住民投票制度、労災補償制度、一日八時間労働など革新的な制度が次々に導入され、1915年に自治体での都市計画委員会の設立がはじまる。市議会から半ば独立した委員会をつくり、そこを都市計画の聖域にしようとしたのである。アルバート・ソルネットは次のように言う。

 「20世紀の初め、米国の都市は「ボス」支配の下にあり、道路舗装、上下水道、トロリー路線の契約やフランチャイズの供与で汚職を生産する政治マシンのようであった。1910年、20年代の改革運動が、これら堕落したボスたちの多くを権力の座から引き下ろし、党派に関わらない「市議会−マネジャー」型自治体制度を導入していった。それでも市議は依然として「政治屋」と見なされ、信用されていなかった。そこで、任命された市民による計画・ゾーニング委員会が設立され、「政治の汚さ」から都市計画を防護する半独立行政体として機能しはじめた。 」17)

 一方、産業革命後の当時のアメリカ諸都市は無秩序に拡大、過密化し、衛生状態も悪くなった。そこで1890年代から都市美化運動(City Beautiful Movement)が活発化している。1983年のシカゴ万国博で、壮大な大通りを中心とした碁盤の目状の都市計画が行われ、全米に影響を与えた。1910年代まで続いた都市美化運動の中で、都市計画、マスタープラン、それを担う独立委員会、ゾーニング規制などの体制が始動し統合されていく。

 カリフォルニア州法は、自治体の都市計画委員会設置について、設置する権限を認めているものの、これを義務化してはいない。が、ほとんどの自治体が何らかの形で都市計画委員会(Planning Commission, Boardなど多様な名称がある)をもつ。通常5〜7人程度の委員が市議会又は市長に任命され、無給のボランティアで活動する。住民集会型の委員会会議を毎週又は隔週1回程度行い、都市計画関係の決定を下す。自治体の都市計画局がその事務局の役割を果たす。都市計画委員会は都市計画局長を採用・罷免する権限ももつのだから日本の都市計画審議会とはかなり性格が異なる。

 サンフランシスコの都市計画委員会(Planning Commission)は市長任命4名、市議会議長任命3名、計7名のボランティア市民で構成される18)。全員について公聴会の開催と市議会の承認が必要である。委員7人の中から年毎に互選で委員長(President)、副委員長(Vice President)を決める。都市計画局(Planning Department)の局長(Director of Planning)、事務長(Administrative Secretary)を任命し、罷免する権限がある19)。毎週火曜日午後1時30分から市役所内の会議場で公式会議があり、通常数十名の市民が参加し、議論が紛糾すれば夜遅くまで続く。委員会決定の多くは最終的に市議会(Board of Supervisors)20)で追認される必要があるが、多くの場合、都市計画委員会レベルで実質的な決定が下りる。サンフランシスコにはこうした半独立の委員会(Commission, Board, Committeeなど多様な名称がある)が、部局ごとと言えるほど多数ある。市憲章で正面から規定されているものだけで20あり21)、同市ウェブページの部局、委員会リスト22)で数えると50以上ある。これらがそれぞれ半独立的に決定を下すので、市としての統合的な行政が難しいという指摘がある。そうした委員が公選でなく、市長や市議会から任命(したがって罷免)されることで市としての統合性を補完していると考えられる。

公式会議への市民参加

 都市計画委員会の会議は、州の公開会議法「ブラウン法」(Brown Act)23)が適用され、会議の公開と市民参加が詳細に規定されている。「ブラウン法」では下記のよう規定がなされている。

・すべての会議が原則公開で、秘密投票は禁止。
・市議会、郡議会、学校区理事会などの他、例えば「常設、臨時を問わず、決議機関、助言機関を問わず、憲章、条例、決議、その他立法機関の公式アクションとして形成されたコミッション、コミッティー、ボードまたは他の地方機関」もこの法律の対象に含まれ、会議を公開しなければならない(California Government Code, Section 54952(b))。
・公式会議以外でも、過半数の議員、委員が集まって「当該機関の権限内のいかなる事柄についても聞き、論じ、思慮すること」を禁じている(Section 54952.2(a))。(市議会でもカリフォルニアの場合、多くの市議会、都市計画委員会の数は5人程度なので、この規定は結構厳しい。例えば、3人だけでレストランで会食することなどもこの規定に触れる。)
・直接通信、個人的仲介、技術的機械のいかなる利用」による非公開会議も違法となる(Sec. 54952.2(b))。つまり、公選議員、委員は、電話会議、インターネット・チャットなどで議論をすることもできない。電話会議をやる時は、やはり公開にするような各種措置をとることが規定されている。
・市民の会議参加に資格審査などはされない(Sec. 54953.3)。つまり、市内居住者であるどころかアメリカ市民であるかどうかさえチェックされない。だれでも発言できる。発言させなければならない。
・参加したあらゆる市民に「音声、ビデオ録音機または静止画、動画カメラで会議を記録する権利」を規定(Sec. 54953.5(a))。会議の放送・放映を禁止したり制限することも禁止(Sec. 54953.6)。つまり場内で自由に写真をとれ、録音を取れる。
・72時間以上前に会議の議題を公開・周知させる。つまり、3日前までには、詳細な議題をつけて会議の案内を出さねばならない。会議の中で議題にない論題が出てきたとしても、(前もって周知された議題ではないから)審議、議決することはできない(Sec. 54954.2(a))。
・各議題について市民の発言を保証する(Sec. 54954.3(a))。通常、条例などで1人1議題に付き3分、などと規定されるが、発言者の数、残り時間などで議長が一人あたり発言時間を制限できる。だれでも発言でき、議題に関係しないことでも発言できる「パブリックコメント」の時間も設けられる。
・行政機関でなくとも(つまり民間法人でも)、行政機関から助成を受け、かつその理事に当該行政機関の立法機関のメンバー(コミッショナーなど)が当該立法機関の決定により指名されている場合は、会議を公開しなければならない(Sec. 54952)。
・例外として非公開にしていいいのは、職員の人事・評価の議論、(その機関が当事者になっている)訴訟で弁護士などと協議する場合、労使紛争で賃金案などを審議する場合、不動産の売買の特に値段の交渉に関わる議論、などである。ただし、非公開にする場合でもそこで取られたアクション、議員、委員の投票について24時間以内に報告しなければならない(Sec.54957.1)。

日本における会議公開

 米自治体の都市計画委員会(Planning Commission)に相当するのが日本の市町村都市計画審議会だが、比較すると大きな違いがある。まず権限が違う。自治体の都市計画局長を罷免する権限ももつアメリカの都市計画委員会に比して日本の市町村都市計画審議会は、都市計画に関連する事項を審議して市長や関連行政機関に「建議」できるだけである。米都市計画委員会が100年近い歴史があるのに対して、日本のそれは2000年の分権一括法による改正都市計画法で設置されたばかりである。アメリカの都市計画委員会が州法、自治体の憲章、条例などによって規定されているのに対し、日本の都市計画審議会は国の都市計画法で簡単に言及された上、細かいことは(議会の承認のない)政令で規定されている。日本の場合、委員の数は「5人以上35人」で実際上20人前後が多く、5−7名程度のアメリカよりかなり多い。委員のメンバーは日本の場合、一般市民も居るが、学識経験者と市議会議員が多い。これは審議会制度全般に言えることだが、特に「学識経験者」重視が極めて濃厚で、アメリカには見られない現象である。学者・文人が行政に強く関わる東アジア的・儒教的・科挙的伝統が推定され、今後の研究課題だ。

 日本の都市計画審議会も徐々に公開されるようになってきたが、それはまだ法律や条令によって充分に規定されていない。市民団体「東京ランポ」の東京都23区27市を対象とした調査 24)では、町田市の「審議会等の公開に関する条例」、練馬区、調布市の都市計画審議会条例などに公開の定めがあるだけだった。また、公聴会の開催を定めたのは福生市のみだった。審議会を公開している場合でも、「抽選で15名まで傍聴できます」「ご希望の方は、住所、氏名、電話番号を記載した往復はがきで申込み下さい」「定員を超えた場合は抽選となります」25)などというのが普通である。アメリカの場合は人数制限はなく、事前申込みは必要なく、したがって資格審査も受けず、また、傍聴だけでなくだれでも各議題につき1回は発言できる。そういうレベルの「公開」が州法、市憲章、条例で明確に規定されている。

公聴会とは何か

 日本語の「公聴会」という言葉が曲者である。日本で「公聴会」と言うと、一般の公式会議とは別に、住民から意見を聞く特別の会議ととらえられるのが普通だ。しかし、アメリカでは一般の公式会議が限りなく公聴会(Public Hearing)に近く、厳密な区別はないと言ってもいい。例えば、週1回程度の都市計画委員会の正規の会議もhearingと言われることが普通であり、実際その中で参加した市民が相当自由に発言している。例えばサンフランシスコ都市計画委員会の規則集は「ヒアリング」(Hearing)の項目26)で「定例の、あるいは特別の会議において、議事次第に載ったあらゆる議題について委員会の公聴会(Public Hearing)を開くことができる」とし、さらに「そのような公聴会の進行は次のように行う」として、一般住民からの3分以内の発言、建築申請者の説明やそれへの反論など11点にわたり細かく規定している。後述の通りゾーニング地域での条件付き用途許可(Conditional Use Permit)その他で「公聴会」の開催が州法や条例で定められているが、こうした都市計画委員会の正規会議がその役を果たしている。正規会議での議論が公聴会の規定を満たすわけだ。アメリカの通常の感覚で、議会の小委員会から各種独立委員会・審議会まで正規の会議がhearingと呼ばれ、実際、市民が自由に発言する「公聴会」のように運営されている。まれに、正規会議のhearingとは別に「公聴会」(Public Hearing)を規定し実施する機関もあるが、そうした公聴会はさらに徹底した住民集会的な様相を帯びる。例えば、都市計画委員会がつくられた20世紀初頭、同様の革新運動の中でカリフォルニア公益事業委員会(California Public Utilities Commission,  CPUC)27)がつくられているが、そのCPUCは、正規会議とは別の「公聴会」を実施する。その公聴会では、住民の発言はまったく自由で、発言の人数、時間の制限もないことが多く、徹底した「タウンミーティング」の場になる。その代わり、発言は「参考」にされるだけで、正規会議での市民発言のように正式記録に残り、委員会がそれを正当に顧慮したかのどうかアカウンタビリティーが問われる議論とは異なってくる28)。

 このように徹底的に開放的な公聴会をやってしまって「混乱」は出ないのか、という疑問が日本側からよく出される。しかし、そういう危惧は公聴会の場が制限されている社会において生ずるのであって、公聴会議が過剰にまでも行われているところでは「混乱」を起こす動機もなく、むしろ市民は、毎日市内で十数、数十のレベルで行われる公聴会・正規会議(自治体、州、連邦含む)に出席しきれない。よほどの関心事でない限り会議出席者は限られてくるし、運営にも適度のバランス感覚が生まれる。これだけ参加の機会があると時間もカネも専門知識も限られる一般住民はむしろ困るのであって、会議への出席者は背広姿の開発側弁護士ばかり、などとなることも多くなる。そこで対案提言型の専門的NPO(非営利団体)の必要が生まれ、その育成が市民の課題にもなってくる29)。
 
2 サンフランシスコの都市計画行政

 前節で明らかなようにアメリカの都市計画は分権的であり、州ごと、さらに自治体ごとにかなり異なる。一般的意味の「アメリカの都市計画制度」というものは存在しない。ここではカリフォルニア州の都市計画行政について、特にサンフランシスコ市を例にとりながら、具体的なプロセスを論じる。

家の増改築も地域で議論

 アメリカの都市計画で驚くのは、ささいな住宅地の増改築でも周辺住民への計画周知徹底が行われ、そのうち一定数が自治体都市計画委員会の審議にものぼり、住民集会的な会議の中で徹底した議論が交わされることである。日本の場合、こうした建築の許認可の判断は行政局内のみで行われるが、アメリカでは相当部分が住民参加の議論に付されていく。サンフランシスコ市の場合、住宅地(ゾーニングで言えば、RH-1(D), RH-1, RH-1(S), RH-2, RH-3, RM-1, RM-2, RM-3, RM-4, RC-1, RC-2, RC-3, RC-4地区)においてはすべての新築・増改築が正規審査の対象となる。その際の増改築(alteration)とは「都市計画条例136条(c)(1)から136条(c)(24)及び136条(c)(26)の規定を除く、住宅建築におけるあらゆる用途変更、または住宅建築の外形的大きさの増加、と定義される」としている30)。ここで除外されているのは小規模な増改築であって、例えば出窓、屋根窓、採光窓、地表面から高さ3フィート(約92センチ)以内のテラス、安全上のための手すり、避難階段、高さ10フィート(約3メートル)以内の防火壁などの増改築の場合である。これ以上の増改築、新築の場合には、建築許可申請に加えて、敷地での建築計画表示(看板立て)、郵送による周辺住民(一定距離内のすべての住宅所有者)への周知が必要になる。申請時に、周辺住宅所有者の住所リストを提出し、これをもとに都市計画局が申請内容を周辺住民に郵送して知らせる。住民は30日の間に、何か問題があれば都市計画局に裁量レビュー申請(後述)を行い、異議を申し立てることができる。そうすると都市計画委員会での公聴会(定例会議内)が開かれ、住民同士の議論が行われ、都市計画委員会の許認可、計画変更などの採決が行われる。

 同様のプロセスが近隣商業地区(NC-1, NC-2, NC-3, NC-S地区)でも行われる。この場合は、増改築以外に、建物の取り壊しについても詳細な規定がある。その敷地に新しい建築計画が出され、そのための建築許可も下りてからでないと現存建築物の取り壊しはできない。

 注意すべきは、これらはゾーニング規制から外れない建物の新築・増改築に対する規制であることだ。ゾーニングから若干外れる建築特例に関しては、さらに広範な住民周知と市民参加議論が用意されている。特にバリアンスと条件付利用許可のプロセスが重要である。

バリアンス(Variance、差異特例)

 これはゾーニングの規制に若干の例外を認める措置である。例えば急坂になっているような敷地の場合、ゾーニングで定められた広さの前庭と裏庭をつくることが難しい。例えば家を規定より前寄りに建てる必要が出てくる。地域の家の並びはいびつになるが、特殊な土地条件なので仕方がない。こうした時に申請されるのがバリアンス(差異特例)である。バリアンスでは、ゾーニングに規定されたその地域の土地用途目的自体は変えることはできない。例えば住宅目的の地域に工場を建設することはできない。あくまでも規定用途内で、量的な基準緩和を認めるだけである。サンフランシスコ市の憲章及び都市計画法は、バリアンスの前提として次を求めている31)。

1.その土地・建築物に「例外的で特別の状況」が存在すること。
2.そのため規則を忠実に当てはめると「実際的な困難と不必要な困苦」をもたらすこと。
3.同地域の他物件と同等の「財産権の保全・享受」を実現するためにはそのようなバリアンスが必須であること。
4.そのようなバリアンスが「公共の福利」や周辺不動産に悪影響を与えないこと。
5.そのようなバリアンスがジェネラルプランや都市計画法の目的と調和すること。

 バリアンスは新築・増改築をしようとする人が申請し、周辺への告知、公聴会などを経て通常は都市計画委員会で許可される。サンフランシスコ市の場合は、都市計画局のゾーニング部長(Zoning Administrator)レベルに許可権限が下ろされている。ゾーニング部長は都市計画局長が任命する行政官である。都市計画委員会とは別の、ゾーニング部長召集によるテクニカルな公聴会で審査が行われる。月1回(第4水曜の午前中)開かれ、毎回10?20程度のバリアンス申請が審査される。

 申請する市民は、まず、詳細な申請書に書き込んで都市計画局に提出する。建築の設計図、現状の敷地や周辺の写真はもちろん、半径300フィート(約90メートル)のすべての建築物とその住居表示を含む地図、その周辺住宅所有者全員の名前と住所のリスト2セットも提出する。住所リスト2セットのうち一つは宛名ラベルにプリントアウトしなければならない。もちろんこれは、バリアンス申請が出ていることを周辺300フィート以内の住民に知らせ、また公聴会の予定を告知する郵送用に使うものである。郵送作業自体は都市計画局が行う。

 バリアンス申請には料金がかかる。最低1,000ドル程度からはじまり、建設予算規模により高くなる。申請時に公聴会の日時も知らされるが、その公聴会の20日前までに敷地に建築計画の法定表示を掲げなければならない。

 公聴会では、申請者が5分の説明の機会を与えられる他、その建築計画に賛成の周辺住民、反対の住民が、一人3分ずつ発言する。最後に申請者が3分の反論の機会を与えられる。許認可の正式決定は後で書面で郵送される。決定に不満の場合、申請者は10日間内に市の許認可上訴委員会(Board of Appeals)に訴えることができる。

条件付用途許可(Conditional Use Permit)

 条件付用途許可は、ゾーニング規則に規定されたやや特殊な土地利用を条件付で認めることである。例えば病院や学校の建設、消防署や公園などの公共施設の建設、分類の難しい例えば臨時のクリスマスツリー販売場などの設置、あるいは危険物質貯蔵など環境への影響が大きい施設建設などが条件付用途許可の対象になる。そのゾーニング地域で禁止されている建築を許可するものではない。ゾーニングの変更を行うのでもない。あくまでもゾーニング規則の中に規定された活動について条件を付けて許可するものである。例えば、景観上の改善策、防音施設の設置、操業時間の制限、駐車場の増設、道路の拡張など改善策をとることを条件にその特殊な土地利用を認める。

 条件付用途許可は、都市計画委員会での公聴会を経て同委員会により決定される。条件付用途許可の対象となる開発事業はバリアンスの場合より影響が大きいため、サンフランシスコ市でも都市計画局の行政官でなく、都市計画委員会が直に許認可の決定を行う32)。申請者はバリアンスの時と同様、詳細な申請書を都市計画局に提出する。設計図、写真、半径300フィート(約90メートル)以内の地図、そこの建築物所有者のリストなどを添えることも同じである。周辺住民に充分な告知を行い、週1回行われる都市計画委員会の正式な会議で公聴会を行い、その場で決定がなされる。都市計画委員会の公式会議自体が公聴会であり、そこに周辺住民が参加して意見を述べ合う。まず申請者の説明が20分以内、「組織された反対」15分以内、賛成と反対の住民からの発言1人3分以内(団体の場合6分以内)、申請者の反論5分以内、「組織された反対」5分以内の発言があり、さらに都市計画局長が意見を表明した後、委員間での議論が行われる。継続議論になることもあるが、必ず委員会の席で衆目の前で採決をとる。都市計画委員会の決定は30日以内に市議会に訴えることができる。それがなされない場合最終決定となる。

裁量レビュー(Discretionary Review, D.R.)

 前述バリアンスと条件付用途許可の2つが都市計画に関わる重要な建築許認可である。これに加えサンフランシスコでは、いくつか独自の申請を付加している。まず、裁量レビュー(Discretionary Review, DR)の申請である。これは、ゾーニング上適法的な建築計画であっても、特段の事情があれば、都市計画委員会が裁量により特別のレビューを行い、計画変更を求めたり、認可取り消しを行える仕組みである。住民は、このような都市計画委員会の特別の権限行使を求める申請を行なうことができる。ゾーニング規制上問題がなくても、例えばジェネラルプランにそぐわない面がある、地域の性格に合わないなど市の「優先順位政策」(Priority Policies)33)上の問題がある、などを根拠に申請することができる。市憲章に規定されていた裁量によるレビューの権限を、1986年の市住民投票(Proposition M)が強化したものである34)。適法的な建築計画にも住民によるチェックを加える制度であり、法的に微妙な性格をもつが、判例的には支持されている。

 具体的に住宅の建築・増築を例にとってみてみよう。許可申請は、建築基準法的なチェックを行う建築検査局(Department of Building Inspection)が一元的に受け付け、次いで、その都市計画法上の適法性チェックのため都市計画局の方にまわされてくる。ゾーニング規則上問題がなければこの部局レベルで許可が降りる。問題があれば却下される。通常のプロセスでもこの決定に不満があれば15日以内に上訴委員会(Board of Appeals)に訴えることができる。却下された申請者だけでなく、問題建築が許可されてしまったと感じた周辺住民もこの訴えを起こし対抗することができる。裁量レビューは、こうした事後的な上訴とは別に、許認可決定前に提起することのできるプロセスだ。ゾーニング上問題がないとの部局判断を得てから、建築許可申請者は郵送により周辺住民に建築計画の詳細を知らせ、30日間待つ。この30日の間に周辺住民は裁量レビュー申請を起こすことができる。建築申請者と周辺住民はできるだけ対立を話し合いで解決することが求められるが、どうしてもこれを解消できなかった場合、裁量レビュー申請が起こされることになる。同申請が起こされれば、都市計画委員会は、30日の待ち期間終了後からさらに30日以内に、公聴会(公開的な定例会がこの条件を満たす)を開く。公聴会は条件付用途許可などの時と同じように進められ、その場で都市計画委員会は決定を下す(建築許可、建築計画の変更、建築却下、決定延期など)。

環境レビュー

 前記の通り、手続き簡素化のため建築申請は単一の部局で受け付け、庁内で申請書をまわし、各部局の関連する適法性をチェックする体制をとることが米国自治体で普通に行なわれている。安全対策を中心とした建築基準諸法、まちづくりの観点からみた都市計画諸法、さらに、環境アセスメント諸法、障害者支援諸法、省エネ諸法、大気汚染防止諸法、その他多様な法制との関係がこのプロセスの中でチェックされる。建築基準法、都市計画法などは長い歴史があり、州法を基本にして広範な権限が自治体に与えられているのに対して、他は最近のものが多く、しかも連邦政府による「介入」が一段と強化されているのが特徴である。例えば、障害者支援諸法は1990年連邦「障害を持つアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act, ADA)が下地になっている。

 都市計画局は、環境アセスメント関連にも深く関わる。アメリカでは、1969年連邦「国家環境政策法」(National Environmental Policy Act, NEPA)により環境影響評価の制度が導入された。カリフォルニア州でも1970年環境質法(California Environmental Quality Act, CEQA)により環境影響評価制度が導入された。連邦の制度もそうだが、カリフォルニアの環境アセスメント制度でも環境影響評価作成の責任をもつのは、(事業者自身でなく)その事業の許認可、規制などの権限をもつ公共機関である。都市計画に関する事業では、都市計画委員会が深く関わることになる。
 1999年に成立した日本の環境影響評価法は公聴会を規定していないが、カリフォルニア州の環境質法も公聴会開催を義務づけていない。しかし、本稿での説明で充分に理解されるように、許認可権などをもつ公的機関は、その許認可プロセスにおいてすでに充分すぎるくらいの公聴会を導入している。州環境アセスメント法(CEQA)で新たに公聴会を規定する必要はなかった。連邦政府はそのような住民に近いところでの既存法による許認可にあまり関わらないため、その環境アセスメント立法(NEPA)で詳細に公聴会を規定する必要があったと解される。

 サンフランシスコ都市計画局の場合だと、環境レビュー申請(Environmental Review Application)35)の制度を取り入れている。これは開発事業がどれほどの環境影響を伴うか調べるプロセスで、申請者は開発規模に応じた費用を払う。同局の調査により大きな環境影響がないと判断されれば、予備的否定宣言(Preliminary Negative Declaration)が出される。20日間の意見聴取期間がおかれ、住民はそれに反対する訴えを都市計画委員会に行うことができる。軽減不可能の大きな環境影響があると判断された場合は、環境影響評価書(Environmental Impact Report, EIR)の作成が義務づけられる。評価書をつくるのは都市計画局だが、その費用は事業申請者が支払う。

 環境レビュー申請は、バリアンス、条件付用途許可その他あらゆる申請に先立って行われなければならない。予備的否定宣言や環境影響評価書作成の決定が出たからと言って、その事業の許認可とは直接関係ない。環境レビューや環境影響評価書は以後の許認可議論の中で重要な参考資料となるのである。
 

3 住民主導の再開発

再開発局

 都市計画の基本はジェネラルプランである。街の発展の基本方向を定めたジェネラルプランにあらゆる都市関連施策が手段として従属する。その手段の中でも、細かい用途地域を定めたゾーニングが最も強力なものと言ってよいだろう。手段はその他にもたくさんあるが、ここでは「再開発」を取り上げてみる。ジェネラルプランもゾーニングも行政による規制であるが、再開発は実際の開発事業である点で性格が異なる。もちろん再開発事業は民間によっても行われるが、米国の自治体には再開発局(Redevelopment Agency)があり、ここが公的な再開発事業を担うのが一般的傾向である。カリフォルニア州では地域再開発法(Community Redevelopment Law, CRL)36)で、自治体、郡レベルでの再開発局の設置と再開発の具体的プロセスを規定している。ジェネラルプランやゾーニングを管轄する部局は自治体の都市計画局だが、再開発は再開発局によって担われるということだ。

 再開発局は、行政機関としてのユニークな性格をもつ。州法によって設立されるので、その要件は自治体の憲章や条例によって勝手に規定できない。自治体の都市計画委員会などとは異なる。再開発局は自治体とは別の法人であり、単独で契約主体になることができ、裁判の原告、被告になることができ、独自の公印(seal)をもつ37)。公債の発行や、家賃、関連公共料金の統制もできる。独自の政府的機能、公的機能を果たすとも規定されている38)。こうした面は学校区など自立的な自治体又は地方政府(local government)に近いのであるが、一方で再開発局は市議会の「再開発局を必要とする」との決議によって設置されると州法が規定している39)。仕事としてその自治体の再開発事業のみを担うことになり、再開発局の指導機関である再開発委員会(Redevelopment Commission)の委員(Commissioner)は市長に任命され、予算も市議会に最終決定される。こうした点からカリフォルニアの再開発局は独立した地方政府ではなく「従属行政体」(Subordinate Agency)であるとの判断を連邦国勢調査局の『政府センサス』はとっている40)。

 サンフランシスコの場合、1948年設立の再開発局があり、市長に任命された7名の委員(コミッショナー)が同局の指揮をとっている。年間予算1億2,770万ドル(1999-2000年度)で、現在、11プロジェクト地域、4調査地域で再開発事業及びその検討事業を進めている。その機関目的(Agency Mission)は、「サンフランシスコ再開発局は、市の公的デベロッパーである。それは、市のために税収を生みかつ住民のために雇用と社会的便益を生む公共・民間の土地における経済開発機会のカタリスト(触媒)である。」と述べている41)。

住民が再開発を発意

 実際の再開発はどのように進められるのだろうか。

 「政府が開発計画をつくり、私たちが実行する、というのではない。」

 サンフランシスコ再開発局のシニアプランナー、スタンレー・ムラオカ(Stanley Muraoka)が何度も繰り返した42)。「住民とともに再開発計画を考えていく。例えば私の担当しているベイビュー・ハンターズポイント再開発地区には多数の住民が住んでいる。再開発により立ち退きが生じる可能性もある。そういう場合、州法により私たちは住民と緊密に連携して活動することが求められる。住民は自ら選挙で「プロジェクト地域委員会」を形成し、それが再開発計画について再開発局への助言機関となる。実際私がここでやっていることも、この委員会、住民たちと協働して開発計画をつくっていくことだ。行政がプランをつくり実行するというアプローチとはまったく異なる。」

 ムラオカの役は第一線で地域住民に接し、具体的な再開発プランづくりを援助することだ。サンフランシスコ南東部の黒人地域、ベイビュー・ハンターズポイント再開発地域が彼の担当である。ハワイ出身の日系人という彼は、いかにも穏やかそうな物腰で、やり手の開発事業者というイメージからは程遠い。相手の意見をじっくり聞く姿勢は、地域住民と接する中から生まれたものと理解した。彼は次のようにも言う。

 「プロジェクト地域委員会の21人の委員は、通常の選挙と同じように地域から選出される。自分で立候補する場合もあれば、他人を候補に挙げる場合もある。委員の中には4つのカテゴリーがある。まずは住民であるホームオーナー(住宅所有者)。2番目は借家人、3番目はビジネス所有者、4番目はコミュニティー団体だ。これは、日本に同様なものがあるかどうか分からないが、特別な利益を代表する団体であり、その代表などが委員会の中に入る。このように多様な人びとがプロジェクト地域委員会に入るので、立場の違いからいろいろ意見の不一致が生まれる。議論が紛糾し、なかなか前に進まないこともある。コンセンサスをつくるのが重要で、それができてはじめて再開発計画もできる。」

 「再開発局が、どこを再開発するか探して決めるというのではない。地域の人々が地元選出市議などを通じて議会にはたらきかける。地域をどのように振興させるか、どう経済開発を進めるか、どう低家賃住宅をつくるか訴え出る。その上で市議会の決定が出て、特定地域が再開発調査地域に設定される。そこで初めて私たちの出番となる。適切な再開発計画を立てるため住民を支援する。」

再開発のプロセス

 再開発は、荒廃(blight)を無くすための都市改良事業である。再開発局は明確に定められた「プロジェクト地域」(Project Area)でしか再開発事業を行うことができない。プロジェクト地域候補地は、市議会決議により、まず「調査地域」(Survey Area)として指定される。再開発の必要のある地域かどうかが検討されるのだ。

 だれがこの調査地域を指定するのか。再開発局ではなく地域住民である。州法によれば「いかなる個人、グループ、団体又は法人も、書面により[市議会などの]立法機関(または、調査地域を指定する権限がその立法機関から与えられていれば都市計画委員会又は再開発局)に、調査地域つまりプロジェクトを検討するための地域に指定するよう要請することができる。」43)

 実際上は、地域住民が地元選出の市議などに働きかけて市議会での決議を求める。指定される調査地域は明確な境界で囲まれた特定区域であり、ここにどのような問題があり、どのような解決策があるか、その一つとして再開発が有効か、どのような再開発プランが適切かが調査・検討されていく。専門のアナリスト、プランナーらが地域住民と協力して調査・検討を行う。地域で市民諮問委員会(Citizen Advisory Committee)が選出され、このプロセスを主導する。都市計画局も協力して地域改善のための一次プラン(Preliminary Plan)がつくられる。このプランは都市計画委員会で承認される必要がある。

 一次プランの中で再開発の必要が示されていれば、本格的な再開発計画(最初にdraftの、次いでfinalのRedevelopment Plan)づくりがはじまる。開発は「調査地域」から「プロジェクト地域」(Project Area)の段階に引き上げられる。プロジェクト地域委員会(Project Area Committee)が新たに公選され、各種行政機関と連携し再開発計画づくりを進める。環境レビュー、環境影響評価書の作成が行われる。最終再開発計画案は再び都市計画委員会の承認を得なければならないので、ジェネラルプランとの整合性も最初から検討する。必要ならジェネラルプラン修正の手続きも進める。これらすべてが都市計画委員会で承認されれば、最終計画案は市議会に提出され、そこで最終決定される。調査地域指定から最終再開発計画決定まで、通常なら20〜36ヶ月かかる44)。ここからさらに長い再開発事業実施の期間がはじまるのである。再開発地域によっては30年以上も再開発計画が完成していないところもある。

住民と協働するプランナー

 サンフランシスコ再開発局シニアプランナー、スタンレー・ムラオカの証言にもう少し耳を傾けよう。実務上の具体的な経験、仕事の難しさなども語っている。

 「住民と協働していくことは非常に時間がかかる。まず公式のプロセスだけでも、市議会、再開発委員会その他での会議、公聴会、環境影響評価書の作成やそれへのコメントなどたくさんの過程がある。プランをつくって即実行というわけにはいかない。その上、私たちのベイビュー再開発地域では住民が計画をつくるよう努力している。彼らが何をつくりたいかを明らかにし、それを計画に盛り込んでいく。住民が最初の段階から参加してプランを提起する。私たちは後から入ってそれに技術的なアドバイスを与えるだけだ。」

 「通常の再開発でも、再開発の提案があって実際に計画が決定し事業がはじまるまでに18ヶ月から2年かかる。ベイビュー地区の場合は5年かかるだろう。コミュニティーのビジョンをつくるだけで2年かかった。ワークショップなどを開き住民の地域への展望を聞いていく。どのような公園がほしいか、住宅はどのようなものがいいか、商業開発はどうするか、話し合う。」

 「一部の住民の意見が主導権を握る危険もある。だからそこでの私たち再開発局スタッフの役割は、より大きなコミュニティーに責任をもつようにしていくことだ。できるだけ多くの人をワークショップに誘い、多様な意見が反映されるようにする。ニュースレターを出して何が起こっているか多くの人に知ってもらう。議論の過程で多くの住民の声に耳を傾ける。できれば住民の間のコンセンサスを得たいが、意見の違いを克服できない場合もある。例えば、低家賃住宅が必要だ、というコンセンサスは得られやすいが、公園を具体的にどこにつくるかは、意見が一致しにくい。最後は行政としてやはり決定を下さざるを得ない。決定して動くのが行政だ。各種委員会、市議会などの審議プロセスを踏み、何らかの決定を下す。」

 「唯一絶対のやり方というのはない。それぞれ地域は異なる。地域にあったアプローチを取らなければならない。他の地域でうまくいったことがベイビュー地区でうまくいくとは限らない。例えば、サウス・オブ・マーケット再開発地域では2つの政治的な団体が対立して、ことごとく意見が食い違う。そこで再開発局のような行政組織が出てきて、こうしたらどうかと提案を出さなければならないことが多い。しかし、ベイビュー地区でそんなことをしたら住民はすぐ市長に訴えるだろう。ベイビューではあくまで住民主導で事を決めていく。」

行政主導から住民主導へ

 このような住民主導型の再開発行政が昔から存在したわけではない。むしろサンフランシスコは行政主導の強引な再開発が行われたところとして有名だ。特に黒人追い出し策として批判されたウェスタン・アディション(Western Addition)地区再開発、大規模な高層ビル街づくりが計画されたヤルバブエナ地区再開発が歴史に残る。いずれも1960〜70年代、当時全米で吹き荒れた「スクラップ・アンド・ビルド型」「マイノリティー追い出し型」再開発の典型だった。激しい反対運動に見まわれ、その過程は多くの文献で詳細に分析された45)。ここでの再開発阻止が、アメリカの戦後都市再開発の転換点になったと言われる。

 サンフランシスコ再開発局の公式ウェブページは、この時期のトップダウン型再開発を次のように述べている。

 「1960年代初期から1970年代半ばまで、サンフランシスコ再開発局は、地域政策というより連邦都市政策のツールになっていた。サンフランシスコ再開発局の最も議論の多かったヤルバブエナ・センターとウェスタン・アディションの再開発事業には連邦の資金、それにともなって連邦の諸規則が流れ込んでいた。この時期の連邦及び地域の都市政策について多くの本が書かれたが、簡単に言えば、この時期の政策とアプローチには多くの問題があったということである。問題の基本は、当時の事業を特色づける都市計画へのトップダウン・アプローチであった。このアプローチは不可避的に広範な地域の不満を呼び起こした。都市地域を大規模に取り壊すという考え方は現在では受け入れ難いものであるが、当時の常識だった。」46)
 すべてを連邦政府のせいにしているニュアンスはあるが、過去の誤りを率直に認めていることが特筆される。ムラオカ・シニアプランナーからもそうした発言は聞けた。また、ムラオカは次のようにも述べている。

 「かつては連邦から補助がたくさん来た。その資金で土地を買い、積極的に建物をつくっていくことができた。しかし、今はそれができない。その意味からも地域主導で再開発を進めていかなくてはならない事情がある。」

 これもひとつの事情であるには違いない。現在、連邦資金の流入は減り、加えて減税の州住民投票として有名な「提案13」の可決(1978年)の影響で、地元資金も枯渇してきた。苦肉の策として考え出されてきたのが、タックス・インクレメント資金調達(Tax Increment Financing、TIF)である。再開発による経済活性化で不動産税収が上がる分を見越して、これを前借りする資金調達である。州や郡などの税収増加予測分もこの返済にまわせることから資金源の分散にもなる。税収が増加しなかった場合は問題化するが、イノベーティブな資金調達手法として注目されている。サンフランシスコ再開発局の予算1億2,770万ドルの内、3,190万ドル(25%)がタックス・インクレメントによる資金調達である(1999-2000年度)。47)

 日本では、都市計画・再開発に限らず、国土総合開発から新産業都市、最近のテクノマート、テレトビアなどカタカナ地域産業開発計画まで、社会主義国並みの「国による開発」が強力に推し進められてきた。その見直しが今はじまっているところだ。まちづくりにおける分権と市民参加など、アメリカの都市計画制度から学ぶ点は多い。

〈出典・注〉

1)岡部一明「アメリカの自治体制度」、『東邦学誌』第30巻第1号、2001年6月。
2)アメリカの都市計画制度については、渡辺俊一「都市計画の主体とシステム」、原田純孝・広渡清吾・吉田克巳・戒能通厚・渡辺俊一編『現代の都市法?ドイツ・フランス・イギリス・アメリカ』東京大学出版会、1993年、pp.434-459がアメリカの政府・自治体制度を充分把握した上での優れた解説を行っている。
3)例えば、福川祐一「市民参加型による都市計画?アメリカと比較しながら」、林泰義編著『市民社会とまちづくり』(ぎょうせい、2000年)、pp.119-121参照。
4)California Government Code, Sections 65000-67980.
5)League of California Cities, "Fast Facts at a Glance" (July 2003),http://www.cacities.org/doc.asp? intParentID=53 
6)State of California, General Plan Guidelines, Governor's office of Planning and Re-search, November 1998, p.9.
7)1928 U.S. Department of Commerce Model Standard City Planning Enabling Act.
8)Brandee Freeman, Paul Shigley and William Fulton, "The General Plan: A 'Constitution' for the Future of a Community," FACSNET, http://www.facsnet.org/tools/env_luse/Calif4.php3
9)California Government Code, Section 65300.
10)Citizens of Goleta Valley v. County of Santa Barbara, 52 Cal. 3rd 553 (1990).
11)City of Fresno, Municipal Law Guidebook for City of Fresno Elected Officials,  p.45.
12)岡部一明「アメリカの自治体制度」、『東邦学誌』第30巻第1号、2001年6月、pp.89-92。
13)California Government Code, Section 65360.
14)例えば下記 San Francisco Planning Code, Section 102.5, Section 201を参照。
15)Sacramento Transportation and Air Quality Collaborative, "Land Use(Countywide Level)Primer: Preliminary Draft", http://www.sactaqc.org /Resources/primers/Primer_LandUse2.htm
16)興味深いことに、市民運動活性化の国際的同時性は当時から見られ、ロシア革命に代表される国際的動乱の時代(1910年代)、アメリカで「プログレッシブの時代」、日本で「大正デモクラシー」が生まれている。それ以前の日本の自由民権運動(主に1980年代)も、アメリカでポピュリストと呼ばれる農民運動の高揚期(主に1990年代)と一部連動している。
17)Albert Solnit, The Job of the Planning Commissioner, Planners Press, American Planning Association, 1987, p.2.
18)San Francisco Charter, Article IV Executive Branch − Boards, Commissions and Departments, Sec. 4.105.
19)San Francisco Planning Commission Rules and Regulations, Article II Officers and Appointments, Section 2 Director of Planning.
20)Board of Supervisorsは郡議会のことである。サンフランシスコは市と郡が統合された珍しい行政形態をとっているため、市議会はCity Councilではなくて郡議会の名称をとっている。
21) Planning Commission, Board of Appeals, Human Rights Commission, Fire Commission, Police Commission, Health Commission, Human Services Commission,Public Utilities Commission, Recreation and Park Commission, Port Commission, Airport Commission, Parking and Traffic Commission, Entertainment Commission,Commission on the Environment, Commission on the Status of Women, Commission on Aging, Building Inspection Commission,Youth Commission, Taxi Commission, and Arts Commission. 
22)http://sfgov.org/site/mainpages_index.asp?id=7695
23)California Government Code, Sections 54950-54960.5.
24)市民活動法人 東京ランポ 分権まちづくり研究会「都市計画法改正と市民合意、市民参加のシステムとプロセス」『都市問題』第92巻第8号、2001年8月、東京ランポ『市民参加のまちづくりへの提案「都市計画審議会を変える」−都市計画審議会運用状況調査と条例試案・解説−』1999年12月、東京ランポ『都内50自治体の分権度調査−都市計画審議会条例は変わったか−』2000年6月。
25)比較的進んでいると思われる東京都都市計画審議会のホームページ。http://www.toshikei.metro. tokyo.jp/keikaku/shingikai/
26)San Francisco Planning Commission Rules and Regulations, Article IV Meetings, Section 10 Hearings.
27)当時の巨大独占であった鉄道会社をはじめ、後の電話、電気、ガス事業など民間公益事業を規制する州機関である。現在、各州にある。
28)詳しくは岡部一明『サンフランシスコ発:社会変革NPO』(御茶の水書房、2000年)、pp.155-162、市民運動全国センター、市民政調、東京自治研究センター、市民立法機構「カリフォルニアの市民参加制度 ?カリフォルニア公益事業委員会(CPUC)のロバート・フェラル市民参加局長の講演記録」https://k-okabe.xyz/home/ others/feraru.html
29)詳しくは岡部、同上書。
30)San Francisco Planning Code, Section 311(b).
31)San Francisco Charter, Section 4.105, San Francisco Planning Code, Section 305 (c)(1)(5).
32)San Francisco Planning Code, Article 1.7 Section 178 Conditional Uses.
33)San Francisco Planning Code, Article 1 General Zoning Provisions, Section 101.1.
34)San Francisco Planning Code, Article 1 General Zoning Provisions, Section 101.1 (e).
35)San Francisco Planning Code, Section 306.7.
36)California Health and Safety Code, Division 24, Part1Community Redevelopment Law, Sections 33000-34160.
37)California Health and Safety Code, Section 33125.
38)California Health and Safety Code, Sections 33122, 33123.
39)California Health and Safety Code, Section 33110.
40)U.S. Census Bureau, 1997 Census of Gov-ernment, Volume I Government Organization, 1997, Appendix A, p.A-31.
41)San Francisco Redevelopment Agency, Fact Book, May 1999, p.3.
42)以下、ムラオカ氏の聞き取り調査は、2000年1月19日、サンフランシスコ再開発局事務所内で行なった。
43)San Francisco Health and Safety Code, Section 33311.
44)San Francisco Redevelopment Agency, Fact Book, May 1999, p.13.
45)例えば、Chester Hartman, Yerba Buena: Land Grab and Community Resistance in San Francisco, Glide Publications, 1974が有名。簡単な日本語での紹介は、例えば岡部一明「タテ割りまちづくりから市民まちづくりへ ?アメリカに見るNPO型のまちづくり」、林泰義編著『市民社会とまちづくり』ぎょうせい、2000年、pp.429-431。
46) San Francisco Redevelopment Agency, "History," http://www.ci.sf.ca.us/site/sfra_ page.asp?id=5129
47) San Francisco Redevelopment Agency, "Policy Highlights: Budget," http://www.ci.sf. ca.us/site/sfra_page.asp?id=5132


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