アメリカにおける非営利ビジネスの展開
    岡部一明(『東邦学誌』第31巻第1号、2002年6月)

目次
第1章、米NPOセクターと非営利ビジネス
第2章、社会起業家の台頭
第3章、地域おこしと非営利ビジネス
 

はじめに

 雪印食品の偽装牛肉事件に際し、経団連・今井敬会長は「もはやあれは企業ではない」と語った 1)。
続けて「「消費者の安全性にかかわるという点ももちろんだが、それ以前に世間を欺き、国民の税金をだまし取ろうとした。その姿勢は経済人ではない」とも述べている。その後、雪印食品は解散を決定するが、今井会長がここで言いたかった「企業」とは、単なる金儲けの団体ではなくて、社会に必要な事業を行う責任ある経済団体、というほどのものだったと想定できよう。
 本稿は、企業の活動としての「ビジネス」を対象にしているが、このビジネスも同様の高い倫理性で語ることができよう。単なる利得行為ではなく、人間に必要な財、社会的に有用な価値を生み出す活動がビジネスである。本稿の題名「非営利ビジネス」に奇異感を抱かれる方もあろう。これが決して語の矛盾ではないことは本稿内で詳論するが、とりあえずは、この雪印食品事件と今井発言から、その言葉の妥当性を示唆しておきたい。ビジネスが広い社会的価値の創出活動であるとするなら、非営利的なビジネス、もしくは非営利団体(NPO)の行うビジネスというものが充分に存在するのである。
 

第1章、米NPOセクターと非営利ビジネス

アメリカの非営利セクター

 アメリカの非営利ビジネスを見るに先立ち、アメリカNPOセクターの全体を概観しておきたい。アメリカのNPO(非営利団体)は日本のNPO法人(特定非営利活動法人)と異なり、包括的な概念である。日本では、公益法人(財団法人、社団法人など)、学校法人、宗教法人、社会福祉法人、更生保護法人など民法及び個別法に基づく既存の非営利的法人制度があった。そこから漏れた小規模な市民活動団体の法人制度としてNPO法人制度が1998年にできたのである(特定非営利活動促進法による特定非営利法人制度)。しかし、アメリカでは、日本の既存の公益的法人を含めすべてがNPOとして一くくりにされている。下記に紹介する米NPOセクターの規模は、こうした全体のNPOのものであることにまず注意しておきたい。
 

法人数

 アメリカのNPO法人の数は総数で163万団体あり、これは日本の株式会社数(164万社、96年)にほぼ匹敵する(以下、注記のない限り数字は1998年) 2)。

 アメリカのNPO制度は包括的であり、税制控除資格から様ざまに区分され複雑である。連邦の税法(Internal Revenue Code、内国歳入法)は、NPOの形態を501c(1)から(25)、501(d)から(f)、521(k)、521(a)まで少なくとも30に分類している 3)。その中でも特に典型的なNPOとされ、数も多いのが同法501条(c)(3)に規定された団体である。734,000の501(c)(3)団体があり、公益性が高く税控除の特典も厚い。これに隣接して501条(c)(4)に規定された団体が140,000ある。税特典は劣るがロビー活動やビジネス活動がある程度自由にできる。これに「教会」(354,000)とその他すべてのNPO(399,000、主にメンバー内の福利を目的とした「共益的」団体)を加えて合計163万団体となる。

 この163万団体をアメリカのNPO数とすることもあるが、限定的に501(c)(3)団体のみをとって73万とすることもある。NPOの全米連絡組織「インデペンダント・セクター」 4)は、(c)(3)団体、(c)(4)団体、教会までの127万を主な対象としており、下記の彼らの調査に基づくNPO統計もそれに関する数字である。
 

雇用数

 NPOセクターに雇用されている有給スタッフはフルタイムに換算して1090万人であり、これは連邦、州の公務員752万人よりも多い。さらにボランティア労働を有給に換算して加えると1660万人となる。これは、自治体公務員を加えたアメリカの全公務員数1985万人に近い。アメリカのNPOセクターは、行政セクターに匹敵する規模をもつことになる。NPO雇用者数はアメリカの全労働力の10.8%(有給スタッフのみだと7.1%)を占める、この東京都人口並の雇用数から言っても、NPOが有力な雇用創出源ととらえることは誤っていない。

 ちなみにアメリカの建設業の被雇用者は490万人、エレクトロニクス産業210万人、交通機械産業200万人などである(87年)。非営利セクターはこうした基幹産業を上回わる 5)。また有給スタッフ1090万人の内71%(771万人)が女性であり、女性の進出の著しいセクターでもある。
 

予算規模

 アメリカのNPOセクターの総収入は6648億ドル(1997年)であり、これは同年の日本の国家予算78兆円に匹敵する。アメリカの連邦政府予算は1兆6526億ドル(98年)であり、NPOは国予算の40%の規模で、別回路から公共的サービスを提供していることになる。個人、企業、財団などからの民間寄付は1025億ドル。税として政府に納められる額の6%が寄付としてNPOに渡っている計算だ。

 分野別の予算規模は表1の通りである。大きな病院、学校などが全体の規模を押し上げている。
 
表1 米NPOセクター分野別資金(支出)規模(1997年)

(Independent Sector, The New Nonprofit Almanac & Desk Reference, Jossey‐Bass Inc., 2002)

医療サービス(病院など) 2973億ドル(53.9%)
教育・研究(学校など)  1009   (18.3 )
宗教(教会など)      535   ( 9.7 )
福祉・法律サービス    661   (12.0 )
市民・社会・同好     170   ( 3.1 )
芸術・文化        121   ( 2.2 )
財団           50   ( 0.9 )
 計          5516

日本のNPOセクター
 参考までに日本のNPO法人(特定非営利活動法人)は、2002年3月現在、7300団体である。これが日本独特の狭い意味でのNPOの数である。個別法に基づく各種法人を含めより一般的なNPO的法人の数は表2の通りである。

 スタッフの数は有給職員だけで214万人で、これは労働力の3.5%にあたる(1995年)。ボランティアを含めると284万人(4.6%)である。予算規模(経常支出)は21兆9810億円で、これはGDPの4.5%に当たる(1995年) 6)。
 
表2 日本の既存非営利的法人
(税法上の公益法人、1995年)

(山内直人『ノンプロフィット・エコノミー』、日本評論社、1997年)

 
 公益法人
  財団法人    13,476
  社団法人    12,451
 学校法人     7,566
 社会福祉法人   14,832
 更生保護法人    163
 宗教法人    184,288
・・・・・・・・・・・・・・
   計      232,776

アメリカの非営利ビジネス

 アメリカにおける非営利ビジネスの拡大について端的に示す数字はない。しかし、まずは、NPOの収入源の統計がある。表3の通り、米NPOの収入源として最も大きいのが4割近くを占める料金収入である。これがほぼビジネス収入に対応すると見ることができる。年代的な増減を見ると、1977年から1992年までの間に料金収入は6.3%増加した(インフレ補正後の数値)。政府資金は5.4%増、寄付2.7%増であり 7)、料金収入の増加が最も大きいことがわかる。
 
表3 収入内訳(1997年)

(Independent Sector, The New Nonprofit Almanac & Desk Reference, Jossey‐Bass Inc., 2002)
 

寄付     19.9%
料金収入   37.5
政府資金   31.3
その他    11.4

 さらに、この数字には出て来ないNPOのビジネス活動がある。多くのNPOが営利の子会社をもっている。税控除団体の資格を維持するため、大きくなり過ぎた収益事業部門を、新たに営利の子会社を設立して移行させるのだ。こうした動向
にはやはり充分な統計がないが、その一端は各種問題も含めてマスコミでよく取り上げられている 8)。

 さらに、NPO本体が買収や合併により営利法人(企業)に移行する事例も増えている。これは特に医療機関や健康保険組合に顕著で、すでに全米400以上の非営利病院、10以上の健康保険組合が営利法人化している 9)。営利化する場合、買収益などは基金として供託され、医療NPO助成などに使われるしくみがある。こうした基金を運用する財団を「転換財団」といい、すでに134財団、資産額150億ドルに達している。1996年にはカリフォルニアの有力NPO健康保険組合「ブルークロス」が営利のウェルポイント・ネットワークと合併して営利法人化し、衝撃を与えた。この営利法人化には市民の反対や社会的責任を求めるプレッシャーが高まり、資産額30億ドルに上る転換財団10)が設立されている。
 

非営利ビジネスの分類

 一般的に非営利団体(NPO)がビジネスを行なう場合、次の3つの形態があると考えられる。

 1.本来事業のビジネス化 - NPOの本来の非営利目的活動での収益事業
 2.本来外事業でのビジネス - バザーなど一時的な資金集め活動
 3.分野の異なる事業だがなおかつNPOの本来目的に沿うもの
 1は、敢えて説明するまでもなく無数の実例がある。例えば学校というNPOは基本的に授業料で財政を成り立たせている。つまりビジネスを行なっている(アメリカでは学校もNPO法人であり、日本の学校法人も配当の禁止など本質的にはNPOの性格をもつ)。博物館、美術館といったNPOの多くも入館料で成り立つし、地域診療NPOは一定の診察料をとり、保育園は入園料をとり、子ども会の自然林間学校は参加者の実費負担で行なう。これらは対価を受けるサービスであり、非営利団体によるビジネス活動である。しかもこの場合、彼らは資金集めのため関係のない収益事業をやっているのでなく、彼らが目的とする非営利活動の本来の趣旨の活動を収益活動として行なっている。

 これが可能なのは、もちろんサービス対象者にある程度の支払い能力があるからである。それに対し、例えばホームレスへの無料食事プログラムなどを考えてみれば、ここではサービス対象者にまったく支払い能力がない。そのサービスを有料化してビジネス化することは不可能である。貧困者へのソーシャル・サービス、災害救助NPO活動など多くのNPO活動分野がそのような料金の取れない(相手に支払い能力がない)「市場」で活動している。そしてまさにこのような「市場の失敗」局面があることに、非営利法人の発生理由があるのであって、その「対価」を消費者からでなく、寄付、財団助成、政府補助金などとして背後から確保するビジネス・モデルをとる。そしてまた、このような慈善的な資金の流れを可能にする法人形態が、利益を内部で配分しないことを保証したNPO法人であった。

 しかし、一般には、このようにビジネスが可能な分野と不可能な分野に明確な線が引かれるわけではない。ホームレス食事プログラムの場合には無料が多いが、高齢者食事プログラムの場合は、ある程度料金をとる。行政からの委託、競争入札による調達が増えると調達市場の他の民間企業と立場が似てくる。さらに最近の傾向としては、政府助成が福祉団体ではなく、そのクライアント(消費者)側に供出される政策的配慮がある。例えば日本の高齢者介護保険では半分が行政からの補助となるが、この場合その行政資金を受け取るのは介護業者でなく、介護を受ける高齢者自身である。高齢者が給付として介護資金を得て、自分で介護業者を選び、対価を払ってサービスを受ける。業者とクライアントが自由市場で対面し、対価の支払いもきちんと行なわれる。消費者に支払い能力がなくても政府資金が消費者側に補助されれば福祉もビジネス・モデルで行なえるのである。医療補助、住宅家賃補助、食費補助(フードスタンプ)、保育補助など市場創出型行政支援は多様な分野に可能であり、実際に広がっている。
 

本来目的以外での資金集め活動

 2の本来外の事業でのビジネス活動は、一般にファンドレイジング(基金集め活動)と言われるものである。バザーでホットドッグを売ったり、中古品を販売したり、高めの有料パーティーやチャリティー・コンサートを開いてお金を集める活動である。どのようなNPOもホットドッグをつくりそれを売るサービスを本来業務にしてはいない。あくまでも資金集めのために目的外ビジネス活動を行なっただけである。

 この分野でのアメリカNPOの創造力にはすさまじいいものがあり、そのアイデア、ノウハウを紹介する本も多く出ている。軽いギャンブルさえ取り入れる。例えばラッフル(くじ券)の販売。景品は地域のお店などから寄付してもらうことが多い。ビンゴと呼ばれる一種のギャンブルゲームを挙行し、資金を集める場合もある。中には教会などが常設のビンゴ会場を設置して、いろいろな団体に資金集めの場を提供するまでにも拡大する。ギャンブルを禁じている州でも、先住民族居留地や非営利団体だけには限定的な資金集めギャンブルを認めているのが普通である。資金集めアイデアの変わり種の極は、ボランティアを刑務所に閉じ込めて「保釈金」を要請することによる寄付募りである。例えば2000年11月に実際にカリフォルニア州バークレー市で行なわれた青少年スポーツ支援のための資金集め行事は、市長、警察署長その他約30名の市の重鎮を新しく完成した市留置所に閉じ込め、一人当り1000ドルの「保釈金」を市民に募る、というものである。重鎮囚人たちは、留置所内から必死に友人たちに電話して「出してくれ」「保釈金を払ってくれ」と電話する。この苦痛をいとわぬ熱情にほだされて、あるいは若干の冗談気分にも乗りながら首尾よく多額の寄付を集めるという作戦だ11)。

 こうした本来外の資金集め活動は、あまり多くなるとNPOとしての存在を疑われ、後述するように「非関連ビジネス収入税」(URBIT)が課されることになる。極端な場合は税控除資格の剥奪にも至る。はっきりした境はないが、全収入の15%を越えるあたりから灰色地帯に入っていく。

 1、2の中間の位置を占め、かつ最近「社会起業」運動の流れの中で目覚しく伸びてきているのが3の形態である。下記に詳しい事例を出していくが、例えば知的障害者によるケーキ工場の運営を考えてみよう。ここでNPO側の本来の非営利目的は知的障害者の自立支援であって、決してケーキを一般消費者に提供することではない。ビジネスはケーキ工場でもリサイクル店でもレストランでも何でもよかった。そのビジネスを運営し就労することを通じて障害者が少しでも社会的経済的に自立していけるようにするのが目的だ。究極的には本来非営利目的の達成をめざすが、その手段としてビジネス活動を利用する。

 障害者への福祉サービスのために、何もビジネスを行なわなくともリクリエーション活動を行なってもよいし、職業訓練講座を開いてもよい。実際これまではそのような方法による障害者支援が中心だった。敢えてここに「本当のビジネス」を組み込んだところにこの非営利ビジネスの特色がある。ビジネスを起こすこと、その中で実際に働くことこそが、人間の自立化の基本であり実質であるという認識、労働を人間の存在にとって基本におく姿勢がある。この典型が、次節で詳述するジェッド・エマーソンらのロバーツ事業開発基金(REDF)の活動と、それが支援した各種非営利ビジネスである。
 

NPOのビジネス活動と税制

 先に進む前に、非営利ビジネスの概念をここで整理しておこう。

 非営利ビジネスは一見、語の矛盾にみえるが、矛盾ではない。むしろNPOは公共的サービスを市場ビジネス的に提供する法人形態であり、料金をとって行なう活動はその基本的属性とも言える。すでに触れたように博物館が入場料を取り、私立大学が授業料を取り、環境団体がパンフを売り、人権擁団体が政府からの委託金により調査研究の報告書を作成するなど、事例をあげるまでもなくそれらはNPOにとって基幹的な活動である。問題はその収益がどう処理されるかである。配当などでその団体成員に収益が分配されるとNPOではなくなる。NPOであるからには、あくまで収益がそのNPO事業に再投資されなくてはならない。逆に言うと、内部分配しなければどれだけ収益をあげてもNPO性を否定しない。

 この非分配の原則がNPOの本質的規定だとの理解がほぼ共通の認識となってきており、多くの州のNPO法もこれを採用している。この規定に影響を与えたのはアメリカ弁護士協会やアメリカ法律協会が作成した1964年版「モデルNPO法」である。その第2条はNPOを「その収入または利益のいかなる部分も会員、理事または役員に分配しない」団体と規定している12)。

 念のために言うと、役職者も含めてNPOスタッフへの給与はこうした「利益の分配」にはあたらない。事業を行うにはNPOでも有給スタッフが必要であり、その人件費は正当なNPO活動費である。もちろん、これが不当に高いと倫理的な問題にはなる。例えば1990年に、共同募金会の全米組織であるユナイテッド・ウェイ・アメリカのアラモニー会長が、年間計46万3000ドルの高額給与など奢侈生活が批判され辞職に追い込まれた。多くの州でNPO役員の給与額の公開を義務づけており、連邦内国歳入庁もNPO用税申告書(Form 660)で役職者の給与を報告させている。カリフォルニア州などでは、こうした文書をオンライン公開している13)。こうした倫理上の問題はあるが、給与自体は(たとえ高額でも)NPOの法的否定にはならない。

 日本のNPO法も「特定非営利活動にかかる事業に支障がない限り、その収益を当該事業に充てるため、収益を目的とする事業を行うことができる14)。」と規定している。(本来非営利事業だけでなく)本来事業外での収益事業も一定程度行えることを明言した条項だ。アメリカのNPOでも同様である。本来非営利目的に関連した収益活動が課税されないのはもちろんだが、本来外の収益活動についても「相当な活動(Substantial Activities)」にならない限り認められている。「相当な活動」とは明確な定義はないが、通常、全収入の15%程度とされている15)。が、その事業の性格、団体の性格など具体的条件により50%程度まで認められることもあるようだ。

 「相当な活動」の本来目的外ビジネス(Unrelated Business)を行った場合は、その収入には一般法人税と同率の税金が課される。これをNPOにおける「関連しないビジネス所得税」(UBIT, Unrelated Business Income Tax)と言い、連邦内国歳入法26巻511-513条に細かく規定されている16)。

 本来目的事業には課税せず、それ以外の(一定規模以上になった)収益事業には課税する。この原則は一見明瞭のようにみえる。しかし、実際上は難しく、どこまでが本来目的事業で、どこからが本来外か、あるいはどの程度からが「相当な活動」になるのか、判断に食い違いが出てくる。NPOと内国歳入庁の係争のかなりがこの点をめぐる攻防である。内国歳入法は、「関連しないビジネス」(URBIT)を「その行使が……そのような団体の501条により課税除外されている慈善的、教育的、その他目的又は機能に大きくは関連しない(not substantially related)あらゆる種類の事業(trade)またはビジネス」17)と規定している。さらにそれ以降に極めて詳細で複雑な規定をしており、これらを正確に理解し実際のNPOビジネスに当てはめるのは弁護士の助力が必要だと言われる。

 内国歳入庁ウェブページの公式UBIT解説が、それをかなり平易に解説してくれているようだ。まず、「配当、利子その他ある種の投資所得、ロイヤルティー(特許使用料、著作権料など)、ある種の賃貸料所得、研究活動からのある種の収入、財産処分による利得又は損失」はUBITから除外されるとした上で、さらに次のビジネス活動
もUBITの課税対象から外されるとしている18)。

 ・ボランティアによる労働 - ボランティアによる資金集めお菓子セールなど、ほとんどすべての(Substantially all)仕事が報酬なしで行われた場合。

 ・メンバーの便宜のため - 学校のカフェテリアなどのように、「501条(c)(3)に規定された団体または公立の大学が主にそのメンバー、学生、患者、役職者、従業員のために」事業を行う場合。

 ・寄付物品の販売 - 非営利の中古品店など、「ほとんどすべての(Substantially all)商品が贈与か寄付によって得たもの」である場合。
 

第2章、社会起業家の台頭

ジェッド・エマーソン

 現在、アメリカでは、ビジネス・モデルによりNPO活動を促進しようとする動きが高まっている。本稿ではそれを主に「非営利ビジネス」(Nonprofit Business)、「社会起業」(Social Entrepreneurship)の言葉で表すが、他にも「社会ベンチャー」(Social Venture)、「社会事業」(Social Enterprise)、「社会目的事業」(Social‐Purpose Enterprise)、「慈善ビジネス」(Charity Business)、「積極(社会改善)ビジネス」(Affirmative Business)、「社会目的型ビジネス」(Mission‐based Business)、「コミュニティー資本主義」(Community Capitalism)、「ケアする資本主義」(Caring Capitalism)、「貧困の産業」(Poverty Industry)など、多様な言葉で言い表されている。

 こうした運動の理論的・実践的リーダーシップを発揮しているジェッド・エマーソンは次のように言う。

 「過去30年間、小さな地域NPOは変化する市場の需要に柔軟に対応できることを証明してきたが、これまで彼らは主に“公共的な”市場、つまり助成や行政補助の変化に対応してきた。だが、これらグループの多くは、もはやそうした市場を主要な支援ソースとは見ていない。むろんある程度の公共助成は常に存在しつづけるだろうが、その額と助成回路は急速に変わってきている。今日これら資金源はほとんどの場合減少し、他の公共政策に振り向けられるか全面的に廃止されるかしている。ソーシャル・サービスに携わる人々の多くはこれに伝統的な形で対応したが、ある人々はまったく新しい資金集めのアプローチを追求しだした。恐竜の足元を右往左往する小哺乳類のように、社会起業家など新潮流NPOマネジャーたちは進化し、学習し、新しい政治的・経済的・社会的環境に適応していった。新しい社会起業家たちは、地域サービスと地域開発の歴史にルーツをもっていた。社会的正義と経済的エンパワーメントへの貢献の歴史こそが彼らの情熱の源であり、社会目的ビジネス事業をつくりだしたものである。この地域社会に対する情熱は、自由市場の起業の力を使おうとする同等に強い情熱によって補強されていた。これまで外部の資金や支援に依存してきた多くの個人、団体が、その経済的コントロールを自分自身に取り戻すために自由市場の起業の力を使いはじめたのである19)。」
 エマーソンは社会福祉NPOの出身である。1980年代にサンフランシスコのホームレス青少年の支援NPO「ラーキン街青少年センター」(LSYC)の事務局長を勤め、家出少年たちにホームレスシェルターを提供していた。しかし、一時のサービスを提供するだけでは問題は解決しない。シェルターから送り出しても、またすぐにもどってくるだけの終りない循環に頭を悩ましていた。仕事に付き、安定した生活を維持できる体験を提供できればもっと好ましい。そこで、アイスクリーム店その他の青少年ビジネス(後述ジュマ・ベンチャー)を起ち上げるのに尽力した。次いで1989年にロバーツ財団の中にホームレス経済開発基金(HEDF)、さらにロバーツ事業開発基金(REDF)を共同設立し、2000年までその事務局長および会長をつとめた。このHEDF、REDFの積極助成が福祉分野の非営利ビジネス・モデルを多様につくりだし、全米に大きな影響を与えた。彼はその後もREDF理事にとどまりながら、ハーバード大学での研究などを経て、現在、ヒューレットパッカード財団上級研究員、スタンフォード大学講師を勤める。

 1989年から96年までの「ホームレス経済開発基金」(HEDF)の中では、サンフランシスコ地域の40の地域NPOに総額600万ドルの助成を行ない、ホームレスの人びとが各種ビジネスを立ち上げて経済自立していくことを支援した。ホームレスの人たちに「施し」をするのでなく、あるいは単に雇用のために職業訓練するのでなく、NPO自身がビジネスを起こしてそこで雇用を生むという戦略をとった。ケーキ工場、住宅開発事業、ぶどう園、家具製造、塗装、造園、など様々な事業が起業・育成された。その成果をまとめたのが前出引用の本8400新しい社会起業家8405である20)。
 

ロバーツ事業開発基金21)

 HEDFの成果を受けて1997年からさらに本格的な「ロバーツ事業開発基金」(Roberts Enterprise Development Fund, REDF)を開始した。約10のNPOを中心に総合的なベンチャー支援を行なって、地域の経済開発、雇用創出を行なっている。助成されるNPOは、年間7万5000ドルから12万5000ドルの「コア(核)投資」(主に人件費)を受ける他、ビジネス資金として他財団からの通常助成、リカバブル助成(ビジネスが成功した際に返還する助成)、営利・非営利金融機関からの低利子融資などの支援が入る。経営コンサルタントなどの支援も得やすくする。そのNPOの代表者、ビジネス事業担当マネジャー、助成者側、経営専門家などで「ベンチャー委員会」をつくり、ビジネス助言活動を行なう。ビジネススクール(経営大学院)の学生などをインターンまたは長期の研修生(フェロー)として参加させる(Farber Interns and Farber Fellows)。地域企業家とも協力してアドバイス、ビジネス連係などで支援してもらう(Partners for Profitプロジェクト)。

 前述引用でエマーソンが言う通り、ビジネス型の福祉NPOは、一方では削減される行政補助、他方では活発化するNPO型の住民参加地域開発など影響を受けながら生まれてきた。シリコンバレーをかかえたサンフランシスコ圏のベンチャー試行、起業家精神の風土もこうした非営利ビジネスに重大な影響を与えた22)。

 REDFは、これまでの助成財団と異なり、ベンチャーキャピタル型の積極助成(「ベンチャー・フィランスロピー」)を行なった。エマーソンは言う。

 「私たちは、すべての助成を投資と見ている。だから、私たちの支援を受けるNPOを伝統的に8400被助成者8405と言うのでなく8400被投資者8405と言う。これは単なる言葉の問題だと思う人もいるかも知れないが、私たちは単に慈善贈与をしているのではなく、貴重な篤志リソースを投資してNPOセクターを強化しているのだ、という事実を確認することが極めて大切だ23)。」
 ベンチャーキャピタル同様、金を出すだけでなく、そのNPOの運営に深く関与して支援した。助成が「投資」であるからには、それへの見返り、社会的な成果を求めた。被助成諸団体を、ベンチャーキャピタル流に「ポートフォリオ」(投資運用対象一式)とも呼んだ。

 下記にREDFの助成を受けた社会起業NPOの事例をいくつか紹介する。
 

ルビコン・プログラムズ24)

 サンフランシスコ近郊リッチモンドにある障害者、ホームレス、低所得者のための非営利ビジネスNPOである。精神障害をもつ人びとを収容してしまうのでなく、自立して社会復帰ができるよう訓練する事業として、1973年に発足した。現在、ビジネスとして、ケーキ工場(Rubicon Bakery)、造園土木業(Rubicon Landscape Services)、自宅介護事業(Rubicon HomeCare Consortium)を経営する。他にコーヒーショップとレストランも立ち上げて、別法人として独立させた。低家賃住宅88戸も建設して運営する。精神医療的デイケア、カウセンリング、自立生活のためのクラス、職業斡旋サービスなども提供する。これらすべてが障害者、ホームレス、低所得者の社会的自立に向けた事業として有機的に関連づけられている。また、単なるお世話のサービスでなく、自らビジネスを起こし地域を活性化させる地域経済開発事業とも位置づけている。

 中心ビジネスであるケーキ工場は1998年に完成した2300平米の立派な施設。本格的な製造機械や、巨大な冷凍庫も入り、常時20-30人が働いている。できたケーキをトラックでサンフランシスコ都市圏200以上の菓子店をはじめ、カラ・フード、アンドロニコスなど大手スーパーにも配送している。オーブリー事務局長によれば「私たちの製品は品質がよく、それで市場に受け入れられている」。スタッフには知的障害者、低所得者の他、ケーキ製造の専門技術者が付き、ルビコン本体のソーシャルワーカーなどもここに入る。

 ルビコン全体のスタッフは280人で内約100人がケーキ工場、造園土木、自宅介護の3ビジネスで働く。総予算1200万ドルの半分近い500万ドルをビジネスが稼ぎ出す。ケーキ工場が成長株で、1998年売上62万ドルが1999年に76万ドル。2004年までに450万ドルに拡大する見込みだ25)。高級ケーキに対する需要が高く、カラ・フード、アンドロニコスなど大手スーパーからの注文が増えた。雇用は、出入りが多いが、常時100人近いレベルを維持。その他に研修生も多い。

 ルビコンのスタッフの四分の一が当該ビジネス部門での経験あるプロである。彼、彼女らが職業訓練を兼ねて他のスタッフを率いる。ソーシャル・サービス部門からカウンセラーなどの支援も入る。お金の管理、基本的な生活習慣から、住居、保育まで総合的な支援体制をとる。年2500人以上がルビコンの門をくぐり、事情に応じてデイケア・センターに通い、あるいはルビコンのビジネスで研修し、さらにフルタイムのスタッフにもなって社会復帰を準備する。

 ケーキ工場の成功の要因は徹底した市場調査だったと言われる。近くのカリフォルニア大学ビジネス大学院(MBAコース)から卒業生6人が入り、半年間、本格的マーケッティング調査を行なった。インターンと呼ばれる学生の実地研修である。現市場から見てどのビジネスに可能性があるか、障害者、低所得者が誇りをもて社会復帰に適する事業は何か。それらを総合的に検討した結論がケーキ工場だった。

グッドウィル産業(中古店事業と職業訓練)26)
 社会起業という言葉が生まれるずっと前、1902年の設立である。古着・中古店を経営することにより、障害者など社会的に不利な立場におかれた人たちに雇用と職業訓練の場を与えるNPOである。2000年度の総収入18億ドル(約2000億円)は、米NPOセクターの中で7位にランクされる。

 アメリカ、カナダ、それ以外の24カ国に211の加盟グッドウィルNPO法人があり、全世界1869店の古着・中古品店、及びオンラインショッピングサイトshoppgoodwill.comで年間9億4110万ドルの売上(NPO総収入の約半分)を確保している(2000年度27))。高島屋や三越など日本のトップ百貨店並みのビジネス規模である。収益の84%をNPO活動資金にまわし、通常のルートでは就職の難しい人たちの雇用、職業訓練の機会を提供する。全世界で45万人に何らかのサービスを提供し、5万8000人にグッドウィル内の雇用を提供し、そのグッドウィル内賃金総額は年間7900万ドルに上る。

 グッドウィル産業は1902年、ボストンのメソジスト系教会でエドガー・ヘルムズ牧師によってはじめられた。当初は「モーガン記念生協産業店舗」と呼んだ。古着、古物を集め売ることで資金を得、かつ、社会的に不利な立場におかれた人たちをそのビジネスの中で雇用、職業訓練できる、という一石二鳥三鳥のアイデアを生み出した。以後、急速に北米各地に普及した。

 サンフランシスコのグッドウィル28)はボストンに次いで古く、1916年に設立された。現在は、周辺地域と合併して「サンフランシスコ、サンマテオ、マリン郡グッドウィル産業」となっている。前述の通り、全国団体の支部ではなく独立したNPOである。アメリカの大規模な全米組織はこのような分権的組織形態をとることが多い。各地の独立NPOがむしろ中心で、ワシントンDCの「本部」はそれらへの各種支援サービスを行なう側面支援機関。

 サンフランシスコには9つのグッドウィル店舗がある。90人のフルタイム・スタッフ、約300人の職業訓練中のスタッフが働いている。年間収益2200万ドル。サンフランシスコの場合、この他にコンピュータ関係の職業訓練にも力を入れており、最近では2000年に連邦労働省から、他のマルチメディア関係NPOと共同で300万ドルの助成を受け、100人対象、8週間のコンピュータ訓練講座を実施している。
 

ジュマ・ベンチャーズ29)

 14才から29才までの低所得、又は問題をかかえた青少年に雇用機会と職業訓練の場を提供するNPOビジネス。アイスクリーム店など5つのビジネスで150人以上の青少年を雇い、年商100万ドルを越える。最近では青少年向けのビジネス・インキュベーター「エンタプライズ・センター」も立ち上げた。サンフランシスコで1993年に設立。「ジュマ」は西アフリカ・ガーナのアカン語で「仕事」を意味する。

 ホームレス青少年の支援組織「ラーキン街青少年センター」(LSYC)の内部プロジェクトとして1991年に発足(当初は「ラーキン事業ベンチャーズ」)。93年にNPO法人化。96年にビジネス的NPOとして正式に独立。名称も現在のものに変える。「ビジネスを長期的な社会変革の手段として用い、それによって青少年に雇用を提供し、職中での本格的な職業訓練、広範囲の生活技術学習、責任ある大人からの身近な支援、積極的な未来に進む機会を保証していく」30)ことを目的にする。まず94年に第1号ビジネス「屋台のアイスクリーム」(Ice Cream on Wheels, ICOW)を設立する。地域の祭りや催し物会場などで小さいカートでアイスクリームを売って歩くビジネスである。1995年春から96年春にかけていっきょにビジネスを拡大し、サンフランシスコ市内に3つのアイスクリーム店舗をもつことになった。これは社会貢献企業もしくは社会的責任企業として有名なアイスクリーム・チェーン「ベン&ジェリー」(全米120店舗)とのパートナーシップによるもので、チェーン店をジュマ・ベンチャーズが請け負い青少年が運営する。同じくこの時期、球場でのアイスクリーム販売事業にも乗り出す。サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地3COM球場内の売店及び流し販売である。現在は新しく市内に建設されたパシフィックベル球場でも同ビジネスを行なう。ここを本拠とするサンフランシスコ・ジャイアンツ球団、フットボールのフォーティー・ナイナーズ球団はいずれも社会的貢献を積極的に行なう企業として有名である。

 ビジネスばかりでなくサービスの充実にも力を入れ、97年に「労働力リソース」(WR)プログラムを立ち上げ、ジュマのビジネスに雇用される労働者の支援を含め、青少年の職業訓練活動を強化した。88年には生活保護から経済的自立に向かう人たちを支援する「ジョブ・ネットワーク」(JN)プログラムを開始。20代後半までも含めた広い層に雇用促進支援を行なうに至った。この結果、ジュマ・ベンチャーズが年間に何らかの形で支援する青少年の数は96年の約90人から、2001年の450人以上にまで拡大した。

 2001年からは、青少年向けビジネス・インキュベーター「事業センター」(EC)をはじめている。マネジャーにインターネット・ビジネス経験者を呼ぶなどアイスクリーム販売にとどまらない今日のハイテク産業全体に範囲を拡大した起業を狙う。営利の子会社として分離する方針をとった。ジュマ・ベンチャーズの事務所は全米最大のマルチメディア産業集積地「マルチメディア・ガルチ」(サンフランシスコ中心部のSOMA地区)にあり、この方面で支援が受けやすい。このイン
キュベーターから年間3つのビジネスを立ち上
げ、75-100の青少年雇用を生み出す計画である31)。
インキュベーターについては第3章参照。
 

非営利ビジネスのコスト

 非営利ビジネスは、純ビジネス的な意味では黒字経営が難しい事業だが、社会全体を考えると大きな社会的経済的利益を生む。まず、この純ビジネス的に見た内部コスト構造についてジェッド・エマーソンは、前述8400新しい社会起業家8405の中で次のように分析する。

 「マージナル化された労働者の雇用は、メインストリームのビジネス事業よりはるかに大きなコストを伴う。そしてこのコストは非営利起業家によって担われている。非営利起業家は、プログラム参加者がメインストリーム雇用に進むまでの橋渡しとして同ビジネス内でサービスを提供しているのだ。企業セクター市場はこれらの人びとを雇用しようとしない。だから非営利起業家はこうした人びとを雇用しようとする。過渡的雇用を提供する中で私たちは、小ビジネスが担わない多大な訓練・支援コストを担っている。安定した有資格の働き手として営利雇用者に送り出すまで彼らを支援する。営利の小ビジネスから成るメインストリーム労働市場と、ホームレスや非熟練者から成るマージナルな不労働市場の間には決定的な溝がある。非営利起業家は過渡的雇用提供ビジネスによりその溝を埋めるのである32)。」
 例えば、ホームレスの人たちが自立支援リサイクル店を立ち上げた場合、通常の市場的リサイクル店に比して多くの不利要因があるのは明らかだろう。従業員の熟練度は高くない。生活支援、職業訓練、カウンセリングなど多くの付加サービスが必要である。したがってその付加コスト、人件費がかかる。純市場的に比較すれば他のビジネスより効率が落ちる。「平等に」競争したら負ける。だからこそ非営利事業には寄付、助成、補助金などの外部支援が必要だ。それは正当な支援であり、実際そうした支援が入っている。

 社会起業が生息するこの環境条件を明らかにするため、エマーソンらは「真コスト会計」(True Cost Accounting)という新しい会計手法を提唱する。「多くの社会起業実践者が、市場を基礎にした事業、8400利益のあがる8405事業を展開していると主張している。しかし、実際にその団体を訪れてみると、その8400ビジネス8405は完全に、あるいは部分的に財団、行政からの支援、その団体自身の無償サービスの支援で成り立っていることが多い33)。」
 非営利ビジネスの内部に居る人びとが、そのビジネスの本当のコスト構造を知っていない。それでは非営利ビジネスの戦略的な育成は難しい。他方で、「税控除を受けたNPOが不公正な競争を行なっている」という営利セクターからの非難も絶えない。こうした混乱を正すためにも、社会起業にはそれなりの独自会計が必要と言うのがエマーソンの主張だ。「NPOは、助成その他支援とビジネス収益とを混同して会計処理することが多い。それらすべてを収入として会計報告のトップに出し、それから支出(これもすべてがいっしょくただが)が引かれ、純所得が報告書の最後に書かれる。このようなアプローチでは、全体的事業財政報告の中でNPO的な補助の存在を隠してしまう。これが事業をビジネスとして厳密に評価することを妨げ、社会起業の真のコストを明らかにすることを不可能にしている34)。」
 区別した会計を行なうこと自体は難しいことではない。NPOスタッフの時間をどう分割して各会計に入れるかなど個別手法を含めて、その「真コスト会計」の手法を彼は説明している。その後さらに、社会起業会計に有用な様ざまな財政指標(Ratios)を考案する。そしてこれら手法を使い、HEDF助成の14団体についてより正確な経営分析を行なっている35)。
 

非営利ビジネスが社会にもたらすもの

 ビジネスの内部コスト計算だけでは非営利ビジネスの合理性は明らかでない。純市場的な競争では営利ビジネスに太刀打ちできず、やはり経済的には無理のある事業だと断定されそうである。しかし、視点を変え、社会全体でのコスト便益を考えると非営利ビジネスは莫大な利益を社会にもたらしていることがわかる。これは特に、非営利ビジネスに投資する財団、行政などが注意すべきことである。社会全体を対象にした大きな枠組みからコスト便益計算をする必要がある。エマーソンは非営利ビジネスのこの社会的経済的便益について次のように言う。

 「非営利ビジネスは、低所得者、ホームレス、障害者の人々に職業訓練の場を与え、さらには永続的な雇用の機会をも与える。ここで彼らにもたらされる極めて個人的な便益を測定できるとは言わない。しかし、生活保護サービス提供のコストが削減されることによる社会全体としての経済的便益は計測可能である。非営利ビジネスにより、行政機関、NPOサービス機関、さらにビジネスを起こした当該NPOに対しても福祉的サービス提供コストが削減されるのである」。さらに「非営利ビジネスは、新しい労働者をつくることにより新しい納税者もつくりだす。彼らからが納める個人所得税が加わることで、公的サービス資金も増加する。公共政策的な観点から見れば、この税収は新たに付加された社会的便益である36)。」
 要するに、社会全体を見据え政策的観点からの経済分析を試み、行政その他公共コストがどれだけ削減されるか、税収がどれだけ増えるか、など社会全体としてのコスト計算をした時に、非営利ビジネスの経済合理性は明確にとらえられる、ということである。

 エマーソンらは、前出ルビコン・プログラムズを例にこのコスト便益計算を詳細に行っている37)。
そのビジネスの10年間でのコストが840万ドルであるのに対して、1420万ドルの便益が発生したとしている。
 

SROI

 彼らはこの96年の報告以後、さらにREDFを通じての投資(助成)を行ない、経験を積んだ。2001年には、こうした計算を精緻化したSROI報告書を出した38)。投資家が投資からどれほどの利益が上がるか考えるのと同じ問題意識で、財団などがその投資(助成)からどれほどの社会的利益が上がるかを数量的に把握しようとする試みがSROI(Social Return on Investment)である。

 「ロバーツ事業開発基金(REDF)は、非営利セクター諸団体に提供されるすべての資金は投資であるという基本的了解により運営されている。これらの投資はNPOのインフラ整備、各種プログラムの実施、あるいは固定費用の支援を目的にしている。しかし、その用途にかかわらず、非営利資本市場におけるあらゆる投資は地域社会のニーズに応え、それを改善し社会的な価値をつくりだすためである、と私たちは理解する。しかし、その投資の成否はどう測定されるのか。投下された1ドルに付き、諸個人や社会に対する便益はどれくらいか。これまでも非営利資本市場は、その活動に適合する数量計算方式を開発するよう強く求められてきた。非営利セクターの活動で創造された価値をどう把握し数量化するかは、大きな課題であったし、これからもそうであろう。私たちはここで、NPOに提供された資金とそれらが達成した成果の関係を理解するため、バランスがとれた効果的な方法として8400投資の社会的利
益8405(SROI)分析のアプローチを提案する39)。」
 達成される価値には経済的、社会的、社会経済的なものがある。経済的価値についてはこれまでの財政計算でよく分析されてきた。社会的価値は、重要なのだが、残念ながら分析が難しい。例えば「生活保護から就労に移行した家族の個々人にとってその心理的インパクトは極めて大きなものがある」40)のだが、これは数量化することができないので、一応分析の対象からはずさざるを得ない。経済的並びに社会経済的な価値のみを分析する、とした上で「伝統的な営利セクターでの金融計算方式をNPO社会起業に当てはめ」、その分析モデルを作成した。ビジネス自体の価値創出(「事業価値」、EV)、公共支出削減や税収増など事業外での社会経済的な価値創出(「社会目的価値」、SPV)などの概念を中心とし、多様な指標分析も行ないながら投資の社会経済的効果を算出する。どのようなデータが使えるか、非営利ビジネスで働く人自身をどう参加させて測定するか、その他多様な工夫をしてこれを行なう。

 多くの社会起業団体が、自分の事業の分析と評価にこのSROI方式を採用しはじめている。同方式はこれから多くの検証が行なわれ、発展させられていくべきものである。広く協力を得ながら「オープンソースのコンピュータOS設計の精神で」41)、長期にわたりSROIフレームワークの構築を目指すとしている。
 

第3章、地域おこしと非営利ビジネス

 前章では福祉分野における非営利ビジネスの展開を見た。本章では、まだ必ずしも理論的分析の進んでいない地域おこし分野の非営利ビジネス、及びその起業家的発展の可能性を探る。
 

地域ビジネスと「コミュニティー・ビジネス」

 まず用語である。本稿で対象とする「非営利ビジネス」「地域ビジネス」などに関連する英語の言葉がどの程度使われているか調べたのが表4である。国別ヤフーサイトでそれぞれ言葉を検索してヒットしたウェブページ数を表した。総数の他に、Community Businessを100とした時のそれぞれの用語の頻出度も示した。米語と英語では異なる場合があるので、アメリカ、イギリス双方のヤフーサイトについて調べた。例えば、非営利ビジネスというのはアメリカ的な言い方であって、イギリスではチャリティービジネスと言う。
 
 
表4 「地域ビジネス」関連用語の使用頻度
   (国別Yahoo!サイトでのキーワード検索結果、2002年3月)

             アメリカ       イギリス
              総数  割合    総数  割合
Community Business    85,500   100     5,050   100
Nonprofit Business    3,280    4       2    0
Charity Business      863    1      869    17
Local Business     390,000   456    39,600   784
Regional Business    44,500    52    10,800   214
Small Business    2,700,000  3,158    77,600  1,537
Community Development  715,000   836    40,800   808
Social Entrepreneur    2,350    3      276    5
Venture Business     7,450    9      241    5
Venture Capital     939,000  1,098     2,430    48
Entrepreneur      891,000  1,042    15,300   303

 いろいろ、おもしろいことがわかる。例えば、日本語では「ベンチャービジネス」と言うが、英語ではほとんど言わない。ベンチャーキャピタルとは言うが、ベンチャービジネスは一般的でない。ベンチャーは「冒険」であって投資活動としてはともかく、ビジネスとしてはあまり好まれないようだ。それ以上にアントレプレナー(起業家)という言葉がよく使われていることがわかる。

 地域ビジネスの訳語としては、使用頻度の多い順に、Local Business, Community Business, Regional Business, Neighborhood Businessなどが考えられる。この内、Local Businessは「地元の、周辺のビジネス」程度の軽い意味であり、深みがない。Regional Businessはどちらかというと「広域的ビジネス」であり、ややニュアンスが異なる。Neighborhood Businessはあまり使われない。残るはCommunity Business。本学の「地域ビジネス」学科もこのCommunity Businessを訳語としている。

 確かにCommunity Businessは、地域全体の発展を視野においたビジネス、地域づくりを理念に含んだビジネスとしてのニュアンスで英米でよく使われる。これはカナダの例だが、地域経済活性化のために中小企業を育成する地域開発NPOをCommunity Business Development Corporation(CBDC、コミュニティー・ビジネス開発法人)といい、カナダ全体で250のCBDCが活動している42)。同様にCommunity Development(地域開発)の言葉もよく使われる。日本で言えば「地域おこし」「街おこし」のニュアンスである。後述の通り、アメリカには、カナダのCBDCに近い地域開発NPOとしてCommunity Development Corporation(CDC、コミュニティー開発法人)がある。

 興味深いのは、Local Business、Regional Businessなど関連用語が、アメリカの方が低頻度であることだ。その代わりSmall Businessの頻度が高い。自立してビジネスを起こす生き方は、個人主義を尊ぶアメリカ的理念の基本である。日本の「中小企業」がややマイナスイメージなのに対して、アメリカのSmall Businessはかなりのプラスイメージだ。現在のSOHOや起業家経済の活況の中でさらにその株が上がっている。アメリカではSmall Businessが「地域ビジネス」の意味領域にも侵入していると思われる。

 本稿では、上記の訳語上の理由からも、地域ビジネスとコミュニティー・ビジネスを同義語として使う。ただし、日本では「地域ビジネス」とは別に、近年「コミュニティー・ビジネス」というカタカナ語が現われ、地域活性化のニュアンスをより強く含んだ意味で使われるようになったことに注意しておく必要がある(後述)。

 非営利ビジネスと地域ビジネスの関連を言えば、地域ビジネスには営利ビジネスと非営利ビジネスが含まれ、非営利団体(NPO)の活動には、地域ビジネスだけでなく、コミュニティー全体を対象にした地域振興活動が含まれる。地域の組織化、住民ネットワークづくり、計画への市民参加、行政への働きかけと連携、その他アドボカシー活動がNPOの主要活動領域であり、そこに条件に応じて非営利ビジネスが形成される。
 

コミュニティー・ビジネスにおけるNPOの役割

 経済企画庁(現内閣府)の国民生活白書はコミュニティー・ビジネスの定義を次のように述べている。

 「コミュニティ・ビジネスの定義は定まっていないが、概ね8400地域社会のニーズを満たす財・サービスの提供等を有償方式により担う事業で、利益の最大化を目的とするのではなく、生活者の立場に立ち、様々な形で地域の利益の増大を目的とする事業8405と定義される(兵庫県「コミュニティ・ビジネスに関する調査研究」(1998年)等による)。コミュニティ・ビジネスの領域は、NPOと中小企業にまたがるものと考えられる。これまで、地域コミュニティにおいて事業を行っていた団体の中には、非営利的な活動であっても法人格を取得するために、商法に基づく有限会社や株式会社の形態をとっているものもある。今後、地域を活性化させるこうしたコミュニティ・ビジネスにもNPOが加わっていくことは、商店街との連携や地域との関係を深める上で、ますます重要になると考えられる43)。」
 コミュニティー・ビジネスの担い手としてNPOの役割を明確にした点で出色である。

 1998年に成立したNPO法(特定非営利活動促進法)の中では、NPO法人の12の活動目的の分類の中に、「まちづくりの推進をはかる活動」が記されてはいるものの44)、ビジネスに直接関わる分類は含まれていない。これに「情報通信」「科学技術」「起業支援」などのビジネス的活動目的を加える改正法案が、自民党から出されたりもしている45)。また、経済活性化に責任のある経済産業省は2001年9月、産業構造審議会の中にNPO部会を設け審議をはじめた。2002年5月に同部会中間答申が出ている。「当省においても、NPOの発展拡大がもたらす経済効果や社会的影響を明らかにし、経済産業政策におけるNPOとの連携や協力のあり方、さらにはNPOが経済主体として発展するための基盤整備についても検討する必要性を感じ、先般産業構造審議会にNPO部会を
設け」たという46)。同省は2002年度予算に初めて5
億4000万円のNPO支援予算を組むとともに47)、2001年4月から全国8つの経済産業局にNPO向け窓口を開いた。関東経済産業局では「コミュニティビジネス・NPO活動推進室」を設置し、ウェブページ48)をつくって具体的な地域ビジネス支援を行なっている。
 

地域おこしの非営利ビジネス・モデル

 NPOは地域全体の社会インフラ、経済インフラを育成するため多様な活動を行なうが、同時にその中でビジネス化できるものについては積極的に事業創出を行なう。この地域おこし分野で生み出される非営利ビジネスは非常に変化に飛む形をとる点が特徴としてあげられる。

 ジェッド・エマーソンらが基盤とした福祉サービス分野での非営利ビジネスは、ある意味でモデルが単純だった。社会的に不利な立場に置かれた人たちを、福祉依存にとどめることなく、自らビジネスをおこし社会的経済的自立をめざす。そのビジネスは多様であり得るが、そうした事業モデル自体はかなり一定している。それに対して地域おこしの社会起業はかなりのダイナミズムを含む。地域全体のあり方を問題にし、そのインフラをつくり、地域住民を組織し、行政への市民参加を促し、経済を活性化させる。多様なロールプレーヤーと社会的ニーズを結び付け、地域活性化に向けた新しい結合をつくり出す。

 以下で、アメリカの非営利セクターが生み出した地域おこし分野の非営利ビジネス類型をいくつか紹介し、その可能性の広がりを提起しておく。モデルと言えるまでに確立された類型は多数あるが、ここではさしあたりCDCモデル、インキュベーター・モデル、地域通貨モデル、コミュニティー開発銀行モデル、CTCモデルの5つを紹介する。
 

CDCモデル

 アメリカの地域おこし分野の代表的な非営利ビジネス・モデルは、コミュニティー開発法人(CDC)によるものである。全米に2000のCDCがあり、街づくりを中心的に担っている。都市内低所得地域、農村部など産業低滞地域で住民を組織し地域経済活性化をはかる。と同時に、低家賃住宅建設、ショッピングセンター開発、起業支援のインキュベーター運営など、その地域で重要と思われるビジネス事業を自ら起こし、街づくりの核になる49)。

 例えば、サンフランシスコの「借家人と所有者の開発法人」(TODCO)は、都市中心部(ヤルバブエナ地区)のビジネス開発に対する反対運動から生まれた街づくり団体で、単なる反対運動にとどまらず、住民主導の街づくりを積極的に進める。低家賃住宅(アパート)を8棟700戸建設し運営するなど、不動産ビジネスとしても大きな存在となっている。60年代から続く都市開発をめぐる攻防の中で、確かにある程度の高層ホテルやコンベンション・センターも建ったが、市民が求めた広い緑の空間、低家賃住宅、高齢者介護のNPO施設、中南米系や先住民族系のNPO型博物館その他も相当程度建つに至った。8棟700戸を運営するTODCOはこの地域最大の家主。コンベンション・センター(Mascone Convention Center)ではマックワールドその他大規模フェアが多数開かれるが、その周囲を地域住民のコ
ミュニティー建築物がしっかりと取り囲んでいる50)。

 アメリカのNPOの力を最も強く見せつけられるのは、こうした低家賃住宅ビジネスである。日本で低家賃住宅と言えば県営住宅や市営住宅など「公共」の事業と決まっている。だが、アメリカではほとんどの低家賃住宅をNPOがつくっている。

 アメリカでもかつては行政による「公営住宅」がつくられていた。しかし、低所得者が「隔離」され犯罪の温床になるなど問題が指摘され、徐々につくられなくなった。現在全米に約130万戸の公営住宅あり、500万人以上の低所得者が入っている。しかし、新規建設はほとんどなく、戸数は増えていない。表5に見る通り年々新規建設戸数が減り、1992年の7,200戸を最後に統計も出なくなった。

 これに対して低家賃住宅供給の前線に出てきたのがCDCなどのNPOである。住民のニーズを反映させながら、コミュニティーの中で低家賃住宅供給を行なう。NPOの低家賃住宅建設についても正確な統計はない。これまでに行なわれた最も大規模なCDC調査である全米地域経済開発会議(NCCED、ワシントンDC)の報告書51)によれば、年間2万戸程度の低家賃住宅がCDCによって提供されている。この他、教会など一般のNPOが建設する低家賃住宅は膨大な数になり、アメリカでは低所得者向け住宅は主に基本的にNPOによってつくられると言ってよい。行政はこうしたNPOへの補助、税制支援、あるいは低所得者自身への家賃補助などで側面から援助する。
 
 
表5 アメリカの公営住宅の建設

(:Statistical Abstract of the United States, 1996, p.725)


年   総戸数  建設中戸数
1970   1,155,300   126,800
1980   1,321,100    20,900
1985   1,378,000    9,600
1990   1,305,300    7,600
1992   1,323,300    7,200
1993   1,324,700      -

   (同書の97年版以降では、上記統計は掲載されていない。)

インキュベーター・モデル

 アメリカの活発な起業家経済を支えている秘密のひとつがビジネス・インキュベーターだと言われる。地域の駆け出し起業家のため安価な事務所を提供し、会議室、コンピュータ、コピー機その他設備を共用させる。さらに経営アドバイスや会計サービスを行ない、困難なビジネス立ち上げ期を支援する。全米ビジネス・インキュベーター協会(NBIA52))によれば、全米に800以上のインキュベーターがあり、内75%がNPOが設立したものである。最近、にわかごしらえの営利のインキュベーターも増えたが、地域経済全体の活性化を念頭においてNPOがつくるものが4分の3を占める。大学や自治体がつくるものもあり、特に大学がつくるインキュベーターは技術力その他専門知識面での支援ができるので成果があがっていると言われる53)。

 例えば、サンフランシスコ・ルネサンス起業センター(SFREC54))は典型的なNPO型インキュベーターで、全米最大のマルチメディア産業集積地「マルチメディア・ガルチ」(SOMA地区)に立地する。入口を入ると共同受け付けがあり、広い会議室のまわりに起ち上げ小ビジネスの入る小部屋がたくさんある。現在20のビジネスが入る。SFRECは1985年に起業支援機関として発足し、90年に本格的インキュベーターを設置。西海岸でのインキュベーター事業の火つけ役になってきた。それまでインキュベーターは主に東部で重厚長大産業の衰退への対応策として発展してきたが、西海岸に来てからハイテク産業でのベンチャー起業支援の装置としての性格を鮮明にしてくる。SFRECだけでこれまで50のビジネスを独立させ、438の雇用を創出したという。各種起業講座、卒業生間の交流とビジネス連携なども行ない、女性向けのセンター、黒人地域での起業訓練センターなどもつくっている。

 全米ビジネス・インキュベーター協会(NBIA)の1998年の調査(回答数587、回答率67%)によれば、インキュベーターは北米でこれまでに19,000の新しいビジネスと245,000の雇用を創出してきた。平均3300平米の事務所スペース(共用部分含む)に平均20の小ビジネスが入る。NPOと行政のインキュベーターが全体の52%、大学関係が19%、営利8%、混合型16%、その他5%だった。インキュベーターの性格としては、単独では技術関係のビジネスを主体にしたものが25%と最も多く、次いで製造業が10%など。業種にとらわれず混合して入れるところも43%と多い。立地地域としては都市部が45%、農村部が36%、郊外型が19%だった55)。

 日本には2002年2月現在、113のインキュベーター施設がある。単なる事務所提供の建物でなく、経営支援など何らかのソフト的支援を実施している施設のみの数である。内、非営利が90施設(79.6%)、営利が23施設(20.4%)である56)。
 
 

地域通貨モデル

 これは日本でも最近活発化してきた地域おこしモデルだ。以前からアメリカの草の根の動きを追ってきた筆者としては意外感がある。欧米では、もう20年以上も細々と地域通貨の運動があり、今でも相変わらず細々と続いているが、日本では今までまったく注目してなかったのに、ここ4,5年で急速にブームとなった。欧米よりも加熱している。一時的なブームでなければよいのだが。

 1980年代初期を回顧して、LETSのマイケル・リントンが言う57)。「当時、カナダは不況。お金が入って来ず、失業があふれていた。何が足りないのか、と私たちは自問した。人は居る、技能もツールもある。ないのはお金だ、という結論に達した。」
 経済を刺激するには投資が必要だが、この投資するお金がないなら自分たちでつくってしまおう、というユニークな試みがこの地域通貨モデルの地域おこしである。リントンらは1983年、カナダ・バンクーバー島コーモックス・バレーでLETS(Local Exchange and Trade System, 地域交換交易システム)を立ち上げた。現在、全世界で最も普及している地域通貨LETSシステムの第1号だ。「緑のドル」(グリーン・ダラー)という地域通貨をつくり、地域内で流通させた。通常のドル(カナダ・ドル)がなくとも、会員間の緑ドルの取り引きでモノ、サービスを提供し合う。現在、リントンらのコーモックス・バレーLETSは、人口6000人の地域内で450の会員(内ビジネス25)が加入し、40万緑ドルの地域マネーを流通させている。

 当初はバーター(物々交換)をコンピュータ管理するシステムだった58)。実際の紙幣をつくったりいろいろなシステムを実験した。現在は、スマートカードの利用を実験している。各人がクレジットカードのようなカードをもち、買い物や取引の時、それを専用端末に差し込んで電子的に決済してもらう。草の根経済の試みに、最先端のコンピュータ技術を導入したところがおもしろい。「地域通貨の管理はコンピュータを使えば安くできる。紙でやるのは非常に高価。スマートカードはもっと安い」とリントンは言う。コーモックス・バレーの他、カリフォルニア州サンタクルーズ、オレゴン州アッシュランドなどで実験が始まっている。

 「スマートカードによって、多数の地域通貨が統合される可能性が生まれた」とリントンが言う。周知のように地域通貨には、LETSの他、タイムダラー、アワーズ、ブレッド、その他いろいろな方式が生まれている59)。彼らのスマートカードは15種までの異なる地域通貨間の取り引きをサポートしている。「私たちは通貨のインターネット。いろんな地域通貨をつなげられる。その全体のプラットフォームを提供する」。インターネットを通じた電子決済も徐々に取り入れる計画がある。世界各地の草の根で細々と取り組まれていた地域通貨が連係して大きく台頭する可能性もないとは言えない。
 

コミュニティー開発銀行モデル

 地域通貨に限らず、アメリカの地域おこし活動では、金融への取り組みをことの他重視する。金融は経済の基本であり、地域経済活性化に決定的な影響力をもつので当然と言えば当然である。成功している金融型の経済活性化事業モデルとして、例えば、少額の融資事業であるマイクロローンのモデル60)、コミュニティー開発銀行モデル、金融機関の地元融資を確保する「コミュニティー
再投資」(Community Reinvestment)のモデル61)、
グリーンビジネスなど社会的責任企業にのみ投資
する「ソーシャル・インベストメント」のモデル62)
などがある。ここでは、コミュニティー開発銀行モデルについてのみ紹介する。

 アメリカでは、CDCモデルで述べたようなNPO型地域おこしの中で、開発資金を確保するため住民主導によるコミュニティー開発銀行が設立されている。現在、全米に約40のそうした住民主導型銀行がある。その中でも最も古く、また大きな成功を収めたシカゴのショア銀行63)(1990年代までサウスショア銀行)の事例を下記に紹介する。これは低所得地域でつぶれそうになった銀行を住民が買い取り、地域投資型の銀行に変えた事例だ。

 1972年、シカゴのサウスショア・ナショナル銀行は、同市の低所得者地区・サウスショアの店舗をたたんでシカゴ中心部へ移転する計画を発表した。これに対する反対運動が起こり、「イリノイ近隣開発組合」(INDC)というCDCが、同銀行を買収し、市民のオルタナティブ銀行につくりかえた。買収資金は、教会、財団、個人などからの寄付80万ドル。不足の240万ドルは買収先資産を担保にした借金という危険な「LBO買収」であった。

 周囲は、こんな貧しい地域での市民銀行などうまくいくはずはないと思っていたが、継続し、今日に至るまで地域振興に大きな成果をおさめている。当初、求人を出しても銀行専門家は一人も来てくれなかったので、地域活動家たちが銀行業務を自分で学んだ。住民の利益を第一に、営業時間をのばし、最低預金残高の制限を1ドルに引き下げ、口座開設の手続きを簡略化し、緑多い環境のドライブイン窓口を開設し、銀行の建物をモデルチェンジし、従業員のデスクを全て顧客向きに変え、地域に出て住民の間のニーズを聞き出し、銀行の理事会に住民の助言機関を設けて地域の声を反映させた64)。

 買収後1976年までに、サウスショア銀行の地域内住宅ローン融資は年間150万ドルに達した(買収前年の実績は2件5万9000ドルのみ)。全融資額の60パーセントは地域内向けとなった。現在、サウスショア銀行の金融資産は9億6000万ドル。1973年以降、総額10億ドル以上を地域のビジネス・住宅融資に投資してきた65)。

 クリントン政権下の1994年、リーグル地域開発規制改善法66)により、地域開発金融機構(CDFI)基金が設置され、年間数千万ドル規模でのコミュニティー開発銀行その他の地域開発機関への助成がはじまった。こうした機関は一般にCDFIと呼ばれ、業界団体「全米コミュニティー資本協会」(NCCA67))を形成している。同協会の2000年の97CDFIを対象とした調査によれば、
運用する資本総額は18億ドル、累積住宅融資121,194戸、累積ビジネス融資15,820件であった68)。
 

CTCモデル

 IT時代となり、地域おこしもIT技術を中心にする事例が増えてきた。この中でひとつ確立されてきたモデルは、地域テクノロジーセンター(CTC)による地域おこしである。地域の中にコンピュータ関係のNPOがパソコン・センターをつくり、そこで地域住民が無料でコンピュータ、インターネットを使えるようにする。家にコンピュータがなくてもここに来ればインターネットが使える。現在全米に1000以上のCTCがあり、デジタル・デバイドの切り札と見られている。2000年の大統領選挙の時も、ブッシュ・ゴア両陣営が同様にこの推進策を語った。「2000以上のCTCを設立、維持するため毎年4億ドル以上を投資」(ブッシュ)、「2002年までに低所得者地域に2000のCTCを設立」(ゴア)など。2001年度予算では、全米650のCTCを設立すべく連邦教育省に6500万ドルの予算がついた。連邦住宅都市開発省(HUD)は1995年から、低家賃住宅内などにCTCをつくる事業(「近隣ネットワークセンター」事業)を行なっている69)。

 例えばシリコンバレー内の東パロアルト市の「プラグドイン」70)は、スラム地域の青少年にパソコン利用の場を提供するCTCだ。繁栄するシリコンバレーの中にありながら、東パロアルト市の平均所得は州平均の6割。犯罪や失業率も高い。この街の中心街にコンピュータ・センターを設置し、週日は朝9時から夜9時まで、土日も含め週70時間開ける。子ども無料、大人1日1ドル。放課後の子どものたまり場といった雰囲気だ。利用者は週約300名(延べ600人)。年間40万ドルの予算は、政府助成、企業・財団・個人からの寄付でまかなわれる。コンピュータ機器もほとんどがシリコンバレー企業からの寄付。技術者がボランティア活動として参加し、専従スタッフ15人とともに週35のパソコン講座を開く。向いにあるソーシャル・サービス団体と連係して、薬物依存症から立ち直ろうとしている人たちのパソコン講座も開く。

 CTCが地域づくりの核になる傾向が全米的に見られる。プラグドインも、単なる子どものパソコン・ラボから大人の職業訓練も含めたコミュニティーセンターに変わりつつある。地域ビジネスおこしの拠点ともなっており、例えばティーンエイジャーによるウェブ作成ビジネス「プラグドイン・エンタープライズ」が1998年に起こされた。青少年向の職業研修を兼ねたビジネスで、ティーンエイジャーたち(パート12名)はそれなりの給料を得、企業向けウェブページづくりを実際に請け負う。料金は1件に付き4000ドル。地元電話会社パシフィックベルから2万8000ドルの契約も入り、1999年度に5万ドルを稼いだ。

 プラグドインのような地域テクノロジーセンターは、互いに連係をとり、全米連合体「地域テクノロジー・センター・ネットワーク」(CTCネット71))を組織している。これは、1980年にニューヨークの黒人地域ではじまった「プレイ・ツー・ウィン」(PTW)の運動を母体にした連合体。CTCネットには現在、全米約600センターが参加する。
 

非営利ビジネスの可能性

 地域おこしの分野でも、福祉サービス分野でエマーソンらが築いた社会起業の理論的枠組みを踏襲できるだろう。社会起業には純粋に市場ビジネス化できる部分と、そうでない部分が含まれる(「真コスト会計」)。例えばホームレス青少年のアイスクリーム店では、他の通常店舗と同様のビジネス活動があると同時に、青少年の職業訓練、生活支援、カウンセリングその他非市場的な付加サービスが不可欠である。その部分では非市場的な助成、行政補助、寄付などのNPO的資金調達がなされ、それで全体の収支が調節される。地域おこしでも、NPOのコミュニティー・ビジネスが組まれる場合、純市場的なビジネス部面以外に、地域のインフラをつくる多様な市民活動的要素が入り込んでいる。逆に言うと、地域全体を射程においた地域活性化のためには、市場的な営利ビジネスだけでなく、地域全体を考えることのできるビジネス形態が必要であり、その形態としてNPO的なものが求められ、形成されてきたと言える。

 あるいはエマーソンのSROI(投資に対する社会的見返り)の観点から見れば、地域おこしの非営利ビジネスは、その内部の経済合理性だけ見ていては不充分であり、地域社会全体への便益がどのようなものであったか考えなければならない。社会的諸問題の解決や共通インフラの整備を含めて社会総体としての便益と経済合理性が問題にされなければならない。

 プログレッシブ政策研究所のアトキンソンらが言う。「共通の目的のためグループや組織で共に活動できる人間の能力というこの社会資本は、カリフォルニアのシリコンバレーから中央イタリアのエミリア・ロマンガ地域まで、世界中の成功した地域経済の特徴である。…ニューエコノミーの中で成功するのは、現状を維持しようとする狭い利益の上に公共の利益をおきながら、公共政策問題にイノベーティブな解決を考えてこれを実行する効果的で協働的なネットワークをもつ州と地域である72)。」。

 地域おこしの非営利ビジネスは、その事業単独の収支を越えて、地域社会全体のインフラづくりや人的リソースの活性化を通じ莫大な社会的経済的便益をもたらす。ここでも、経済的評価の枠組みを変えない限り、非営利ビジネスの経済合理性は明らかにされないだろう。

 いずれにしても現在、社会起業と非営利ビジネスには、多くの期待がかけられている。視野の狭くなった市場と硬直した行政が、急速に変貌する現代社会の中で効果的な事業を生み出しにくくなっている。細分化された人びとの利害、多様な人々の願いを結び付け、これまでなかったようなビジネス・モデルと社会経済インフラ拡大のダイナミズムをつくり出すことが求められている。そこにNPOと非営利ビジネスの果たす役割がある。NPOは社会経済の可能性のパイを拡大し、新しいビジネスとマーケットをつくりだす存在であり、経済を活性化する高度のイノベーションが期待されている。
 
 
 

〈注〉

1)2002年1月31日、大阪の記者会見。新聞各紙報道。
2)アメリカNPO統計の数字はIndependent Sector, The New Nonprofit Almanac & Desk Reference, Jossey‐Bass Inc., 2002による。
3)Title26 の Subtitle A の Chapter 1 の Subchapterの F Tax Exempt Organization の Part I General Rule の冒頭に出てくる Section 501 の中の各規定である。
4)http://www.indepsec.org/
5)Michael O'Neill, The Third America, Jossey‐Bass Inc., 1989.
6)山内直人8400NPO入門8405日経文庫、1999年。
7)Independent Sector, The Non‐Profit Almanac 1996-1997, p.195.
8)例えば、Reed Abelson, ”Charities Use For‐Profit Units to Avoid Disclosing Finances,” The New York Times, February 9, 1998, p.1を参照。
9)Annette Fuentes, ”No Health, No Wealth,” Nation, December 18, 2000, p.11.
10)California HealthCare Foundation, http://www.chcf.org/
11)Charles Burress, ”Doing Time ‐‐ For a Price,” San Francisco Chronicle, November 3, 2000.
12)American Bar Association, Model Nonprofit Corporation Act, 1964 Revision, Section 2 (c).
13)http://caag.state.ca.us/charities/disclaimer.htm
14)特定非営利活動促進法、第5条の1。
15)Brad Caftel, ”Legal Structures for Business Ventures: Finding the Right Legal Structure,” The Grantsmanship Center Magazine, Winter 1997.
16)U. S. Code, Title 26, Sections 511, 512, 513.
17)U. S. Code, Title 26, Section 513(a).
18)Internal Revenue Service, Unrelated Business Income Tax, http://www.irs.gov/charities/article/0,,id=96104,00.html
19)Jed Emerson & Fay Twersky, ed., New Social Entrepreneurs: The Success, Challenge and Lessons of Non‐Profit Enterprise Creation, Roberts Foundation & Homeless Economic Development Fund, 1996, pp.2-3.
20)Ibid.
21)HTTP://www.redf.org/
22)岡部一明8400サンフランシスコ発:社会変革NPO8405御茶の水書房、2000年、序章参照。
23)Carl M. Cannon, ”Charity for Profit,” National Journal, June 17, 2000.
24)http://www.rubiconpgms.org/。2000年1月20日の現地聞き取り調査に基づく。
25)SROI Report Winter 2000: Rubicon Bakery, Roberts Enterprise Development Fund.
26)http://www.goodwill.org/
27)Goodwill Industries International News Release, May 7, 2001, ”Goodwill Serves Over 400,000 people in 2000.”
28)http://www.sfgoodwill.org/。2000年9月11日の現地聞き取り調査に基づく。
29)http://www.jumaventures.org/。2000年1月18日の現地聞き取り調査に基づく。
30)同上、ホームページより。
31)http://www.jumaventures.org/enterprisecenter/aboutjec.shtml
32)Jed Emerson & Fay Twersky, ed., op.cit. p.136.
33)Ibid., p.135.
34)Ibid., p.138.
35)Ibid., pp.135-190.
36)Ibid., p.194.
37)Ibid., pp.196-208.
38)Roberts Enterprise Development Fund, SROI Methodology, 2001, http://www.redf.org/about sroi.htm
39)Ibid., p.8.
40)Ibid., p.12.
41)Ibid., p.9.
42)http://www.cbdc.ca/
43)8400平成12年度国民生活白書 -ボランティアが深める好縁8405経済企画庁、2000年11月、第5章第2節4。なおその他の定義の試みについては、コラボねっと通信、2001年3月3日(http://www.melma.com/mag/08/m00031508/a00000004.html)を参照。
44)特定非営利活動促進法、第2条?別表。
45)自民党「非営利組織に関する特別委員会」が2001年9月に国会に提出したNPO法改正法案。8400日本経済新聞84052001年9月17日記事による。
46)広瀬事務次官の2002年新春対談での発言。「座談会:経済産業政策の課題と展望」、経済産業省8400経済産業ジャーナル84052002年1月。
47)8400朝日新聞84052001年9月2日。
48)http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/community/20020125index.htm
49)詳しくは岡部一明「市場社会に生まれたNPO型開発運動」、『社会運動』1993年12月。
50)詳しくは岡部一明「たて割りまちづくりから市民まちづくりへ」、林泰義編著『市民社会とまちづくり』ぎょうせい、2000年。
51)National Congress for Community Economic Development, Against All Adds:The Achievements
of Community‐based Development Organizations, 1989.
52)http://www.nbia.org/
53)Nanette Kalis, Technology Commercialization Through New Company Formation: Why U.S. Universities Are Incubating Companies, National Business Incubation Association, 2001.
54)http://www.rencenter.org/home.htm
55)National Business Incubation Association, 1998 State of the Business Incubation Industry, 1998.
56)日本新事業支援機関協会8400JANBO News84052002年3月、4ページ。
57)2000年1月17日、米カリフォルニア州サンタクルツでのリントン氏へのインタビューに基づく。http://www.gmlets.u‐net.com/も参照。
58)80年代初期の状況について詳しくは、岡部一明『パソコン市民ネットワーク』技術と人間、1986年、62-65ページ参照。
59)詳しくは、加藤敏春『エコマネーの新世紀』勁草書房、1998年。
60)詳しくは、加藤敏春『マイクロビジネス:全ては個人の情熱から始まる』講談社、2000年。
61)詳しくは、柴田武男「地域再投資法改正の影響と現行の規制構造」『証券研究』1994年2月。
62)詳しくは、水口剛、国部克彦、柴田武男、後藤敏彦『ソーシャル・インベストメントとは何か』日本経済評論社、1998年。
63)http://www.shorebankcorp.com/main/index.cfm
64)Richard P. Taub, Community Capitalism, Harvard Business School Press, 1988.
65)http://www.shorebankcorp.com/main/our impact.cfm
66)Riefle Community Development and Regulatory Improvement Act of 1994.
67)http://www.communitycapital.org/
68)http://www.communitycapital.org/community development/finance/statistics.html
69)Norris Dickard, ”Reflections on the Rise and Possible Fall of the Federal Community Technology Centers Program,” The Digital Beat, July 26, 2001, http://www.benton.org/DigitalBeat/db072501.html
70)http://www.pluggedin.org/
71)http://www.ctcnet.org/
72)Robert D. Atkinson, Randolph H. Court, & Joseph M. Ward, ”Economic Development Strategies for the New Economy,” The State New Economy Index: July 1999, the Progressive Policy Institute.
 
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