日米電話料金比較

(岡部一明『インターネット市民革命』お茶の水書房、1996年より)

市内電話でプリンター印刷

ファックスの自動切り替えがどうもうまくいかないので、アメリカに来てすぐファックス専用の電話回線を引いた。家に電話回線が二本になった。日本の友人に言ったら、「高いだろうに」と驚かれた。

なるほど日本なら最初に電話の権利を買うのに約七万円かかり、月々一七五〇円(加入者四〇万以上局内の場合)の基本料金がかかるから、この危惧はもっともだ。しかし、こちらでは、新しく電話を引く場合の料金は三四七五円(三四ドル七五セント、以下すべて一ドル=一〇〇円換算)だ。月々の基本料金は六〇〇円。しかもこの基本料金には月約二〇回分の市内電話料金が含まれる。(アメリカの電話会社は多数の地域会社に分割されており、ここではカリフォルニア州のパシフィックベル電話会社管内の話を中心にする)。これなら、自動切り替えファックス機を新しく買い換えるより、ファックス専用電話を引いてしまった方が安くあがる。

さて、ファックス専用回線を引いた後、私は今度は、不思議なコンピュータの使い方をはじめた。よほどのことがない限りプリンターは使わないで、ファックスで印刷している。コンピュータから電話回線に直接ファックスを送れることはご存じの方もあろう。珍しいのはこのパソコン・ファックスを使っていることではない。それをプリンター代わり使っていることだ。

ワープロを使っていてが印刷したくなったら、ファックス送信ソフトに切り換えて、隣室のファックス機の電話番号めがけて文書を送信する。するとファックス機がリーンとなって、指定した文書を受信ファックスとしてプリント・アウトしてくれる。いつも何の気なしにやっていたことなのだが、これも、日本から来た人が珍しがった。なぜ、わざわざ電話回線を通して印刷させているのか、電話代がもったいない、そもそも電話回線を二本もつけるなんて贅沢だ、と。

後者の指摘はすでに解説済みだが、「電話代がもったいない」の方は? 実は、アメリカでの市内電話は基本的にただなのだ。基本料金を払えば何回かけても何時間かけても無料。プリントアウトのたびに「市内電話」で隣室のファックス機に送信しても、「三分一〇円」の料金はない。厳密に言うと、こちらの住宅用電話回線には、固定制料金と従量制料金があって、固定制を選んだ場合(加入者の八割がこれを選ぶ)、月約一一二五円の基本料金で、市内電話がかけ放題になる。従量制の場合、基本料金が月六〇〇円と安くなるが、最初の一分三円、その後一分一円の市内電話料金をとられる(ここからさらに夜間三〇パーセント、深夜週末六〇パーセント割引)。私の場合、電話に使っている回線の方を固定制、ファックス専用の回線(主に受けるだけ)を従量制にしている。

固定制料金の市内電話

アメリカの市内電話は基本的に固定制である。住宅用電話では、五一州中四七州が固定制の市内電話料金制度を採用しており、十ドル前後の基本料金を払うと市内電話はかけ放題になる。事業用電話についても五一州中四一州で固定制市内電話料金が採用されている。固定制をとらない場合でも呼数単位の料金があり、例えばニューヨーク市の場合、市内電話一回に付き一〇・六セントで、かけた分数で料金が増えていくことはない。

州によっても異なるが、固定制がある場合、通常、八―九割の人びとがこの電話料金制を選んでいる。ほとんど電話をかけない人が従量制の料金体系を選ぶ。その方が月額の基本料金が安く、全体として料金を安くできるからだ。

固定制の市内電話料金は、アメリカの通信のあり方に大きな影響を与えてきた。アメリカ人の家庭に泊まって気が付くのは、長電話の好きな人が多いということである。出不精の人が、夜になると市内の友人に電話をかけて一時間でも二時間でもしゃべりこんでいる。こんなことは、「三分一〇円」とられていては決してできない。電話をかけるというより、「オンラインで話す」という生活パターンを、コンピュータ通信が到来するずっと以前からアメリカ人は身に付けていた。

アメリカには市民のパソコン通信局(BBS)が六万局以上ある(第三章三参照)。これも無料の市内電話なしには考えられないメディア形態だ。市内のBBSなら何時間つないでいても電話料金はかからない。無料の市内電話領域は互いに重複しながら連続しているので、これをうまくつないでいけば広域的な通信が無料で行なえる。これをうまく利用したのがBBSの世界ネット、ファイドネットだった(第三章四参照)。夜中の一時期に全米のファイドネット・ホストが一斉にメッセージをやりとりし、全土的な通信を完了させる。実際には市内電話領域だけを結んでいくのは無理だが、考え方の基本にはこれがあった。

さらに現在のインターネットの興隆の基礎にもこの無料市内電話がある。もともと無料で提供されることの多いインターネット情報に、いちいち電話料金が加算されていくとしたら、この文化の発達は阻害されたろう。今、私はインターネットのテルネットという機能を使ってニフティーサーブなど日本の商業ネットにアクセスしているが、電話料金はかからない。インターネット・プロバイダーの方ももともと固定料金だから、実質的にニフティーサーブの料金だけでアメリカから日本にアクセスしてしまえている。日本国内からアクセスすれば、三分一〇円(深夜早朝四分一〇円)の市内電話代がかかるし、所によって高い市外電話料金を払っている人もいる。国外からの方が返って安いという「内外格差」が出てきたわけだ。

これでは日本のネットワーク利用の普及は妨げられざるを得ない。幸いなことに、一九九五年になって、市内区域内、隣接区域内それぞれ二番号に限り、定額制の料金が導入された(「テレホーダイ」サービス)。区域内(プラン1)の場合月一八〇〇円、隣接区域内(プラン2)の場合月三六〇〇円の料金(基本料金以外の別枠料金)を払うと、夜一一時から翌朝八時までの間の通話がかけ放題になる。新しい動向として今後に期待したいが、いかにもパソコン通信を普及させるため、という姑息な感じがぬぐい切れない。深夜、早朝だけというのもネットワーカーには過酷だろう。カリフォルニアでは、これより安い月一五〇〇円の付加料金でISDNが午後五時から翌朝八時まで使い放題になるのだ。