米国NPOとコミュニティービジネス

 ―「非営利組織論」「インターネット社会論」

   岡部一明 (東邦学園大学編『地域ビジネスが世界を変える』より)

 

シリコンバレーは地域ビジネス

 皆さんはシリコンバレーという言葉を聞いたことがありますか。アメリカ西海岸、サンフランシスコの南にある世界最大のコンピュータ産業集積地です。集積回路(IC)をつくる「シリコン」からとって「シリコンバレー」(シリコンの谷)。今、インターネットを中心としたコンピュータ産業革命の震源地となっている所です。
 このシリコンバレーが地域ビジネス起こしのまれに見る成功事例でした。
 第二次大戦前、この地はのどかな果樹園地帯でした。一八九一年創立のスタンフォード大学がぽつりと建っていましたが、卒業生の就職先で難儀していました。せっかくこの優秀な大学を卒業しても地域に職がなく学生たちは東部に出て行かざるを得なかったのです。
 これに胸を痛めた同大学のフレデリック・ターマン先生は何とか地元で職が見つかるよう、地域でビジネスを起こす努力をはじめました。大学で学び開発した技術で学生や卒業生が積極的に地域ビジネスを起こすよう奨励したのです。後にシリコンバレーの父と言われるこのターマン先生は、時には自分のポケットマネーまで出して学生を支援したそうです。
 最初の成功事例はヒューレットパッカード社でした。現在全米二位のコンピュータ機器企業である同社は一九三八年、二人のスタンフォード大卒業生、ウイリアム・ヒューレットとデイビッド・パッカードによってつくられました。彼らが起業したのは粗末な木造のガレージの中です。現在、このガレージは「シリコンバレーの発祥の地」として州の史跡に指定されています。世界中からシリコンバレー詣でに来る人びとが、住宅街にある変哲もないこのガレージをしげしげと見て帰っていきます。お金も組織もないが、アイデアと夢だけで自分のビジネスを起こす。そういうシリコンバレー魂がこのガレージにシンボル化されているのです。
 

大学を中心にした地域起こし

 さて、やがてバレーはトランジスターの発明者、ショックレーを引き寄せて半導体産業を生み、そこからフェアチャイルド、インテルなど精鋭企業が生まれ、ロッキード、IBMなどメジャー企業も入り、一九七〇年代には、以後の世界を震撼させるパソコン革命を生み出します。アップル社もこの地で生まれました。コンピュータ技術を広い人びとのもとに届ける「パソコン」の概念と技術が、この地のカウンターカルチャー(対抗文化)の潮流とも共振しながら誕生しました。その精神は現在のインターネット経済にも受け継がれ、シリコンバレーは新しい技術と経済の発信地として立場を確立しました。
 さあ、職がなくて困ったスタンフォード大学の学生たちはどうなったでしょう。もうだれもそんなこと問題にしません。それどころか、全世界中の若者が夢と技術をもってこの地を目指してきます。マサチューセッツ工科大学(MIT)は東部の技術系名門校ですが、その同窓会によれば、シリコンバレーに同大学卒業生が約七〇〇〇人来ているとのこと。地元ボストン、ニューヨークに迫る集中場所だそうです。一九九五年の統計ではシリコンバレーの新会社のうち二八七社がMIT出身者によって創設されました。
 アジアからの移民、留学生たちも大挙してやってきます。カリフォルニア公共政策研究所の一九九九年調査では、シリコンバレーの科学者・エンジニアの三二パーセントが海外からの移民で、過去一八年間にシリコンバレーで創業されたハイテク企業(一一、四四三社)の四分の一が中国系とインド系によるものだそうです。九八年現在、これらアジア系企業は一六八億ドルの売上、約六万の雇用を同地域で生みました。彼らはシリコンバレーと母国の経済・技術交流も深めながら、アメリカのグローバル経済化に決定的役割を果たすようにもなりました。
 シリコンバレーは、世界で最も成功した地域ビジネスのモデルだったのです。卒業しても職がなかった地域を、全世界から人が集まる産業先進地に変えてしまいました。地域ビジネスをあなどってはいけません。地域ビジネスは世界を変える二一世紀の原理です。まずは地域を変えながら、やがて一つの産業を変え、社会と経済のあり方を変え、二一世紀の世界経済を牽引することにもなるのです。
 

小ビジネスが経済を牽引

 かつて長いこと、大企業が経済を引っ張ると思われてきました。しかし、逆のことがアメリカで起こっています。小回りの効く小企業が経済を活性化させ、ベンチャー型の小規模起業がそれまでの産業のあり方を根本的に変えつつあります。マイクロソフトのように学生ビジネスが短期間で世界最大級の企業にのし上がる事例が後を断ちません。
 連邦小ビジネス局(SBA)の最新の報告(The Facts about Small Business 1999)によると、アメリカでは小ビジネス(従業員五〇〇人以下)が八八年の四九五万社から九八年の五四八万社へ一〇パーセント以上増え、現在、労働力の五三パーセント、全米売上の四七パーセントを占めています。小ビジネスは九〇年から五年間で新規雇用の七六パーセントを生み、九八年には計三一〇万の雇用を創出しました。大企業がリストラで人を減らす中、雇用を増やして経済活性化を牽引しているのは小ビジネスであることが次第に明らかになっています。
 さらに現在、インターネットの普及により、自立した個人が果たす役割がより大きくなってきました。前記報告によれば、全米就業者の実に二一パーセント、二一〇〇万人が何らかのビジネス活動を行っています。副業を含めてですが、五人に一人が自分でビジネスをはじめています。さらに、それら起業の六〇パーセントが個人の自宅からという統計もあり、SOHO(ソーホー、Small Office Home Office)型の経済が活況を呈しています。これまで、同じものを長期にわたり大量生産すればよかった時代に大企業は効率的でした。しかし、技術革新と分権的なインターネットの時代には機動力ある個人や小ビジネスが経済を牽引する可能性が生まれています。
 

NPO地域ビジネス

 地域ビジネスは英語でコミュニティー・ビジネス(Community Business)です。「コミュニティー・ビジネス」には、前記のような小ビジネスの他、非営利団体(NPO)の事業も含まれることがここで重要です。
 日本でもNPO(Nonprofit Organization)という言葉が使われるようになりましたね。福祉や環境保全、人権擁護、その他多くの分野で市民が自主的に組織する市民活動団体が活発な活動をするようになりました。このNPOがアメリカには一一四万団体、つまり日本の株式会社の数ほどあり、日本の国家予算に匹敵する年間総額六二一四億ドルの資金を動かして、行政とは異なる回路から地域密着型の公共サービスを提供し、地域ビジネスを展開しています。
 例えばアメリカではNPOが低家賃住宅をつくっています。日本では市営住宅や県営住宅など低家賃住宅は行政がつくるものですね。これがアメリカではNPOの仕事なのです。行政がつくると愛着がわかずスラム化してしまうとの反省から、現在ではほぼすべての低家賃住宅がNPOによって建設されています。行政は資金や専門的支援を与える役割です。アメリカには地域開発組合(CDC)と言われる街づくり特化NPOが約二〇〇〇あり、これが低家賃住宅建設の主力です。CDCは地域ビジネス起こし、雇用促進、職業訓練など地域づくり全般を広く担っています。
 

なぜ「行政の仕事」を市民がやるか

 あるいは、サンフランシスコの都市の森の友」(FUF)の例。このNPOはボランティアを組織して街路樹を植えています。日本では歩道の街路樹を植えるのは行政の仕事ですね。これもサンフランシスコでは全部NPOがやっています。毎週土曜日、どこかの地域でボランティア植樹作業を組織し五〇本前後を植えます。一九八一年に活動を始めて以来、すでに三万本を植えました。
 なぜ「行政の仕事」を市民がやるのかというと、まずその方が楽しいからです。地域一斉のボランティア活動で地域の連帯が深まります。お弁当などをいっしょに食べてピクニック気分です。子どもたちには格好の環境教育の場になります。自分たちが植えるので愛着がわき、街路樹が大切にされます。行政の画一主義がないので、樹種も多様で「モノカルチャー」が防げます。青少年の職業訓練の場にしようと、高校生の研修生を植樹作業に送り込んでくる別のNPOもあります。
 「何よりも安上がりなんだ」と彼らは言います。行政が業者に発注すると一本の植樹に付き三五〇ドルかかります。NPOがボランティア動員で植樹すれば一本二二五ドル。「それだけ税金が安くなる」と彼らは言います。行政にやらせろ、と言っても結局金を払うのは市民です(税金)。だったら地域で楽しみながらボランティアでやった方がいい、という訳です。
 その他、NPO型地域事業は無数にあります。障害者が起業して職業訓練と雇用の場をつくる地域ビジネス、高齢者のお世話をする介護事業、スラム地域で青少年にパソコンを教えるコンピュータ・センター、貧しい人に無料で医療活動をするフリークリニック。こうした営利、非営利を問わない地域ビジネスと、それらを連携する全体的な街づくりNPOを含めて「コミュニティー・ビジネス」が機能しています。
 

目標は世界だ

 地域ビジネスは世界を変えるキーワードです。古いやり方が変わり、新しい社会と経済のあり方が生まれる原理を地域ビジネス学が提供しています。創意と活力をもった小ビジネスが経済を革新し、実験を行い小回りが効くNPOが旧来の行政を革新します。シリコンバレーを中心としたアメリカでそうしたモデルが確実に成果を出しています。
 私は長年シリコンバレー近辺に滞在し、最近名古屋に来ました。こちらに来て「名古屋は東京に比べてどうのこうの」と卑下する話を何度か聞きました。東京などを目的にしてはいけません。皆さんが名古屋の次に目標とするのは世界です。世界にチャレンジしましょう。イチローを見て下さい。自分の力を世界で試す心意気はすがすがしい。本物はどこでも必ず通じます。だからどこに居ても本物を目指せばいいのです。スーパースターである必要はありません。何であろうが、どこであろうが、世界を相手に全力で挑戦しましょう。



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