情報化時代の市民運動

(岡部一明『インターネット市民革命』御茶の水書房、1996年、第2章より)
 

一、首都ワシントンから —ネーダーグループの政策提言活動

「情報ハイウェイ」をめぐる政治勢力

 インターネット時代を迎えたアメリカで、情報化社会をめぐる政治の動きが活発だ。民主党ゴア副大統領は「情報スーパーハイウェイ」構想を打ち出し、ホワイトハウス他、政府機関をインターネットにつなぐなど、この分野の中心人物となっている。

 ……とだけ書いていればよかったのは一九九四年段階まで。九五年に入ってからは、前年選挙で躍進した共和党の攻 勢が激しい。特に、下院議長となった共和党の巨頭ニュート・ギングリッチは、情報ハイウェイに対抗して「サイバースペース」概念を打ち出し、新たなこの分 野の旗手として登場している。「サイバースペース」はウィリアム・ギブソンのSF小説『ニューロマンサー』(一九八二年)で初めて使われた言葉で、コン ピュータ通信で生まれてきた仮想的な空間のことである。あくまで全米光ファイバー網というハードな線の建設に傾斜した「情報ハイウェイ」概念に比べて、構 造なく無限に拡大するインターネット(後述)の特徴をよく表し、インターネット世代に根強い支持がある。

 ギングリッチのシンクタンク「進歩自由財団」(PFF)は、 アルビン・トフラーら超一流未来学者を動員して、すでに一九九四年段階で、情報化社会に向けた基本的展望『知識時代のマグナカルタ』を発表している。イン ターネット上に「ニュート・ウォッチ」などの情報ベースを築き、それを、インターネット上で寄付を受け付ける最初の「バーチャルな政治活動団体 (PAC)」として連邦選挙委員会からの承認を取り付けた。

 一九九四年に廃案となった新通信法も、九五年は早期実現を目指して共和党側が相当力を入れた。「この半 年で、次世代の通信革命を決定する新時代立法が実現する」と、プレスラー上院通商委員会議長がまくしたて、ドール上院院内総務をはじめ上下院通信関係委員 会の重鎮が軒並これを支持した。八月までに、通信市場の自由化を骨子とした上下院通信法案が通り、秋から冬にかけて両院法案の調整が行なわれている。

 かつて工業社会の到来に際し、新しい論理をめぐり様々なイデオロギーが覇を争ったように、現在、工業社 会から情報社会への移行への中で新たなイデオロギー抗争が生まれている。混乱ばかりが目につく現在の政治状況だが、結局は、新しい時代の論理を最もよく体 現した者だけが生き残る。その厳しい時代の本質に、政治世界の登場人物たちも徐々に駆られはじめている。
 

インターネット・ロビー活動

ジェームズ・ラブ 一九九五年二月、ネーダーグループジェームズ・ラブは、 議会スタッフから届いた法案ファックスを見て驚いた。共和党が急ビッチで進める保守改革の一環である「連邦事務仕事削減修正法案」の中に、民間データベー ス内の政府情報を公共情報とは見なさない旨の条項が入っていた。これでは政府データベースの公開が不可能になる。情報公開運動の先頭に立ってきたラブたち は、さっそくこの情報をインターネットに流し、議会に向けキャンペーンを開始した。

 保守改革の意欲に燃える共和党の動きは速い。二月六日に同法案が下院に提出され(HR830)、翌七日には規制 問題小委員会での公聴会、一〇日には政府改革監督委員会のマークアップ(条項ごとの細目検討)が行なわれる。このわずかの期間に、ラブたちのキャンペーン もインターネット上をかけめぐる。法案の意図、背景、審議日程の細目が解説され、委員会五〇名の全議員の電話・ファックス番号などが流された。抗議文送付 が呼びかけられ、七二時間内に大量のファックスが議員たちに届く。

 結果はラブたちの完勝だった。問題条項は一〇日の委員会で、反対なしの圧倒的多数の支持で削除された。 「インターネット・コミュニティが反情報公開条項をノックアウト」とラブはこれを伝え、『ビジネスウィーク』誌も巻頭記事で「サイバースペースでの共和党 のつまづき」と書き立てた。

 議員たちは、年間何千と出る法案すべてに、目が届いているわけではない。突然、ある法案について大量の ファックスが届けば、何だこれは、ということになる。一〇日の委員会は最初から問題条項をめぐって議論が白熱。法案提出責任者のクリンガー委員会議長(共 和党)自身がこれを「ウェスト条項」と呼び、情報公開を望まぬデータベース会社、ウェスト社の圧力で挿入されたことを認めた。議論はさらに、だれが同条項 を入れたかの責任問題に移り、民主党側の厳しい追求に共和党の議員から「これはマッカーシズムだ」との泣き言が出る始末。

 委員会スタッフやロビーイストは、大量の電子メールとファックスが議論の行方を決定したことを認めた。 あるロビーイストは何を根拠にか「彼らはインターネット上に一万九〇〇〇人の援軍がいる」と発言。ラブは「この巨大なデータベース会社がこれほど決定的な 敗北を喫したことはこれまでなく、しかもそれが共和党の支配する委員会で行なわれたことに、この問題についての議論の変化が現れている」と評価した。

ネーダーグループの登場

 ホワイトハウスの北、デュポン・サークル周辺は、アメリカの市民団体全国事務所の集中場所だ。全米野生生物基金の大きなレンガ建てビルの近くに、カーネギー・インスティテュートの古色蒼然たる建物があり、この中にネーダーグループの本部「社会的責任法律センター」(CSRL)事務所がある。

 「政府情報は戦略的に重要なイッシューだ。草の根の人びとが情報をもてば、より多くの力を行使できる。政府をより責任をもったものにしていくことができる。」

 事務所、というよりそこからはみ出した薄暗い講堂の中で「納税者資産プロジェクト」(TAP)のジェームズ・ラブが語る。車の安全から出発し、モノ時代の消費者運動を率いてきたネーダーグループだが、情報化社会の到来の中でも、新しい情報市民運動の先頭に立っている。

 「政府情報は、税金でつくられた資産。納税者がこれにアクセスするのは権利だ。」

 ラブが何度も繰り返すこの論理を聞けば、「納税者資産プロジェクト」という不思議な名前の意味もわかる だろう。米連邦政府部内では大量のデータベースがつくられ、その多くが部内のみで使われるか、民間データベース会社を通じて高額で一般提供されている。こ れを本来の資金供出者たる納税者—市民に開放し、低料金でアクセスできるようにすることを求める。多数のデータベースの中から、証券取引委員会(SEC) の企業データベースEDUGAR、連邦議会のデータベースLEGIS、司法省の法律データベースJURIS、CIAの外国放送情報データベースFBIS、特許データベースAPSなど重要度の高いものに的を絞る。

 「政府データベースを公開することにより、市民の情報を得た行動(インフォームド・アクション)が保証 される」とラブが続ける。きさくで人なつこいラブだが、政府や企業を追求する時の論舌は滅法鋭い。彼ほどデータベース会社や情報関係の役人から煙たがれて いる人物はいないだろう。

 「人びとは政府情報にアクセスし政策議論により深く参加する。インターネットを通じて議会に出ている法案を調べ、コピーし配布し、議員に手紙を書き、時期を逸しないロビー活動を行なえる。これまでプロのロビーイストだけができたことを市民ができるようになる。」

 今回の共和党ノックアウト劇がいい例だった。短期間に情報を行き渡らせキャンペーンをはれるメディアはコンピュータ通信以外、考えられなかった。手紙では遅い。電話は細かい法案文面を伝えられない。ファックスでは何千人にも送ることはできない。

 法案は、可決して法になれば印刷物になって図書館に回ってくる。しかし決定に参加したい市民に必要なのは、法案段階の、次々に修正が加えられる時点での案文だ。この情報に迅速にアクセスできることにより、市民の決定参加能力は確実に高まる。

公開される政府データベース

 ラブたちの運動はすでに多くの成果を出した。一九九三年六月、政府印刷局(GPO)電子情報アクセス強化法(通称「GPOアクセス法」) を成立させた。議会記録、連邦規則などの基礎文献を手始めに、議会、連邦政府のデータベースを総合的に市民に提供することが定められている。一九九四年六 月、GPOは情報提供の料金体系を明かにしたが、議会記録、連邦規則のアクセスがそれぞれ年間三七五ドルかかるなど高額だったため、市民団体側が反発。交 渉の結果、無料化をかちとった。

 企業データベースEDGARは、 一九九三年末に公開の方針をかち取り、九四年一月から、インターネット上で無料提供されている。最終的には一万五〇〇〇企業、年間一一〇〇万ページの情報 を集積するという「世界最大の企業情報データベース」が、簡単に市民の手に入るようになった。EDGARに入っているのはSECが企業に求める相当長文の 各種報告書だ。それが、九五年九月までに延べ三〇〇万件引き出された。一日の平均アクセス数は一万七〇〇〇件。同九月二九日からは、ワールドワイド・ウェ ブ上での公開もはじめている。

 データベース会社からは、情報を無料にするのは問題だとの強い反対意見が出ている。しかし、現在の EDGAR公開プログラムは、SECが情報を出版して二四時間後に生データとして出されるもので、簡単な検索機能がつくだけだ。データベース会社は付加価 値情報の提供で企業努力すべきだとの立場を市民団体側はとっている。例えばインターネット・マルチキャスティング・サービス(公開プログラムを運営する非 営利団体)のカール・マラマッドは、次のように言う。

 「データベース会社は、リアルタイム・アクセス、本格的な歴史的データベース、コンサルティング、書式 を変えての文書形態、重要部分の抜粋などの形で付加価値を出すなど、依然として重要な役割がある。しかし、二四時間後に生データをインターネットに載せる ようなサービスは、付加価値があるとは言えず、情報化時代に繁栄する企業なら、このようなものを脅威とは見ない。」

 現在最も過熱しているのはJURISをめぐる攻防である。JURISは、連邦法、規則、判例、大統領行 政命令、条約その他法律情報のつまった司法省の巨大データベースだが、レーガン政権の民営化政策の下、民間のウェスト社が構築して司法省にリースするとい う奇妙な契約関係が成立していた。法律ほど公共情報中の公共情報はない。が、JURIS使用は司法省内部に限られ、一般市民は一時間二四〇—三六〇ドルの 高額料金でウェスト社のデータベースを通じてアクセスする他なかった。

 ラブらはこれを象徴的ケースとして、活発な公開キャンペーンを展開した。ウェスト社は一九九三年末、司 法省とのJURIS契約更新を拒否して事実上同データベースを停止させ、かつ、その内部データの廃棄を主張した。市民団体側は、九四年一月、JURIS データ開示を求める情報公開訴訟をワシントン連邦地裁に起こす。一つのデータベース全体を情報公開法によって開示させようという前例のない訴訟が現在進行 中だ。

 裁判の結果を待たず、司法省はJURIS情報の八〇パーセントにあたる部分の開示(磁気テープによる有 料提供)に踏み切り、一方、議会図書館や上下院のデータベースなどが、審議中の法案も含めて相当の法律情報をインターネット上で無料提供しはじめている。 その最中、企業利益丸だしで情報公開をはばもうとしたのが前出「ウェスト条項」問題であり、それがウェスト社の完膚なきまでの敗北に終わる。

インターネットで実際にアクセス

 文字ベースのインターネット情報にアクセスするのに最新鋭のパソコンは要らない。一〇年前のパソコンを使ってアクセス し、例えばVERONICAという検索サービスを選択する。「サリン」と(英語で)入力すると、全世界五〇〇〇以上のゴーファー(Gohper)サーバー (情報ベース)を検索してくれて、一三個程度の情報が出てくる。中には「サリン・テレマティカ社」などというまるで関係ない会社の情報もあるが、サリンの 化学特性の情報があったり、サリン事件負傷者の病院別氏名情報などが突然出てきたり。商業データベースのような粒のそろった情報は出てこないにしても、多 様な情報があり、それなりの目的は達せられる。

 次にNAFTA(北米自由貿易協定)と入力する。すると今度は二〇〇以上の情報が出る。NAFTAに関するいろ いろ人・団体の意見、NAFTAに関する電子会議の議論、そしてNAFTAの条約文書そのものまでも入手できる。これは、NAFTA交渉が行なわれている 一九九三年頃からインターネット上で入手できたものだ。全二千ページあり、しかも交渉の中で次々に変わる文書を印刷物の形で入手するのは無理だ。 NAFTAに意見を反映させようとした多くの市民運動にとり、インターネットは時にほとんど唯一の情報源として機能した。

 あるいは次は、アフリカから南アメリカまで世界中の地域が列挙されている「グローバル・メニュー」から 出発しよう。ここから世界中のコンピュータにアクセスできる。北アメリカ—>合衆国—>ワシントンDCと選択していくと、米「議会図書館」の中に米法典 や、議会法案のセクションを見いだすことができる。例えば現在の第一〇四議会会期を選択して「日本」とキーワードを入れると二〇の法案が出てくる。一挙に 読む気力を失わせるが、最初のものを選択すると、一九九五年のクリントン大統領の対日制裁を支持する議会決議(H.Res.150)だった。

 「インターネットがすべてを変えた」とラブが言う。「一九九〇年に私たちが政府データベース公開運動を はじめた時、関心を示す人は数える程しか居なかった。しかし、インターネット上での活動がはじまった今、何千という人たちがこの問題をネット上で追い、議 員への電話かけ、手紙出しキャンペーンに加わっている」。

 ラブたちは、このインターネット上でTAP-Infoという電子メール型の電子会議を開設し、全米数千 の人びとがこれによって政府データベース公開運動の動きをシェアしあっている。今回、「ウェスト条項」をノックアウトしたのもこの電子会議。ここからの情 報がさらに他の電子会議に転載されて多くの人びとのところに届いた。

 ラブたちは、インターネットの市民ネットとしての可能性を次のように評価する。

 「インターネットは、私たちの世代において最も重要な民主的対話促進の技術利用例である。特に重要なの は、毎日、世界中何百万の人びとが利用する『リスト』や『ニューズ・グループ』と呼ばれる電子メール型電子会議である。多くのインターネット・ユーザー は、非計測(固定料金)制で電子メールを利用できる。メールの送受信に余分な費用がかからない仕組みにより、インターネットは、広範な分野の問題に関して ユニークで重要な議論の場を提供してきた。……連邦議会は、現在インターネット上で行なわれている市民の対話を維持、拡大する方向を保証しなければならな い。」(一九九四年二月、下院委員会公聴会証言)

ユニバーサル・アクセス

 ネーダー・グループ事務所と道路をはさんだ向かい側には、消費者団体の全米組織、アメリカ消費者連合(CFA)の事務所がある。全米二四〇の消費者団体(会員総数五〇〇〇万人)を連合し、ワシントンのロビーイング活動で消費者の声を代弁する。

 「米国の通信政策は今、大きな岐路に差しかかっており、万人に対するユニバーサル・アクセスを保証することが最 も重要な課題になっている。情報化社会において、あらゆる技術の恩恵が、豊かな人や都会の人だけでなく、全ての人に行き渡らなければならない。全ての人が 情報化時代にプラグ・インできなければならない。」

 CFAの立法担当弁護士、ブラッドレー・スティルマンが語る。

 ユニバーサル(普遍的)・アクセス。これが、情報化社会に立ち向かうアメリカ市民運動のキーワードにな りつつある。階層、所得、地域、人種などに関係なく万人にニューメディアへのアクセスが保証されなければならない。社会が「情報富者」と「情報貧者」に分 断されることがあってはならない。

 情報化時代が来たからと言ってまったく新しい概念が必要になる訳ではない。情報民主主義の基礎はこれまでの社会の中に築かれる。ユニバーサル・アクセスの考えも、「電話への権利」を万人に保証しようとする消費者運動の長い伝統から生まれてきた。

 例えばアメリカには、低所得者層のために電話料金割り引き制度「ライフランイン」がある。カリフォルニア州のパシフィック・ベル社管内の場合、 一定所得以下の世帯の電話加入料金と基本料金が半額以下になる。一〇ドルで電話に加入でき、月額五ドル六二セントの基本料金で済む。これで市内電話は無料 のかけ放題だ。電話は時に生命の安全にもかかわる重要な通信手段だから所得にかかわらずアクセスできる権利がある、という考え方。ライフラインとは「命の 電話」という意味だ。サンフランシスコに本部をおく消費者団体、公益事業料金正常化協会(TURN)などが最初にカリフォルニアで実現し、全米に広まった(第八章二参照)。

 「このようなユニバーサル・アクセスの理念が情報ハイウェイの時代にも引き継がれなければならない」と スティルマンは言う。例えば彼らは、一九九四年五月から「電子レッドライニング」批判のキャンペーンを開始した。銀行などが貧しいマイノリティ地域に「赤 線を引いて」住宅ローンその他投融資をひかえる慣行をレッドライニングと言うが、この差別慣行が情報化時代にそのまま引き継がれていると彼らは指摘する。

 地域電話会社の光ファイバー・ビデオダイヤルトーン(電話回線を通じたデジタル・ビデオ提供サービス) 導入計画を、国勢調査の地域別人種統計とつき合わせて詳細に検討したら、対象地域からマイノリティ多住地区が巧妙に除外されていることが明かになった。例 えばベル・アトランティック社の場合、黒人が八割以上を占めるワシントンDC全体をそっくり導入対象からはずし、周囲の裕福な郊外地域だけでの導入を計画 していた。同都市圏全体で黒人人口は四四パーセントだが、導入対象地域だけでは黒人人口は一七パーセントにすぎない。

 「電話会社は、最終的にはあらゆる地域でサービスを行なうと弁解している。しかし、私たちの調査と主張 の論点は、導入のあらゆる段階で、公平な数のマイノリティ・低所得者層にサービス提供を保証しなければならないということだ」とスティルマンは言う。この ような平等原則を情報ハイウェイ建設の時代にあらかじめ確立することが彼らの目的であり、現在、この原則を新通信法案の中に入れるため、はたらきかけを強 めている。

通信分野でオルタナティブ提案づくり

 デュポン・サークルに面したビルの会議室に毎月一回、一〇〇人近い市民団体スタッフたちが集まって来る。昼休みをはさ んだ二時間。サンドイッチをほうばりながら熱心に議論に耳を傾ける人。たくさんの資料を持ち込んで配っている人。輪の中心には、議会との折衝を続ける市民 団体ロビーイストたちが次々に法案審議の状況を報告し、また各団体の取り組みを紹介したりする。窓から明るいワシントンの街並みが見下ろせる。

 ネーダーグループやアメリカ消費者連合などワシントンの通信関係市民団体は、一九九三年六月、連絡調整のための 連合体「通信政策ラウンドテーブル」(TPR)をつくった。消費者運動、電話会社規制運動、コンピュータ技術者運動、図書館運動、各種メディア団体など現 在約一〇〇団体が加盟して、市民セクターからの議会、政府向けはたらきかけの中心となっている。

 「通信政策の改革が議会で活発に論じられるようになってから、非営利団体が急にこの問題に関心をもつようになった。」

 参加者が増えた最近の月例会についてスティルマンがコメントする。「ラウンドテーブルには様々な専門を かかえた人が集まってきて情報を交換できる。電話会社の制度に詳しい人、コンピュータに詳しい人など、互いに学びあって情報インフラに向けた総合的な戦略 形成が可能になる。」

 通信の自由化、情報インフラの構築など、多様に展開する現在の通信政策の中で、市民側もかなり具体的で踏み込んだオルタナティブ提案ができなければならなくなってきた。ラウンドテーブルはそのための市民側のリソースを結集する場である。

 月例会の他、課題ごとに作業委員会がある。例えばネーダーグループのラブが議長をつとめる委員会では、 新通信法に対する市民側の「モデル法案」を検討している。ラウンドテーブルの基本的合意書である「公益の原則」では、通信政策に対する市民側の基本的立場 がまとめられており、ユニバーサル・アクセス、通信の自由、市民セクターの役割、多様で競争的な市場、職場での平等、プライバシー、民主的政策決定過程な どについて提案がなされている。一九九四年には、ボストンで北東部のラウンドテーブルが結成されるなどが、ラウンドテーブルが全米の草の根に広がる動きが 出ている。

ISDNを低料金に

 例えばISDN料金に対する提言の中に、米市民運動の通信政策に対するスタンスがよくあらわれている。

 ISDN(統合サービス・デジタル網)とは、日本ではINSとよばれているが、既存の電話網をアナログからデジ タルに変え、音声、ファックス、コンピュータ通信など多様な情報を効率的・統合的に送れるようにするものだ。八〇年代から実用化されているが、最近のイン ターネットの拡大でこの普及にはずみがついている。特に、グラフィック型のインターネット接続であるワールドワイド・ウェブ(WWW)を使うには、現在出 回っている最高速のモデムでも遅く、IDSNの利用が不可欠になっている。

 アメリカの市民運動は「キャリア市場での競争導入が消費者を利する場合は、これを認めるべきである」 (ラルフ・ネーダー)という立場を取っている。したがってISDN料金も、基本的には(市内通話における)市場競争で決められるべきだとする。しかし、新 通信法が通っても実際に市内通話での競争がはじまるのは五—六年かかると考えられるから、この経過期間の間は、ISDN料金を低く抑える公的規制が必要で あるとする。

 「残念ながら、地域電話会社はしばしば、コストをはるかに上まわるISDN料金を課している。……既存 の銅線インフラを使ったサービスに高い料金を課せるということで、ISDNを格好の金儲け手段(キャッシュ・カウ)と見ている」と、一九九五年五月に出さ れた低料金ISDN作業連絡会議(ACLCI)の議会向け書簡が批判する。現在の米国のISDN料金は、地域電話会社によって月一五ドルから一〇〇ドル以 上するが、実際のコストは一〇ドル以下だと言われる。(ISDNの一回線あたりの付加コストは、規制機関であるテネシー公共サービス委員会(TPSC)が 月九・七七ドル、マサチューセッツ公益事業局(MDPU)が七・四〇ドルと算出している。例えば John Borrows and William Pllard, "National Regulatory Research Institute's Review of Tennessee's Integrated Services Digital Network Cost Studies", *NRRI Quarterly Bulletin*, March 1994 を参照。電話会社はサウスセントラル・ベル電話会社の三六・三三ドルなど高い数値を出しているが、消費者団体の前記CFAなどは二—四ドルと計算してい る。)

 彼らは、ISDN料金を、既存電話サービスのコストにISDN導入の付加コストをプラスしたレベルに抑えることを求め、新通信法案に次のような具体的条文案を提示した。

 「寡占的に市内交換電話サービスを提供し、かつ住宅用、小ビジネス用にISDNサービスを提供する通信 事業者は、このサービスを、音声級回線の料金プラスISDNサービス提供の付加コストのみで一般に提供するものとする。この規定は、当該通信業者が一般住 居市場の市内交換サービスにおいて相当の競争に直面したと、連邦通信委員会が認定する時点で効力を失う。」

 ただむやみに料金を低くしようとするのではない。「地域電話会社が、コストに近い料金でISDNサービ スを提供すれば、このサービスに対する需要、特にインターネットのワールドワイド・ウェブを使っている人びとの間での需要が激増する」と言い、「高料金が ISDN普及の最大の障害になっている」ことをこそ批判する。ネットワークの社会の全体的な発展を展望する中で、その基礎サービスレベルでの独占的価格を 是正させようとする。

大統領は借家人

 公益市民団体のひしめく一帯から一〇分ほど歩いていくと、議会やホワイトハウス、各種政府ビルが集中する「ザ・モー ル」に出る。日本の永田町と霞が関にあたるが、単なる官庁街ではない。何よりもまず巨大な公園だ。博物館が林立し、多数の市民が繰り出して憩う中に、大統 領官邸、連邦議会が立つ。

 公園を散歩する人が国会議事堂まで歩いていける。議事堂に塀がない。玄関上の踊り場のような所まで、ランニン グ・パンツ姿のおじさんがジョッギングしていく。大統領官邸たるホワイトハウスにはさすがに塀があるが、低いので中まで見とおせる。拳銃乱射や侵入未遂事 件が起こるのも無理はない。当然、警備が厳重になってきているが、それでもこの開放性は一種のカルチャーショックだ。当惑する私にスティルマンがこう言っ た。

 「政府の建物はすべて私たち納税者がつくり、所有し、維持管理しているものだ。議員や大統領は借家人。 私たちが彼らを選んでここに入れ、そして追い出す。彼らは私たちに奉仕するスタッフだから、むろん保護を与える必要はあるが、国民にとってさらに重要なこ とは、議会やホワイトハウスへの自由なアクセスだ。」

 情報ハイウェイやインターネットで二〇年遅れてしまったという日本だが、本当に遅れているのは、そうし た情報ネットの背景にある民主主義、市民社会の活力ではないのか。通信産業と情報技術はグラフィックや動画ビデオで情報ハイウェイ上を行くデータ量を増大 させるかも知れないが、そこでの*情報*を増大させるのは活性的な市民社会である。情報ハイウェイの喧噪の中で依然として問われているのは、市民が産業と 政府を動かすあの古くて新しい民主主義の理念である。
議会議事堂
米国議会の建物までだれでも自由に近づける
 


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