印刷メディアを人びとに届ける上で、郵便は重要な役割を果たす。一般市民がテレビ、ラジオなどのマスコミを使うこ とは非常に難しく、取り次ぎ店を通して書店に流通させるのも不可能である。主張を広く訴えたいと思えばまず郵便という手段が出てくる。ミニコミはほとんど 郵便によって送られる。
アメリカには、この市民的メディアである郵便の中に、市民団体(NPO)割り引きという興味深い制度がある。
会報ができた。封筒に入れた。宛名もはった。そしたら次に手紙を郵便番号ごとに仕分けする。ただでは安くならな い。手間は増える。郵便番号ごとの仕分けは量が多いと大変な作業だ。だからコンピュータを使って、あらかじめ郵便番号順に宛名ラベルを打ち出すようにす る。アメリカのNPOがかなり早い時期からコンピュータを導入した理由の一つはこの割り引き郵便の発送作業だった。
仕分けした郵便は市の本局にもっていく。普通のポストには出せない。人口七〇万のサンフランシスコの場合 は、約四〇局ある内、港近くの「ビジネス郵便集配局」だけがこれを扱う。ちょっと不便な所。車で手紙をそこまで持って行き、書類を書いて提出する。前もっ て電話連絡しておくと、行った時に駐車場のゲートを開けて中に入れ、荷物を下ろし易くしてくれる。
最近は、こうした手間を考えるとNPO料金を使うのも大変だから通常郵便で出してしまうことも多い、と北脇さんは言う。日本のように一通八〇円もかかれば別だろうが、三〇円ちょっとで、部数も少なければそういうこともあるだろう。
その表でだん突のトップが八〇セント(八〇円)の日本だった。値上げされたアメリカの料金より四八円も高い。アメ リカは日本の二〇倍もの大きな国である。広大な平原の一軒屋に配達していくのは大変なコストだ。アラスカもハワイもある。「狭い日本」の国内郵便が、ほと んど国際航空郵便に近いアメリカの国内郵便より二・五倍高いのはなぜか。「異常な円高」だけでは説明できない。
アメリカから日本への国際航空郵便でも最低料金が六〇セントだ。つまりあなたが日本国内でとなり街に手紙 を出す場合でも、私がアメリカから出してあげた方が二〇円安い。アメリカから肩代りの郵便差しだしをしてやれば商売になるぞ、と考えたこともあったが、残 念ながらこうした外国経由郵便は郵便法で禁じられている。
感慨深いものがある。アメリカから日本にミニコミなどを送る機会の多かった私は、国際郵便料金を安くあげようと、一時帰国する人に頼んで日本で投函してもらうというようなことをしていた。それが、今では重量帯によって、こちらで投函した方が安くなった。
郵便は市民にとって重要なメディアである。一般市民はテレビ、ラジオ、新聞などに自分の主張を出すことは 難しい。何かを広く訴えようとした場合、まず使うのが郵便だ。ミニコミや集会のお知らせは常に郵便によって送られる。したがって、これが高いということ は、市民的メディアの観点から言ってゆゆしき問題である。日本の郵便法は、その第一条で「この法律は、郵便の役務をなるべく安い料金で、あまねく、公平に 提供することによって、公共の福祉を増進することを目的とする」と唱っている。この理念を日本の郵便制度は充分に果たしているだろうか。
料金の高低だけでなく、料金体系も問題がある。例えば、アメリカの国内郵便には「印刷物」という区分があ
り、ニュースレターなどを出す際に安くなるが、日本にはこれがない。さらに、市民団体(非営利団体)割り引きというのも日本にはない。アメリカには、日本
の「第三種郵便」にあたる「第二区分郵便」と、大量差し出し郵便(第三区分郵便)の中にNPO割り引きがある。例えば後者の場合だと、許可を得た約三〇万
の団体が通常郵便の数分の一以下で手紙を出せる。第三区分郵便内割り引きだけで年間一二〇億通の郵便が発送されている。必ずしも定期刊行物でなくてよく、
例えば、集会のお知らせ、寄付依頼の手紙などもこの割引レートで出せる。日本の郵便にも障害者割引などがあるが、全体として対象は限られており、社会内部
に多様な意見と文化を育てる観点からは、改善の余地がある。
まず、日本の第三種に相当する「第二区分郵便」だが、アメリカの「第三種郵便」は日本より基準が緩やかで、季刊以
上の発行回数でよく、発行部数が何部以上、などの制限がない。この第二区分郵便の中にさらに次の六つの割り引き料金区分があり、その中のひとつがNPO割
り引きとなっている。一般商業紙誌より四割程度安いNPO料金が設定されている。
・郡内に郵送する刊行物
・NPOの出す刊行物
・学校授業用の刊行物
・農村地帯向け農学刊行物
・限定部数刊行物(郡外五〇〇〇部以下)
・農村地帯向け限定部数農学刊行物
料金計算は複雑だ。一通当たりいくらの通数料金と、郵送物全体の重量料金を合算して料金を出す。さらに、 この通数料金は、郵便番号別仕分けの程度、バーコード利用の有無などによってさらに細かく分れる。重量料金も「広告ページ」(広告が一〇パーセント以上含 まれるページ)と「非広告ページ」で別の料金が設定され、さらに「広告ページ」は送り先の遠近で料金が複雑にわかれる(ゾーン制)。他に、最初の資格取得 時に二七五ドルの手数料が必要である。
日本の第三種郵便のように、何グラムいくらと簡単な計算はできない。が、例えば広告なし仕分けなしの
NPO刊行物で、一通あたり二〇・八セント、ポンド(四五四グラム)当たり一四セントの料金だ。普通のミニコミなら一通約二五セントといったところ。日本
の第三種郵便は五〇グラムまで六〇円だから、これよりはかなり安い。
NPOは通常、州で設立(法人化)され、連邦内国歳入局(国税庁)から寄付金控除団体の認可を受ける(詳しくは岡 部『社会が育てる市民運動—アメリカのNPO制度』社会新報ブックレット)。一つの連邦機関からNPOとして認知された上で、なぜまた郵政公社から認定さ れる必要があるのか。
「第二区分、第三区分郵便のNPO料金を申請するが、内国歳入局の税控除資格をもたず、もつ必要もない多くの小規模市民団体が存在する」(*42 Federal Register* 31,592 (1977))からだと郵政公社側は言う。つまり、寄付金税控除資格は必要ないので取らないが、郵便のNPO割り引き料金はほしいという市民団体がいるから独自認定が必要だということである。
次の八種の団体が、独自規定で、NPO割り引きの対象なっている。
一、宗教団体
二、教育団体
三、科学団体
四、慈善団体
五、農業団体
六、労働団体
七、退役軍人団体
八、親睦団体
これらの分類は広く解釈され、通常の社会活動市民団体なども「教育団体」や「慈善団体」として申請できる
のは一般のNPO関係諸法の場合と同じだ。典型的な非営利団体で税制優遇も厚い「301(c)(3)団体」は一—四あたりに相当するから、NPO郵便割り
引きはこれより広い層のNPOを対象にしていることがわかる。様々な立法措置が輻輳する中で、次の団体・機関に対しても、NPO資格にかかわりなく、割り
引き料金が適用されている。
・第二区分郵便 — 農村電力生協の刊行物、教育的ラジオ・テレビ局などの番組案内書、州ハイウェイ局の刊行物、州開発局刊行物、保全・野生動物保護機関の刊行物
・第三区分郵便 — 政党の全国委員会と州委員、民主党上下院キャンペーン委員会、共和党上院、下院委員会
また、業界団体、商工会議所、社交クラブなど、NPO資格にかかわりなく割り引き料金の対象にならない団体も、独自規則(DMM)で規定されている。
しかし、この政府予算支出の制度は政府赤字削減の動きの中で規模縮小の運命をたどる。一九八七年度の六億五〇〇〇
万ドルが九四年度には九三〇〇万ドルにまで減り、そして、NPOの反対にもかかわらず、一九九三年看過歳入改革法により同制度は廃止された。コストは郵政
公社側が負担することになり、一九九八年から、NPOも固定費用分を半分程度は負担する料金体系に移行する。例えば、他の郵便料金が直接経費の一五〇パー
セントの額に設定されるとすれば、NPO料金は一二五パーセント程度には設定される。一九九八年までに、第二区分郵便で一二パーセント、第三区分郵便で二
三パーセントの段階的値上げが行なわれていく。
NPOへの特別料金が最初に現れたのは、一九一七年戦争歳入法というおよそ高貴な理念に程遠い立法による。第一次 大戦による戦費増大に対応すべく政府歳入を見直す中で、郵便料金にもメスが入れられた。一般新聞、雑誌を対象にした第二区分郵便料金に、広告量の大小・送 付先の遠近を勘案した「ゾーン制」が導入され、実質的な大幅値上げが行なわれた。NPOの刊行物はこのゾーン制から除外され、低料金に抑えられた。議会の 審議は、商業紙誌から出された反対論議を中心に進み、NPOの特別扱いについてはほとんど議論がなかったという(立法史については、*Harvard Journal of Law and Pulbic Policy*, Vol.11, No.2のRichard B. Kielbowiczらの論文を参照のこと)。
第三区分郵便のNPO割り引き料金は、一九五一年の立法(Act of Oct.30)によって初めて設置される。これも、やはり、全体的な郵便料金値上げに対するNPO料金の除外という形でかちとられたものだ。多くのNPO が議会の公聴会で発言し、値上げが貴重な社会福祉活動の財源を奪う結果になることを訴えた。例えば「障害のある子・成人全米協会」(BSCCA)のレ ティッグ事務局長は次のように証言した。
「私たちの郵便料金出費が増える、と言うだけでは不充分だ。全米の障害をもつ子、成人に与えられている二 五万ドル相当のサービスが奪われると言った方が現実的だ。この二五万ドルは九〇人の医療セラピスト、職業訓練セラピスト、または言語セラピストの年間給与 に相当する。何千、何万という子、成人から必要な介護を奪うことが議会及びこの委員会の意図ではないと信じる。」(前掲論文、 p.355)
日本でも、一九九四年一月の郵便料金値上げの時に、第三種郵便物内の心身障害者団体定期刊行物については例外的に値上げが除外されている。値上げは困るが、値上げ時は社会的に公正な料金体系を導入しやすい機会でもあるようだ。
割り引き料金の理念は、一九五八年郵便政策法の中でようやく抽象的な形で触れられた。同法は、料金割り引きのコストを公共財源で負担することを定めたものだが、同法の冒頭部分に次のような表現がある。
「議会に権限を与えられた郵便事業の運用にあたり、歴史的、また公共政策の実態として、いくつかの郵便区 分の間に、認知され、受け入れられた特定の諸関係が成立してきていた。…郵便事業は、国民的福祉に合致すると正当化されることのみを基本に、多くのユー ザーに対して多様な機能を実現し、便宜を提供することは明かである。」
また、料金設定にあたり、「合衆国国民の間の社会的、文化的、知的、商業的交流を促進する上での郵便事業固有の利点を発揮し続けること」に考慮するとも唱っている。
その後、一九七〇年郵便再組織法がアメリカの郵便制度を大きく変えたが(郵政省を廃止し、郵政公社を設置)、NPO料金割り引き制度はほぼそのまま残った。以後、割り引きの対象となるNPOの範囲、広告の許容度、割り引きの財源などでの議会論議が続いている。
「グリーンピースその他多様な公益団体にとって、家庭の郵便受けは聖域であり生命線である。マスコミの検問を通れ ない政治的視点をかろうじて送り届けることにおいて聖域であり、この国の市民参加の伝統を育み、維持していく上での生命線である。…郵便は、他のいかなる 方法でも到達できない憂慮する市民のコミュニティをつくり出す。共感を寄せる人びとの大きな集団がメールを通じてコンタクトされ、掘り起こされ、他のグ ループと共有され、教育され、行動へと駆り立てられている。」(*Utne Reader*, Nov./Dec. 1990, p.56)
個人や小グループがテレビ、ラジオ、新聞などのマスメディアにアクセスするのは容易ではない。その中で郵
便は、社会的弱者を含めて社会全体にコミュニケーション能力を保証するインフラだ。NPO優遇郵便料金は、社会の中に多様な価値観を保証する上で大きな役
割を果たしていると言えよう。