コンピュータで代替通貨をつくる ―LETSシステム

岡部一明(『パソコン市民ネットワーク』技術と人間、1986年、第2章8)

 アメリカでは、七〇年代初めから、地域資金の域外流出が問題になってきた。銀行は地域住民からあずかった預金をビジネス街などに投資してしまい、結果的に地域の資力をやせおとらせる役割を果たしているという。特にスラムの多い貧しい地域の銀行は、集めた貯金をリスクのともなうそうした地域の事業や家計に融資しない。例えば住宅ローンなどもなかなか融資しない(こうした特定地域への投資差別をレッドライニング(赤線引き)と呼ぶ)。このためその地域はますます荒廃し、経済的にも不活性化する。

 この投資差別と地域マネーの流出への抗議が強まるなか、その是正をはかる連邦家屋抵当公開法(一九七五年)、地域再投資法(一九七七年)が制定された。しかし、銀行の投資活動に関する情報公開規定が不充分であり、また住民側に過大な投資差別証明義務を負わせていることなどにより、充分な効果は上がっていないと言われる。こうしたなかで市民によるさまざまな地域経済づくりの試みが生まれることになった。
 

物々交換経済のなかのコンピュータ

 まず、地域にお金がないなら、金なし経済をつくってしまうという物々交換の運動である。お金を通さず物と物を直接交換すれば、資金不足のコミュニティーでも必要な物資が調達できるし、交換経済の活発化や"雇用"(非貨幣的対価支払いによる労働)創出効果を生み出す。

 数多い地域物々交換プロジェクトの中でもユニークなのは、オレゴン州ユージン市の「ハローぺージズ物々交換ネットワーク」だ。ここでは八三年から、コンピュータを使った交換経済づくりをめざしている。

 まず、年会費二〇ドルを払ってこのネットワークに加わる。交換したい物(あるいはサービス)ができた時点で、それを自分の名前・電話番号とともにコンピュータに登録してもらう。これはコンピュータのある事務所に電話をかけて行なう。コンピュータにはカード式データベース・ソフトが組み込まれていて、多くの加入者の中からぴったりウマの合う交換相手を瞬時に割り出す。そこで人と人とが直接合って取り引きを行なう。取り引きが成立すればデータベースの情報はすぐ更新され、新しい交換材料ができればまたコンピュータに情報が入力される。

 コンピュータが人と人との交流をさまたげるなどということはここではない。逆に、コンピュータによって物と物、人と人とが結びつけられ、人的交流をともなった経済活動が可能になった。
 

草の根エレクトロニック・バンキング

 さらに進んでいるのは、カナダ西海岸バンクーバー島コモックス地方ではじめられた「地域交換取引きシステム」(LETS)。通常の物々交換は交換したい物と物がうまくマッチしなければならない。しかし、ここではその不自由さを克服した。物やサービスを提供しあい、貸し借りバランスをコンピュータに登録してしまう。借りの"量"をどんどん増やしていっても、後で物や労働を提供して帳消しにすればそれでよい。提供する相手はだれでもよい。いわばキャッシュレス時代の物々交換。原始経済とコンピュータの奇妙なとりあわせだ。コンピュータの中で作動している仮想の通貨単位は「グリーン(緑の)ドル」と呼ばれ、カナダ・ドルとの等価性を持たせてある。

 LETSは八三年、マイケル・リントソらを中心とした「ランズマン・地域サービス」(LCS)によって開発されたシステムで、現在バンクーバー島の十二地域で稼動している。

 具体的に内容を見ると、まず月に一度、交換申し込みの情報紙が出される。これはコソピュータからのプリントアウトで、「自家栽培野菜売りたし」「タンス買いたし」「ステンドグラスの修理します」等の情報がぎっしりっまっている。人々はこれをもとに取り引きを行ない、LETSの事務所に電話して適当な額で決済しあう。LETS特製の小切手やクレジットカードで決済し、後でコンピュータの「残高」を変更してもらう方法でもよい。「残高」には利子がつかない。また発生する緑のドルの「所得」は課税対象となる。

 システム入会金一五カナダ・ドル、一件につき四五緑セントの取り引き手数料、一行にっき三〇緑セントの情報紙広告料がかかる。システムの経費もここで得た緑のドルでまかなわれる。

 次のステップとして、一般の小売店をこのシステムにまきこむことが考えられている。個人問の物々交換とちがって、一般小売店では、商品の卸し時に必ず通常の貨幣が必要である(そこまでLETS経済が広がるのは先のことだ)。したがって商店側としても全額縁のドルで物を売ってしまうことはできない。が、商店のマージンになる部分だけは緑のドルによる支払いを認めることができる。商店主たちも地域で生活しているのであり、地域通貨さえあればある程度生活がなりたつからだ。手始めにガソリン・スタンドなどが、値段の四%までは緑のドルでOKという商法を試みはじめている。

 市民運動もいよいよ社会の根幹たる金融にまで手をのばしてきたわけだが、このような代替通貨をつくる試みは法律上問題ないのだろうか。LETSでは「表現の自由の保証される国なら、このような試みはまったく合憲的である」としている。つまり、他者から受けた奉仕にドルの価値をつけてみるのは自由だし、その価値をコミュニティー成員の中に返すことを約するのも、まったく人問としての権利、表現の自由の範ちゅうに入るという。

 確かに、LETSのような経済システムを広げていくためには、現行法制の若干の見なおしが必要だともいう。例えば、緑のドルの「所得」に課税されるにもかかわらず、緑のドルによる税金支払いが認められないのはおかしいと主張する。また、一方で緑のドルが限定的にしか使用できないにもかかわらず、その「所得」が通常所得と同じに扱われ、社会福祉給付が削られる矛盾も指摘している。

 LETSのソフトウェアは無料である(ただしシステム採用には一〇〇ドルの登録料が必要)。すでに北米各地から一五〇以上の申し込みがあった。バンクーバー市では本格的な都市型LETSシステムの実験がはじまっている。今後、カナダ、アメリカの地域社会で、このコンピュータ式物々交換が広まっていくことだろう。
マイケル・リントンさん。後年(2000年1月)、カリフォルニア州サンタクルーズで。


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