シリコンバレーでアジア系ベンチャービジネス急増

  岡部一明『サンフランシスコ発:社会変革NPO』(御茶の水書房、2000年)、第4章より

 

 

 「三国誌の冒頭にこういう言葉があります。天は象を垂れ、聖人これに則る。」
 アジア系アメリカ人工業協会(AAMA)のジョージ・コー理事長が英語で言う。「私流に解釈すれば、世界のあらゆるものは変化する、常に変化への準備を行なう、ということです。変化に備える者はリスクを負うことをいとわない。」
 なぜアジア系のベンチャービジネスが多いのかを聞いたら、中国の古典を引用しての説明が返ってきた。「アジア系なしに、今日のシリコンバレーは考えられません。」とコーさんが強調する。「インテルでも、ヒューレット・パッカードでも、シリコンバレーの多くの企業は、アジア系従業員を取り除いたらつぶれます。エンジニア、経営の中枢にアジア系が入っています。」
 
シリコンバレーにヒンズー寺院
シリコンバレーにはヒンズー教の寺院が多い。
 
  一九七〇年から九〇年(最新の国勢調査年)の二〇年間、シリコンバレーのアジア系人口は四万人から二六万人へと六倍に増え、地域人口の一七パーセント、雇用労働者の四分の一を占めるようになった。特に最近は、自らビジネスを起こすアジア系が増えている。カリフォルニアのシンクタンク「カリフォルニア公共政策研究所」(PPIC)の報告書[AnnaLee Saxenian, *Silicon Valley's New Immigrant Entrepreneurs*, June 1999, http://www.ppic.org/publications/PPIC120/index.html]によれば、一九九八年段階で、シリコンバレーのハイテク新興企業の四分の一が中国系人、インド系人によって経営されていた。それらの企業は売上で一七パーセントを占め、雇用の一四パーセントをシリコンバレーにもたらしていた。これは一九八〇年から九八年までに創業されたハイテク企業についての数字である。中国系二〇〇一社、インド系七七四社、計二七七五社があり、売上が一六億八二五〇万ドル、雇用が五万八二八二となっている。興味深いことに、初期の八〇−八五年設立の企業について見ると、中国系、インド系はバレー内企業数の一三パーセントを占めるのみであるが、最近の九五−九八年設立の企業の場合では二九パーセントにまで増えている。中には大会社に成長するアジア系企業も少なくない。従業員全世界一〇〇〇名以上、年間売り上げ二〇億ドルを超すセレクトロン社をはじめ、ラム・リサーチ、コーマック、ボーランド、カデンス・デザイン、キューム、データエクスパート、ダイアモンド・マルチメディア、フォラ・アドニックスなど一億ドル以上の企業も目白押しだ。インターネット検索サイト「ヤフー」の共同設立者のジェリー・ヤング氏などマスコミを賑わすアジア系起業家も出てきている。よく言われることだが、シリコンバレーはICでつくられているという。この場合ICは集積回路のことではなく、インド系(Indian)と中国系(Chinese)のことだ。
 

ベンチャー資本もアジア系に注目

 「アジア系の優秀な人びとは、既存企業内で、『ガラスの天井』(昇進などでの見えない壁)にぶつかりました。そこで多くが企業を飛びだし、自分の企業を起こしました」とコー理事長。彼自身、子どもの頃中国本土から来た移民一世で、いくつかのシリコンバレーのハイテク企業で働いた後、アジアとのビジネス連係を支援するコンサルタント会社を設立した。「自立心だけでは不充分。第二の要因として、シリコンバレーの巨大なベンチャーキャピタルの存在があります。これは生半可なカネではない。何千億ドルという規模の資本です。これらが今、アジア系に注目し出し出しました。五年前とさえ大きく異なる。アジア系企業支援がいい投資になることを理解しはじめました。」
 AAMAは、こうして台頭してきたアジア系起業家の互助組織として一九八〇年に設立された。シリコンバレーのハイテク企業関連を中心に現在、五五〇企業六五〇名の会員を集め、ビジネス立ち上げのノウハウ共有、人的ネットワーキング、アジアとの交流などの活動に励む。最近は、グローバル化する経済の中で、米企業のアジア太平洋地域との経済交流にも重要な役割を果たす。「これまで、アジア系企業と言えば零細衣料工場、レストラン、ドライクリーニング店を思う人が多かった。だが、シリコンバレーではそうではなくなった」とコーさん。移民ビジネスは零細すきま産業という固定観念をくつがえし、今後の中枢的な産業の中でのベンチャービジネスを生み出している。「私たちは移民として、アジア太平洋地域とのビジネス連係強化に貢献できる立場にいます。アジアは世界市場の三五―四〇パーセントを占めることに多くの人は気づいていません。」
 

多様性は強さだ

 「ガラスの天井」からはじまったAAMAは、移民の権利擁護にも力を入れる。移民法案の中で技能移民を削減させるような策を撤回さるためキャンペーンを行なう。シリコンバレーでは現在(二〇〇〇年五月)、約三〇万人の技能労働者が不足していると言われ、技能労働ビザ拡大の要求が大きい。五月一一日にはクリントン大統領が、現在の技能労働ビザ枠年一一万五〇〇〇人を二〇〇三年まで年二〇万人に拡大する計画(と一九八六年以前から滞在する資格外外国人労働者を合法化する計画)を発表している。「アメリカの多様性は強さだ。これまで世界中から有能な人びとを引き付けてきた。移民はここで懸命に働き、会社を起こし、雇用を創出し、製品をつくる。移民削減で損するのは米国自身だ」とコーさんが言う。グローバル化する経済の中で、多民族的な企業家経済を生み出せる社会が強力な市場競争力をもつということであろう。
 
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