保守派と草の根 ーアメリカの移民支援運動

  岡部一明(『多民族社会の到来 』御茶の水書房、1990年、第3章より)
 

○日本には専門職外国人も来ない?

 「テープを入れかえてくれ」と、止まったカセットレコーダーを指さしてリック・シュワルツが言った。「ここは特に重要なのだから」と念を押してから、彼は再び語る。

 「日本は、外国人受け入れに対するかたくなな姿勢により、自分自身を傷つけている。専門職の外国人労働者だけ受け入れるというが、外国人に対する偏見の強い社会にどれだけの技能労働者が来たいと思うだろうか。そのような社会にどれだけの専門職の人々が家族を呼び寄せるだろうか。対等の市民になれない社会にどれだけの人が残りの人生をかけようという気になるだろうか」。

 シュワルツ氏は、移民受け入れのためロビー活動を行う「全米移民難民市民権フォーラム」(NIRCF、本部ワシントンD・C)の創設者。一九八二年から八九年までその会長を勤めた。現在でも議会向けに活発な活動を展開し、議会と草の根活動を結び付けるため全米各地の移民支援団体をまわっている(このインタビューもサンフランシスコの移民支援団体で行った)。連邦議会の「現実政治」を常に相手にしなければならない彼の論はしばしば挑発的でさえある。

 「米国は、問題があるとしても、人種的民族的多様性を受け入れる社会に変わりつつある。差別を根絶する法体系も整備してきた。この変化の過程は苦痛を伴うが、今後の国際化された世界の中で、米国社会の特性はひとつの力になる。移民を受け入れられる米国は、日本やヨーロッパ諸国に対して戦略的優位さをもつ。」

 彼の言葉は時に草の根活動家の反発もかうようだが、彼には確信がある。「私が議会向けに活動する時は、道徳的な正しさとか人道的な理想とかを語らない。あくまで現実的で冷徹な論理、何がアメリカにとって有益なのかに論点を絞る。私は草の根活動家から批判されることもある。しかし私の仕事は、議会で具体的な成果を出すことだ。例えば、移民支援活動家の中には入国管理を認めず、オープン・ボーダー(開放国境)を主張する人もいる。二〇年後、三〇年後にはそれもいいかもしれないが、現時点ではそういう要求を出しても無意味だ。政治的信用をなくす。」

 現在、米国の保守派には、時ならぬ移民賛美論が起こっている。主要経済紙『ウォール・ストリート・ジャー十ル』は自由市場擁護の立場から自由な移民を支持しているし、保守系のシンクタンク、例えばスタンフォード大学「戦争革命平和フーバー研究所」系のトクビル研究所をはじめ、ヘリテージ財団、ハドソン研究所、公共政策研究アメリカ事業研究所、政策研究マンハッタン研究所、カトー研究所などが活発な移民政策研究を組織し、移民拡大を求める提言を出している。現在アメリカは徐々に移民拡大の方向に向かっているが(後述)、この動きに少なからぬ影響を与えているのが、こうした保守系の移民支持派である。シュワルツ氏らは、この潮流にくいこみ、時にその論理を借りながら、したたかに議会向け論陣をはる。

 シュワルツ氏たちの論理は、保守派の移民歓迎論と完全に一致するわけではない。保守派は、米国企業のため専門的労働力の確保が必要という点を強調するが、シュワルツ氏たちは、多様な人々を受け入れられる多民族的な社会自体の優位さを強調する。例えば、近年大いに問題になった「家族関係移民を優先するか技能移民優先か」という議論では、保守派は、前者を止めて後者を増やせと主張する。これに対し、シュワルツ氏たちは、移民が新しい社会にスムーズに適応し自立するためにも、支援の人的ネットワークを確保してくれる家族関係移民が重要だと主張する。短期的な目先の国益ではなく、長期的な視点に立った、新しい世界秩序にふさわしい社会の変革とその「国益」を訴える。
 

○「移民の国」はたたかいとられる

 現在、経済の停滞と国際競争力の相対的低下にあえぐ米国は、外国人受け入れに特に余裕がある訳ではない。失業の増大につれて、移民排斥、とりわけ「不法」外国人労働者非難のキャンペーンが高まっている。八六年新移民法が雇用者罰則制度をとりいれて「不法」外国人取り締まりを強化したのはその一つの現れである。米国が多民族・多文化的な方向に「分解」していくことへの反発から、英語をアメリカの公用語として正式に認定させようとする動きも強まっている。

 こうした中で、米国をなお「移民の国」として踏みとどまらせているのは、ここで紹介する米国内移民・マイノリティーの活発な運動である。雇用者罰則制度を導入した八六年移民法は、同時に、三〇〇万人の「不法」外国人合法化措置を盛り込まなければ議会を通過させることができなかった。米国の人権団体の中には、受け入れは一時的な外国人労働者ではなくて、全面的な権利をもった移民でなければならないとする主張があり、同立法の中で提案されていた一時的農業労働者導入策も、移民としての受け入れ(特別枠での農業労働者合法化措置)に姿を変えられている。何より、年間六〇万人に達する今日の合法移民のレベルを下げることは、政治状況からいって不可能である。逆にこれを拡大する法案が次々に出されてくるのが現状だ。「移民の国アメリカ」は、マイノリティー運動によって日々たたかいとられ実現されているのである。

 ディレクトリーによれば、米国には移民難民の支援組織が約一〇〇〇団体ある。米国では、法律相談、職・住居斡旋、地域教育、保健、その他あらゆる社会福祉分野で非営利の市民団体が活発な活動を行なっており、それが差別なく新移民へもサービスを提供している。すでに確立した移民社会があり、それに支えられながら、旧移民が新移民を支援したり、新移民が自助活動を組織するという動きが盛んだ。
 

○移民労働者の自助活動

 そのひとつサンフランシスコの中南米系外国人労働者支援団体「ラサ労働協会」を訪ねた。事務所の前の路上でメキシコ人らしい労働者と話をしていたのが、ここの所長・ホセ・メディナ。彼らの事務所は、サンフランシスコの中南米系人の街ミッション地区にある。ツインピークスの丘にさえぎられてシスコ名物の霧もここまでは来ていない。明るいカリフォルニアの空が広がる下で、メディナはクライアントに応対する。

 「この辺では、お昼に入れるレストランがもうあまりないんです。私たちが支援する移民労働者は大体この近辺のラテン系レストランの人たちです。私たちはそこのオーナーたちと相当わたりあってしまいました。オーナーも私たちの顔を見たくないでしょう。」

 そう言って、メディナは穏やかに笑う。ラサ労働協会は、一九八二年につくられた法律相談の非営利団体である。常駐スタッフをおき、五名の弁護士をかかえ、無償で中南米系労働者の法律相談にあたる。労働相談に応じる他、ストライキを支援したり、既成労働運動内部での移民労働者の地位の向上、労働問題の調査研究、など多彩な活動を行なう。問題を持ち込んでくる労働者の滞在資格などは聞かないし、聞いても問題にしない。はっきりした数字は教えてくれなかったが未登録外国人も多いと言う。

 「レストラン、ホテル、建設業などの労働者の場合、違法就労の弱みにつけこんでボスが給料を払わないことが多い。(給料の)小切手は切るが、銀行にお金が入ってないのでお金にできない。労働者が文句を言いに行くと、『移民局を呼ふぞ』と言う。そこで私たちが代わりにお金を取り返しに行く。たとえ、不法就労であったとしても、連邦・州の法律は働いた賃金をもらう権利を保証している。強制送還されたとしてもポケットには給料小切手が入っているという訳だ。」とメディナ。

 説得に応じない頑固な雇用主の場合は、労働委員会や裁判所へ訴えをおこす。しかし、訴訟は費用が高くつくので、雇用主は訴訟になる前にしぶしぶ賃金支払いに応じることが多い。一九八九年一年問でラサ労働協会は、六三五人の労働者について計一六万ドルの未払い賃金を回収した。

 「弁護士が五名居るが、給料が低いので、しばらくすると他に行ってしまうのが悩みの種だ」と言ってメディナが苦笑する。米国では、市民団体でも、財団などから援助を得てかなり本格的な事務所をかまえるが、ラサ労働協会も、バンガード(前衛)財団、第三世界財団、地域青年プロジェクト、ポベレロ基金、人間開発キャンベーンなどから助成を得ている。いずれも社会の積極的な改善を支援するというポリシーをもった助成団体だ。メディナたちの事務所も出窓の美しいピクトリアン調の建物で、かなり広いスペースに机が五ー六個ある。朝早いため、この日は他にもう一人女性のスタッフ・バヨラさんが居るだけだった。

 「これは私たちが大好きなマンガです」と言って、メディナは壁の絵を指さした。アメリカの移民官がメキシコ人労働者に「君は一九八二年一月以前からここに居たかね」と聞いている。八六年移民法で、この期日以前からの違法滞在者は合法化されることになった。マンガの中のメキシコ人は、祖先・アズテカ人の格好をしている。カリフォルニアはかつてメキシコ領であり、この大陸一帯には彼ら先住民が住んでいた。その末裔たちに向かって滞在が違法だとか、合法化してあげるとか言うのは滑稽、ということだろう。
 

○八六年移民法を契機に全米的なネット

 米国の移民支援運動にとって八六年移民法は一つの転機となった。この法律は、未登録外国人労働者を雇った雇用主に対する罰則を導入した。移民支援側は、こうした法律は外国人労働者を益々非人問的な労働条件に追いこみ、外国人に「見え」、外国なまりがある人々への雇用差別を増加させるとして強く反対した。

 雇用者罰則の提案は七〇年代初期から行なわれてきたが、八一年に「不法滞在者」の合法化とセットで法案が議会に上程されるに至り可決への現実味を帯びてくる。支援団体側は活発にロビー活動、議会外での集会、デモなどを組織し、この中で全米的なネットワークが形成されていく。八二年に、ロビーイング活動を中心とする「全米移民難民市民権フォーラム」(前記シュワルツらの団体)、八六年には、草の根レベルの運動体を結集する「移民・難民の権利のための全米ネットワーク」(NNIRR、本部カリフォルニア州オークランド)が結成された。後者の「全米ネットワーク」は、八六年五月に開かれた支援運動の全米会議で結成が決議されたもので、現在、全米三五の地域的連合組織などの加盟を得て、草の根支援運動の中心的役割を果たしている。


全記事リスト(分野別)


岡部ホームページ

ブログ「岡部の海外情報」