カリフォルニアではじまった電気事業の規制緩和

   −原発が競争に負ける
   −過渡期の混乱をどう回避するか
   −その時、環境団体は、規制機関は、電力会社は
 

   岡部一明(『社会新報』4回連載、1996年7月)


 「奥さん、一カ月サービスするから、来月から○○電力に切り換えてよ」とセールスマンがやってくる時代が間近い。電気はこれまで地域独占。どこから電気を買うか選択の自由はなかった。だが、これからは新聞や長距離電話と同じように、好みの電力会社から(あるいは一円でも安い電力会社から)自由に電気を変えるようになる。

 各国で電力市場の自由化が進められているが、今、世界的に最も注目されているが米カリフォルニア州。州内電力料金が割高との批判の中で規制緩和の動きがはじまり、昨年一二月に州公益事業委員会(CPUC)が電気事業を抜本的に再編する「電気再編裁定」を下した。一九九八年から大口産業顧客の買電を自由化、一般消費者も二〇〇三年までにはどこからでも自由に電気が買えるようになる。送電・配電線が独立システム運営者(ISO)と呼ばれる第三者機関によって運用され、そこを通じた電力の自由売買が行なわれる。自家発電、小規模発電事業者の参入も加速され、電力産業が根本的に変わる。

 電力市場自由化とは何か、これをどのように押し進めるか、その背景は。四回に分けて、環境運動、電力会社、規制機関、独立発電業者など各層の意見を紹介する。
 

1、「高コストの原発がすべてを変えた」

 ドナルド・W・アイトキン博士(憂慮する科学者同盟(UCS)上級サイエンティスト)
 

産業界が電力会社を回避して低コスト発電を追求

 現在の電気事業の再編(規制緩和)は、一般に、市場原理に向かった流れと説明されている。規制がなくなれば電力会社は効率的になる、電気料金が下がるなどと言われる。だが、詳細に見ていけば、根底に特定集団の利害がある。

 例えば、電気料金が高いカリフォルニア州では、電力会社でなく、一般産業界が規制緩和を求めている。電力会社を回避して、低コストで自家発電と売電を行なおうとしている。これに対し、電力の安い例えばウィスコンシン州では電力会社自身が規制緩和を求めている。隣のイリノイ州に原発があって電気料金が高く、ここに安い電力を売れるよう規制緩和を求めているのだ。

 数年前までアメリカでは、自家発電するより、電力会社から電気を買った方が安かった。しかし、原発がすべてを変えてしまった。カリフォルニアでの原発の発電コストは、他のエネルギー源の二倍以上だ。高コストを回収するため必然的に電気料金が高くなる。かつて、原発ほど安いエネルギー源はないと言われたが、電力会社は今、高い原発をかかえたまま市場原理の中に出されることを恐れている。原発は米国において恐るべき経済的失敗だった。現在、米国内約三〇州で、電気事業再編の動きが出ているが、そのほとんで自州または隣接州内の高コスト原発が、問題の根源になっている。

 カリフォルニアの電力会社は、電気事業を自由化しても、原発に関しては既存コストを(電気料金を高く規制して)消費者に払わせ続けようとしている。原発を閉鎖した後の廃炉処理コストも、付加コストとして電気料金の中に含められていく。カリフォルニアでは、規制緩和後も電気料金は安くならない。
 

一二パーセントを更新性エネルギーに義務づけ

 私たちUCSでは、シミュレーション計算により、電気事業再編の中で更新性エネルギーが安く充分な電力を供給できることを示している。カリフォルニアの原子力発電は、キロワット時あたり約一一セントである。地熱発電は現在八セントだが、新しい契約では六セントまで下がっており、太陽熱は一二セント(新契約八―一〇セント)、風力発電は五セント(新契約四セント)だ。クリーンな更新性エネルギーを使ってコストを節約できる時、なぜ原子力を使う必要があるのか。

 カリフォルニア州ではすでに電力の二〇パーセントが更新性エネルギーで発電されている。水力を除いて、風力、太陽熱、地熱、バイオマスだけでも一二パーセントだ。そして、この更新性エネルギー産業を育てるため、私たちはこれまで一一〇億ドルを投資し、六万五〇〇〇の雇用を創出してきた。これらの投資と雇用は保護されるべきだ。(昨年一二月のCPUC)裁定書の中でもこの主張が受け入れられ、カリフォルニアで電気を売る者は、その一二パーセント以上を更新性エネルギー源にすることが義務づけられた。

 更新性エネルギー・クレジット制度も導入された。一二パーセントの義務を果たせない売電業者は、その分のクレジットを買い(資金提供し)、更新性エネルギー発電事業の援助にまわす。すでにカリフォルニアには汚染クレジット制度というのがあり、大気への硫黄、窒素化合物の排出について、一定以下に抑えられなけれなければ他の企業から汚染クレジットを買わねばならない。これと同じ仕組みが再編の中で導入される。
 

二五年後にアメリカの原発はなくなる

 米国には稼働中の原発が一〇六基ある。これらすべてが今後二〇―二五年内に稼働更新手続きに入る。更新が認可される原発は一基もないだろう。認可には新しい安全基準をクレアしなければならないが、放射能による施設の老朽化が予想以上に激しく、アップグレイド(改修)がコスト的にほとんど意味をなさなくなっている。二五年内に米国の原発はすべて閉鎖されるだろう。大切なことは、この二五年間の内に、エネルギー源転換を行ない、更新性エネルギー産業を育てることだ。UCSの分析では、現在のテクノロジーと経済性を基礎にしても、二〇五〇年までに、アメリカ全体の全電力需要を更新性エネルギーでまかなうことが可能であるとの結果が出ている。
 

(ドナルド・W・アイトキン博士)

 核物理学者。スタンフォード大学教授、サンノゼ州立大学環境学部長を経て現職。電力業界再編の中で更新性エネルギー普及策を確立するため全米の公聴会をかけまわる。UCS(憂慮する科学者同盟)は、60年代にマサチューセッツ工科大学(MIT)で生まれた科学者運動。ノーベル賞受賞者を含め有力科学者を組織し、核、軍事技術、環境問題などで、専門研究に基づく鋭い政策提言を行なってきた。本部ケンブリッジ。
 

2、原発のコスト回収と省エネプログラムの存続が課題

  ―PG&E社エネルギー・センター、ジム・チャンス所長
 

クリーンなエネルギー源は高くつく

 PG&E社(太平洋ガス電気会社)は、州北・中部の四四〇万世帯・事業所に、年七五〇億キロワット(八〇億ドル)の電力を売る米最大規模の電力会社だ。多様化した電力源を有し、天然ガス三五パーセント、原子力一八パーセント、水力一八パーセント、独立発電者からの売電二八パーセントとなっている。化石燃料発電のすべては天然ガスで(石炭火力がなく)、原子力をどう見るかという問題はあるが、米国内で最もクリーンな電力会社と言える。独立発電者からの売電もほとんどがコジェネ(ビルなどでの電熱併給システム)で、その他、農業副産物を利用したバイオマス、風力、独立水力、太陽熱などとなっている。

 クリーンな電力はコストをともなう。PG&E社は、ハワイとカリフォルニア州内二―三の電力会社を除いては米国で最も高い電力料金になっている。全米平均がキロワット時当り七・二セントのところ、PG&E社は10セントだ。しかし、省エネ・プログラムの効果により、(電力使用が減っているので)一人当り料金額は、全国平均より低い。省エネプログラムには現実的な利益があるのだ。
 

発電の分散化が電力供給安定化につながる

 米国の電気事業は一九〇〇年代以来大きな変化はなかったが、一九七八年の連邦公益事業規制政策法(PURPA、パーパ法)で、小規模発電者の参入が認められた。これが現在、電気事業が経験している劇的変化の発端である。だれでも発電して電力会社に売ることができ、電力会社は高くても買わなければならなくなった。発電の分散化が電力供給安定化につながるという考えであり、米国では以後、大型発電所をつくることがほとんどなくなった。

 PG&E社は、一九八二年から独立小発電者からの電気を買いはじめた。八四年にカリフォルニアとオレゴンの送電線をつなぎ、両州間で電力融通をはじめた。八七年には西部全体の発電所がつながり(「西部諸州電力プロジェクト」)、電力会社間の電気売買がはじまった。史上はじめて卸しの電力市場が成立した。さらに、九二年連邦エネルギー政策法(EPA)が規制緩和を促進し、大口顧客については発電者からの直接購入も可能になった。これは劇的な変化だ。これまで一〇〇年近く、そんなことは想像もできなかった。

 一九九四年に、カリフォルニア州の電力会社規制機関CPUCが、規制緩和について、初めて具体的計画を発表した。これによると、大口顧客は電力購入料金も含めて規制が完全に取り払われる。一般家庭消費者に対しては、発電実績にリンクした料金設定方式(料金低化を促すと言われる)が提案された。これが発表されてすぐ、PG&E社の株が三〇パーセント下落し、投資家は大きな衝撃を受けた。

 一〇〇年続いたシステムを一夜の内に変えるのは無理だ。再編プロセスを遅らせる圧力がかかり、(昨年一二月の)新提案は、より長期のプロセスで規制緩和を進めるものとなっている。現在、競争市場づくりの具体的方式が議論されており、一九九八年から大口顧客(年五メガワット以上、六万ボルト以上)が自由に電力を買えるようになる予定だ。
 

原発のコストを回収する

 電気事業再編の中で電力会社にとって重要なのは「移行コスト」の問題だ。これまでの規制下で出費したコストを、完全競争に移行する前に回収することが保証されねばならない。最大の「移行コスト」は原発に関するものだ。PG&E社は、ディアブロキャニオン原発をつくるのに六〇億ドルを投資した。このコストの通常の料金徴収による回収は二〇一五年までかかる。(コストへの利益自動上乗せができる料金)規制がなくなるなら、「競争移行チャージ」(CTC)を特別に徴収し、二〇〇八年までにすべてのコストを回収するという提案を私たちは出している。二〇〇八年までは、なお、何らかの形で料金規制が必要ということだ。
 

省エネ策の継承

 規制緩和でもうひとつ問題なのは、過去二〇年間、私たち電力会社が実施してきたエネルギー効率プログラムをどう継続するかだ。省エネ技術を消費者に提供し、省エネ機器購入の補助を出すなどの事業を行なってきた。ここのエネルギーセンターの活動もその一環だ。省エネ投資を発電投資と同様に扱い、それを料金ベースに含めて(電気料金上乗せで)回収する需要側管理(DSM)プログラムを行なってきた。新しい発電所をつくらずに、省エネで電力余剰を生み出したわけだ。しかし、規制緩和で電力会社が発電事業から切り離されれば、こうした形の省エネ・プログラムもできなくなる。PG&E社はこれまで二〇億ドルを省エネ・プログラムに投じてきた。決して小さい額の投資ではない。ワイア・タックス(電線使用税)を導入するなど、省エネ・プログラム存続のための資金源が確保される必要がある。
 

(PG&E社エネルギー・センター)

 北・中部カリフォルニア一帯(人口1200万)に電気を供給するPG&E社(本社サンフランシスコ)は、米国最大の私営電力会社。特に、省エネプログラムに力を入れてきたことに定評がある。エネルギーセンターは、そのための省エネ技術展示、顧客向け教育活動を行なう施設。PG&E社は90年代に、年1億ドル以上の省エネ投資を行ない、2500メガワット(大型原発3基分)の発電容量を節約する予定だったが、市場導入の動きの中で計画を縮小している。
 

3、原発のコスト回収を図りながら規制緩和

  ―ダグラス・ロング(カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)環境エネルギー課長)

―規制緩和での原発の取り扱いに関心が高まっているが。

 「カリフォルニアでは、二つの電力会社が三基の原発を所有している(図参照)。原発はカリフォルニアの電気の二〇パーセントを供給するが、投資額に占める割合はさらに大きい。原発は建設から完成まで非常にコストがかかることがわかり、そのコスト回収のために二つのアプローチをとっている。サンノフリー原発とパロ・バーディ原発は通常火力と同様、コストを料金ベースに組み込む形(コストに利益を上乗せして料金設定)で回収が行なわれている。ディアブロ・キャニオン原発の場合は、あらかじめ、そこで起こす電気の価格を決め、発電量に応じた支払いを行なう。つまり、電力会社の努力(原発の稼働率)次第で利益が増える形にした。結果的には、ディアブロ・キャニオンは高い稼働率を示し、利益の大きい発電所となった。消費者にとっては、通常の料金設定に比して高くつくことになった。

 原発は、電気事業を再編する上で特異な問題を投げかける。再編の最も重要な目標は、発電レベルで価格競争をさせることだ。発電を配電事業から分離し、第三者の発電業者が直接顧客に売ったり、電力会社を通じて顧客に再販できるようにする。しかし、原発では、これまでのコストを払うため、料金ベースや電力価格を高く設定しなければならず、やれることに限界がある。CPUCとしては原発を経済的に成り立たなくさせることは避けたい。通常の競争市場では価格が高ければ他が競い勝ち、(非効率な方は)市場から駆逐されるが、原発の場合は競争移行チャージ(CTC、解説参照)などでコストを回収しながら、競争を導入していきたい。」

―規制緩和で原発の安全対策が後退することはないか。

 「ない。連邦政府に原子力規制委員会(NRC)があり、これが全米の原発の安全性に責任を負う。コストに関わりなく規制は規制として徹底させる。彼らが、安全のためにこれをせよ、できないなら閉鎖せよなどと言う。私たちCPUCは、その方が安いなら原発閉鎖を命じることもある。つまり、CPUCはコスト回収の料金規制を行なうが、安全対策が命じられればそれを実施するか、運転を停止させるかどちらかの選択になる。安全対策は高いのでそれなしで稼働させる、という選択はあり得ない。」
―電力会社が安全部門スタッフを減らすことはないか。

 「原子力は感情的な問題になっている。安全性が不充分と指摘する人はしばしば原発の稼働をいっさい認めるなと主張している。完全には安全にできないというわけだ。しかし、電力会社は安全スタッフやそのシステムをNRCの基準より低くすることは決してできない。それは電力会社が最低限守るべき基準であり、すべての原発に、NRC側の現場安全監督者がおかれている。」
 

(省エネも市場原理の中で)

―省エネ・プログラムはなくならないか。

 「競争市場で省エネや更新性エネルギー促進策が継続できるか大きな問題だが、基本的に、これらは電力会社その他が市場の中で提供していくと考える。エネルギー効率のよい電気機器の導入やそれへの補助など、省エネプログラムが競争的に提供されるだろう。規制機関が電力会社に実施させるのでなく、市場的に提供されるサービスから選択できる。その兆候はすでに出ているのであって、ここでCPUCが統制を維持していては、返って市場を後退させる。過去一五年間で省エネ(DSM)の概念を実証し、現在では、政府統制がプログラムを助けるより阻害する地点に来ているということだ。」
―一般市民は電気事業再編をどう評価しているか。

 「基本的には改革に広い支持がある。ただ、どのような改革にするかで意見が分れている。電力会社は改革を望んでいる。大口消費者も、個人・家庭消費者を代表する市民団体も、州政府・議会も改革を望んでいる。環境保護運動の人たちも、どのような改革にするかに注目している。省エネ策、更新性エネルギー促進策などに悪い影響が出ないことを望んでいる。また、現在、低所得層向け電気料金割り引きなどのプログラムが行なわれているが、これへの影響も議論されている。要するに、電気事業の改革を求める中でも様々な関心と利益があり、多様な動きがあるということだ。」
 

(規制下で行なわれた投資への補償)

―原発の廃炉(閉鎖した原発の廃棄処理)コストもCTCとして徴収するのか。

 「廃炉コストは(二〇〇五年までしか徴収されないCTCとは別に)原発が稼働する限り、料金ベースに含めて回収されていく。原発は廃炉コストが大きいので、通常発電施設とは異なり、稼働をはじめた時点で廃炉コスト基金というものを設置し、毎年、電気料金の一部をここに投入している。従業員が年金基金に積み立てるのと似ている。二〇一五―二〇年頃までに廃炉コストに必要な額がたまる予定だ。

 廃炉コストはCTCの一部かどうかという議論は重要でなく、とにかくそのコストは払うということだ。電力会社はこれまで、カリフォルニアの電力需要を満たすために発電施設をつくってきた。CPUCは、電力会社に、需要を満たすためあらゆる種類の発電所をつくるよう言ってきた。だから、今後、唯一の電力生産者の地位を剥奪するなら、彼らの過去の不経済的な投資に対して補償する必要がある。」
 

用語解説:

競争移行チャージ(CTC)

 競争市場が導入されると、発電所によっては(投資額に比して発電効率が悪く)資産価値が簿価以下に転落するものが出る。これは正当な市場の判断でもあるが、電力会社の場合これまで規制環境下にあり、そこでの投資には正当な補償が行なわれるべきだとの考え方が出てくる。競争移行時のこの「ストランデド(行き場のなくなる)コスト」を回収する特別料金がCTCである。カリフォルニア州の場合は、二〇〇五年まで、電気料金の中で一般からCTCが徴収される。
 

カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)

 アメリカの公益事業の規制は主として州政府。CPUCは、カリフォルニアの私営の電力、ガス、電話、交通などの事業を規制する。州知事任命の5名の理事会の下、約1000人の職員が働く米国内最大の州公益事業規制機関。立法・司法的機能を兼ねた性格をもち、公聴会的などで関係者、市民の意見を聴取しながら裁定を下していく。意欲的な電気事業再編策で最近注目されるが、ダグラス・ロング氏はその問題の担当責任者。
 
 

4、小さな公営電力が電力会社の顧客を一本釣り

  奮戦するモデスト潅漑区(MID)
 

 「再編のプロセスが遅すぎる。大口産業顧客は料金が下がるまで一〇年も待てない。電力会社の他に安い電気はないかと物色しはじめ、そのいくつかが私たちのところにコンタクトしてきた。」

 モデスト潅漑区(MID)のトム・キンボール副所長(送電配電担当)が言う。だだっぴろいカリフォルニア大平原の真中、モデスト市内にある事務所。MIDは、この辺一帯で潅漑、水道、電力を提供する広域自治体だ。アメリカの電力産業には、通常の電力会社以外に、国営、市営、特別区営、協同組合などいろいろな事業形態があり(表参照)、MIDは、特別区型の公営電力事業を行なう。米最大の電力会社パシフィック・ガス電気会社(PG&E社)の管轄内にぽっかりと穴があいて、公営電力区域がある。電力会社より料金が安いので、地域外からもあちこち電力購入の申し込みが来るようになった。

 「産業顧客だけではない。各地の市なども安い電力を買いたい、と私たちに打診してくる。電力会社に較べて私たちの電気は三〇―四〇パーセント安い(九六年住宅用料金、キロワット時当たり七・七セント)。そして私たちは、潅漑区として、州内どこにでも電力を売れるユニークな立場に居る。」

 モデスト潅漑区(MID、対象地域人口一七万人)は、一八八七年に、周辺農業地域に用水を提供する潅漑区として地域住民の発意によってつくられた。日本の「土地改良区」のようなものだが、ダムなども所有し、一九二三年から電力提供をはじめた。五名の理事が普通選挙で選ばれ、市町村とは異なる領域をもった別系統の自治体である(アメリカには、学校区、交通区、水道区、大気汚染監視区など多様な特別区があるが、これらは市町村の下部又は統合機構というより、自立した別系統の自治体としての性格が強い)。
 

工場、空港、自治体を一本釣り

 MIDは、この二月、PG&Eの大口顧客プラクスエア社への売電契約を発表した。MID管轄区域のはるか外、西へ八〇キロ離れたピッツバーグ市(サンフランシスコ郊外)内の化学工場の会社だ。電気を大量に使い、PG&Eに支払う電気料金は年間五〇〇万ドルに上っていたが、MIDに鞍替えすると一五パーセントが節約される。まだ競争ははじまっていないはずなのに、電力会社の顧客がまんまとさらわれた。驚愕したPG&E社は、急きょ連邦地裁に訴え、州公益事業委員会(CPUC)と連邦エネルギー規制委員会(FERC)にも訴え、さらに州議会にはたきかけて、売電を禁止する立法を上程させた。

 複雑な電力事業制度をもつアメリカでは、潅漑区が州内どこにでも電気を売れるなどという規定も確かに紛れ込んでいた。売れると言ってもこれまでは自社送電線がなければ売れなかったが、カリフォルニアでは最近、卸し電力市場の自由化が進み、条件が整った。電力ブローカーが、安い電気を電力会社の送電線を使って各地の小売業者(電力会社など)に卸し売りすることも可能になった。自社発電量が少なくとも、例えば州外から格安電力をいくらでも卸して来れる。今回の契約では、MIDがプラクスエア社工場の変電施設を買い取り、そこで電力ブローカーのデステック社から安い卸し電気を買って同工場に売る。ブローカーは直接、工場に売電できないが、潅漑区のMIDを通せば売れる。

 デステック社は、昨年九月、PG&Eの大口顧客であるオークランド国際空港への売電契約を結んだことで知られる。この場合は、空港が電力最終消費者でなく(テナントに電気を売る)小売業者であることを認めさせ「卸し売電」としての契約を実現させた。一九二九年以来PG&Eの顧客だった同空港は、これまで年間三六〇万ドルの電気料金を払っていたが、二〇〇万ドルに減る。今回のMIDとの協同方式はさらに一般性があり、PG&E管内の八〇パーセントの顧客をMIDに引き抜くことが可能という。すでにピッツバーグ市議会は市内に送配電線を張る権利をMIDに認め、全市(人口約四万)のMID切り換えを目指している。

 「法の抜穴」を利用したフライング的自由売電との批判もあるが、電力会社の権益を保護しながらの緩慢な規制緩和策への不満も根深い。カリフォルニア工業協会、同小売協会、シェブロン、サンフランシスコ湾岸高速鉄道(BART)なども電力会社批判にまわっている。PG&Eは、法的手段に訴えると同時に、ピッツバーグ市に競争的料金で売電入札を試みているとの報道もあった。
 

住民投票で原発を断念した

 「電力会社が原発で経験している困難は、単に規制の諸要件だけでもたらされたのではない。マネジメントの諸決定にも責任があった。移行コストを回収するのには正当な根拠があるが、ミスマネジメントも含めて全コストを顧客から回収するのは適当ではない」

 原発の採用などが電力会社の高料金を招いていることに関して、MIDのキンボール氏が公営電力の立場から批判する。「一時期、MIDでも原発建設を考えたことがある。しかし地域の市民がこれを望まなかった。住民投票を行ない、結果がノーと出た。選挙民の意向がMIDの決定の基礎だ。理事会も市民に選ばれ、彼らを代表している。この結果私たちは現在、原発をもっておらず、発電コストを低く抑えられている。」

 一旦、はじまった自由化の流れは易々とは抑えられなくなっている。各所でフライングが続出し、何よりその中で、電力会社への強力な競争者が育ちはじめている。州公益事業委(CPUC)が詳細な計画をつくり、整然とした形で競争市場への移行を試みているが、その通りに行かない。

 「大きいことが常にいいことではない。大きな電力会社は管理の固定費用が高くつく」とキンボール氏。「小さければ対応も早くなり、顧客に焦点をあてやすい。私たちは非営利法人だから、株主を喜ばす必要はなく、顧客へのサービスに集中できる。顧客の最大の利益に奉仕するのが私たちの原則だ。」

 これまで電力事業も行なう潅漑区は州内で三つだけだったが、最近、MID近くのマーセッド潅漑区もこれに参入しはじめた。PG&E本社のあるサンフランシスコ市は電力市営化のフィーシビリティ調査を開始した。パームスプリングその他の市、郡、先住民居留地域などでも電力独立の動きがあり、「公益事業区」設置の住民投票などが行なわれ出した。一方、PG&Eはこの三月二九日、二〇〇一年まで電気料金を凍結する計画を発表している。インフレを考慮すると一五パーセント値下げに相当し、電力自由化についても、CPUC計画を四年前倒して二〇〇二年から全顧客に自由な電力購買を認めるとした。総額一〇億ドル近い株価下落が起こったが、競争市場を見越した現実的な対応とも評価されている。「亀裂が入りはじめたダムでボートに乗っていたら、何が起こるか見定めるより、とにかく岸に向かった方が懸命」とのスキンナーPG&E社長のコメントが地元紙に紹介されている。
 
 


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