アメリカではなぜ市民運動が根づくのか
 ―もうひとつの公共=NPO制度とは

(『技術と人間』1992年8月所収)

 政府にしろ自治体にしろ、公共に対して私たちがいだいているイメージは基本的に一つである。選挙で選ばれた議会 が政策を決定し、それを行政機関が実行する。行政機関とはほとんどの場合、官僚機構である。官僚機構というのは活動目標が「上から」与えられ、決められた ことを決められた通りに効率的に実行するためのものである。国によっては、決められてもいない政策を勝手に実施する官僚制もあるが、基本的には官僚制の原 理はそういうものである。

 代議制と官僚制による「公共」以外に、別の形の「公共」があり得る。ここで紹介するのは、アメリカの非 営利団体(Non-Profit Organization、以下、NPO)を基礎にしたもう一つの「公共」制度である。アメリカでは、営利を目的にしない事業・活動を行なう市民グループ に容易に非営利法人の資格が与えられ、税制優遇、寄付促進、郵便料金割り引きその他の支援手段がとられる。大学や病院、教会から環境保護団体、小さな地域 住民団体まで全米には一〇〇万を超えるNPOがある。これらは連邦・州政府あわせたよりも多い職員を雇い、アメリカのGNPの七%(計算によっては一 五%)を占め、その予算総額は、世界第八位の国家の予算規模に相当する。政府でも企業でもない非営利セクター(第三セクター、独立セクター、ボランティ ア・セクター、慈善セクター、篤志セクター、さらには「見えないセクター」などとも呼ばれる)が、アメリカでは確固たる分野を形成している。

 NPO制度は、市民が自由に公共目的の組織をつくり周囲の地域なり階層なりに直接サービスする新しい 「公共」システムを生みだした。社会全体で一元的・計画的に公共サービスを提供しようとすれば代議制選挙と官僚制が必要になる。しかし、市民活動が自由に 組織されてそれが分権的に多様な公共サービスを提供すれば中央の代議制と官僚制は必要性を減じる。ここでは市民は、単に投票するだけでなく直接に「公共」 に参加する。必要と思う「公共」活動を直接に組織する。少数派は少数派なりに自身の活動を行なう。多数決によって少数派が封じられない。社会には多様な価 値観と活動が保証、促進される。直接民主主義、参加、多元主義を生み出す新しい「公共」の出現である。

○アメリカで市民運動をはじめると

 アメリカで市民活動を起こすと、活動がある程度軌道にのってくると、「それでは非営利団体(NPO)にするか」という 話が出てくる。市民運動はどこの国でも同じで、環境運動、消費者運動、女性運動、地域住民運動、その他日本とほぼ同じ運動が存在する。しかし、「NPOに するか」という議論はアメリカだけの話だ。日本から行った人は面食らうが、アメリカの市民運動にすれば、非営利法人化は、事務所をかりる、会費をとる等と 同じくらいありふれた市民運動のイロハだ。

 日本の市民運動が、アメリカのNPO制度の存在に気づきはじめたのは最近のことだ。アメリカには財団というもの があって市民運動に活発な助成活動をしていることは少し前から知られていた。しかし、その財団と対のような関係で存在するNPO制度はあまり知られていな かった。いや、当のアメリカでもNPOはようやく最近「発見」されているに過ぎない。アメリカの凋落、企業の国際競争力の低下、社会問題の噴出がとりだた される中で、気がつけば、この国には非営利セクターという独自のものが存在し、しかもそれがめざましい成績を上げながら拡大している・・・。アメリカでは NPOは空気のような存在だったが(そして今でもある程度そうだが)、次第にアメリカ人に自覚されるようになった。

 教会、学校、財団などのNPOはともかく、全体としての非営利セクターが関心の対象になってきたのは、 議会の調査委員会「民間フィランソロピーと公衆のニーズ委員会」(ファイラー委員会)が一九七五年から七七年にかけて一連の調査報告書を発表してからであ る。七八年にエール大学で本格的なNPO研究プログラムがはじまり、他大学もNPO研究学科を設けてこれに習った。八八年までには、NPO活動を研究する 一八の機関が設立された。一九八〇年には六〇〇以上の主要NPOを結集した連合組織「独立セクター」が設立され、非営利セクターを結び付ける指導的位置を 占め始める。年間五―七〇〇〇件程度だったNPO設立が六〇年代中頃に一万を超え、八五年には四万五〇〇〇に及んだ。

 非営利セクターは、GNP、雇用数の両面で、政府、企業セクターよりも高い成長率を示している。一九六 〇年から一九七五年の間に、企業セクターのGNP寄与率は八六・四パーセントから八一・六パーセントに減少したが、非営利セクターは二・一パーセントから 三・二パーセントに増加した。政府セクターも増加したが(一一・三パーセントから一四・二パーセント)、NPOの成長率は政府セクターの二倍以上である[ 1]。一方、有給の雇用者数は、七二年から八二年の間に、企業セクターが二一パーセント(五五三七万人から六六七六万人)、政府セクターが一九パーセント (一三三三万人から一五八〇万人)上昇したのに対し、非営利セクターはその二倍にあたる四二パーセント(四九七万人から七〇三万人)の上昇を示した[ 2]。

○一三〇万のNPO

 有力経済誌『フォーブズ』の推計によれば、一九八七年現在、全米で一三〇万のNPOがあった[ 3]。一〇年で一五%の伸びである。これらのNPOの年間収入は七九六〇億ドルで、GNPの一五%を占める。内訳は表1の通りである。

 また、別の試算[ 4]によれば、一九八六年のNPOの数は一二四万三〇〇〇で、その内、税制上最も優遇される「慈善」系非営利法人=「五〇一(C)三法人」は、八七万三〇 〇〇である。NPOが雇用する労働者は七七〇万人にのぼる。これは労働総人口の七%にあたり、連邦政府、州政府に雇用される公務労働者の数六八〇万人を上 まわる。建設業(四九〇万人)、エレクトロニクス産業(二一〇万人)、交通機械(自動車・航空機・船舶・列車)産業(二〇〇万)、衣料繊維産業(一八〇 万)などの雇用労働者数より多い。この他、非営利セクターでは、年間八〇〇〇万人近くが延べ一五〇億時間のボランティア活動を行なっている。これは、市場 価値にして一五〇〇億ドルの労働、フルタイムに換算して一〇〇〇万人分の雇用に相当する(一九八七年)。八七万「慈善系」NPO全体の年間支出は三〇〇〇 億ドル。これは、GNPの六パーセント、サービス経済の一八パーセントにあたる。さらに別の試算によれば、一九八〇年の米国非営利セクターの歳出総額は、 世界各国の政府予算と比較して第八位にランクされた[ 5]。非営利セクターはある面で既存の「公共」の規模と充分に拮抗するまでになっており、アーバン・インスティテュートの調査によれば、サンフランシスコ 大都市圏五郡の非営利セクターの年間予算総額は、サンフランシスコ市の予算の二倍、アトランタ大都市圏の非営利セクター予算総額はアトランタ市の予算の五 倍に達した[ 6]。非営利セクターの資産総額は、連邦政府の資産総額の約半分である[ 7]。

 これほど活発な非営利セクターが、自由市場社会の代表のような米国に存在していることは驚異であり、あ まり人に知られてもいない。しかし、ピーター・ドラッカーによれば、この大規模な非営利セクターの存在こそが米国社会の重要な特質だと言う。「アメリカ社 会は、第三セクター、つまり何十万という非営利非政府団体の一貫した成長という点において、先進経済・開発途上経済、市場経済・社会主義経済を問わず、他 の諸国と異なり、かつ独自なものとなりつつある」[ 8]という。

○NPOとは

 NPOは、州によって定義がばらばらだが、例えばカリフォルニア州の場合、次の四つに分類されている[ 9]。

一、公益法人(Public Benifit Corporations)
二、宗教法人(Religioius Corporations)
三、共益法人(Mutual Benifit Corporations)
四、特別タイプ

 公益法人は公共のため慈善的な活動を行なう団体のことで、通常の市民活動団体のほとんどがここに入る。 これはさらに目的別に、科学、文芸、教育系の公益法人に細分されている。様々な文化活動団体、学術団体、学校、社会福祉団体、市民運動団体がこの中に含ま れる。環境保護運動、消費者運動など一般市民運動団体も大きな意味で社会教育的な活動をしているということで、教育系の公益法人として設立される。筆者の 属する日米市民運動の交流団体・日本太平洋資料ネットワーク(JPRN、本部バークレー)は、日本からの渡米者が中心になってつくったNPOだが、やは り、この教育系公益法人としてカリフォルニア州のNPO認可を得た。

 宗教法人は、もちろん教会その他の宗教団体である。これは宗教の自由の原則にのっとり、かなり自由な組織運営が認められる。

 共益法人は、公益法人のように一般の利益のための活動ではなくて、構成員相互に内部的な利益をはかる団 体である。例えば弁護士協会、医師会などの職業団体、業界団体、テニスクラブなどの社交的クラブなどがこれに含まれる。公共性が若干薄くなるため、税制的 な優遇措置も控え目になる。

 特別タイプは、その他の分類が難しい非営利法人で、商工会議所、生協、健康保険組合その他の組織が上げ られている。これらは特別タイプとして設立するか、あるいは上記三種のいずれかの非営利法人として設立してしてその条項に従うか選択の幅が残されている。 消費・生産生協などは、通常、共益法人として扱われ、その上で生協独自の諸条項が適用される。全米的にみると、生協は、州によってNPOとして設立された り、営利団体として設立されたり、独自の協同組合法があったりなかったり、かなりばらばらである。

 非営利法人でも「利益」を上げる営利事業をしてもかまわない。例えば非営利法人として設立された博物館 が、館内に資料土産物店を出して利益を上げてもよい。一般の市民団体がパンフなどを販売して資金をつくることはよくある。こうした「事業活動」を行なうの はまったくかまわないが、その利益を設立者や理事、会員などに分配することはできない。株式会社など営利法人は、利益を配当という形で株主に分配する。非 営利法人はこれをしてはならないということである。利益は、そのNPOの活動に再投資され、活動資金になっていかなければならない。法律的に言えば、この “非配当の原則”がNPOの最も本質的な属性であり、NPOを根本的に定義する。

 例えば生協が営利法人として設立されれば、利益を組合員に還元してかまわない。しかし非営利法人として設立されていれば利益は全て新たな生協事業に投資されなければならない(スタッフへの給与は事業支出であって、利益の構成員への還元とはみなされない)。

 NPOといっても様ざまなものがある。日本で言う宗教法人、学校法人、医療法人、社会福祉法人などにあたる大御所NPOが職員数、財政規模で大きなシェアを占める。例えばアメリカ赤十字の一九九〇年の収入は一一億三八四〇万ドル、収益三四八〇万ドルに達した。

 アメリカには三五万の教会があり、アメリカ人の七〇パーセントが教会に属し、四〇パーセントが毎週礼拝 する。アメリカ人(個人)の寄付の約半分は教会に行き、教会は一〇〇万以上の職員を雇い、四〇〇億ドル以上を支出する。教会の多くは連邦内国歳入局への財 政報告を義務づけられておらず、中にはいかがわしいものも多い。例えばアメリカ統一教会の創始者が一九八二年に脱税容疑で起訴されている。しかし、教会は アメリカ非営利セクターの生みの親(“ゴッドマザー”)であり、ボランティアと寄付の精神はここから生まれた。他の分野の非営利活動、例えば社会福祉、教 育、医療、文化などのNPOが教会関係から大量に輩出している[10]。

 初等中等教育(幼稚園から中学まで)では在学生の一二・四パーセント、高等教育では二三パーセントを非 営利セクターが占める(一九八七年)。医療(病院)関係ではベッド数にして七〇パーセントを非営利セクターが占め、営利、政府セクターの病院を明かに圧倒 している。医療関係NPOの職員数は三〇〇万人を超え、非営利セクター職員数の四五パーセントを占める[11]。

 一般の市民活動団体でもアメリカのそれは決して弱小ではない。会員六五〇万人を擁する全米野生生物連盟 (NWF)の年間収入は六九四〇万ドル、消費者連盟(CU)の収入は七三四〇万ドルに達する(一九九〇年[12])。環境保護団体として有名なシエラクラ ブは、会員数六五万人、全米五七の支部と四八六の事務所を有し、年間予算は三五〇〇万ドルである[13]。

 NPOには、このように政府・企業セクターと互角にはりあう組織・分野もあるが、数的に圧倒的に多いの は、小規模・地域ベースの市民運動団体である。環境保護、消費者、女性、人権擁護、法律支援、住民による地域開発、その他様々の「アドボカシー」団体が非 営利セクターの基盤を支えている。これらの市民団体は、単なる「反対運動」にとどまらず、直接にサービスを行なう活動を形成することが多い。例えば貧困者 の医療改善要求をかかげる人びとは地域で直接に「フリークリニック」(無料診療所)のNPOをつくる。住宅改善を求める人びとは低家賃住宅を建設する NPO(一般にCDC=地域開発組合と呼ばれる)をつくって、実際に低家賃住宅の建設・運営を行なってしまう。日本で言えば都道府県営住宅、市営住宅事業 にあたるような活動をNPOが行なうのだ。マイノリティや移民の人権擁護を訴える人びとは、ソーシャルサービスのNPOをつくり、実際の生活相談、福祉活 動にあたる。アメリカの市民運動が、常に「オルターナティブ」づくりに向かう傾向が強いのは、こうしたNPOの制度的基盤とその伝統に支えられてのことで ある。

○日本との比較

 日本の法人は表2のように分類できる。アメリカで言う非営利団体(NPO)の大御所は、学校や教会や病院、それに社会 福祉団体であるから、NPOとは、だいたい日本の公益法人にあたることがわかろう。しかしこれは正確に対応するわけではない。例えば医療関係で言えば、日 本の医療法人は病院だけだが、アメリカのNPOの場合は、地域ボランティアによるフリークリニックやエイズ患者の生活支援活動団体なども含まれる。教育関 係でも、日本の学校法人はまさに学校だけだが、アメリカのNPOの場合、住民のため自主的な市民講座を開く市民団体なども含まれる。このような財産もなく 小規模な市民団体の方が数としてはむしろ多い。

 アメリカのNPOの主力はあくまで小規模・自主的な市民運動団体である。日本の法人分類にはあらわれてこないあ りとあらゆる草の根団体がNPOとして結成されている。日本であえてそうした団体が法人化するとすれば財団法人、社団法人あたりになるであろうが、日本で はこれらの法人の設立条件は厳しく、中央官庁の強い規制下にもあり、市民団体の法人化は実際上あり得ない。

 また、日本で言えば中間法人にあたる労働組合、協同組合、あるいは公団、公社、公庫のような団体もNPOとして組織されることが多く、その他にも日米の法人制度には多くのある。

 日本の公益法人も、最初は、欧米のNPO制度を模範として民法の中に導入された。後に、その中の一部 (というより大部分)が、学校法人、宗教法人、医療法人、社会福祉法人などとして独立の法律によって別途整理された。現在では、財団法人と社団法人のみが 民法上の(狭義の)公益法人として残っている。「非営利法人」ではなく「公益法人」という名称を使ったため、積極的に「公益を目的とするもの」以外は認め られにくく、「公」に対する日本独特のとらえ方とも合間って、一般市民団体は原則的に排除されたままである[14]。

○NPOのつくり方

 日本で本屋に行けば「会社のつくり方」のような本が必ずある。アメリカの本屋には、それ以外に「NPOの作り方」などという本もある。こうしたノウハウ本を頼りに自分たちでNPOを設立することも多い。

 NPOをつくるのはさほど難しくない。ここでも、カリフォルニア州を例にとれば[15]、州の州務省で法人化の 手続き(登記)するだけでよい。これは直接事務所まで行ってもいいし、郵送で行なってもよい。やることは手数料数百ドル(税免除団体の資格を得れば返却) を払って定款(Articles of Incorporation)を提出すること。定款とは、これこれという団体を、何の目的で、だれを創設者として、どこに設立するというような基本的な事 項を明かにする文書である。大体の書式が決まっているのでそれにそってつくれば難しいことはない。情報に間違いがない限り受け付けられる。同じ名前の団体 がすでにないかどうかなど、基本的なことに注意するだけだ。日本での財団法人設立のように、資産がどれだけなければならないとか、関係省庁の審査を受ける などということはない。

 財団や政府などから助成を受けるには、通常、NPOとして法人化していることが要件とされる。したがっ て、助成申請期日に間に合わせるために駆け込みで法人化手続きをしにいくなどの光景がよく見られる。郵送で手続きすると二週間くらいかかってしまうが、サ クラメントかロサンゼルスの州務省事務所に出向けば即法人化ができる。

 NPOを設立しても自動的に税制優遇措置が受けられるわけではない。免税、寄付金控除などのためにはま た別の手続きが必要である。連邦税は連邦政府の内国歳入局、州税・地方税は州・地方の各担当部局に申請する。税金の中でも連邦所得税・法人税の占める割合 は圧倒的に高いから、連邦内国歳入局から免税・税控除団体の資格をとることが最重要となる。この審査が最も厳しく、認可まで通常、二―三カ月かかる。申請 前にNPOとしての実績をつくる期間も必要だから、全体で通常一年以上かかる。

 その後、郵便割引の資格を得るため、郵便局に申請を行なう。これも、日本にはない制度で、NPOであれば、大量差し出し郵便が、通常郵便の数分の一以下になる[16]。

 一方、NPOの内部的には規約づくりや理事会の結成が進められる。理事会は、団体の意志決定機関になる もので、人数や選出方法などは規約で決められる。日本の財団法人などの理事会は名ばかりのことが多いらしいが、アメリカのNPOの理事会はかなり実質的な 決議機関として機能している。理事会には、地域社会の活動で実績と信用のある人がむかえられる。理事会は、実際にNPOの活動を担うスタッフ本体(事務局 長、書記、その他役職スタッフを含む)とは別につくられる機関であり、スタッフによる運営をチェックする位置を占める。通常、理事は無給のボランティアで あり、有給スタッフが兼任する場合は理事の半数以下に制限される。

 NPOの実際の運営にあたる活動家・スタッフが、こういう理事会の存在を煙たく感じる傾向もある。だ が、理事会のチェック機能は重要である。アメリカのNPOは扱う資金も多額になるので(かつ財政上の問題が団体の命取りなることも多いので)、この面から もチェック機能を明確化する必要がある。また、外部に顔の広い理事は、その団体と地域社会とのつながりを緊密化させ、資金集めなどに一役かう大切な役割も ある。

○税制優遇

 日本の国税法にあたるアメリカ内国歳入法は、税制優遇措置をとる目的からNPOを表3のように四つに分類している(と 解釈できる)。同法のNPOの税法に関する部分は五〇〇ページに及び、かつその内容は、複雑な立法・改正過程を反映して難解、もしくは混迷したものになっ ている。ある程度まとめ直して理解する必要がある。

 B、C、Dの「慈善系」の団体("charitables")は、連邦内国歳入法五〇一条(c)(三)に分類さ れたいわゆる公益目的の一般NPO(以下、「c3団体」)である。それに対しAは五〇一条(c)(四)―(二一)の一八に分類された基本的には共益団体型 のNPOである。すでに触れたように、共益団体とは、メンバーの共同利益をはかることを目的とした団体であり、業界団体、労働組合、趣味の団体などがこれ に含まれる。

 公益目的の「慈善系」団体はさらに細かく分けられる。立法史的にみれば、まず一九五四年の税法改正で 「私的財団」とそれ以外に分けられ、一九六九年の改正で私的財団がさらに「活動型私的財団」(Operating Private Foudations)とそれ以外の私的財団に分けられた。私的財団は、内国歳入局が特に厳格に監督しようとする助成財団を析出するための分類であった。 だが、この時の分類の仕方にやや問題があり、市民運動団体、研究機関、博物館など多くのNPOがこの「私的財団」分類に入ってしまったため、これを分離す るために「活動型私的財団」という新分類がつくられたのである。

 NPOである以上、A、B、C、D全てが法人所得税を免除される。寄付の税控除(NPOに寄付すれば、 その額が寄付者の課税対象所得から除外される)は共益団体(A)に関しては認められない。B、C、Dの慈善系団体の中では公益団体(B)と活動型私的財団 (C)は特別扱いで、個人がこうした団体に寄付をすれば調整後所得額の五〇%まで税控除とすることができる。非活動型私的財団(D)への寄付の場合は、三 〇%までしか税控除できない。企業など法人が寄付する場合は、B、C、Dとも一〇%までの税控除となっている。B、C、D、Aの順で税制優遇のレベルが高 くなっているわけだ。

○政治活動の制限

 NPOは、税制優遇というメリットとひきかえに政治活動の自由が束縛される。ただし、最初に断っておけば、アメリカで 「政治活動」と言えば選挙運動やロビー活動など主に議会向けの活動に狭く解釈される。地域社会でNPOが様ざまに展開する「市民運動」は、体制批判的なも のでもここに言う政治活動とは異なり、実際上、さほどの制限は受けない。

 C型、D型のNPOは選挙運動、ロビー活動ともに完全に禁止される。一般NPOであるB型の場合は、選挙運動は 禁じられるが、ロビーイングは、活動支出にして一〇〇万ドル以下(小さいNPOの場合は活動支出の五分の一以下)までなら認められている。税制優遇のあま りないA型NPOは政治活動も比較的自由で、選挙運動・ロビーイングともに行なえる。

 社会改革をめざす「アドボカシー」型のNPOはもちろん、社会福祉や社会教育など日常的なサービスを提 供するNPOでも、立法過程への働きかけは必要であり、草の根活動の自然な延長といった側面もある。したがって、NPOの中には、こうした政治活動の制限 をきらって、B、C、D(c3団体」)ではなく、A(特にc4団体」)としてNPO登録をするところがある。例えば、環境団体のシエラ・クラブは組織本体 をc4団体とし、強力なロビーイング活動を行なう。寄付金控除は受けなくとも、会員拡大による会費収入の拡大で財政基盤を確立している。六五万の会員を維 持するためには、会員を納得させるだけの強力なロビーイング活動を維持するだけでなく、出版物、環境教育プログラムその他充実した「会員サービス」も求め られるようである[17]。

 一つの団体を法律上二つのNPOに“分割”し、片方が「教育的活動」を行ないながら税控除の寄付を受け 付け、他方が自由に政治活動を行なうという高等戦術もある。「c3/c4分割」戦術という。例えば、環境団体の地球の友、平和運動のSANE/フリーズ、 ネーダーの「パブリック・シチズン」、人権団体の老舗・アメリカ市民的自由連合(ACLU)などかなりの団体がこの戦略をとっている[18]。前述シエラ クラブも実は傘下に寄付控除資格をもつc3団体を抱えている。

 「c3/c4分割」は税のがれ手段だと批判されることもある。しかし、一九八三年の最高裁判決の中で、このような慣行を認める判事意見が出され[19]、それ以来、内国歳入局の姿勢も緩やかになった。

 アメリカの政治でプロのロビーイストの活動が活発なのは、このNPO税法が関係していると言われる。一 般市民団体は、c3団体の資格を失うのを恐れてロビーイング活動を専門家にまかせてしまうことが多い。専門家集団はもちろんc4団体となっていて、しかも ロビー活動は実入りのいい仕事だから寄付控除がなくても充分やっていける。アメリカの政治に市民セクターからの声をもっと直接にぶつけられるよう税法改正 を求める声がある。

○批判勢力を育成する仕組み

 税制優遇措置によってNPOは、実質上政府から多額の助成を受けることになる。ある試算によれば、法人所得税免除によ りNPOは年間一〇〇億ドルを節税し、寄付者は寄付金の税控除により年間一〇〇億ドル、不動産の寄付税控除により二〇億ドルを節税することができた [20]。NPOのための郵便料金割り引きでは、一九九二年度に連邦政府は四億七〇〇〇万ドルの補助を出した[21]。間接的な形の補助以外に、政府によ るNPOの直接助成もある。レーガン政権以来の補助金カットにもかかわらず、現在でも非営利セクターの財源の四分の一は政府助成である。医療分野非営利セ クターへの助成などは、レーガン政権下でも増加し、現在、年間五〇〇億ドルを超える[22]。

 こうした支援策がNPOの「不公正競争」を助長させているという批判がある一方で、市民活動を活発化させる強力 な素地をつくっていることも事実である。特にこれは、病院や学校などのように大規模な組織や財産をもたず、あるいは生協や生産組合などのような独自の収益 活動をもたない一般の市民運動団体には決定的な助力となっている。はじまったばかりの市民運動でも一般からの寄付が得やすくなり、郵便料金割引を受け、活 発な財団助成活動とも合間って、短期間の内に経済基盤を確立することができる。アメリカの市民団体を訪問してびっくりするのは、市民団体と言えどもビルの 一室、あるいはワンフロアーをかりきったていたり、専門家を含めたくさんの有給職員を抱えて本格的な活動を行なっていることである。手厚い支援体制に甘え れば堕落するのも早いが、社会の中で生まれる新しい試みと貴重な批判勢力を効果的にすくい上げ、社会の中の恒常的な存在に組み込んでいく制度が機能してい る。

○もうひとつの公共

 寄付の税控除によって、税になるべき資金の一部が市民運動に流れてくる。NPO(「慈善系」などのc3団体)に寄付を すれば、例えば調整後所得の半分の額までは税控除になる。寄付する個人の側からすれば、税金として取られてしまうはずだったカネ(の一部)が市民運動団体 への寄付にまわせる、ということになる。税金を国に納めれば、その金は戦争にも使われるし、原発建設の助成にも使われる。使い道を市民はもはや直接にはコ ントロールできない。しかし、寄付税控除制度により、自分のこれと思う「公共」(市民団体の活動)に直接「税金」を出すことがある程度可能になる。寄付額 をそっくり税金から引けるようになれば、その間の事情は明白になるが、現在の寄付額所得控除の段階でも、寄付者の意識に、税金と寄付を天秤にかけるような 感覚が生まれている。

 これまでの「公共」が依拠する資金は税金であった。それに対して新たな「公共」としてのNPOが依拠するのは寄 付である。一方は国家の強権による徴収、他方は市民の自主的な拠出、すなわちフィランソロピーに基づいている。税金の使い道は中央集権的な国家によって決 定される。しかし、自発的寄付金の使途(寄付対象)は、投入の時点ですでに個々人によって決定されている。「公共資金」が、代議制と官僚制を通らず、分権 的な市民の自由意志で動いている。

 非営利団体(NPO)は、公共サービスの単なる補完物ではない。NPOは新しい原理の公共であり、既成の公共を否定するもうひとつの「オルターナティブな」公共である。
 何よりもNPOは、市民の直接性が発現される公共である。市民はもはや、巨大な官僚制としての国家の中に疎遠 な「公共」を形成するのではない。代議制と官僚制によって「公共サービス」が与えられるのを待つのではない。NPOによって市民は自らの公共を直接につく る。例えば、ある地域で人びとが貧困者のための低家賃住宅が必要だと考えれば、それを政府がつくるようはたらきかけるのではなくて、自分達で前述 CDC(住民による地域開発NPO)をつくり、自分達で自らのニーズにあったアパートなり団地をつくる。それは決して全国一律の基準にあった住宅ではない かも知れないがそれぞれの地域生活にあった個性的で多様な「公共」住宅でありうる。

 NPOは、あらかじめ全体からの公的承認を得ようとはしない。少数派の試みとして出発し、少数派の試み として成就する。つまり、多数決の原理に必ずしも従わない。多数決は、官僚制によって被いつくされた組織を内部からチェックする機能であった。それは、暴 君に支配された官僚制(例えば君主の下の国家、資本の下の企業など)の中では革新的な原理であり、よりよい官僚制をつくる手段となる。しかしそれはあくま で官僚制の改善原理であって、新たに生まれるネットワーク型社会の原理[23]ではない。ネットワーク型の社会にあっては、人びとは固定的な組織に因われ ず、個々の発案は、自由に結合する諸個人によって社会の中で直接に実験に付される。人びとは自由に分離し、かつ自由に再結合する。NPOは、多数決を基礎 とした官僚制型「公共」に対する一つのオルターナティブである。

 NPOは、社会の多様性と創造性を保証する「公共」である。人々の多様な価値と試みが、できる限り多様 なまま実現され、社会の一部から生み出される創造性の芽が決して代議制の官僚制によって窒息させられない。多様性と創造性が求められる新しい社会の「公 共」がここで生まれはじめている。

○「大きな財団としての政府」

 一八〇〇年に米国の首都がワシントンDCになった時、草ぼうぼうの原っぱの連邦政府建物の中では、一三七人の連邦公務 員が働いているだけであった。日本で言えばまだ江戸時代であったが、当時の日本の首都・江戸には数十万人の武士階級が常時駐在し、幕藩体制を支えていた。 よく言われることだが、アメリカでは、国家が確立する以前に地域コミュニティが成立し、公共サービスが伝統的に住民の自助活動によって提供されてきたので ある。

 一七七六年に独立した当時、アメリカの連邦政府は住民への課税権さえなく、南北戦争(一八六一―六五年)当時ま でその歳入源は関税や国有地の売却益のみに限られていた。フィラデルフィア首都時代(一七九〇―一八〇〇年)には、当時のジョージ・ワシントン大統領は、 友人の家を借りて連邦政府の事務を行なっていた。国務長官、財務長官などの「長官」(日本流に言えば「大臣」)の原語はSecretary(秘書)である が、当時の小世帯連邦政府の中では原義そのままの役どころだったろう。

 アメリカで連邦政府が大きくなるのは、大恐慌(一九二九年)直後のニューディール政策以降である。それ まではアメリカの公共サービスの多くは、州と自治体、それに市民のボランティア活動に担われるところが多かった。個人、企業、財団などからの民間寄付は、 一九三〇年代の数字でもGNPの二パーセントに達し、これは、当時の政府予算の対GNP比三%とあまり変わらなかった[24]。例えばカーネギー財団は一 九三〇年代までに四三〇〇万ドルを支出して全米二〇〇〇以上の地方図書館を建設したし、ローゼンワルド財団は一九三二年の解散までに一三州で五三〇〇の学 校を設立した。一九一三年の連邦政府の高等教育に対する支出は五〇〇万ドルだったが、これ以上の額をカーネギー財団だけで支出していた。今でもアメリカに は、「政府は大きな公共財団」という言い方がある。連邦政府の予算(税金)に匹敵する寄付が民間からNPOに集まり、それが各種公共サービスを実現してい たアメリカの伝統をよく表す言葉である。

 一九六〇年代、都市の人種問題が深刻になるにつれて、連邦政府は大々的に地域の公共サービスに介入して くる。ジョンソン大統領の「偉大な社会」「貧困との戦争」といったプログラムが打ち出される中で、連邦政府が社会福祉政策や都市部のスラム地域対策に大規 模な資金を投入しはじめた。連邦政府支出は民間寄付の一〇倍近くにも拡大し、公共サービスにおける政府の地位は不動のものとなった。

 しかし、レーガン政権以降、この傾向が再び反転し、政府支出削減の動きが強まる。ブッシュ大統領も着任 早々「ポインツ・オブ・ライト(多数の光点)財団」を設立し、多数の人びとの篤志によって支えられるアメリカの「公共」のあり方を訴えた。こうした動きは 保守派による「小さな政府」と公共サービス民営化の流れに沿ったものだが、政府が上からお金をばらまくだけの施策では社会の諸問題はいっこうに解決されな いという深い現実からの要請にも規定されている。例えば六〇年代に大量に建設された低所得者層向けの公共住宅は、「自分達でつくったもの」と感じられない 住民による破損が進み、その多くは警察官も立ち入れない犯罪の温床に変わってしまった。住民自らが「公共」住宅をつくり、地域を改善していこうとしていか ない限り、問題の解決はまったくありえない。

 アメリカ型の福祉国家は、単なる政府の拡大ではなく、非営利セクターによる政府の肩代りの性格をもちつ つある。イノベーティブな実験と多様な社会をどこよりも先駆的に(時に危険なまでに)試み、実現してきたアメリカ社会では、これまでの型の「公共」の破綻 が最も早く露呈している。多数決と官僚制によって画一的に与えられる「公共」は、もはやこれからの時代の挑戦にこたえきれない。NPOは、「たまたまそこ にあった」アメリカ的伝統の遺産であるが、市民が直接つくりだすオルターナティブ公共としてこれが再び見い出され、新たな時代の課題を背負わされて登場し ている。
       (おかべかずあき)

 1 - R. Ruggles & N. Ruggles, "Integrated Economic Accounts of the United States, 1947-1978." Working Paper No.841, Institution for Social and Policy Studies, Yale University, Nov. 1980.
 2 - パートタイムを含む。G. Rudney & M. Weitzman, "Significance of Employment and Earnings in the Philanthropic Sector, 1972-1982," Yale University, Program on Non-Profit Organizations, Working Paper No.77.
 3 - James Cook, "Businessmen with Halos," Forbs, Nov. 26, 1990, pp.100-114.
 4 - Hodgkinson and Weitzman, Dimensions of the Independent Sector: A Statistical Profile; Interim Update: Fall 1988. Independent Sector.
 5 - G. Rudney "A Quantitative Profile of the Independent Sctor." Working Paper No. 40, Program on Non-Profit Organizations, Institution for Social and Policy Studies, Yale University, 1981.
 6 - Lippert, P.G., Gutowski, M., and Salamon, L.M. The Atlanta Nonprofit Sector in a Time of Government Retrenchment. Urban Institute Press, 1984.
 7 - Weisbrod, B.A. The Voluntary Nonprofit Sector. Heath, 1977.
 8 - Peter Drucker, "The Third Sector: America's Non-Market Counterculture," NPq, Spring 1990, p.49.
 9 - 詳しくは岡部一明『パソコン市民ネットワーク』技術と人間社、一九八六年、九二―九五頁。
10 - Michael O'Neill, The Third America, 1989, pp.20-21.
11 - Michael O'Neill, The Third America, 1989, pp.43-80
12 - James Cook, "Businessmen with Halos," Forbs, Nov. 26, 1990, pp.100-114.
13 - 上杉一未「地球の友とシエラクラブにみる環境保護運動の多様性」、『社会運動』一四七号、一九九二年六月、六六―七一頁。
14 - 例えば、森泉章「公益法人制度の問題点と課題(上)」、『ジュリスト』一九七六年四月一五日、八六―九二頁、が「公益」の言葉が意味の限定を招いた点を強調している。
15 - 以下、Anthony Mancuso, The California Non-Profit Corporation Handbook, Nolo Press, 1981参照。
16 - 詳しくは岡部一明「こんなに高い日本の郵便料金」、大竹財団『地球号の危機』一九八七年八月、一〇―一二頁。
17 - Michael O'Neill, The Third America, 1989, pp.120-121.
18 - David Shenk, "Nonprofiteers," The Washington Monthly, December 1991, pp.35-39.
19 - Taxation with Representation of Washington v. Donald Reagan, 1983.  あるc4団体がc3団体への変更を求めて破れたケースであったが、意見書の中でレーンクウィスト判事が、c4団体は全体がc3団体に移行しなくとも、補完的なc3団体を別に設立できる方途があると示唆した。
20 - John G. Simon, "The Tax Treatment of Nonprofit Organizations: A Review of Federal and State Policies," The Non-Profit Sector, Editted by Walter W. Powell, PP.81-82.
21 - CAN Alert, April/May 1992, p.11.
22 - Michael O'Neill, The Third America, 1989, p.67.
23 - J・リップナック、J・スタンプ『ネットワーキング』プレジデント社、一九八四年。
24 - ワルデマー・M・ニールセン『アメリカの大型財団』、林雄一郎訳、河出書房新社、一九八四年、三八二頁。
 


全記事リスト(分野別)


岡部ホームページ

ブログ「岡部の海外情報」