「ネットワーキング」から「バイオリージョナリスム」

岡部一明(月刊『地球号の危機』1983年5月―84年11月)

 

1、「ネットワーキング」―初の全米市民運動総覧

Jessica Lipnack and Jeffrey Stamps, The first Report and Directory: Networking, Doubleday & Company, 1982

 エネルギー地域自立から食品生協、住民金融機関づくりまで、アメリカの草の根で新しいオルターナティブ生活秩序をつくりだす運動が広がっている。アメリカの広さに埋れて目に入りにくいこうした運動の総合的紹介目録がついに出た。本書は1500に及ぶ全米市民グループを網羅し、さらにそれをネットワーキングの発想でつなげる方向を呈示している。

 グループリストは、(1)医療・健康運動、(2)コミュニティー、生協運動、(3)環境・エネルギー運動、(4)政治・経済の運動、(5)教育・コミュニケーション運動、(6)人格的精神的成長の運動、(7)地球的未来志向的な運動、に7分類され、それぞれの連絡先・機関誌紙、簡単な紹介などが記されている。このリストから、例えば、自分たちと同種の活動を探し出し、機関紙を送ってもらうその他交流の媒体として利用できる。
 

地域分権の強いアメリカ

 昨年(82年)出版された本書は、副題どおり、まさに「初の」オルターナティブ運動紹介目録である。アメリカ社会は地方分権が強く、特にこうした地域自立志向の活動からは「全米的にどうの」という発想は生まれにくい。数年前、私はアメリカで、こうしたオルグーナティブ連動の一端に触れ、さっそく「全米的な鳥瞰図を」と資料収集にのりだしたことがある。すると意外なことに、名地のニュースレターから断片的な運動のつながりは見えるものの、本書のような全米的な運動目録は皆無であった。そういう意味から今回の出版は画期的だ。
 

ネットワークの思想

 分権的なアメリカ市民運動が全米的つながりを求める時には、それなりの新しい価値観が介在する。本書は単なる団体リストではなく、「ネットワーク」という新しい組織原理を提起した試みでもある。「ネットワークとは形態的にみれば、これまでの組織に必ずあった名称・規約・職員・会員制・機関紙などを一切、または部分的にもたないもの」といったとらえ方も紹介される。さらに、内実に密着して「単一の方針でなく、昆虫の複眼のように多くの見方と方法を認め、かつ奨励するつながり方」「ヒュドラ(伝説上の九頭ヘビ)のように多くの頭をもち、皆がリーダーである」「組織内分業を排してひとりひとりが全体(Wholepart)になる」「内部構造は固定化されず、内と外の境も不明確」等々、ユニークな言葉を駆使して定義が試みられる。日本語で言えは「自立した個人(運動体)のゆるやかな横のつながり」といったところであろう。各分野の団体リストの前には、各種運動がどのようにつながりあっているかの分析も行なわれ、リストがリストに終らず、活動のネットワーク的発展を展望させるものとなっている。('83/5)

(注:その後、訳書も出された。『ネットワーキング ―ヨコ型情報社会への潮流』正村公宏監修、社会開発統計研究所訳、プレジデント社、1984年)
 
 

2、小企業経済の時代

  これからの社会が、人と人とのどのような結合原理を基本としていくか ―について、草の根レベルでは、ピラミッド型でない「ネットワーク」的原理が指摘されている(前述)。しかし、これは単に市民運動だけに言えることではない。例えば多国籍企業の内部構造などにも存在する傾向であり、社会のあらゆるレベルで、非中央集権的な組織原理が台頭しつつある(例えばVirginia H. Hine, "The Basic Paradigm of a Future Socio-Cultural System," World Issues, April/May 1997)。この傾向を小企業レベルで論証するはドラッカーである(Peter F. Drucker, "Our Entrepreneuria1 Economy," Harvard Business Review, 1984)。

 ドラッカーによれば、一般に考えられるのと反対に、1970年以降(特に79年以降)新しい雇用を創出しアメリカ経済を活性化さているのは、Entrepreneur(起業精神に富んだ創造的小企業家)だという。確かに1950年から1970年にかけては「大企業と政府関係が全雇用の3/4を創出」したが、「1970年から1980年の間にアメリカ経済のつくった約2000万の雇用のほとんどを、小規模の新設企業が創出した」。「過去3年間では、大規模製造業企業が約300万の雇用を喪失したのに対して、設立10年未満の企業は75万の仕事(被雇用者数にして100万人以上)を創出している。」
 その筆頭にはエレクトロニクス関係のベンチャービジネスか来るが、実はそれは全体の1/3を占めるにすぎず、残りはサービス部門(レストランチェーン、小口金融、理髪店チェーン、運送業など)と生活福祉部門(成人教育、職業訓練、 医療、情報など)が占めているという。また活発な企業家精神は、ビジネス分野にとどまらず、第三セクターたる非営利団体にも顕著に見られるとして、子ども200人にまで発達した「地域子守り生協」その他の事例を出している。
 

小企業台頭の要因

 このような創意的小企業の台頭はヨーロッパ諸国・日本にも見られるが、やはりアメリカに最も顕著だとして、その要因を分析する。「新しい産業をほとんど即時につくりだす新テクノロジーか平均18ケ月ごとに現われる」変化の激しい時代性、 共かせぎや高学歴化による生活スタイルの大幅な変化、効果的な小企業融資システムの存在、創意を生かす経営方式が確立してきたこと、社会文化的にも米国の若者の間に創意工夫への意識・態度が広まっていること等々。

 大組織の代表である国家については、その役割を増大させる意見を批判し、「どのように(政府の)計画がなされるにせよ、それは、一般に、"追いつく" ―つまり、他の国がすでにやったことをより速く、より失敗を少なく行なう― ことををめざすだけである。」('84/10)
 
 

3、オルターナティブ銀行

 サンフランシスコから、新しい銀行誕生のニュースか届いた。今年(83年)9月18日、同市内に、市民運動や環境保護事業などへの投資を主眼とする銀行「ワーキング・アセッツ」("働く財産")ができたという。設立者は、かって代替エネルギー推進のため投資促進策をつくったこともあるジェローム・ダッドソン。理事には地球の友など環境団体の代表も名を連ねる。普通の銀行と同様、利子付き預貯金、個人用小切手口座等をあつかうが、投資は更新性エネルギー、住宅・教育.農業等の小事業対象に行なわれ、軍事産業にかかわる企業、公害企業、第三世界で低貸金労働者を搾取する"国外逃亡"企業等には投資を停止する。宣伝で彼らは「利子を得るときもあなたのモラルと原則からはずれずに!」とよびかけている(Friends of the Earth, Not Man Apart (NMA), November 1983)。

 今、アメリカではこうしたオルターナティブ銀行の設立が増えている。 上記NMA誌では他に、ワシントンDCの Calvert S?ial lnvestment Fund、ボストンの United State Trust Company と Foursquare Fund、ポーツマスの Pax World Fund、ニューヨークの Dreyfus Third Century 等の例をあげている。こうした動きはむろん、代替エネルギー事業をはじめとしたアメリカの種々オルターナティブ運動が市場経済の中でも充分機能するものになっていることを反映している。さらに見おとしてならないのは、アメリカ市民運動が金融機関の改造について具体的戦略をもって様々な運動を行なっており、この種の銀行設立は氷山の一角を示すに過ぎないということである。(以下資料は Institute of Local Self Reliancc, Self Reliance の諸号)
 

資金の域外流出を監視

 たとえばアメリカでは、銀行が貧しいコミュニティーでの融資をこばみ中心ビジネス街のみに投資していくことへの批判が強い。地域資金(住民の貯金)の域外流出を招くからだ。これをしっかり域内コミュニティー事業に投資させていく運動かおこっている。これにはいくつかの戦術がある。住民が貯金を一斉におろして圧力をかける、市・州などにはたらきかけて公共資金(税金等)を問題ある銀行には預けさせないようにする、あるいは問題ある銀行には合併・新支店開設などの申請を却下するよう州にはたらきかける、などなどの手法だ。ワシントンDCにはコミュニティー改革センター(CCC)という市民組織があり、全米の銀行の投資状況や申請活動を常にモニターしている。

 銀行をコミュニティー所有にする例もある。有名な所ではシカゴの住民による開発公社(CDC)である「イリノイ近隣開発公社」(INDC)。ビジネス街に移転しようとした地域の銀行を住民が買いとり、地域内に積極的に投資する銀行に変えた事例だ。すでに全米で2万行以上ある会員制の「信用組合」(クレジット・ユニオン)も古典的な市民の銀行運動といえる。ただこれは個人用小切手口座が扱えずハンディがある(アメリカ人の多くは小切手で買い物をする)。今回紹介したワーキング・アセッツはこの限界を取り払い、通常の銀行業務をすべてそなえている。('83/11)
 

4、バイオリージョナリズム

 「島おこし」とか「入浜権」とか、創造的な市民運動の中には、新しい思想とそれを表わす新しい言葉か生まれる。海外の運動でも同じだ。「オルターナティブ・テクノロジー」「ソフト・エネルギー・パス」など訳に困る多くの言葉か出現する。現在脚光を浴びている「ネットワーキング」もそうだが、ここでは、まだ日本でまだほとんど聞かれない言葉「バイオリージョナリズム」を紹介しよう。直訳して生物的地域主義。

 ピーター・バーグの定義によれば「植物・動物の生態、および気候的・地学的性格の同一性にもとづく一体的地理域……およびそこでいかに生きるかに関する考え方」。さしずめ"生態的地域主義"といった所であろう。アメリカ・インディアンの大地に密着した生き方に学び、地域主義を深めた米国の環境運動がたどりついたひとつの到達点である。草の根レベルでの交流からしだいに芽はえ、広がった。生態系としてまとまりがあるバイオリージョン(例えば、ロッキー地域、グレートプレーン地域、アパラチア地域、五大湖地域その他)ごとに、地域自足的な経済と生活形態をつくろうとする運動だ。米国における緑の党運動だととらえる人もある。
 

第1回バイオリージョン会議

 今年5月、カンサス市近郊で「第1回北米バイオリージョン会議」かひらかれ、北米全体のバイオリージョンから約200名が参加した(生態的地域は国境を越えている)。会議では終始"亀の島"がシンポルとして用いられ(インディアン神話で北米大陸は゛亀の島")、ナバホ・ホピインディアンの土地を守る訴えがハイライトとなった。米国における緑の党運動のあり方も議論され、85年4月に緑の党関係の全米会議が企画された。その他、85年6月の「持続的林業の大会」、全米10団体を中心としたコンピュータネットワークの結成、機関紙の発行、種々文化事業など、多くの具体的プロジェクトが提起された。

 次の「北米バイオリージョン会議」は2年後に広がれる予定であり、1990年秋には全地球バイオリージョナル会議を開こうとの呼びかけもなされた。全米の草の根運動をつなげる運動論が「ネットワーキング」だとすれば、バイオリージョナリズムはその哲学とも言える。今後の動きに注目していく必要がある。(連絡先)The Bioreg1onal Project, Box 126, Drury, MO 65638, U.S.A. (資料)The Nation, June 16,'84, p.724; RAIN, Sept/Oct. 1984, p.31など。('84/11)


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