バーチャル政府とバーチャル企業

  岡部一明(季刊『経済と社会』8号、1997年秋)
 

 「バーチャル」(仮想)という言葉は何にでも付く。バーチャル企業、バーチャル政府、バーチャル貨幣、バーチャル図書館、バーチャル共同体、バーチャル公園、バーチャル弁護士、などなど。

 電子ネット、とりわけインターネットの出現が私たちの社会環境を大きく変えはじめている。どう……とは言いにくい。とにかく変えている、というその手探りの感触を伝える言葉が「バーチャル」である。だから例えば「バーチャル・カンパニー」という言葉を厳密に規定してから使おうとしても無駄な努力だ。

 さしあたり、これら「バーチャル」は幻想である。バーチャル・ショッピングの両端には必ず売り手と買い手が現実に存在し、テレビ会議でつながるバーチャル企業でも通信の両端で生身の人間が物理的に動いて仕事している。インターネットの「メーリングリスト」で結ばれたバーチャル共同体でも、存在するのは電子のテキスト文書だけのようで、実はそのかなたに必ず生身の人間が主張と喜怒哀楽を必死で伝えようとしている。

 変化はまず「バーチャル」な電子空間ばかりが目につく環境としてやってきた。つまり、地理的・物理的に離れ、電子ネットでつながっている。バーチャル企業は一ヶ所(本社)に人間とリソースを集中せず、分散した事務所に分れ、ホームオフィッス、時に出がけのセールスマンのラップトップなどがネットで統合されている。

 物理的分散は内部と同時に外部方向にも向かう。バーチャル企業は、内部が多数の独立単位に分れるだけでなく、自身をダウンサイジングし、外部に向って「アウトソーシング」し、人間をスピンオフさせ、活発な新興起業の経済を生み、かつそれらをバーチャル取り引き(電子マッチング、電子見積もり、電子決済、etc.)によって緊密に連係させる。

 バーチャル組織の本質は内的・外的な分権化であり、小単位の自律の強化である。堅固な組織(ビューロクラシー)が内部から溶解し、外界と多様に結び付く。内外の隔絶が消え、社会の中における個・小単位の役割が強まる。市場と産業の変化に見合って組織の合併・分離が繰り返される中で、SOHO型の起業家経済と権限の市民社会全体への拡散が不可避的に進行する。本稿は、この中で特に、社会内最大の経済組織である「政府」を取り上げ、そのバーチャル化がはらむ可能性を探る。
 

政府調達のバーチャル化

 昨年から、アメリカ連邦政府調達の入札情報がインターネット上で流されている。毎日500から1000件の公募・競争入札関係の情報がCBDネットのウェブページに載る[ 1]、全米の業者、いや、場合によっては世界中の業者がアクセスし、入札することができる。サービス24分野、供給物品90分野につき、1996年12月からのすべての調達案内情報がキーワード検索できる。

 アメリカの政府調達はこれまでも徹底した公開と競争の原理が柱であり[ 2]、2万5000ドル以上の連邦調達は基本的に全て日刊の入札情報誌CBD(Commerce Business Daily、商務省発行)に載る。同誌は年間275ドルで購読でき、資格を満たす業者がだれでも入札に参加できる。この日刊誌がインターネットで無料で出るようになったのが前記サービスである。

 現在、こうしたインターネットを通じた入札プロセスは、米政府調達でかなり一般化している。各機関のホームページをのぞくと調達セクションがあり、「○○局とビジネスする法」などの情報が載っている。管理予算局(OMB)連邦調達政策課(OFPP)のARNet(Acquisition Reform Network)、Federal Acquisition Virtual Library、米航空宇宙局(NASA)のJumpstation、小ビジネス局(SBA)と大統領府国家パフォーマンス・レビュー(NPR)の U.S. Business Advisor など、総合的な調達情報リンク・サイトもできている。総務局(GSA)が GSA Advantage! という政府機関の調達用電子ショッピング・サイトを運用する。Bidcast、GovCon、Nepac, Inc.など、調達情報を専門にした電子商業ネットも現れた。議会は1994年連邦調達効率化法(Federal Acquisition Streamlining Act of 1994)で政府調達の電子化を唱い、電子商業仕様 EDIに準じた調達ネット・FACNET(Federal Aquisition Computer Network)を稼働させた。1996年負債回収改良法(Debt Collection Improvement Act of 1996)は、電子的資金転送(EFT)の導入を規定した。各省庁は連係組織「省庁間調達インターネット連絡会議」(Interagency Acquisition Internet Council)を構成し、インターネットを基礎にした調達ネットの方向を模索している[ 3]。

 政府は私たちの社会で最大の経済組織である。例えば日本の政府機構は110万の従業員(国家公務員)と年間77兆円の金を動かす日本最大の組織だ。アメリカ連邦政府は世界最大の経済組織で、従業員300万を擁し年間1兆5000億ドルの金を動かす。売り上げで世界最大の企業ジェネラル・モーターズが年商1641億ドルだから[ 4]、米国政府はGMの約10倍の組織ということになる。この巨大経済組織が年間2000億ドル(22兆円)を外注する(政府調達)。政府調達はその国の経済全体に決定的な影響を与える。アメリカの活発な起業家経済は研究開発部門を中心とした公開的・競争的な連邦政府調達と関係があると言われる。
 

個別質問に応えられる

 例えば環境保護庁(EPA)は、他省庁に先駆けて1994年、部内の新情報ネットワーク『ADP情報資源管理サポート』(AIRMS)構築に際して、初めてインターネットを通じた競争入札を試みた。5年間で総額4945万ドルに上るこの巨大プロジェクト入札公募のため、まず、94年5月に調達文書が提示され、6月に一応の入札希望者のリストがつくられ、7月15日に正式な入札応募書(RFP)が出されて入札がはじまった。9月15日に入札が締め切られ、交渉、部内での検討を経て翌95年4月にALMジョイントベンンチャー社に落札した。これらすべてがインターネット・サーバー(当時はWWWでなくゴーファー)を通じた情報活動として行なわれた[ 5]。

 公開的な競争入札を行なうためには、情報を広範に流さなければならない。一度くらいは新聞広告に出せるが、次々に出る変更をいちいち万人に流すことはのは難しい。入札希望者が特定された段階でも、今度は事業内容について膨大な資料を送らなければならない。関連の規則、契約条件、いろいろな変更、追加資料、それらを例えば郵送しては膨大な人手とコストがかかる。インターネットはこれらをすべてを解決した。万人に開かれており、何度でもどれほどの量でも迅速に情報を送れる。

 多くの変化が現れた。例えばこれまで、入札過程で個別質問に応えることはあまりなかった。特に応札期間がはじまってからだと、電話での質問に応えると、その人にだけより詳しい情報が与えられ不公平になるからである。しかし、AIRMS入札の場合には、ネット上にQ&Aセクションがつくられ、質疑応答が活発に続けられた。グローバルな公開の場だから、特定個人の質問に応えることが即全体の情報になる。

 調達過程の期間も大幅に縮小された。これまでは同規模の調達を行なうのにRFPの発表から落札まで約2年の歳月がかかっていたが、9カ月に短縮した。人手もコストも削減された。大量の印刷物をつくる必要がなく、郵便も出さなくてよい。コスト削減は11万ドルを超えた[ 6]。

 行政上の不服訴えが1件も出なかった。アメリカの調達では、落札者の選定、手続きなどに対する不服申立ての仕組みが詳細に組み込まれている。当該調達機関への抗弁がうまく行かなかった場合、立法府の会計検査院(GAO)に訴えることができる。AIRMS入札程度の調達になると何件かの苦情提訴が出るのが普通で、調達過程が遅れがちだ。しかし、ネット上で徹底した情報提供と相互連絡が行なわれた結果、入札参加者の間の疑義は効果的に解消され、苦情が出なかった。

 米政府の電子アウトソーシングはまだ実験初期の段階にあるが、すでにここで確認できることがある。ネットワークを使った調達は、公開的な調達制度のある所でこそ必要とされ機能するということだ。特定業者間で談合的な調達が行なわれるなら、インターネットを持ち込む必要はない。技術があるかどうかではなく、技術に見合った人間の側の制度があるかどうかが問題だ。
 

巨大な財団としての政府

 バーチャル組織は通常、電子ネットとの関係でのみ語られる。しかし、バーチャル組織が本質的には物理的分散と権限の分権化である以上、より広い歴史的背景の中からこれを位置付けることが必要である。社会が多様化し、複合的チェック・アンド・バランスの中で動く「ネットワーク型社会構造」[ 7]に移行していく全体状況の中でバーチャル化諸現象が起こっている。バーチャル組織はインターネットよりも古い。あるいはバーチャル組織は、ネットワーク型社会への移行を電子メディアとインターネットの局面から表現した概念である。

 例えばアメリカの政府機構には、様々な観点からバーチャル化が「ネット以前」から見られた。アメリカ連邦政府文民公務員の9割以上がワシントンDC以外にいるという地方分権性[ 8]。政権が替わるごとに大量に行政官僚が交替する人的な民間との交流性(政策策定能力が草の根市民団体も含めた民間に広がる)。そして、自ら公共サービスを提供するよりは、金を出して実際の仕事は自治体、産業、非営利団体(NPO)に行なわせるレスター・サラモン言うところの「第三者にまかせる政府」(Third-Party Government)[ 9]。

 最後の点について少し解説するが、例えばサラモンが指揮したアーバン・インスティテュートの調査では、連邦政府が1980年度に9行政分野(研究、ソーシャル・サービス、芸術人文、保健医療、雇用・訓練、初等中等教育、高等教育、地域開発、海外援助)で支出した1116億ドルの予算の内、404億ドル(36%)が非営利団体(NPO)への資金援助にまわっていた。これは、教会を除く米NPO全体の総収入1164億ドルの36%に相当し、アメリカのNPOは収入の三分の一以上を連邦政府から得ていることになる。個人、企業、財団などからの民間寄付は22%(255億ドル)なので、政府からの援助はこれよりも多い。1981年の全米3400非営利団体対象の調査では、NPO収入の41%が政府からの支援、その他、民間寄付20%、サービス料金28%、その他10%の内訳だったという[10]。

 表1は政府支出内訳のデータだ。これを見ても明かなように、連邦予算の3割以上が、助成、外注などとして企業、非営利セクターにまわっている。特に助成額(17.8%)は政府調達額(14.8%)を上回る。外注は政府の求めるサービスをそのまま行なわせることだが、助成は金を得る団体(多くの場合、非営利団体)が自主的にプログラムを行ない、それに政府が金を出すパターンだ。金を得る方の自主性がより高くなる。会計検査院(GAO)によれば、州を通じて出されるこうした助成が1994年度で593プログラム2390億ドルあり、その内、地域裁量の特に高いブロック助成(内容を厳密に規定しない広範囲の一括助成)は15プログラム350億ドルに増えてきた[11]。

 
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(表1) 米連邦政府の支出内訳(ドル)

 (U.S. Bureau of Census, Consolidated Federal Funds
    Report (CFFR), Fiscal Year 1995)

直接支出総額                     1,368,571,219,495
助成(Grants)                     242,597,946,089   17.8%
給与                               168,150,613,473   12.3%
個人への支払い(福祉給付など)     729,775,792,384   53.3%
政府調達(民間への外注)           202,209,187,545   14.8%

その他支出                          25,837,680,004
その他連邦補助(ローン保証など)   461,249,610,250
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このようなデータを元にサラモンは次のように言っている。

 「連邦政府は実際の(行政)サービス提供に関して、州、市、郡、大学、病院、銀行、産業企業など他の機構に広範に依拠してきた。非営利団体への広範な政府支援は、私が『第三者(にまかせる)政府』と呼ぶところの、この国におけるこうした政府行動のより全般的なパターンの一部である。このパターンの中心的な特徴は、非政府(少なくとも非連邦政府)の団体に政府諸目標を実行させることであり、それら組織に、公共資金の使用と公的権限の実行について大幅な自由裁量を与えることである。」[12]

 アメリカ政府はある意味で「巨大な公共財団」である。国家より先に植民地の地域共同体ができていったアメリカでは、過去の伝統的支配国家の影響をあまり受けず、近代市民社会の政府機能を比較的純粋に体現してきたところがある。歴史の相当部分においてアメリカ連邦政府は民間財団をやや大きくしたような規模であったし、この政府を「国民からの民主的統制を受ける財団」という観点から分析することが可能と思われる。
 

規制の「アウトソーシング」

 政府は企業と異なり、単なる経済組織ではない。サービス・情報財を提供するだけでなく、例えば「規制」を行なう。前者についてはアメリカ政府が民間へのアウトソーシングを活発に行なっていることを以上で見た。後者についても、インターネットの普及につれて「規制のバーチャル化」が起こっている。

 1992年1月、テキサスの市民団体「ガルベストン・ベイ財団」(GBF)が、年間94万ポンドの有害物質がガルベストン湾(ヒューストン)に排出されているとの調査報告を発表し、地元住民に衝撃を与えた。以後、産業側の排出削減を促すことになるこのデータは、「有害物質廃棄総録」(TRI、Toxic Release Inventory)というオンライン情報を元に集計された[13]。TRIはインターネットを通じてアクセスできる政府データベースで、一般の市民や市民団体でも、地域の有害物質排出の情報を詳細に把握できる。

 インターネット上で、どこでもいいが、例えば非営利団体の Right-to-Know Computer Network (RTKnet) や環境保護庁(EPA)の Environfacts などのウェブページに行くと、このTRIにアクセスできる。643有害物質について、全米31,000施設における年毎の環境への排出量が公開されている[14]。場所(州、都市名、郵便番号など)、産業、物質名などごとにキーワードを入れて検索できる。例えば自分の住む近くにどのような工場があり、どのような有害物質が大気、水系、土中に排出されているか把握できる。

 TRIは、2500人の死者を出したインド・ボパールのガス事故(1984年)をきっかけに生まれた。同事故後に米国内で有害物質を規制する運動が高まり、1986年に「緊急計画地域知る権利法」(Emergency Planning and Community Right-to-Know Act[15])が成立した。地域住民の知る権利を明確に唱い、従業員10人以上の特定業種施設(現在31,000施設)に有害物質(現在643物質)取り扱いのデータ提出が義務づけられた。環境保護庁はそのデータを一般公開することが義務づけられ、TRI(Toxic Release Inventory)が1988年からオンライン上で稼働する。TRIは、連邦法規定による最初の公開データベースであった。

 「(TRIは)、工場施設が大気、土地、水系に排出する有害科学物質について、コミュニティーに情報を提供することで公衆の健康と環境を守るというイノベーティブなアプローチをとった。……これは、情報を与えられた地域自身が環境関連の諸決定を行なうことを促し、企業が自ら汚染防護策をとることへの強いインセンティブを与える」とクリントン大統領が言う[16]。どれだけ有害廃棄物を出しているか明かになってしまうのでは、企業としても削減努力をしない訳にはいかない。クリントン大統領は別のところで次のようにも言う。

 「地域の知る権利法は、企業にどんな物質をつくっていいか悪いか言わない。巨大な官僚制も必要としない。すべての企業でなく特定産業の企業だけを対象にし、注意深く650の特定有害物質に焦点を当てる。……この法律は機能する。」[17]

 強権的規制でなく、行政機構の肥大化を伴わず、少ない費用で確実に汚染削減効果を上げる。うまくできた制度だ。TRI発足以来、有害物質排出は46%減ったという[18]。最も最近の1995年のデータでは、汚染排出は前年から4.5%減の17億5000万ポンド。内、大気への排出は8880万ポンド減り(7%減)、地表水への排出410万ポンド(10%)減、埋め立てなど土地への排出1700万ポンド(6%)減、地中への排出だけが2450万ポンド(19.5%)増だった。この種の制度はPRTR(Pollutant Release and Transfer Register)と言われ、国際的にも採用が徐々に拡大している。

 皆に見られていれば行儀よく振舞うという、ある意味で簡単な原理である。かつて単純な共同体では、互いに見られているというだけで社会秩序は維持された。そういう社会に「政府」という特別の組織はなかった。今日、複雑になった市民社会で政府が存在するが、電子ネットによって再び「よく見える」ようになって、政府機能にも変化が現れざるを得ない。

 むろんここで前提になるのは、情報を得て積極的に行動する市民の存在だ。それがあることで、情報の開示に一定の強制力がついている。環境保護庁の推定によれば、企業の三分の一がTRI報告義務を怠っているという。EPAの取締り能力は限られているが、例えばワシントンDCの市民団体「環境行動財団」(EAF)は、報告義務違反を調べ上げる方法について詳細なパンフレットをつくり、市民監視の運動を盛り上げている[19]。市民運動は強権的な公権力によらない規制の形態とも言えるだろう。ネットワーク型社会における新しい政府機能のあり方を考える上で重要な視点だ。

 情報開示による規制は、他の多くの分野でも適用可能である。例えば地域再投資法(CRA)、家屋抵当ディスクロージャー法(HMDA)などによる銀行ローンの融資状況データベースがある。人種・民族的なマイノリティー居住地域を差別していないかどうか、詳細な融資データを提出させ、それをネット上で公開する。住民はそれを元に、例えば銀行合併、支店増設などの際に監督官庁に差止めを求める。地域の知る権利運動から生まれた前述 RTKnet では、TRIの有害物質情報の他、この銀行融資データベース、それに政治献金データベースなどをいっしょに提供している[20]。
 

第二世代の情報公開運動

 「アメリカで第二世代の情報公開運動がはじまっている。」

 1996年8月、訪日したネーダーグループのジェームズ・ラブは各地でこう訴えてまわった。「第一世代の情報公開運動は、政府の非公開文書にアクセスすることを求めた。これは1966年連邦情報自由法をかちとり、一定の成果をあげた。今はじまっている第二世代の運動は、公開情報ではあるが電子形態の情報を、インターネット上で市民に効果的に公開させる動きだ。」[21]

 ラブたちのグループ[22]は90年代の初めから政府データベースの公開運動を行ない、法案情報を含む議会データベース LEGIS、証券取引委員会(SEC)の企業データベース EDGAR、司法省の法律データベース JURIS、CIAの外国放送情報データベース FBIS、特許データベース APSなどの公開を求めてきた。93年6月に政府印刷局(GPO)電子情報アクセス強化法を可決させ、連邦政府情報を総合的に提供する方向が規定された。現在、GPO Access のホームページを窓口に、米国法典(U.S. Code)、議会記録(Congressional Record)、議会法案(Congressional Bills)、連邦規則(Code of Federal Regulations)、官報(Federal Register)を始め多くの政府データベースがネット上で公開されている。主要1万5000企業の情報が入る「世界最大の企業データベース」EDGARも、94年1月からインターネット上で無料提供されている。96年10月には情報公開法を電子情報にも拡大する「電子情報自由法」(通称 E-FOIA)が成立し、インターネット時代の情報公開体制がほぼ出そろった。

 政府印刷局(GPO)によれば、1988会計年度末までに、全米1400の連邦デポジトリー図書館(Federal Depository Library)網に所蔵される政府ドキュメントの内、50%が電子形態、30%が紙、20%がマイクロフィッシュになるという。つまり印刷物より電子情報の方が多くなる。また、1996年度に全米のデポジトリー図書館が受け取った資料は月170万冊だったが、インターネット上の GPO Access を通じた電子的文書取得は月240万件に達した[23]。

 ラブは、議会法案がネット上で公開されていることについて、次のように言う。

 「これまでプロのロビーイストしか使えなかった情報に何千という市民がアクセスし、政策議論の性格を変えつつある。議論が地方参加者に広がり、例えば法案の問題点について全米から議論が起こる。全国的団体でも、ワシントンの専門スタッフだけでなく地方の一般会員が政策論議に入り、組織内関係にも影響が出ている。」[24]

 法案は成立すれば法律となって全国の図書館に配布される。しかし、これから審議される法案(年間数千件に上る)の情報を国民に広く配布することなど印刷物では不可能であった。特定の人だけに郵送するとしても時間、人手、金がかかる。インターネット上で出れば、広範囲に低コストで迅速に伝わる。ワシントンのロビーイストだけでなく、全米の草の根の人びとに同レベルの情報が伝わり、迅速な行動が起こせる。つまり市民の決定への参加能力が高まる。政府のバーチャル化は、決定を広く市民社会全体に「アウトソーシング」していく。ワシントンで今「ネット利用による政治システムの変革が起こっている」とラブが言う由縁である。
 

決定のバーチャル化

 政府組織が企業組織と決定的に異なるのは、市民参加があることである。企業の民主主義は社長かせいぜい取締役会どまりだが、政府の場合、選挙で長が選ばれ、議会が立法によって組織の方向を決定する。ある意味で、企業はこの手間のかかる民主主義を回避して成立した組織である[25]。私的に(したがって迅速に)決定する集団を認め、その行為の有効性を事後的に市場で検証するシステムが、少なくともこれまでの一定期間、経済合理性を有してきた。

 単純な決定過程しか持たない企業は、そのバーチャル化と言っても、せいぜい役員会をテレビ会議で行なう程度である。しかし主権が国民に存する政府組織では、決定過程におけるインターネットの出現ははるかに重大な意味をもち、それが試みる可能性にも未知のものがある。

 「以前は、政府がコンピュータを使って市民を監視すると考えられていた。しかし今、人びとは、市民がコンピュータで政府を監視下におくことを考えはじめている」ともラブは言う[26]。電子ネットによる政府情報公開は、有害物質データベースが企業を規制するのと同様、市民の政府規制の効果をもたらすだろう。市民が政府のやっていることをよく知り、その行為の方向を効果的に決定し、政府を市民社会の側に取り戻すことを加速する。

 「バーチャル政府」とは結局、民主主義のことである。市民社会から生まれ、それに疎遠な存在として立ち上がった政府が、再び市民社会への拡散つまり「バーチャル化」を迫られている。行政機能の広範な人びとへの「アウトソーシング」を、私たちは、インターネットが出現するずっと以前から「民主主義」として求めてきた。バーチャル政府はその成果の上に成立する。「バーチャル企業」の場合は企業にご自由にフィーバーして頂くだけだが、「バーチャル政府」は私たちが求める崇高な権利だ。
 

<注>

1 - http://cbdnet.access.gpo.gov
 2 - 10 U.S.C. 2304, 41 U.S.C. 254 などによる。連邦総務局(GSA)の連邦調達規則(FAR、Federal Acquisition Regulation)では、政府調達発注は基本的に「全面的公開的な競争」(full and open competition)で行なわれなければならないとしており、これには一般競争入札(sealed bidding)や提案公募型(competitive proposals)などが含まれる。例外的に特命発注(sole source procurement)や指名競争入札(selected source procurement)もあるが、これには、緊急時、特殊技術がある場合、知的所有権上の問題がかかわる場合、その他厳しい制限が課されている。こうした「非全面的公開的な競争」による調達を行なう場合は、条件を満たしていることを担当者は書面で証明しなければならず、各機関に配置される「競争推進担当者」(Competition Advocate)その他の承認を得なければならない。これら関連資料は、情報公開請求により一般公開される。
 3 - 以上、例えば http://www.business.gov からの各リンク参照。
 4 - "The Business Week Global 1000", *Business Week*, July 7, 1997, p.76
 5 - 以下、Environmental Protection Agency, "Using the Internet to Reform Acquisition Process, Prototype: EPA's AIRMS Procurement" (http://www.epa.gov/oamrfp12/prescoun/casewp51.htm) による。
 6 - Lisa Corbin, "Technology Trailblazers", *Goverment Executive*, v.27, n.12 (December 1995).
 7 - 例えば Jessica Lipnack and Jeffrey Stamps, *Neworking -the First Report and Directory*, Doubleday & Company, Inc. 1982. 翻訳:『ネットワーキング ―ヨコ型情報社会への潮流』プレジデント社、1984年。
 8 - U.S. Census Bureau の集計した *Biennial December Federal Employment Data by State* によれば、1994年の全米でのシビリアン連邦公務員の数は 2,902,909人であり、その中でワシントンDC内の数は 204,267人(7.0%)である。
 9 - Lester Salamon, "Rethinking Public Management: Third-Party Government and the Changing Forms of Public Action", *Public Policy* 29:255-75.
10 - *Ibid.*, pp.101-107
11 - Government Accounting Office, *Block Grants: Issues in Designing Accountability Provisions (Letter Report), 9/1/95, GAO/AIMD-95-226.
12 - Lester M. Salamon, "Partners in Public Service: the Scope and Theory of Government-Nonprofit Relations", Walter W. Powell, ed., *The Nonprofit Sector*, 1987, p.110
13 - Cheryl Simon Silver, "Industry", *The 1993 Information Please Environmental Almanac*, p.184.
14 - Environmental Protection Agency, *Earth Day 1977: EPA Expands Right-to-Know Data to Include More Industries, More Information* (Press Release April 22, 1997), *EPA's 1995 Toxic Release Data Includes First-Ever Reporting on 286 New Chemicals* (Press Release, May 20, 1997).
15 - すでに1980年に成立していた「包括環境対処・補償責任法」(Comprehensive Environmental Response, Compensation and Liability Act of 1980、通称「スーパーファンド法」)のTitle IIIに組み入れられる。
16 - President Bill Clinton's Directive to the Environmental Protection Agency on August 8, 1995.
17 - Remarks by President Bill Clinton, Fort Armistead Park, Baltimore, Maryland on August 8, 1995.
18 - Environmental Protection Agency, *EPA's 1995 Toxic Release Data Includes First-Ever Reporting on 286 New Chemicals* (Press Release, May 20, 1997).
19 - Environmental Action Foundation, *Right to Know Fact Sheet #4: How to Identify Right to Know Violators And Get the Real Toxic Story*.
20 - http://www.rtk.net
21 - 岡部一明「市民メディアとしてのインターネット ―ネーダーグループのラブ氏を日本に呼んで」『Graphication』88号、1996年12月、p.20.
22 - ネーダーグループの本部 Center for Study of Responsive Law 内の Taxpayers Assets Project 及び Consumer Project on Technology.
23 - Michael F. Dimario (Public Printer), Prepared Statement Before the Joint Committee on Printing on Oversight of the Government Printing Office, March 13, 1997.
24 - 岡部、前掲『Graphication』記事, p.21.
25 - 19世紀までアメリカには、期限付き社会事業のような「憲章企業」の形態があった。19世紀末、法廷が企業に自然人と同様の「法人」格を認めることにより、企業は社会によって設立・解体される半ば公的事業から、無制限に行動する私的集団に変わった。例えば岡部一明『インターネット市民革命』御茶水書房、1996年、第6章参照。
26 - 岡部、前掲『Graphication』記事, p.21.

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