ニュージーランドの自治体制度 ―効率化と住民自治と

  岡部一明(『東邦学誌』第33巻第1号、2004年6月より)


目次

I、  はじめに
II、 効率化を目指す自治体改革
III、草の根自治の強化
 
 

I、はじめに

「小さな政府」への流れの中で

 ニュージーランドは1980年代という世界的にもかなり早い時期から徹底した行政改革を推し進めた国として日本でも注目されている1)。「キウィー社会主義」と言われた広範な政府直轄事業部門を次々に切り離して民営化し、国家公務員数は1984年の8万8000人から1996年の3万6000人まで激減した。極端なのは交通省で、港湾から航空事業まで広範な事業を運営した4500人職員体制は、90年代までには「普通の都市ビル2フロア程度」にまで削減された2)。2002年の同省職員数は68名である3)。

 このような「小さな政府」への改革の中で、地方自治体制度も大きな改革がなされた。本稿は、この改革を経たニュージーランド自治体制度について概論し、特にその中で行政へ市民の声がどのように反映されているかを中心に、現地調査(2004年3月)を踏まえながら分析を行なったものである。併合され大きくなった基礎自治体の下に、実は多様な(小地域を基盤にした)ボランティア的住民自治の諸制度が張り巡らされていることを提示したのが、本稿の特色である。なお、本調査と執筆にあたっては、東邦学園大学研究費、シキシマ学術・文化振興財団研究助成の支援を得た。
 

ニュージランド概観

 ニュージーランドはオーストラリアから1600キロメートル離れた南太平洋上の島国で、面積は26万6200平方キロと日本の約4分の3である。人口は、もっとも最近の2001年国勢調査によれば359万人4)で、ヨーロッパ系80.1%、マオリ14.7%、太平洋諸島系6.5%、アジア系6.6%、その他0.7%の内訳であった。首都はウェリングトン(人口34万人)。最大都市はオークランド(同102万人)。本稿での取材の拠点となったクライストチャーチは、南島の最大都市で人口は32万人である。

 14世紀以前からポリネシア系のマオリの移住があり、1642年に最初のヨーロッパ人(タスマン)によって「発見」される。1769年にキャプテン・クックの探検などがあり、1840年、マオリとのワイタンギ条約によりイギリスの植民地となる。1907年に独立。1931年に英国連邦5)に加盟した。

 英連邦下のイギリス型の議会制民主主義国であるが、イギリスとのつながりはそれほど強くない。アメリカの世界政策にも批判的で、非核政策をとる。2004年現在、国家元首は英国君主(エリザベス2世女王)。ニュージーランド政府の進言により任命される総督(Governor-General、国家元首の代理人)はデイム・シルビア・カートライト(Dame Silvia Cartwright)。選挙の結果選ばれる首相(通常は多数党の党首)はヘレン・クラーク(Helen Clark)である。

 国会は一院制で3年毎に改選される。議員定数は120名。選挙区選挙69人、比例代表選挙51人に分かれる。労働党と国民党の二大政党が中心となる。2002年の選挙では労働党52議席、国民党27議席、ニュージーランド第一党13議席、アクト・ニュージーランド9議席、緑の党9議席、統一未来党8議席などであった。地方選挙のみならず国政選挙でも定住外国人の選挙権を認めており、例えば日本語での選挙登録案内もウェブ上にある6)。

 産業の中心は牧畜業。羊の数は9000万頭と言われ、人間の数の20倍以上。GNPは593億米ドル(2002年)。一人当たり13,346米ドル(日本は37,533米ドル)。年間成長率は2003-2004年推計で3.2%(日本0.8%)であった。
 
 

II、効率化を目指す自治体改革

ニュージーランドの自治体制度

 ニュージーランドの地方自治は母国イギリスをモデルにしており、1989年の改革前には市(city)、郡(county)、町(borough)、地区(district)、町地区(town district)などの形態をとる205の領域自治体(Territorial Authority)の他、電力、港湾、水利、医療、水道他約500の単一サービス型の特別目的自治体(Special Purpose Local Authority)が分立していた。これを1989年の自治体修正法(Local Government amendment Act (No.2) 1989)が一挙に計87自治体にまで整理する7)。小規模領域自治体が地区自治体(District)などに統合され、特別目的自治体はほとんどが廃止された。一方、地区自治体の上に広域自治体(Regional Council)が新設された。現在、ニュージーランドの地方自治は基本的には二層であり、次のような構成になっている。

表1 ニュージーランドの自治体制度と自治体数

1、広域自治体(Regional Council)        12
2、領域自治体(Territorial Authority)   74
   都市自治体(City Council)     15
   地区自治体(District Council) 59
 

 これ以外に2000年ニュージーランド公衆衛生障害法(New Zealand Public Health and Disability Act 2000)によって設立された全国21の地域保健ボード(District Health Boards)がある。これは公的資金による保健、医療、障害者支援を行なう単一サービス型の広域自治体である。各ボードの11人の理事のうち7人が3年ごとの選挙で公選され、残り4名が(国)保健省により任命される。

 また、上記二層のさらに下層に、後述するようにコミュニティーボードがあり、さらなる下層にタウンシップ委員会などの住民自治組織があるが、これらは厳密には自治体とは定義されていない。

 また、表1の中でも、例外的なものとしてチャタム諸島自治体と4つの統合自治体(Unitary Authority)が含まれており、これらは広域自治体と領域自治体両方の機能を果たす。表1ではこれを領域自治体として扱っている。ネルソン統合自治体を都市自治体、ギブソン、タスマン、マールバラ統合自治体、チャタム諸島自治体を地区自治体としている。

 表1の上層・広域自治体は現在日本で議論されている道州に相当する広域政府だが、権限は必ずしも大きくない。規制機関的性格が強く環境保護、資源管理、広域交通などの役割が主である。例えばカンタベリー広域自治体が「環境カンタベリー」(Environment Canterbury)という通称をもつなど、単一サービス自治体的な様相もある。広域自治体議員(Regional Councilor)は公選され、互選で議長が選ばれる。

 一方、領域自治体の権限は広く、道路、上下水道、ゴミ収集・処理、公園、図書館、プール、公衆衛生・治安規制などが含まれる。基本的には、都市的性格をもった人口5万人以上の自治体が「都市自治体」となり、それ以外は「地区自治体」となる。これら領域自治体の市長(Mayor)は直接選挙で選ばれる。市議は、多くの場合、分割された区(Ward)ごとに選出される。

 自治体は、1987年地方自治体公的情報会議法(Local Government Official Information and Meetings Act 1987)により、徹底した情報公開が求められ、例えばすべての公的会議のスケジュールを月ごとに発刊しなければならない。議事次第と関連資料は会議の少なくとも2業務日前に公開されなければならない。市民はすべての通常の公的会議を傍聴することができ、定められた時間に発言することもできる(最初の15分内、などという場合が多い)。会議は、特別の決議がない限り、6時間を越えてはならず、夜10時半までに終わらなければならない。議員の採決は会議参加者すべての視認の下で行なわれ、秘密投票は許されない8)。
 

自治体の効率化

 改革を経たニュージーランドの自治体はかなりスリム化した。例えば地方公務員は約4万人で、人口1千人当り11人。日本の27人よりかなり少ない。年間歳出は約2400億円、自治体歳出のGDP寄与率は3.5%で、10%以上の日本より明らかに小規模である9)。ニュージーランドは人口が少なく日本と比べるのは適切でないかもしれないので、以下に同国と愛知県との自治体比較を行なってみる。

 都市化の度合いなどを加味すれば、合理化の程度はほぼ同じとも言えるのではないか。自治体の大きさは愛知県が上回り、職員数では愛知県が約2倍。予算額ではニュージーランドが10分の1の低コスト。議員数はニュージーランドの方がやや多い。

 徹底した効率化は、必ずしも地方自治をないがしろにするために行なわれたのではない。むしろ自治体に独自の力をつけ、実のある自治と行政サービスを行なえるようにする努力としても見ることができる。マクドーモットは次のように言う。

 「ニュージーランドの自治体は強力であることがなかった。植民当初からの統治細分化が、無駄と散発的なインフラ投資を招き、弱体な地域民主主義を生んできた。そしてその弱い地域民主主義と非専門的なスタッフ体制が地域自決の質を落としていた。お粗末な実績が市民の間に無関心と不信感を生み、歴代中央政府が自治体に権限を下ろすことをためらう背景にもなった。/こうした本質的な弱点と(土地と財産の規制に集中した)限定的役割にもかかわらず、自治体はその限界の中でそれなりの機能を有し、政治的にもよくコネクションを保っていた。このコネクションとそのなまくらな性格が改革を難しくしていたのである。多くの試みにも関わらず、中央政府が最終的に自治体にそれなりの秩序をもたらすことに成功するのは1980年代末、改革の試みをはじめて100年後のことである。」10)
 

公的サービスの外部化

 1989年自治体修正法は、自治体の規模を大きくする(数を減らす)と同時に、自治体行政の会社化、民営化を断行した。すでにはじまっていた中央政府の同様の改革11)と同様、まず選出された市議会(Council)と日常的な行政事務を行なう官僚制とを分離した(Decoupling)。市議会が、官僚制のトップとなる長官(Chief Executive)を雇い、その長官が職員を雇用するとともに行政事務に責任をもつ。市議会は政策決定を行ない、長官の仕事をモニターする。さらに、自治体は、市場になじむ部門を積極的に分離・企業化し、公共サービスを自治体民

営企業体(Local Authority Trading Enterprise, LATE)と呼ばれる独立事業体に移行することが求められた。LATEは、中央政府の民営的公共サービス企業体「国有企業体」(State-Owned Enterprise, SOE)の仕組みを踏襲した自治体版SOEである。この結果、自治体部局から直接提供される公共サービスは、1989年の70%から1994年の26%に激減した。代わりに独立企業体による公共サービス提供は2%から18%、外部の企業などによるサービス提供が22%から48%へと大幅に増加した12)。一般的な傾向としては、上下水道、洪水対策などの基幹サービスはLATEなどの(自治体所有の)独立事業体、法律サービス・ゴミ収集/処理・森林生産などは外部企業を通じて行なわれるようになった。

 こうした自治体への市場原理導入を最も徹底的に進めたのはオークランド都市圏内のパパクラ地区自治体(Papakura District Council)であった。同地区自治体は、業務の外部委託と減税を活発に進め、とりわけ、1997年3月、上下水道サービスを外部企業委託したことで全国的に注目された13)。飲み水という公共財中の公共財を、ユナイテッド・ウォーター社という英仏外資系の水道会社に提供させることにしたのである。上水道施設の所有は自治体が保持するが、その運営を50年に渡り同社に譲り渡す。同社は、そのリースまたは「フランチャイズ」料としてパパクラ自治体に1310万ドルを払った。パパクラ自治体のデイビッド・ホーキンス市長は、民営化と競争原理導入の急先鋒であり、非妥協的に合理化路線を進めた。同市長就任直前の1992年に130人居た自治体職員は、離任時の2000年に25人にまで削減されている14)。同市長は「20年後には自治体の果たす役割はなくなる」旨の発言もしており、自治体の公的行政を全面的に民間に代替させる方向を展望していたことが垣間見られる15)。

 一方、南島のクライストチャーチ市は、比較的市民参加型の自治を大切にし、外部企業委託にも消極的な自治体であるが、それでも電力、空港、港湾、都市バス、土木建設、森林管理の6部門の運営を別箇に独立した事業体にまかせている。所有権は持株会社(Christchurch City Holdings Limited, CCHL)を通じて市が保持するが、運営は市から独立し、民営企業と競争環境下でサービスを提供する。それら独立事業体からの配当は年間3000万NZドルに上り、市の財政にまわされる。これにより税金を20%減らしていると主張される16)。

 興味深いことに、こうした自治体への市場原理導入が進むにつれて、消費者運動でも、自治体サービスを通常商品同様にモニター、評価する動きが出ている。例えば代表的な消費者団体「ニュージーランド消費者研究所」(Consumers' Institute of New Zealand, Inc.)は1999年7月号で自治体評価を特集している17)。会員1万2000人を対象にした調査(回収6813件)を行ない、充分な回答数のあった42自治体について、税金、施設、サービス、市民参加、職員の態度・能力などについて総合的な評価を行なっている。単純な数量化は避けているものの、大都市ではクライストチャーチ、小都市ではネイピアー、タウポ、ティマルなどがトップレベルの評価を得ている。自治体が市場化するなら、市民は、そのサービス消費者としての立場から自治体をモニターしていくというわけだ。
 

コミュニティーボード

 前出表2に見る通り、ニュージーランドの自治体は日本の現自治体程度に併合され大規模したと言える。しかし、重要なことは、このような基礎自治体のさらに下にコミュニティーボードと呼ばれる準自治体が存在し、住民に近いところでの自治を可能にしていることである。また、さらにその下に、次章で詳述するように「コミュニティー・コミッティー」など住民諮問委員会のような形で小規模住民自治組織がある。

 コミュニティーボードは、1989年に合併させられたかつての小自治体(バラBoroughなど)を基盤にして成立していることが多い。都市部では、旧バラが区(Ward)となっている場合があり、コミュニティーボードは多くの場合この区に対応している。表1の通りニュージーランド全体で74の領域自治体があるが、この中に147のコミュニティーボードがある。あらゆる領域自治体にコミュニティーボードがあるわけではない。もつ自治体ともたない自治体がある。それでの合計が147ボードということである。

 コミュニティーボードはそれ自体は自治体ではなく、自治体の決定で設立され権限を委譲されて初めて機能する。2002年自治体法の規定では「コミュニティーボードは、(a)法人化されていない組織体(unincorporated body)であって、(b)自治体(local authority)ではなく当該領域自治体の委員会(committee)でもない。」とある18)。独立した自治体ではないが、単に自治体内の(議会小委員会のような従属した)委員会でもない、ことも示唆している。

 コミュニティーボードのメンバーは4人以上12人以下で、最低4人、全体の半数以上は地域から公選されるメンバーでなければならない。他は自治体議会による任命だ。コミュニティーボード領域をさらに小地区に分割し、それら小地区ごとにボードメンバーを選出する体制をとってもよい19)。コミュニティーボードには、自治体の広範な権限を委譲することができるが、「財産を取得・保持・処分すること」「(自治体)職員を任命、休職、退職させること」は禁じられている20)。また、新しい税をつくる、条例をつくる、(公債発行など)金を借りる、自治体の長期プランや年間プランをつくる、長官を任命する、などのこともできない21)。自治体内にコミュニティーボードをつくるかどうか、つくった場合のその内容、などについては市議会が広い決定権をもつ。市議会は少なくとも6年に1回は「代表権レビュー(Representative Review)」という市民参加型の自治体構造検討作業を行ない、これを通じてコミュニティーボードを見直していく。コミュニティーボードの役割は、地域の諸問題を検討して自治体に報告するなど6つが法的に規定されている。その中の最初の一項「地域の利益を代表しその唱導のために行動すること」は2002年自治体法で新たに加えられたものである22)。

 2002年自治体法は、コミュニティーボードをはじめ地域自治を深める方向を打ち出したが、依然としてコミュニティーボードが存在することへの風当たりが強い。自治体合理化の観点からは、より下位に小規模自治機構をおくのは無駄と映るのである。マッケンジー地区自治体のように、市議会が域内コミュニティーボードの撤廃を決議したところもある23) 。確かに、ただ漫然と下位自治機構をつくるだけでは行政の無駄になる可能性もあるが、自治体の連合組織「ニュージーランド自治体」(New Zealand Local Government)などは、ボードに選出される住民の教育・訓練などを通じ実効ある自治の力をつける方向を提示し、努力を続けている24)。
 

III、草の根自治の強化

リンカーン村

 リンカーンは、ニュージーランド南島中央部の人口2142人(2001年)の村である。南島最大都市クライストチャーチの南西約20キロ、広大なカンタベリー平原のまっただ中に位置する。国立のリンカーン大学をかかえ、また、クライストチャーチからの住宅開発の影響が出始めてはいるが、それ以外は、純農村的な地域コミュニティーである。広い農業・牧場地域に散在する住民に最小限の都市的サービスを提供する農村都市と言ってもいい。街の中心を通るジェラルド通りには10軒程度のお店が立ち、医院、造園事務所、図書館、コミュニティー・センターなども見える。平屋の小さな図書館(Lincoln Library)に入ると、入口近くに机を構え住民サービスの仕事をしていたのがスチュワート・ウェストビー(Stuart Westoby)さんだった25)。

 「多様な仕事があって面白いよ。住民がここに来ていろんな質問をする。住民登録、墓地関係、地域計画、水道。街灯が切れたとか、堀をつくるんで許可が必要だとかの話も。」

 図書館の中にある村の行政窓口だ。同図書館の司書以外では、リンカーン村唯一の自治体職員だそうだ。リンカーンは「タウンシップ」(Lincoln Township)と呼ばれているが、それは単なる通称で、自治体ではない。この地域一帯はセルウィン地区自治体(Selwyn District Council、面積6492平方キロ、人口27,309人)に含まれ、リンカーンはその中の一つの集落だ。

 人口2000人の集落で自治体職員が1人というのはやはり少ない。自治体合理化の影響だろうか。

 「いや、自治体は縮小していない。」とウェストビーさんは主張する。「クライストチャーチの隣なので開発が進み、セルウィン地区自治体はむしろ拡大している。自治体職員が増え、リーストンの現市庁は3年前に増築したばかりなのにもう狭くなってきた。ロールストンにより大きな市庁を建てる計画が出ている。リンカーンだって、前には自治体職員はだれもいなかったが、今は一人だけでもこうして支所の役割を果たすことができている。パソコンなどテクノロジーの発達で効率的な仕事ができるようになった。」

 図書館の一角が自治体関係のコーナーになっていて、いろいろなパンフや冊子類が置かれている。

 「ここに、地区自治体の議会報告、リンカーン村の地域委員会の議事録などもある。」

 そう言って、気さくなウェストビーさんは、勤務中にもかかわらず、筆者をここに案内し詳しいインタビューに答えてくれた。なかなか興味深い図書館だ。地域の総合情報センターの役割を図書館が果たしている。本を読みに来るだけでなく、自治体情報を取りに来る。行政関係の相談をしにも住民が来る。「地域情報センターのようなもの。ローカルノレッジの場だね」とウェストビーさんが言う。
 

タウンシップと地域委員会

 リンカーンもそうだが、ニュージーランドの田舎をまわるとタウンシップと呼ばれる小集落がよくある。しかし、これらは正式の自治体ではない。愛着をもって呼ばれる通称である。

 セルウィン地区自治体の構造を詳述すると、同自治体内に前述4つの区(Ward)があり、この内メルバーン区、セルウィン中央区には地域ボード(Area Board)がある。これは前述した自治体下位機構のコミュニティーボードである(正確にはメルバーンのみが正式のコミュニティーボード)。他の2区、スプリングス区とエルスミアー区にはコミュニティーボードがなく地区自治体の直轄だ(Council as a Committee)。コミュニティーボードの下にも、自治体直轄地域にも、住民自治の最下層である「地域委員会」(Community Committee)がある。小集落ごとに住民の意見を反映させる自治機構だ。リンカーン・タウンシップにはリンカーン地域委員会がある。

 地域委員会の法的位置付けは、市議会やコミュニティーボードによく設置される小委員会の一つというところだ。議会に対する地域住民の諮問委員会(Locality Advisory Committee)の一つとして位置付けられている。

 つまり、ニュージーランドの自治制度は4層になるということだ。?で述べた基本的な2層の下に、コミュニティーボード、さらに地域委員会がある。セルウィン地区自治体内ではコミュニティーボードが2つ、地域委員会は計29ある。地域委員会の名称はCommunity Committee, Residents Associationなど様ざまである。

 地域委員会には、コミュニティーボードと同様、公選される委員と、任命される委員が居る。選挙と言っても投票集会に出席した住民がその場で投票をするだけだ。それでも一応公選なので自治体議会はここの意見をよく聞くことが求められる。ただし、地域委員会は、コミュニティーボードと違って自治体行政権限の委譲はほとんど行なわれないので、実質的な力がない。あくまで自治体議会に助言をするだけである。セルウィン地区自治体でも、こうした権限の弱い地域委員会だけでなく、全4区にコミュニティーボードを設立すべきとする意見があり、大きな議論になっているとウェストビーさんが言う。
 

地域委員会ミーティング

 リンカーン地域委員会の月例ミーティングが行なわれるというので急遽出向いた26)。当然にもリンカーン図書館内の会議室が会場だった。夜8時。暗くなりはじめ、図書館も閉まっている。裏のドアから入ると会議室に明かりがついており、すでに会議が始まっていた。一般公開の会議で、筆者もあたたかく迎えてくれた。ただし、他に一般住民の参加はなかった。10人程度の委員が出席し、次々に議題を論じていく。

 今度わが村の入口に「リンカーン村にようこそ」の看板を立てよう。何々通りと何々通りと計3箇所はどうだ。デザインはこんなものではどうか、と写真を見せ合う。あるいは、村の中心を流れる小川。あの周りの緑が最近痛みが激しいのではないか。○○さんに調査をしてもらったが、痛みの激しい木に何か措置をほどこさなければ。村にプールをつくる話はどうなった。大学も高校も自分の敷地内につくらないと授業に使えないらしい。1ヶ所にまとめるのは無理か。などなどの話が続く。

 10時を過ぎても議論が続くのでおいとまし、後日、日を改めて議長のリンゼイ・フィルプスさんに聞き取り調査をすることにした。
 

インタビュー:フィリプス地域委員会議長

 フィリプス議長の家は、会議のあった図書館からすぐのところにあった。普通の民家だが、家を事務所に造園コンサルタントのビジネスを行なっていると言う27)。

 「私の名前はリンゼイ・フィルプス(Lindsay Philps)。リンカーンの一住民だ。リンカーン大学で造園を学ぶためにここに来てそれからずっと住んでいる。かれこれ10年、12年になるだろうか。家を事務所に造園ビジネスをしている。妻も同様に家からビジネスをしている。自営業だから、地域委員会などのボランティア活動をすることができる。」

 「そう、地域委員は給料はなく、まったくボランティアだ。私は現在2期目になる。3年ごとに投票があり、町の人たちから選ばれる。この10月に2期目の任期が切れる。委員会の中で6人は公選され、他の6人はいろいろ他から任命される。ビジネスマン、歴史協会、レクレーション協会、地域福祉団体、地区自治体議会からの代表が出ている。」

 「投票集会には住民が4-50人来る。自薦・他薦で立候補があり、6名の委員会役員が選出される。人口が2000人だから世帯数は650?700世帯くらい。参加率は10%に満たない。ボランティアなのに、相手にするのは自治体の官僚制だ。事がなかなか進まずうんざりすることも多い。」
 

開発をコントロールする力

 「この地域の最大の問題は開発だ」とフィルプス議長が言う。「私もそれで地域委員会に出ることにした。ライランド通りで大規模宅地開発があった。街への影響が大きく、議論が沸騰した。」

 ライランド通りは街の中心から南方向に向かう通り。それに面してすでに50軒程度の真新しい住宅が建っている。かなり大きなミドルクラス住宅街だ。「1軒2軒増えていくのとわけが違う。いっきょに50軒も増えたら街の性格を劇的に変えてしまう。」とフィルプスさん。地域委員会のメンバーが開発反対の先頭に立った。

 「ところが、私たち地域委員会には開発をコントロールする力がない。セルウィン地区自治体の地区計画がそれを管轄しているのだ。」と、フィルプスさんは地域委員会の構造的な非力さに言及する。デベロッパーは、地区計画によるガイドラインとニュージーランド資源管理法に従って開発を行なう。現行規制以上の開発が必要になれば地区自治体議会に迫り、ガイドラインの変更を迫ることもあるとフィルプスさんは言う。

 「例えば、この地域では以前は住宅は道路から20メートル隔てて建てねばならなかった。しかしデベロッパーはその規制をなくすよう自治体議会にはたらきかけ、それを通してしまった。デベロッパーでもある地区自治体議員がその提案をした。私たちは環境行動グループという市民団体をつくりこれに反対した。グループのメンバーと地域委員会メンバーはかなり重複していた。この問題を環境裁判所に訴え、ある程度、道路からの距離を開けることを認めさせた。しかし私たちが主張するよりはかなり狭い間隙だった。」

 環境裁判所(Environmental Court)は、1996年資源管理修正法(Resource Management Amendment Act 1996)で設置された環境関係係争を扱う裁判所。裁判官と環境委員会(Environmental Commission)などが両者の言い分を聞き、採決を出す。それに訴えてある程度の住民意向を達成することはできたが、フィリプスさんたちには地域委員会の無力さに大きな不満が残った。

 「地域委員会にはまったく力がないと言っていい。いろいろ意見を地区自治体議会に言うだけ。せいぜい、いいアイデアなら市議を納得させられる、といったところだ。必ずしも市議会には出かけていくわけではない。連絡をとれば市議たちは一応私たちの話を聞いてくれる。私たちは単なる住民ではなくて、住民から選出された委員なのだから。」

 「我々はいったい何者なのか、よくわからない。自分の定義をめぐって地区自治体議会と日々たたかっているようなものだ。地域委員会には、自治体議会議員も2名出ている。彼らを通じて意見を反映させることもできる。やはり市議は公選された自治体の正式な代表なので、彼らの話は皆よく聞いてくれる。我々よりオーソリティーがある。」

 「ボランティアであるというのはつらい。大きな問題がなく、日常的な業務を処理して住民も満足している間はまだいい。しかし皮肉にも、何か問題が出て住民が我々のところに積極的に来るようになると仕事をこなしきれなくなる。」
 

業務は合理化、自治は強化

 今回の調査では、小村リンカーン以外に、やや大きな都市であるクライストチャーチの自治のあり方についても聞き取り調査を行なった。同市では、コミュニティーボードが活発な役割を果たすと同時に、地域社会に多様な市民団体(NPO)が形成され、これと自治体行政が連携する形の公共サービス提供モデルが見られた。しかし、残念ながら、すでに枚数と時間の制限が来た。NPO型の地域自治モデルの分析は後日にまわしたい。

 中途で終わるが、ともかく以上で明らかなことは、ニュージーランドの地域自治は世界で最も効率化が進められたものであるが、同時に住民の声を反映させる草の根自治に様ざまな配慮がなされている、ということだ。同国の徹底した自治体合理化のみが紹介される日本で、この点は改めて指摘しておく必要があろう。コミュニティーボード、地域委員会など、日本の自治体よりはるかに小規模の住民自治組織が機能しているのだ。結論的に言えば、自治体の実際的な業務は徹底して合理化するが、民主主義にかかわる住民自治に関しては分権化し、無給ボランティアによって強化する、ということだ。「大きくしながら小さくする」二本柱で自治体強化が模索されている。日本の自治体の今後を考える上でも示唆に富む方式だろう。
 
 

〈出典・注〉

1) 例えば大宮英一・大浦 一郎『ニュージーランドの財政金融-1980年代中期以降の行財政・金融の改革』世界書院、1995年、久保田治朗「ニュージーランドの経済・行政改革とオーストラリア」(久保田治朗編著『オーストラリア地方自治体論 ?行革先進国に見る地方分権』ぎょうせい、1998年、第5章)などを参照。
2) Lawrence W. Reed, "The New Zealand 'Revolution'," The Freeman, May 1997, Vol.47, No.5.
3) Ministry of Transport, Report of the Ministry of Transport for the year ended 30 June 2002, p.11.
4) 以下、人口統計はStatistics New Zealand,  2001 Census Final Population Counts など。
http://www.stats.govt.nz/参照。
5) 1931年の発足当時はBritish Commonwealth of Nations, 1949年以降はCommonwealth of Nations。
6) http://www.election.govt.nz/elections/enrol/japanese.pdf
7) Local Government New Zealand, Research Monograph Series: Local Government Reform- What was Ordered and What has been Delivered- Part 2.
8) "Governance Process: Meetings," Local Government New Zealand, The Knowhow Guide to Governance.
9) http://www.lgnz.co.nz/localgovt/lgfacts/
10) Phil McDermott, "Future of Local Government," in New Zealand Futures Trust, Our Country: Our Choices (Electronic version only), http://www.futurestrust.org.nz/publications/book/index.html
11) Boston, J., Martin, J., Pallot, J. and Walsh, P., Reshaping the State: NZ's Bureaucratic Revolution, 1991, Oxford University Press.
12) Department of Internal Affairs, Changes in Service Delivery by Territorial Authorities 1989-1993; Department of Internal Affairs, Territorial Authority Service Delivery from 1 July 1993 to 1 July 1994.
13) June Pallot, "Local Government Reform in New Zealand: Options for Public Management as Governance," International Public Management Conference, Salem, Oregon, 28-30 June 1998.
14) Peter Calder, "Calder at Large: Retiring Mayor Hopes there's Life after Local Body Politics," The New Zealand Herald, 21 July 2000.
15) June Pallot, "Local Government Reform in New Zealand: Options for Public Management as Governance," International Public Management Conference, Salem, Oregon, 28-30 June 1998, p.15.
16) Christchurch City Holdings Limited, 2003 Annual Report. p.1.
17) "Your Rates and Their Local Performance," Consumer 383, July 1999.
18) Local Government Act 2002, Section 51.
19) Local Electoral Act 2001, 19F.
20) Local Government Act 2002, Section 53.
21) Local Electoral Act 2001, Schedule 7, Section 32.
22) Local Government Act 2002, Section 52(a).
23) "Community Boards: the Knife's Out," New Zealand Local Government, October 2003, p.28.
24) Ibid., pp.28-30.
25) Stuart Westobyさんへの聞き取り調査は、2004年3月15日にLincoln Libraryにて行なった。
26) 2004年3月8日、Lincoln Library内で行なわれたLincoln Community Committeeの会議を取材した。
27) Lindsay Philpsさんへの聞き取り調査は、2004年3月18日にリンカーンの同氏宅にて行なった。
 
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