『社会が育てる市民運動 ―アメリカの非営利団体(NPO)制度』

  岡部一明 (社会新報ブックレット、1993年、63ページ) 
 
 
目次:

はじめに
1、NPOの無料診療所
2、日本の株式会社ほどのNPOがある
3、バイリンガル保育運動
4、ライド・シェアリングで通勤を
5、移民者がつくるNPO
6、NPOのコンピュータ利用
7、社会変革フィランソロピー運動
おわりに


はじめに ―NPOとは

 この本はアメリカのNPOのお話です。

 NGOの間違いじゃないかって?

 いえ、NPOです。Non-Profit Organization(非営利団体)。

 NGO(非政府団体)はもともと国連活動の中で規定された用語で、国際的な舞台で活動する民間市民団体を指します。NPOはこれに対してアメリカ国内の用語です。どちらも実態的には同じです。政府でも企業でもない民間市民団体。アメリカのNPOが国連登録すればNGOです(一般的な用法では、市民団体が国際的な場で活動すれば皆NGOと呼ばれます)。国と国、政府と政府の連合である国連では、政府じゃない団体としてNGOという言い方が重要です。一つの国の中で団体を考える際には、「非政府」はある意味で前提ですから、営利か非営利かの区別が前面に出ます。

 営利を目的にしない団体……。むろん、そんな団体はどこにでもあります。日本にも各種市民運動団体をはじめたくさんあります。しかし、アメリカでは、非営利団体(NPO)というのは、単にそういう普通名詞なのではなくて、厳密な法律用語になっています。法典の中では非営利法人(Non-Profit Corporation)と言われ、株式会社やパートナーシップなどの営利法人同様、設立要件が細かく規定され、一旦設立されれば税制優遇など様ざまな特典も受けられるようになっています。
 

 日本で、市民活動をはじめようとしたら、何をしますか。定例会議をもって、いろんな一般向け集会やフォーラムを行ない、ニュースレターを出し、ある場合は署名活動やデモ行進をやったりします。会員制度をつくり、会則を定め、会費を集めます。お金のある所は事務所を構えたり、有給職員を雇ったりもしますね。

 アメリカでも、もちろんそういうことをします。

 でも、アメリカの市民団体は、これ以外に、もう一つとても重要なことをします。ある程度活動が軌道にのってくると、「さて、そろそろ非営利法人にするか」という話が出てくるのです。これは日本では絶対出ない話です。市民団体を「法人」にする ―「法人」と言えば企業のことに決まっている日本ではなかなか理解しにくい話ですが、これがアメリカで市民活動づくりイロハ、いやABCの一つです。別にNPOにしなくとも活動はやっていけます。しかし、NPOにした方が得になることがたくさんあります。

 NPOをつくるには、まず、州に申請(法人登記)をします。これは簡単です。書類の不備や団体名などに問題のない限り受け付けられ、受け付けられた時点でNPO発足です。アメリカでは会社もNPOも法人設立はすべて州の権限ですから、これで法的には完璧なNPOです。でも、NPOになっても税制優遇、特に連邦法人・所得税上の優遇が受けられなければあまり意味がありませんから、次にこの申請をします。連邦歳入局(日本の国税局に相当)に免税団体資格取得の申請をします。これは結構な難関ですが、しかし、日本の財団法人や社団法人の認可をとるよりははるかに簡単です。肝腎なことは、公共目的のための活動をきちんとやる団体かどうか、ということであって、いくら資産をもっていなければならないとか、「監督官庁の許可」がなければならないなどということはありません。

 免税団体の資格を得ると、どういう特典が出るでしょうか。まず、連邦法人税が免除されます。別途申請しますが、州、地方税なども免除になります。さらに寄付が税控除になります。これは、日本でも例えば赤十字などに寄付をすればそれが税控除になって(課税の対象にならなくなって)寄付者の税金が安くなりますが、これと同じです。ただ、日本の場合は、国や地方公共団体、国税庁長官が承認する「特定公益増進法人」への寄付、大蔵大臣が指定する「指定寄付金」などごく限られたものしか税控除になりませんが、アメリカでは80万を超すNPOへの寄付が控除になります。ごく普通の市民団体への寄付でも税控除できる感覚です。市民団体としてもこれで寄付を集め易くなります。また、日本では企業であれば一般的な寄付を一定限度まで損金扱いにできますが、個人にそういう特典はありません。アメリカでは個人の方が寄付金控除できる上限が高いなど、個人にも寄付へのインセンティブが多いに与えられています。

 また、これも別途申請ですが、郵便料金が大幅割引になります。日本でしたら、市民団体がニュースレター出すにも62円かかり量が多いと大変な出費になります。しかし、アメリカのNPOなら、多くの場合10円以下で出すことができます。

 この割引は日本のいわゆる「第三種郵便」とは違います。日本の第三種郵便はアメリカでは「第二区分郵便」といい、年四回以上発行の定期刊行物郵便が割引されています。それとは別の「第三区分郵便」の中の「大量差しだし郵便」というのがあって、その中のさらにNPO対象の割引料金があるのです。これは、出す枚数、宛先が同一郵便番号内にどれくらいあるかなどで複雑な料金計算をするので一概には言えませんが、通常郵便の数分の一にはなります。定期刊行物だけでなく、折々の集会案内、寄付のお願いなど普通の手紙でもこのレートで送ることができます。メディアを使った大規模宣伝活動などできない市民団体にとって、郵送手段が安価に確保されるのはとても重要です。

 NPO制度は、アメリカの市民団体サポート機構の一部を為すものです。この他、アメリカには活発な財団の助成活動があって、一般市民団体にもかなりの助成がなされています。最近では、「企業の社会的貢献」の意識が高まり企業も市民団体に盛んに援助をするようになりました。政府も、アメリカの場合、どんどん自らの役割をNPOセクターにまかせ、側面からお金を出すという形をとることが多いようです。こうした全体的なシステムが重なりあいながら、市民運動を強化、支援する構造、制度ができています。アメリカの市民運動が何かと規模の大きな活動をするを不思議に思っていた方もあるかと思いますが、その背景には、このような市民活動支援のシステムが存在していたのです。

 なぜ、このようなシステムができたのでしょうか。そしてこのシステムはどれくらい市民運動に役立っているのでしょうか。その下でアメリカの市民運動はどのような創造的活動を展開しているのでしょうか、それを現地の取材を中心に報告したのがこのブックレットです。私は現在サンフランシスコに在住しておりますので、この地域周辺の諸団体が対象になりました。幸いなことに、この地域はアメリカの中で最も市民運動が盛んな地域のひとつで、紹介しきれないくらいの創造的な活動事例がありました。

 後で詳しく説明するように、NPOといっても大きな病院、大学、教会など大規模な団体もあります。しかし、数の上からいったら、草の根でつくられる小さな市民団体が圧倒的に多く、こうした団体にとってこそ、NPOとそれをとりまく制度は重要な役割を果たします。オルタナティブな市民活動団体の形態として生協やワーカーズコレクティブもあります。ただこれらは多くの場合、自ら商品を生産・販売し、ある程度の経済基盤を自分で築くことができます。しかし、例えば環境保護に立ち上がった市民団体や、性差別をなくそうと立ち上がった女性団体は、基本的に経済活動をやっているのではありません。だから、こうした一般市民運動団体は、また別の基盤固めのための支援制度が必要です。NPO制度の意味が強く出てくるのは、こうした一般市民運動団体ということができます。

 NPOは、市民の自主的な活動や社会批判の芽を育てる制度です。市民の間には、社会がはらむ様々な問題に対処して、これを克服しようとする活動が常に生まれてきます。社会にとって、これほど何ものにも代え難いものはありません。この大切な芽を丁寧に育て、市民社会に不可決の勢力として確立させる制度がNPOだと言えるでしょう。必要な物資を生産、供給する産業社会の諸機構が援護されなければならないように、社会に必要なフィードバックを与える市民活動は援護されねばなりません。市民活動は体制のチェック機構です。汚職と政治献金にまみれた政治、不正企業が放置される社会はいずれは崩壊します。時に鋭い体制批判も内包して生まれてくる市民の社会活動は、結局は、市民社会にとって、なくてはならない要素です。


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