七、適正コンピューティングの技術援助


(岡部一明『パソコン市民ネットワーク』技術と人間、1986年、pp.95-101)

 コンピュータが市民活動の中で適正利用されるためには、そのための技術援助活動が重要な役割を果たす。メーカーに主導された現在のコンピュータ文化の中では、市民はただやみくもに壊械を買わされるだけだ。利用技術援助が行なわれたとしても、それほ大口の顧客である企業を対象にするか、たまに街でBASICなどというコンピュータ言語の講座がひらかれる
程度である。

 アメリカでは、市民団体(または非営利団体)向けにコンピュータ技術援助を行なうグループが近年数多く現われ、市民の生活や活動に密着した利用技術を追求している。具体的には日々の教育・コンサルティング活動を行なうだけで、はでな外見はないが、コンピュータの適正な利用を底辺のところで支えている。ポートランドでこの種の活動を行なう情報技術研究所(ITI)を訪ねてみた。
 

適正技術運動からコンピュータ運動へ


 ITIは、ポートランド市中心からややはずれた住宅街にある。古風な建物の二階に清楚な事務所とコンピュータ・ラボ(実習室)があり、有給職員五名が働いている。ITIは、非営利団体へのコンピュータ技術援助を目的にして八五年三月にオープンした。非営利団体の中には広く公共機関も含め、自治体職員への訓練なども行なう。団体に所属しない一般市民もむろん対象とする。

 ITI代表のスティープ・ジョンソン氏はもともとエコロジー・適正技術運動の活動家で、RAIN誌の創刊者のひとりだ。RAIN誌はポートランドで発行されるエコロジー・適正技術運動誌。打ち出す視点の斬新さで定評がある。ITIもこのRAINグループから生まれたコンピュータ運動体である。両グループは現在、他の地域団体とともに、都市教育センター(CUE)という連合組
織を構成している。
 

市民団体への技術援助


 ある日のジョンソン氏。朝九時に出勤して自室での雑用を短時間ですませると、予定してあったEBOO(ケイボー)という市民ラジオ局のコンサルティングにでかける。アメリカには市民が自主的につくるFM放送局が多く(本章三参照)、このKBOO局もそのひとつだ。今度コンピュータを入れるというのでジョンソソさんにコンサルティングをたのんでいる。

 車を使うほどもないと思われる近距離にKBOO局はあった。有給職員のバスカさんが迎えに出てきて私たちはまず局内部を見学する。コンピュータを有効に使うためにはその団体内でどのような活動が、どれくらいの規模で、どのように行なわれているか具体的につかむことが大切だ。スタジオで放送プログラムの作成手順を開く。レコード収納室では、レコードの数や分類の仕方などを詳しく調べた。ディスク・ジョッキーなどでのレコード選曲のためにコンピュータをおおいに利用するつもりらしい。見学の後、バスカさんの部屋でゆっくりと話し込む。放送
プログラムの編成やレコードの整理、支持者へのニュースレター発送や会費の集計、そしてむろん資金運用の経理事務にも使いたいと、話の内容は盛りだくさんだ。コンピュータを導入するとすれば、どういう財団・企業から助成が受けられるか、その手続きほ、などという細かい話にもおよぶ。

 一時間くらい話して次のグループに向かう。今度は街の中心の広場(パイオニア・コートハウス広場)の地下。この広場は市のものだが管理・運営は市民団体にまかされている。この団体(PCS)は広場の催し物スケジュールをデータべース化し、一種の「コミュニティー・カレンダー」づくりをしている。これを他の地域団体とも通信回線で結び、地域全体の催し物カレンダーにしていこうという展望について話し合っていた。

 事務所に三時頃帰ってくると、今度はパソコンに向かってデータ入れの作業をはじめる。ITIでは今、フレッド・マイアー慈善信託からの助成で、ノースウエスト諸州の二〇〇〇の図書館・情報センター等の利用案内データベースを作ろうとしている。ジョンソソさんはまず図書・資料の分類方法を検討しているのだ。
 

市民に開放したコンピュータ・ラボ


 隣のコンピュータ・ラボでは、プログラム・マネジャーのスローターさんがパソコン利用の講習をしている。この日のプログラムは市内の「民間企業協会」(PIC)と共催した退職婦人向けパソコン講座だ。彼女たちが職業訓練により新しい就職ができるようにとの目的で行なわれる。

 寄贈されたアップルIIやマッキントッシュなどが一〇台ほど並び、ふとっちょのおばさんたち(失礼!)がそれにむかう。″ハイテク・レディー″のイメージからはほど遠いのがほほえましい。大声でおしゃペりし、フロッピーディスクを無造作に″穴″に突っ込んだり出したり。

 この退職婦人向け講座は継続的なものだが、ラボではこの他、週二‐三回の割りでさまざまな講座がもたれる。パンフレットによれば、最近の講座は次のようなものだ。

・コンピュータの基礎学習(リタラシー)
・電話システムの選び方
・美術用のソフト(グラフィック)
・ワープロ
・パソコン通信とグラフィック
・非営利団体の情報技術
・データベースの運用の仕方

 このような実際的な講座の他に、プライバシーやVDTの問題などコンピュータの社会的影響についての講座もあるという。講座の多くは午前中か夜間の半日コースで、料金は一回につきひとり三〇ドル 会員二五ドル)。毎回一〇‐一五人の参加がある。

 また、講座がなくてもラボは開いており、市民がやってきて、新しいソフトをためしたり、機器の動かし方をマスターしたり、コンピュータ雑誌を読んだりしていく。ラボ使用料は一時間八ドル(会員六ドル)である。

 資金的にはITIは現在財団からの助成に多くをたよっている。しかし八五年の総予算一八万ドルのうち三分の一は自分たちの収益でまかなった。将来はこれを三分の二にまで引き上げていく計画だという。
 

地域コンピュータ・センター


 こうしたコンピュータ利用援助センター(一般には「地域コンピュータ・センター」(CCC)と呼ばれる)は、一九八三年あたりから活発に組織されるようになった。この年、ワシントンD・Cでは「公益コンピュータ協会」(PICA)が設立され、同年十二月に、全米の草の根コンピュータリストを集めて会議を主催した。三〇‐四〇人規模のささやかな集まりであったが、これを契機に、各地で市民団体向けのコンピュータ技術支援グループの設立が相次ぐようになる。ピースネットをつくろうとしている「地域データ処理」(CDP、第二章三参照)もそのひとつだ。これはコンサルティソグの他、大型コンピュータ(スーパーミニコン)によるタイムシェアリング(第五章参照)・サービスを行なう形態だ。市民団体の郵送リスト管理サービスを主とする(例えば自分で住所等を入力した場合一時問三ドル、データの検索や並べ替えの処理をした場合データ一〇〇〇件につき二ドル、あて名ラベルに印字した場合一〇〇〇件につき七ドル等の料金をとって機器を貸す)。オハイオ州コロンバスのCIVICというグループも、同様に大型のコンピュータを使ったサービスを行なっている。

 マイコンを主体にしたサービスを行なうものは、前述ポートランドITIの他、ボルチモア情報プログレッシブ生協(BIC)、シカゴの情報技術資料センター(ITRC)等数多い。BICは革新的なグループ三〇団体でつくる「生産者‐消費者融合型生協」。加入団体に対する技術援助にカを入れる一方、自らさまざまな市民団体向けアプリケーショソを開発する。またロスアンゼルスの南カリフォルニア非営利経営センター(非営利団体向けの経営コンサルティソグ団体)、サンフランシスコのメディア連合(メディア全般に関するコンサルティソグ・教育を行なう組織)等、既成の団体が市民向けコンピュータ教育にのりだすケースもある。

 全米的な団体としては、「ポラソティア・全米セソター」(VNC)、「社会福祉活動でのコンピュータ利用」(CUSSN)などがコンピュータ技術援助・教育の分野で活発な活動を行なっている。六年三月、ワシントンD・Cでこうした市民団体向けコンピュータ技術援助団体の全米会議が開かれ、各地の自生的なグループが全米的に連携をとる方向にある。
 


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